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1-06 解かれる疑問

 ***


 オリエンスという町は、隣国と接していることから商業が盛んな町だ。それでいて、風車を電力源に用いている珍しい町でもある。それにより、観光客も多い。


 そんな立ち位置にあるオリエンスは、何かと問題が多かった。

 政治や経済を大いに有利にしようと、多くの国がオリエンスという地を欲していた。そのため、オリエンスは武力的に斡旋されることが多かったが、オリエンスの人が一つとなって抵抗したことにより、他の町に奪われるのを防ぐことが出来た。

 オリエンスは、武力に屈することなく、自分たちの生活を維持していたのだ。


 しかし、一か月ほど前、このオリエンスに異変が起きた。いや、異変が現れた、という方が正しい。


 その日は何も変わらない、普通の日だった。オリエンスに住む人々は、いつものように飲み、食い、商売をし、とにかく各自の暮らしを全うしていた。

 そんな日に、シエル・クヴントの再臨を謳う人間が、オリエンスの町に突如現れたのだ。

 老若男女問わず、彼のそばには十数人前後が集まっていた。どの人もオリエンスでは見たことのない顔ではあったが、皆満足そうな表情を浮かべていた。

 それはまるで、英雄列書に出てくるシエル・クヴントと同じ姿だった。

 ただ、一つだけ違和感があった。彼の周りにいる人全員に、黒い首輪のようなものが付いていることだ。英雄列書の中には、そのようなものが使用されている描写は一つもなかったのに、だ。

 けれど、そのことはオリエンスの人々にとって本当に些細な問題にしかならなかった。


 もし、目の前にいるシエル・クヴントの再臨を謳う者が、伝説通りに再び現れたのなら――。


 歴史的な瞬間が、まさにここで起こっていることになる。誰もが待ち続け、もはや、妄言に変わりゆきそうになるまで待ち望んだ伝説が現実になっているのだ。その伝説が始まる瞬間に、こうして立ち会う生き証人になれたのなら、どんな問題も気にならない。むしろ、違和感のある黒い首輪でさえも、シエルに出会えたという勲章のように見え、羨ましく思える。


 もし、目の前にいるシエル・クヴントの再臨を謳う者を信じ、この町が守られるのなら――。


 このオリエンスの町は憎しみ争いのない平和な町になれる。それは、オリエンスの住民の悲願の望みだった。正直、もうオリエンスの人々は、争い事をするのに疲れていたのだ。守っても守っても続けて襲い掛かる侵略者たち、それらを追い返すのは一筋縄ではいかない。今回守れたとしても、次回に守り切る確証はどこにもない不安から、人々は一刻も早く解放されたかった。


 もう、オリエンスの人々の中には、希望と期待の言葉しかなかった。


 こうして、オリエンスの人々はシエル・クヴントの再臨者を信じ慕うことを決めた。

 シエルの再臨者が語る言葉は、オリエンスの人々の耳にとても心地よく聞こえた。人々は彼の言葉に従うようになり、彼は人々を先導するようになった。

すると、いつしかシエルの再臨者は、当たり前のように一地位を築き上げていた。今もなお、彼はその勢力を伸ばし続けている。


 それで終わりならば、それほど大きな問題として扱っていないだろう。だが、実際は、ここからオリエンスの町に新たな問題が誕生してしまった。

 シエルの再臨を謳う者は、オリエンスの人々に対する態度を変え始めたのだ。

 最初は人々に仕えるような姿勢で、本当にシエル・クヴントのようにオリエンスで過ごしていた。だが、人々にも気付かれないほど緩やかに、それでいて確実に、彼の言葉、行ない、全てが変わった。


 たとえば、力のある男性ならすべて奴隷のように働く労働力にして確保し、かつ家族と離れ離れにさせたり、シエルの再臨者の弟子たちが好き勝手に町をうろついたり、人々を導く教えではなくただ単なる私利私欲な命令を与えてきたり、など例を上げたらキリがない。

 それが原因で、オリエンスの居住区では昔のような互いが互いに関心を持ち支え合う隣人愛の精神がなくなり、商業区では以前よりも人や物の動きも鈍くなった。

 

――以上が、リッカによるオリエンスの現状の説明だった。



「なるほど……。そういうことが起こっているんですね」


 クルムはリッカの説明に一区切りがつくと、机に置きっぱなしだったお茶をすすった。先ほどまで熱かったお茶も、今はすっかり冷めている。


 リッカの説明により、クルムが最初に感じた違和感の正体が掴めた。

 オリエンスの居住区に初めて訪れた時、子供や老人、女性の姿は確認が出来たものの、成人男性の姿はどこにも見ることが出来なかった。いくら働き時である時間だとしても、一人もいないということは異常なことだった。それに、遊ぶ子供たちの表情もどこか浮かない顔をしていた。

 それはすべて、シエル・クヴントの再臨を謳う者が原因だったのだ。


「……まるで、悪魔の仕業ですね」

「そう。奴は人の心も分からない悪魔のような人間なの」


 オリエンスの一連の流れを聞いたクルムは、頭の中で情報を整理させてから、一拍置いて言葉を出した。

 クルムの言葉に同意するリッカは、唇を噛み締め、怒りを表立たせないよう努めているようだった。


「彼は最初、人々に受け入れられるようにとシエル・クヴントの名を使い、シエルのように優しく人々に接していた。彼を受け入れた結果、この町は見ての通り。今では彼の思惑通りに操れる、都合の良い町へと化しつつある。今更間違ったと思っても、後の祭りね……」


 リッカは窓の方を見つめながら言った。その瞳には、オリエンスの居住区が映っている。

 本来ならば、家族揃って食卓を囲みながら談笑をして、幸せなひと時を過ごしているはずの時間だ。しかし、シエル・クヴントの再臨を謳う者のせいで、その食卓には一家の大黒柱となる存在がいない。家の中は、不穏な空気に包まれているだろう。

 リッカの横顔を見ると、シエルの再臨者の悪行を思ってか、軽く歯を食いしばっているのが見えた。


「ちなみに、その彼が本物のシエル・クヴントだってことは――」

「ありえない」


 リッカはクルムに視線を移すことなく、はっきりとした口調で断言した。質問をしたクルムが一瞬たじろいでしまうくらいに、その言葉には力が込められていた。


「だって、彼は何の罪のないこの町の人々を苦しめているんだよ。もし、彼が本当にシエル・クヴントの再び来た姿なら、私はいらないとさえ思う。……だから、私は一刻も早くこの町の人たちを、奴の手から助け出さないといけない」


 リッカは窓の外を見ながら、話を続けた。その声には、そうあって欲しくないというリッカの願望が含まれているようだった。

 シエル・クヴントは正義感の強い人間だった、とされている。どんな時も人のために行動する――そんな英雄だ。彼のように生きたい、と憧れを持つ人は世界中に多い。

 人のために生きたい、と同じ思いを持つリッカにとって、その名前が悪用されることが許せないのだろう。

「でも」とリッカは更に言葉を紡いだ。


「本当に止めないといけないのはそれだけじゃないの。何でかわかる?」


 リッカはあえて話の途中でクルムに問いかけた。そこでようやく、草色の双眸は見つめる対象を窓からクルムへと変わった。今は見極めるようにクルムを見ている。

 クルムは迷う様子を見せることなく、


「この場所が悪いから、ですよね」


 と間髪入れずに答えた。

 そのクルムの答える速さに、リッカは一瞬目を見開かせたが、すぐに満足そうに微笑んだ。


「そう。ここはフラウム王国の端っこの町、オリエンス。そして、接するはトレゾール大陸が誇る超大国グリーネ」


 リッカは一つ一つ状況を整理するように説明する。それによって、リッカ自身も現状をはっきりとさせたかったのかもしれない。

 説明を受けながら、クルムは頭の中でダオレイスの世界地図を描いた。更にそこから、トレゾール大陸を詳しく思い描く。


 このトレゾール大陸には、五つの王国がある。

 それぞれ五つの国の名は、ジンガ、フラウム、グリーネ、マーヴィ、イダだ。

 その中で、超大国グリーネはトレゾール大陸の中で一番広く、また力を持っている国だ。グリーネに何か事件が起これば、すぐに大陸全体――いや、ダオレイス全体にも影響が及んでしまうほどである。


「世界政府としても、彼らの企みがグリーネにまで及ぶのは阻止したい。だから、トレゾール大陸支部の私が、この案件を担うことになったの」


 リッカは全ての説明が終わると、すっかり冷めたお茶を喉に通した。これまでの間、ずっと水分を補給せずに説明をしたから、喉がカラカラだったのだ。

 顎を上に傾け、最後の一滴まで飲み干した。


「……正直、初任務がこれなんて重圧が多いけど」


 そして、空になったカップを机に置くと、リッカは苦言を漏らした。しかし、その言葉とは裏腹に、リッカからは炎のようにやる気が燃え上がっているのが感じられた。


「ちなみに、犯人の名前を一度も聞いていないのですが、その人の情報とかは何もないのですか?」


 クルムは、リッカの説明でほとんどのことに納得がいった。しかし、一つだけ気になる点があるとすれば、まさしくたった今質問したそれだった。


 その言葉を聞き、リッカは自信満々な表情を浮かべ、鼻で笑った。


「世界政府の情報量、なめないでよね。彼の名前は――」


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