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2-11 舞台裏

 ***


 ――場面は、数刻……即ち、まだヴェルルが巡回の始まりを待つ時まで遡る。


 ヴェルルの陽が当たる部分は、シエル教団の巡回を待つ人々で大いなる盛り上がりを見せていた。一方で、陰が深くなる場所は、役目を失われた廃屋のように粛然としている。


 そんな人々の注目から外れて閑静とする路地裏を、二人の人物が姿を晦ますように身を潜めていた。


「……なぁ、兄貴。本当にやるのか?」

「当たり前だ! シエル教団がいる今だからこそ、やる意味があるんだろ! 相変わらず図体はでけぇくせして、本当にビビりな奴だ」

「ゴ、ゴメン……」


 この二人は兄弟であり、体は小さいが頭は切れるハーゴス・グランが兄で、体は大きいのに縮こまっているカーミル・グランが弟だ。

 二人はヴェルルの町に住み、グラン兄弟と称され、悪童として有名である。


「で、でも、さっきもシエル教団の一人と女子供が、この道を通って行ったし危険じゃないか?」

「心配するな。巡回も始まるんだ、もうこれ以上は誰もこの道を通りはしない」


 確かにハーゴスの言う通りで、路地裏はあまりにも閑散としていた。普段からも人通りが少ない場所なのに、今この時に誰が好き好んで暗く狭い道を通ろうとするだろうか。

 そのことをカーミルも知っているから、小さく頷く。その姿を見て、ハーゴスは口角を上げた。


「俺は嫌いなんだよ。自分の正義だけを掲げて、偉そうに生きる奴が」


 苦虫を嚙み潰したような苦痛に満ちる表情を浮かべる。その瞬間、ハーゴスの本心が垣間見えた。カーミルはハーゴスに何にも言うことが出来ず、下を俯いた。


 しかし、その表情もすぐに消え、ハーゴスは笑みを浮かべると、


「だから、何も起こらないと安心しきっている隙を突いて、爆弾を爆発させ、暴動を引き起こす。それを未然に防げなかったシエル教団の信用はがた落ち。そして、暴動を止める俺たちが英雄に祭り上げられる。それで、完璧だ!」


 右拳を握り締めながら、そう断言した。ハーゴスの左手には爆弾の起動装置が握られていた。その装置は、最近ある極秘ルートで仕入れた代物だ。ハーゴスは、それをヴェルルの至る所に仕掛けておいた。


「さすが兄貴!」


 カーミルも兄の言い切った姿を見て、小さく拍手を送る。先ほどの不安も、ハーゴスの言葉で拭われたようだ。


 その瞬間だった。

 グラン兄弟の背後が、聞こえるはずのない足音が響き渡った。暗く狭い路地裏だから、より奇妙に怪しく、そして不吉を届けるように耳に届く。


 カーミルはその音に硬直し、拍手の手を止めた。ハーゴスも高鳴る鼓動を何とか抑え、


「だ、誰だ!」


 勢いよく背後を振り返った。


 その先にいたのは――、


「僕はクルム・アーレントです」


 マントを羽織った黒髪の青年――クルムだった。


 人通りがない暗い路地裏で怪しく密会をしているグラン兄弟を見ても、クルムは一切動じておらず、どこか剽軽としていてその人物の心意を読み解くことは出来ない。見た目は弱そうだが、それでも二人には身動きを取ることは出来なかった。


「実は大事な人たちを探している途中で、この暗い道に入ってしまったのですが……」


 グラン兄弟が何も言えず警戒している中、クルムは安心させるように笑みを向けながら、優しく言葉を掛ける。


 その仕草と言葉にグラン兄弟はようやく我を取り戻し、


「知らないよ、そんな――」

「確かに、俺たちは知らない。だが、この先の道に高台がある。その高台はヴェルルを一望することが出来るんだ。そこに行って探してみるといいさ」


 最初に言葉を紡ごうとした弟のカーミルの言葉を封じ、兄のハーゴスが言葉を引き継ぐ。ハーゴスが示したのは、先ほどシエル教団の団員達が通った道だった。


 クルムはやや思案するように腕を組んだが、すぐに、


「ご丁寧にありがとうございます! 早速行ってみますね」


 頭を下げると、たった今ハーゴスが教えてくれた道を辿り始めた。


「気をつけて行けよ。お前が希望の再来に巡り逢うことを祈ってるぜ」


 ハーゴスは去り行くクルムの背中を見送ると、口元を抑えながら身を震わせている。カーミルは事情を読み込めずに、兄の様子を探るばかりだ。


「……ど、どういうことだよ、兄貴?」


 やがて痺れを切らしたカーミルは、ハーゴスに問いかけた。作戦前の大事な時に、ハーゴスが人助けをする理由が、どうしても理解出来なかったのだ。

 そのカーミルの素っ頓狂な問いに、ついにハーゴスは笑いを堪え切れなくなり、噴き出した。


「ハハハ、見たか? あいつの弱そうな体に、騙されやすい思考。あいつは騙されていることを知らずに、俺たちの作戦に加担してくれるのさ」

「つまり……?」


 腹を抱えながら話すハーゴスの言葉の裏を理解することが出来ず、カーミルは更に追及する。


 一瞬冷めたような目をハーゴスは見せるが、一度溜め息を吐くと、


「あいつが巡回の最中に高台に立てば、人はあいつを悪人と決めつけ、少なからず騒ぐ。その時を見計らって、俺たちも爆発を起こすんだ。そして、ヴェルルが混乱に陥った時に、すべての罪をあいつに擦り付け、この町を救うフリをすればいい。これで完璧だ」


 たった今作り上げた新たな作戦を、カーミルに伝えた。

 元々の作戦は、爆弾が起動した時にハーゴスが人々の前に出て言葉巧みに慰め、その間にカーミルが爆発を全て止め、二人で混乱を収拾させるというものだった。

 しかし、悪役を作って、その悪を懲らしめる方が、人々の心に強く印象に残りやすい。


「な、なるほど。でも、そんな簡単にいくのかな?」


 カーミルは思いついた疑問をぶつけるが、ハーゴスは笑って一蹴する。


「はは、見たか? あいつの貧弱そうな体に、貧乏を体現したような服装。あんな奴なら、俺でさえも一発だ」

「さすが兄貴!」


 空に拳を放ち自らを鼓舞させるハーゴスに、カーミルは賞賛の声を送った。これで二人の意見は、クルムを利用してシエル教団を貶める方向に定まった。


「そうとなれば、作戦決行だ。陽も落ちかけている、急ぐぞ!」

「――すぐに片を付ける。始めておけ」


 ハーゴスが西に沈む空を見上げた時、ふと淡々と紡がれる話声に、電子音の切れる音が暗い路地裏に響き渡る。

 そして、再び後ろから足音が鳴った。


 ハーゴスとカーミルはまたかと言いたいように、


「はぁ……、何か用か? 今良いところなんだ――」


 ゆっくりと背後を振り返った。


 その先にいたのは――、


「――なっ!? 何故、お前がここに――ガァッ!」


 言葉の途中、閃光のように煌めく粒子に沿って、ハーゴスは勢いよく吹っ飛んでいった。何かを振るわれたことは分かるのだが、その空気を裂く音さえも聞くことは出来なかった。聞こえたのはただハーゴスが建物に打ち付けられた音のみだ。


「兄貴? 兄貴――ッ! 嘘だろ、お前はこれから高台に立つはず……いや、今は兄貴の仇だ――ッ!」


 倒れるハーゴスを置いて、カーミルはその体躯に任せて、大きく拳を振るう。しかし、その攻撃が、突然の来訪者に届く前に――、


「――ァ!!」


 ――お待たせいたしましたぁぁ!


「――ッ!?」


 返り討ちを受けた彼の断末魔は、人々の大喝采により、かき消された。

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