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3-08 最強を目指す実力

 ***


 相対する男――オレオル・ズィーガーは槍を持って突進を始めた。その速さは人間が出せる速度を超えていて、彼の走る軌跡が地煙となって目に映る。


「まずは小手調べでも行こうかァ!」


 オレオルは走る勢いに乗ったまま、槍の切っ先を地面に向けると、


「必殺・底翔波!」


 思い切り槍を振り上げた。


 オレオルの放った衝撃が地面を抉りながらクルムに近づく。オレオルが放った「底翔波」という技は力強く、また速かった。衝撃はあっという間にクルムとの距離を詰め寄せていく。もし一般人がこの技を見たら、腰を抜かして動けなくなるほどの衝撃だろう。

 しかし、この技、冷静に観察をすれば、威力は強烈なものの、軌道はただ一直線を描いているだった。

 クルムは落ち着いて、オレオルが先制攻撃で放った「底翔波」を右に移動して回避する。


 そして、反撃をしようと銃を前に向けて構えるが、


「――」


 そこには先ほどまでいたはずのオレオルの姿がなかった。


 いくら「底翔波」が作り出した衝撃によってオレオルの姿を見失ってしまったとはいえ、この短時間でこの場から消え去ることは不可能だ。

 ここバルット荒地の足場は砂となっており、駆け出して動けば、砂埃が舞うようになっている。クルムは急いで視線を左右に振るが、やはりオレオルがどこかを走っている様子はなかった。


 オレオルは忽然と姿を消してしまっている。


 いや、そんな訳がないとすぐに考えを転換させ、クルムが上を――、


「ギアを上げてくぜ!」


 上を向くよりも早く、オレオルの声が上空から響き渡った。その声に反応するように、クルムは空を仰ぐ。


 すると、地面を蹴り出して跳躍していたオレオルは、クルムの背丈の数倍以上の高さにいた。オレオルは空中で華麗に身を反転させると、頭を下にして、クルムに向かって落ちて行く。否、ただ落ちるだけではなく、オレオルは槍の切っ先でクルムを捉えている。


「必殺・裂空閃雨!」

「っ!」


 人の身ならば本来自由に動きが取れないはずの空中で、クルムに向けてオレオルは巧みに槍を何度も突き出した。槍が幾重の閃となってクルムを襲う。一回一回の衝撃が強いのか、地面の至る所から砂塵が舞い上がった。

 それにより、クルムの姿が煙に飲み込まれ、見えなくなる。それでも、オレオルは槍を穿ち続けた。まるで獅子が兎をも全力で狩るように、容赦はしない。


 砂塵の中でどれだけ一方的な攻防が成されているのか、分からなかった。


「……」


 リッカは離れたところで、クルムとオレオルの攻防を黙って見つめるしかなかった。オレオルの後方にいるシンクも、言葉を失くしている。


 リッカはクルムとオレオルが戦いを繰り広げている中で、シンクの傍に行き、助けようと思っていた。そうすれば、クルムがこの場でオレオルと戦う理由がなくなるからだ。


 しかし、いざ戦いが始まると、その考えは理想論で終わった。

 この戦場に足を踏み入れたならば、無傷でいることは不可能だろう。むしろ、リッカはクルムの足手まといになる。


 リッカは自分の力のなさにもどかしさを感じながら、槍の嵐の中にいるクルムの勝利を祈った。


「オラオラァ! 防ぐだけで精一杯か!? 罪人クルム・アーレントォ!」


 凄まじい攻撃を繰り出すオレオルの表情は変わらない。


「弱ェ、弱ェ、弱すぎるぜ! とんだ見込み違い――ッ!?」


 オレオルの言葉は途中で遮られ、突如槍が弾かれた。槍が上方へ飛ばされそうになる。槍を手にしていたオレオルの体も、一瞬ブレた。

 しかし、オレオルは槍の流れを殺すように空中で華麗に反転をすると、下方――クルムを見つめた。


 クルムはオレオルがいる上空に向かって銃を構えていた。銃口からは硝煙が出ている。


 つまり、クルムはオレオルの雨のように降り注がれる槍の中で、的確に槍の切っ先を狙って反撃をしたのだ。


「――ッ!」


 オレオルはその事実を吞み込むと、態勢を立て直し、足から地面に着いた。着陸したオレオルの表情は、俯いていて分からない。

 そんなオレオルのことを、クルムは銃を下ろして静かに見つめている。


 しかし、すぐにオレオルは顔を上げると、


「ハハハッ! いい! 最高だぜ、お前!」


 恍惚とした表情を浮かべていた。


 オレオル・ズィーガーという男は、強敵と戦うことに生きる意義を見出しているようだ。


「もっともっと俺を楽しませてくれよ!」


 オレオルは吠えると、再びクルムに向かって走り始めた。クルムは仕方がないと言いたいように、オレオルに向けて銃を構え直し、そのまま弾丸を発砲した。


「ちィ、なめてんじゃねェぞ! こんなの油断しなければ――」


 考えなしに突っ走っているだけのように思えていたオレオルだったが、


「この俺に当たる訳がねェんだよ!」


 弾丸を見切り、走りながら槍で弾丸を容易にいなしていく。弾丸は本来の目的とは違い、地面に打ち付けられてしまった。

 クルムはその現実を前にしても、続けてオレオルに向けて銃を撃ち続ける。オレオルも同じように槍を使って、クルムが放った弾丸を弾いていく。


 オレオルはクルムの弾丸を弾いていくが、その分、オレオルのスピードは僅かながら遅くなっていく。


「しゃっらくせェ!」


 オレオルは苛立ちを言葉に乗せると、切っ先をクルムに向けたまま右半身を捻り、柄を後ろに持ってきた。オレオルは走りながら、器用に槍に力を籠める。


「必殺・破突!」


 そして、ため込んでいた力を一気に爆発させるように、オレオルは全力で槍を突き付けた。加えて、オレオル自身も加速する。オレオルの槍を正面から受けたクルムの弾丸は、オレオルを傷付けることなく爆ぜた。オレオルを襲おうとしていた後続の弾丸も、同様に槍によって無と帰す。


 オレオルの技、「破突」は先ほどの防御に徹した槍の扱いではなく、攻撃も兼ね備えた槍術だった。


 しかし、クルムが「破突」に驚くのはまだ早かった。


「――ッ!」


 更に「破突」を繰り出したオレオルは、弾丸だけに留まらず、クルムにもその刃を向けようとしていた。

 銃で対抗できるほど保たれていた距離は、いつの間にか限りなくゼロに近づいている。つまり、遠距離戦を得意とする銃では、とっさに対抗することが難しい状況に陥ってしまったのだ。

 否、銃を使う使わない以前に、このまま反応しなければクルムの体は抉られる。


 オレオルが繰り広げた「破突」は攻撃も兼ね備えた槍術ではなく、攻撃に特化した槍術だった。


「貫けェェ!」


 オレオルは足を止め、全身全霊を籠めて、槍を穿つ。


 オレオルの叫び声と共に、クルムは思い切り左に飛び込むことで回避を図った。空気が爆ぜるような音と共に、マントが豪風になびくのを感じた。まさに紙一重だった。


 先ほどまでクルムがいた場所が、まるで空間を貫かれていると錯覚してしまうほど、一瞬だけ歪曲したのが、離れているリッカとシンクの目に映った。オレオルの一突きがどれほどの威力なのか、雄弁に物語っている。


 オレオルの「破突」を躱したクルムは、回転しながら銃を構えて照準を定める。狙うはオレオルの右手。槍を持てなくすれば、オレオルだって勝負しようとする意志はなくなるだろう。


「――そこッ!」


 槍を突き終えてオレオルの動きが止まった瞬間を狙って、クルムは弾丸を放った。銃の勢いに流され、クルムの体は更に転がる。

 弾丸は狙い通り、オレオルの右手に向かって軌道を描いた。オレオルの攻撃の直後に加え、この至近距離。これならば、人並み外れた身体能力を持つオレオルといえども、反応は出来ないはずだ。


 しかし、その時、オレオルはにやりと笑った。

 オレオルは柄の後端に置いていた左手を、滑らかに真ん中まで移動させると、そのまま槍を高速で旋回させ、円を描いた。


「――っ」


 オレオルが槍で描いた円によって、弾丸は重々しい音を立てて弾かれた。オレオルは旋回させていた槍を緩め、槍を肩に掛ける。オレオルはまるで子供のように無邪気な笑顔を浮かべた。

 それは自分の実力を存分に見せびらかしているようだった。


「――」


 そのオレオルの振る舞いを見て、それぞれ別の場所にいるリッカとシンクは、驚きを隠せなかった。


 今まで二人が、誰かと対峙しているクルムの姿を見た数は少ない。しかし、その中でも世界屈指の実力を持つペテル・コンヴィクトやシオン・ユーステリアを前にしても、クルムは全く動じることはなかった。

 それなのに、世界最強を目指すと宣う人物オレオル・ズィーガーは、そのクルムにも後れを取らないでいる。どうやら口だけの男ではないようだ。


 クルムはゆっくりと立ち上がると、握っている銃を見つめた。その顔色は、どこかいつもより憂いているように見える。


「おいおい、意外そうな顔してんじゃねェよ」


 オレオルは戦いの最中だというのに、歯を見せながら勿体ぶったように話す。それだけ余裕があるということだろう。


「俺の力がスゲーことに驚くのは十分分かるぜ。むしろ、この短時間で俺に必殺技を三つも出させておいて、まだ息しているとは大したものだ」


 一人陽気に語るオレオルは、気分が高まっているのか、自らの言葉に同意するようにうんうんと頷いている。


「けどよ――」


 しかし、突然オレオルは表情を消し、色違いの双眸でクルムを捉えると、


「お前、まだまだ本気出してねぇだろ?」


 はっきりとそう言った。


 沈んだ夕陽に照らされるクルムの顔の半分に影が差し込んでいる。まるでオレオルの言う通り、クルムの中に出し切っていない力が隠されているかのようだ。


「いいえ、僕は全力を出しています」

「はっ、しらを切るってか。……その剽軽とした態度の裏に、一体何を隠してやがる?」


 オレオルは鼻で笑うと、カチューシャで上げられた髪を更にかき上げるような素振りを見せた。しかし、その瞳はクルムから離れることはない。


「……何が言いたいのですか?」

「嘘が上手いのか、何にも気付いてない阿保なのかは知らねェが、てめぇを見てると薄気味悪ィんだよ!」


 興奮して息を荒げるオレオルは、言葉を区切ると、歯を噛み締めた。


「俺には全部見えてるんだぜ」


 オレオルは左目をすっと触る。オレオルの持つ左目の深淵が、持ち主の意志に呼応するように、更に濃くなった気がした。


「それによ。お前が今まで放った弾丸は、どれも俺の心臓を貫く軌道を捉えていなかった。お前が狙っているのは必ず急所を外して、四肢か槍かだった」


 クルムはオレオルの言葉に口を挟まない。


「男と男、生きるか死ぬかの真剣勝負だ! やるなら、ここを狙えよ!」


 そして、オレオルは己の心臓を叩きながら、クルムに向かって吼えた。オレオルの叫びが、茜空に響き渡る。


 オレオル・ズィーガーは純粋な戦闘狂だ。生と死の狭間の命懸けの戦いをすることに、己の生きる意味を見出している。

 しかし、その喜びは、クルムと対峙して踏み躙られてしまった。

 クルムは更なる実力を持っていながらも、その実力を存分に発揮しないでいるのだ。しかも、そのことがオレオルには見て取るように分かるから、余計に馬鹿にされているような気分になる。


 クルムの行為は、戦いへの――、否、オレオル・ズィーガーへの冒涜だ。


 オレオルの叫びを聞いたクルムは首を横に振ると、


「……いいえ、僕は全力を出しています」


 オレオルはその口を歪めた。クルムがオウムのように先ほどと同じ言葉を一言一句違いなく話すことも、更にオレオルの癇に障った。


「――だったらァ!」

「ただ全力を出すベクトルが違うだけです」


 語気を強くするオレオルの言葉は、クルムの声に遮られ、空気が抜けた風船のようにしぼんでいった。

 行き所を失った感情を抱えて、オレオルは静かにクルムへと視線を移す。


「僕は命を奪うために戦わない。僕は命を救うために、戦います」


 幼子のように真っ直ぐ、真剣に、言葉で言うのは易しいが誰にでも行なえることではないことを、クルムは言った。


 これがクルム・アーレントという人間だ。どんな状況でもあろうとも、絶望的な状況でもあろうとも、誰も傷つけることなく戦おうとする。


 オレオルは手にしている槍を更に力強く握りしめると、


「……そう、かよ。俺は奪うために戦い、お前は守るために戦うってか」


 クルムはその言葉に小さく頷いた。


 その瞬間、オレオルは穏やかに口角を上げると、


「生かすことの方が何倍も難しいぜ?」


 オレオルの言葉に、なぜか重みを感じられた。まるで自らも体験して来たかのような口ぶりだ。


 オレオルは漆黒の左目を閉ざし、琥珀色の右目で正面にいるクルムを見つめる。琥珀色の右目は、目の前にいるクルムを通り越して現実とは離れた場所を見ているかのようだった。


「ええ、百も承知です」


 真っ直ぐ言い放つクルムに、オレオルは両目を見開かせた。

 クルムは動じることなく、オレオルに向き合っている。クルムの佇まいには、一切のブレがなかった。


 そう、クルムは何があろうと歩み続けると決めているのだ。今更迷うことはしない。


「……このオレオル・ズィーガーも舐められたもんだぜ」


 希望を象徴するかのようなクルムの黄色い双眸に当てられ続けたオレオルは、


「はっ、ならよォ!」


 吐き捨てるように声を荒げた。


 そして――、


「その甘ェ理論をどこまで語り続けられるのか、俺に証明してみろよ!」


 再びクルムに向けて、攻撃を仕掛けに行った。


 獰猛な獣が地を蹴り、力強くクルムを襲う――。

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