2-EX4 記録の裏側
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闇夜に染まるビオス平原に、広大な自然に似つかない機械的な音が鳴り響く。
その音が鳴り響く場所は馬車に引かれた荷車の上、その音を鳴らせている根本の人物は、待つ時間が気に障るのか、その音と同じリズムで自らの体を指で叩いていた。
「いやぁ、リカンスさん、今日の巡回は面白かったっすね。何かいつもと一味違うというか。今日はいい記事が出来上がるんじゃないっすか?」
隣にいる人物の能天気な声を聞き、機械的な音を奏でている本人――エインセルで誰かを呼び出している最中のリカンスは舌打ちを鳴らした。
「パロマ、書くのは俺らの仕事じゃねぇ。俺たちはただ――」
「誰だ?」
リカンスの言葉を断ち切るように、機械的な呼び出し音から一転、エインセルの向こう側から声が聞こえた。ずっと待ち続けた相手は、声色から察するに気分が荒れている。
その声を耳にしたパロマも、空気を察したのか、少しだけ身を強張らせた。
「アドウェナ社のリカンス。同僚の人間を忘れないでくださいよ、コーフェルさん」
「……リカンスか。お前からエインセルを繋げて来るということは、終わったということか?」
「ええ、それで今本社に戻ってる道中です」
「ご苦労だったな。それで早速だが――」
「もう既に送ってます」
リカンスの声をきっかけにして、エインセルの向こう側から機械的な操作音が響き始める。
「さすがだな。……どれどれ。ハハッ、本当何年経っても変わらねぇよな、シエル教団は」
エインセルの向こう側にいるコーフェルは、機械を操作しながら、飽き飽きとしたような口調で呟く。姿かたちは見えなくたって、長年仕事で付き合って来たから、コーフェルが今どのような態度をしているのか、容易に想像はついた。
リカンスは誰にも気付かれない程度に、溜め息を吐く。
もうシエル教団はビオス平原を駆け抜けたから良いものの、先ほどまで同じ町にいたのだから、なかなか肝を潰すような発言は止めて欲しい。
「毎回同じことを面白く見せるのは、なかなか苦労するってのにな」
「……いや、今回はコーフェルさんも気にいるようなものが――」
「おい、何だこれは? 知らねぇ奴が写ってるぞ」
話を遮られたにも関わらず、コーフェルの言葉にリカンスは口角を上げた。
「あ、自分の」
コーフェルの疑問に思い当る節があったパロマは、この場の空気に似つかない剽軽とした声を漏らした。そして、そのままパロマは、
「そいつはシエル教団の最高指揮官が出て来る直前に現れた変な奴っすね。すぐ出て、すぐ消えたんすけど、一応念のために――」
「使えるな」
「へ?」
予想と反するコーフェルの一言に対して抜けた声を出した。しかし、その一方で、隣にいるリカンスは狙い通りと言わんばかりに笑みを浮かべる。
「言うと思ってましたよ。これを手に入れた背景は――」
「言わなくていい。俺の方で想像して、着色しておく。ふふ、これで明日から世界は面白くなる。いや、俺が面白くしてやる」
エインセルの向こう側で響く声は、先ほどの苛立った様子が嘘のように鼓膜を貫く。自分の考えをまとめようとしているのか、呪いの言葉を綴るように小言を呟き続けるコーフェルは、もうリカンス達に興味を失くしているようだった。リカンスが提供した物に夢中になるコーフェルの姿は、獲物に食らいつくハイエナだ。
「始まったか、コーフェルさんの悪い癖。それでは、いい出来を期待してます」
リカンスは一言だけ呟くと、エインセルの通信を切った。
「悪い癖……っすか?」
リカンスとコーフェル、二人のやり取りを見るのを初めてだったパロマは、思い当たりのない言葉に首を傾げた。コーフェルの悪い癖とは何なのだろうか?
全てを知っているリカンスは面白いと思っているのか、惜しむことなく笑い声を出す。
「くっはは! ああ、あの人は面白くするためなら、事実に少しだけ手を加え、人の興味を引くような記事を作り上げる。こうなったら、憑かれたように書き上げるだけだ」
「……ふぅん、そうなんすね。でも、天下のアドウェナ社が、そんなデマな真似していいんすか? 多くの人の目に触れるんだし、一応使うなら、その人に取材とかしてちゃんとした記事に――」
「思い上がるなよ、新人」
しかし、慣れ親しんだ口調から、リカンスの口調は突然怒りに交えたものへと変わった。リカンスの視線も、親愛さは一切消え失せ、ただ憎悪の色だけが冷酷に残る。
その突然の変わりように、パロマは驚き、口を閉ざした。
「いいか、人は事実だけじゃ満足しない。心に刺激を与えてやらないと、誰にも見向きすらされない。なら、もっと人々の欲に適ったものを提供するのが、俺達アドウェナ社の仕事だ」
パロマに向かって弾丸のように言葉を紡いだリカンスは、言いたいことを言って満足したように欠伸をすると、馬車の上で寝転んだ。パロマはこれ以上、言葉を続けなかった。
空に浮かぶ月は妖々とした雰囲気を発している。まるで今後の世界の未来を予測しているようで、
「きっと、明日には世界が騒ぎ始めているさ。……俺たちの記事でな」
満足感を心に満たしながら、リカンスは言った。