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2-17 行ないで結ばれる実

 ***


 突如現れたシオンは、クルムの背に切っ先を向けたまま、鋭い気迫を放っていた。


「シオンさん、何故こちらへ……?」


 質問をぶつけるリッカを、シオンは氷のように冷酷な視線をもって見つめると、


「ラフニアと一緒にいた奴か……。お前も世界政府の一員なら分かるだろう?」


 リッカの疑問を踏襲するように、質問を投げ返した。

 シオンから放たれる冷酷な圧力に、リッカは言葉を発さずに、静かに息を呑む。


「罪人として名前が挙がっているクルム・アーレントを世界政府として捕まえる」

「……っ」


 淡々と告げるシオンの答えは、リッカも予測していたものだ。


 罪人を捕まえる――、それは世界政府が世界政府としてあり続けられる当然の行動だ。


 しかし、改めて言葉にされると、身がよだつほどの震えを感じた。リッカは自然と腰にある鞭に手を伸ばし――、


「お前に何の意図があるかは知らないが、公務を全うする俺に歯牙を向けようとするのなら、その瞬間お前を政府の反逆者としてみなす」

「ッ!」

「大人しくしていろ。そうすれば、俺が見たお前の全ての行動は、上には報告しない」


 シオンの言葉に、リッカは何も反応を返すことが出来なかった。

 リッカはただ申し訳ないようにクルムのことを静かに見つめる。クルムは気にするなと言いたいように、小さく首を横に振った。

 その姿を見て、リッカはシオンに対する警戒を解いた。


「この剣にも恐れを抱いていないのだろう」


 シオンはリッカの行動を良しとし、クルムの背後から光の速さでクルムの眼前に移動して、剣を見せた。


「四肢を全て折られ、この目が光を失い、体がまともに動かなくなったとしても、この道を歩くと決めましたから。――かの英雄のように」


 クルムは堂々と答えた。


 その言葉に、シオンは呆けたような表情を浮かべたが、すぐに笑いを零し、


「――ハッ、この剣影の前で物怖じせずに、そのような言葉を紡げるとは……。どうやら俺の実力を見極められていないようだな」


 他者を圧倒させる鋭い視線を、クルムに送った。


 クルムはシオンの言動を受けて、小さく首を横に振ると、改めて周囲一帯を見回した。

 ペテルによって倒された人物たちが、前後に横たわっている。前方と後方に倒れる敵の距離は、明らかに遠かった。


 ペテルが去っていった方向とは逆の方向――すなわちシオンがやって来た方向を、クルムは指して、


「あちらの人が倒れているのは、あなたの仕業でしょう? いくらペテル・コンヴィクトとはいえ、たった一人で距離の開いた人々を、あの一瞬の間で倒すことは出来ないはずですから」

「それを分かっていても尚、態度を変えない……か。ますます気に入った」


 そう言うと、シオンは口角を上げて、クルムを捉えていた剣を背にある鞘に納めた。


「僕のことを捕まえに来たのではないんですか?」


 その態度に予想外と言いたいように、クルムは目を見開きながらシオンに訊ねた。


 クルムの言葉を受けて、シオンはペテル達が去っていった方向を見ると、太陽の形をした首飾りを服の中から出した。シオンが右手に持つそれは、シエル教団に所属する者だけが身に付けることが出来る印だ。


「今の俺の任務はあくまでシエル教団の巡回の護衛――つまり、ペテル・コンヴィクトの護衛だ。護衛対象がこの場から去った今、ここでわざわざお前の相手をする意義もない」


 シオンはそのまま首飾りの紐を指に引っ掛けて回し始めた。首飾りが回る様子を見つめるシオンの瞳は、興味のない対象を見つめる眼差しそのものだった。


「シエル教団の巡回中は、互いに敵視しているはずの世界政府から最高指揮官の護衛を出すことが、両方創立以来、古来からの契約になっているらしい。それで、グリーネ大国を巡回する間だけ、俺は奴の護衛を任されたのだが、正直シエル教団の前では誰も楯突こうとはしない。仮に楯突く奴がいても、シエル教団だけで解決するから、この任務はやりがいがなかった」


 シオンは話をする間、ずっと退屈そうに首飾りをくるくると回し続けている。シエル教団から借りた伝統ある首飾りを雑に扱えるのは、シオンがそれ相応の実力を兼ね備えている証拠だろう。

 そして、今回の巡回を護衛する立場でグリーネ大国を回っても、シオンの実力が発揮される場は存在しなかったのだ。


 しかし、そのことを理解できたからといって、クルムがここで剣を突き付けられ会話する理由には、この場においては当てはまらない。


 シオンが優先すべき任務は、シエル教団最高指揮官であるペテル・コンヴィクトを護衛する他ないのだからだ。


「――それで」

「今日までは、な」


 話の流れが全く読めないクルムが痺れを切らして話を切ろうとした時、シオンは太陽の首飾りをクルムに向けた。

 シオンの青い目は、真っ直ぐクルムを捉えている。


「世界で最も英雄に近いペテル・コンヴィクトを前にしても、動じないお前に興味が湧いた。だから、ただのシオン・ユーステリアとして、お前に接触を図った。俺の予想した通り、お前は俺が出会って来た罪人の中でも、群を抜いて異彩を放っている」

「僕は……」

「それに、お前の経歴は謎が多く、信憑性にも乏しく――、興味深い」


 シオンはクルムの言葉を遮り、空いている左手で腰に付けている政府特注のエインセルの操作を始めた。


「今回の一件で世間はお前のことを、人を騙す上に謎が多く……、理解できない存在し、それゆえ恐怖の目をもってますます罪人として接するだろう。だから、次にお前と会った時――」


 エインセルに羅列されたクルムの情報を一通り見ると、シオンはエインセルを定位置に戻す。


 改めてクルムのことを捉えると、


「――その時こそ、世界政府に所属する剣影シオン・ユーステリアとして、お前を捕まえる。そして、お前の素性を全世界に公開し、お前の取った行動に相応しい罰を与え、人々の平和を守る」


 シオンはそう言ってから、背を向けてペテル達が去っていた方向へと歩き始めた。


「……っ、シオンさん!」


 離れていくシオンの背中を見て、リッカは反射的に声を上げた。同じ世界政府として思うことも、言いたいこともあったのだろう。


 リッカの呼びかけに反応してか、シオンは立ち止まり、振り返った。冷たい氷を彷彿とさせる青い眼が突き刺さる。


 しかし、その瞳が捉えているのはリッカではなく――、


「……一つ間違いを正しておくが、コンヴィクトが英雄の加護を本気で使えば、これくらいの人数を一掃するのに数秒も掛からない。だが、それでもあえて俺が手を加えたのは、シエル教団の最高指揮官様に貸しを作るためだ」

「……どういうことですか?」


 疑問を返すクルムに、シオンは含んだような笑みを浮かべると、答えることなく忽然と姿を消した。シオンの気配が遠のき、そして感じられなくなるまで数秒も掛からなかった。その速さは、まさに剣影と呼ばれるに相応しい速さだ。


「……」


 シオンの――いや、全ての人が去った道を、クルムは静かに見つめた。

 先ほどまでの騒ぎが嘘のような、静かな空間がこの場を支配している。


「――クルム」


 クルムの背中が儚く消え入るように瞳に映って、リッカは小さく名前を呼んだ。


 何を話していいのか分からなかった。しかし、今呼ばなければ、二度と届かない気がして――。


 リッカの言葉がクルムに届いたのか、クルムはゆっくりと振り返る。


「そろそろ僕たちも帰りましょうか。これ以上、騒ぎが起こらない内に」


 リッカとシンクの方を向いたクルムは、いつものように優しい笑みを浮かべていた。

 極的な状況的に陥っても普段と変わらないクルムに、リッカは一瞬反応が遅れながらも、クルムの言葉に頷いた。


「そう……、だな。あーあ、ようやく長い一日が終えられるのか」


 ずっと気を張り続けていたシンクは、緊張から解放されたように腕を大きく伸ばした。


 その姿を見たクルムは温かく微笑み、ペテルやシオン達が去って行った方角へと歩き出そうとし、


「……あ」


 呆けた声を出して、立ち止まった。


 リッカとシンクは、何事かあったのかと互いに顔を見合わせた。しかし、二人ともクルムが急に立ち止まる理由に思い当る節が全くなかった。


 クルムは二人の方を向きながら、自らの頭に触れると、


「ここから宿屋までどうやって戻るのでしょうか?」


 弱々しく顔を緩めながら、二人に向けて締まりなく訊ねた。


 ――そう。冷静に思い返せば、クルムはこの場所まで自力で辿り着いた訳ではないから、宿屋までの道を知っているはずがなかったのだ。


 リッカとシンクは、クルムの事情を思い出すと、全身の力が抜けたように肩を落とした。

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