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3-02 新たな町、オーヴ

 ***


 グリーネ大国のオーヴという町は、小さな町だ。今まで訪れたオリエンスやヴェルルとは違い、人の通りもまだらとしている。恐らく絶対数が少ないことに加え、このオーヴでは必要最低限にしか家の外を出る必要がないのだろう。観光のために訪れるほど、突出した場所も特にはない。

 だから、人が少なく活気が付いていなかったとしても、致し方がなかった。


「なぁ、クルム。この町でも人助けするのか?」


 閑散として人通りが少ないオーヴの町並みを見ながら、呆れた表情で質問をするシンクに、


「はい、勿論です。それが何でも屋である僕の仕事であり、生き甲斐ですから――あ、何か困っていることがありましたら、僕に任せてください」


 クルムは答えている途中、道行く老婆に声を掛けに行った。


 その様子に、シンクは溜め息を吐いた。話の途中だというのに、荷物が多くて歩くことが覚束ない老婆に声を掛けに行くのは、いかにもクルムらしい行動だ。しかも、クルムの表情は無理をしているようには見えなくて、爽やかな笑顔さえ浮かべている。


「世界政府の中にも、あんな風に自ら進んで――しかも、喜んで人を助ける人なんて早々いないわ」

「――まぁ、最早お人好しレベルだけどな」


 腕を組みながらクルムのことを見つめるリッカの表情は綻んでいた。シンクも呆れながらも同調している。


 クルムが人を放っておけない性格でなければ、シンクは今この場所に立つことは出来ていない。否、命さえあったか分からない。

 だから、クルムの行なおうとすることを、シンクには本気で止めることは出来ないのだ。


 しかし、二人がクルムの行動を見守っている内に、クルムは二人の方に戻って来た。どうやら、老婆から荷物持ちを断られてしまったようだ。


 それだけだったら、いつものクルムだったのだが――、


「おかえり――、ってクルムどうしたの?」


 こちらに戻って来たクルムの顔が、普段と違って真剣に思い悩んでいるような表情だった。普段のクルムなら、たかが気遣いを断られたくらいで笑みを絶やすことはしないのに、どうしたというのか。


「いえ、何か違和感があって……」

「違和感? 依頼されなかったことがおかしなことだって言うのか? ある意味、いつも通りだろ」

「それもそうなのですが、今回はいつもと違うというか……。もう一度別の方に声を掛けて来ます」


 そう言うと、クルムは再びオーヴの町で困っている人に向けて声を掛けに行った。今度声を掛けに行ったのは、青年――クルムより若干大人びている男性だった。

 しかし、クルムは声さえも取り合ってもらうことさえ出来ずに、男性は去って行ってしまった。

 そして、そのまま続けて近くを通りかかった女性に声を掛ける。今度は、まるで恐怖から逃げ去るように、走り去ってしまった。


 気付けば、明らかに避けられていると分かるほどに、クルムの周りには人がいなかった。


 クルムは考え込むような表情を浮かべながら、リッカとシンクの方へと戻る。


「――やはり、他の町とは違うようですね」


 二人の元に合流して早々、クルムは真剣な声音で呟いた。その表情も、どこか自分の中で確信を得ているようだった。


 リッカとシンクは互いに顔を見合わせた。クルムは確かにオーヴの町の人々に避けられていたが、そこまで真剣になるほど異質な光景には見えなかった。


 だから、リッカは、


「……? いつもこんなんじゃないの? クルムがちゃんと仕事をしている姿なんて、あまり見たことないけど」


 純粋に抱えている疑問をクルムにぶつけた。


 リッカの言葉に、クルムは首を横に振る。


「いえ、いつもなら存在しない者を扱うように、僕は振る舞われています。つまり、人々は何でも屋という僕個人に興味がないように接しているんです。でも、今日は、何というか……」


 クルムは言葉を思案するように間を開けると、


「――あからさまな意志をもって、避けられているんです」


 いつになく真剣な表情で、自身の結論を口にした。


 その言葉に、リッカとシンクは口を挟むことが出来ず、息を呑んだ。

 確かにそう言われると、納得せざるを得なかった。オーヴの町で人と接した人数は少ないのだが、どの人もその顔に怯えたような表情が刻まれていた。


 しかし、ここで一つ疑問が生まれる。

 この町に来てからクルム達はまだ何も行なっていないのだ。疎まれる理由が見当たらない。


「どういうことだ――?」


 答えが分からないシンクが、疑問符を上げたと同時だった。


 シンクの背後から何かがクルムに向かってゆっくりと弧を描きながら飛びかかって来た。クルムには動きが止まって見えたのだろう、驚く顔さえ浮かべずに顔を逸らした。それによって、何かは音を立てながら地面に転がった。

 クルム達はその行方に視線を落とす。そこにあるのは小石だった。そして、そのまま流れるように小石が飛んできた出元に目線を送る。


 すると、地面に転がっている石とは別の石を握り締めながら、クルム達――否、クルムだけを睨み付けている一人の少年がいた。見た目はシンクよりも小さく、本当に幼い子供だ。


「どうしましたか?」


 クルムは子供の悪戯にしか思っていないのか、敵意のない笑みを浮かべた。そして、クルムのは右手をその子供に向けて伸ば――


「触るな!」


 ――そうとしたところで、小さな子供が目一杯の拒絶を込めて力強く払った。


 さすがのクルムも突然の子供の行動に、驚きを隠せないようで、瞼を何度も瞬かせていた。子供は興奮しているのか、肩で息をしている。


「英雄を堕とそうとする罪人め! お前もあいつの仲間なんだろ! この町から出てけ!」

「……っ!」


 幼い子供が放つ言葉に、真っ先に反応を示したのはシンクだった。


「おい、さっきから聞いてれば、お前――」

「ごめんなさい。僕たちはたまたま寄っただけですから、すぐに出ていきますよ」


 興奮するシンクを割って、クルムは興奮する子供と同じ視線までしゃがみ込むと、優しい声音で語りかけた。クルムの真っ直ぐな瞳に射抜かれた子供は、驚くように後ろへと一歩後退った。数々の暴言を吐いて、石まで投げたというのに、まさか優しくされるとは思わなかったのだろう。

 クルムの対応に毒気を抜かれたシンクは、自身を落ち着かせるために深く息を吐いた。


「――でも、あいつらって誰の事でしょうか?」

「……ッ! ……ふ、ふんっ!」


 クルムに質問をぶつけられた子供は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに我に戻ると、鼻を鳴らし、


「罪人に教えてやることなんてねーよ!」


 質問に答えることなく、クルムたちに背を向けて、逃げるように走り去ってしまった。


「あ、ちょっと君!」


 クルムは子供に向けて手を伸ばしたが、届くことはなく、虚しく空だけを掴んだ。クルムは寂しそうに、子供が走り去った方向を見つめている。


 ここで、今まで一人言葉を挟まなかったリッカが、


「……なんか出会い始めのシンクを見てる気分」

「ああ、そうだな」


 ため息交じりに言葉を紡いだ。シンクは何も考えずに、子供が去っていった方向を向きながら、リッカの言葉に同意する。


 しばらく沈黙した時間が流れ――、


「って、はぁ!? 俺があのガキと似てるって言うのか!?」

「……それにしても、この町にはクルムを恐れさせる原因が他にもありそうね」

「そのようですね」


 リッカはシンクの言葉に取り合わず、クルムに言葉を掛けた。クルムは真剣な表情で、リッカの言葉に同意する。

 その間、シンクはリッカに噛みついていたが、リッカには取り付く島もない。クルムがこの町の人にどうして恐れられているのか――、リッカはその理由を調べようとするために考えを巡らせていた。


「……一旦、この町の支部に行って色々聞いて来る」


 クルムは反対の言葉を上げることなく、静かに頷いた。

 世界政府に所属するリッカであるなら、一般人が知ることのできない情報を手に入れることも出来るはずだ。


「一緒に滞在申請もしないといけないから、時間が掛かるかもしれないけど――、私が戻るまで問題起こさないでよね、二人とも!」

「誰がそんなことするか!」


 シンクの言葉にリッカはにこりと微笑みを浮かべると、この町のどこかにある世界政府の支部に向けて走っていった。


 取り残された二人は顔を見合わせると、


「シンク。今回は大人しくしていましょうか」

「……分かってらぁ」


 通りの真ん中から離れ、近くの腰を下ろせそうな場所まで移動した。


 オーヴの前に訪れた町ヴェルルで、今と同じように世界政府の支部へと向かったリッカと離れた直後、クルムとシンクはあまりの人の多さによりあっという間にはぐれてしまった。それによって、色々と厄介事に巻き込まれてしまったのだ。

 だから、いくらオーヴでは人が少ないとはいえ、クルムとシンクはリッカの言葉に従わざるを得なかった。


 そして、シンクが腰を下ろし、クルムも続けて座ろうとした時――、


「っ!」


 突然、クルムに緊張感が走ったのが、隣に座るシンクに伝わって来た。


「? 何かあったのか?」


 シンクは反射的に立ち上がると、真剣な声色でクルムに問いかけた。

 クルムは言葉を躊躇うように息を呑む。その姿に、シンクもつられて息を呑んだ。


「シンク」


 クルムの口からシンクの名前が紡がれる。シンクは何を言われてもいい覚悟で、小さく頷いた。


 だが、シンクの覚悟は、


「すみません、僕お手洗いに行って来てもいいでしょうか?」


 クルムの言葉によって、あっけなく打ち砕かれた。真剣な口調なのに、内容が真剣ではなかった。


 身構えていたシンクは、頭を押さえると、


「……そんな真剣な顔して言うなよ。ここで待ってるから行ってこい」

「ありがとうございます」


 クルムはシンクに対して頭を下げ、この場から離れていった。


 頭を抱えていたシンクは、クルムがどこまで用を足しに行ったのかを見届けることはしなかった。

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