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2-04 希望の再来のために

 ***


 シエル教団が創設されたのは、シエル・クヴントが英雄ではなく罪人として生涯を閉じることになってしまった時代まで遡る。


 当時、多くの人々に慕われていたシエルは、それに比例するように多くの人々に嫌われていた。理由は単純明快――、火を見るほど明らかに栄えていくシエルに嫉妬し、憎んでいたのだ。


 だから、シエルが剣でとある国の王を貫いた時、人々はそれを好機とした。


 王を傷つけた罪により、シエルを罪人として死刑に処することにしたのだ。

 しかし、正直な話、王が傷つけられたということは人々の中でどうでもよかった。生きていれば、いつか傷は癒える。そもそも当時の王政にも問題はあったのだから、因果応報と言ったところが人々の素直な意見だった。

 それにも関わらずシエルを処刑台に立たせたのは、彼らは王を傷つけたことを理由にして、自分たちの生活を脅かそうとするシエルを、どうにかしてただただ殺したかっただけなのだ。


 シエルを慕っていた人々は、血眼になってシエルを殺そうとする多勢に無勢な人々に恐怖を抱き、シエルが連れていかれるのを黙って見ていた。中には背を向ける者さえもいた。


 そして、抵抗することなく、まるで宿命かのように処刑台に立ったシエルは、


「世界の中心であるエテルノ大陸から、世に希望をもたらすものが再び現れるだろう。その時、全ての大陸が露わになり、憎しみ争いのない理想の世界が生まれる」


 というたった一つの言葉を残し、罪人として処刑台の上で、この世を去った。


 その死を目の当たりにして、シエルの側近として生きていた人物は後悔し、嘆きに嘆いた。そして、その涙も枯れ果てた後、シエルのことを慕っていた人々を引き連れて、シエル・クヴントの生き様を伝え始めた。


 最初は、伝えても伝えても誰も耳を傾けようとはしなかった。相反する勢力に、何度も生き地獄に近しい苦痛と辱めを与えられた。


 しかし、それでも彼らは諦めることはなかった。


 師の想いと仲間の意志を継いで、むしろ彼らの勢いは増した。

 やがて、彼らの努力に比例するように、シエルを罪人ではなく英雄として見る人が増えてきた。


 ――一人の人から一つの町へ。一つの町から一つの国へ。一つの国から一つの大陸へ。一つの大陸から一つの世界へと、シエル・クヴントという英雄の名前がダオレイスを覆い始めた。


 そして、ダオレイス全体がシエル・クヴントを英雄として認め始めた頃、サルバシオン大陸にあるリグロスという英雄の生まれた地を根城にして、シエル教団という組織が創設されるようになった。


 シエル教団の根本の目的は大きく二つ――。


 ダオレイスに存在した英雄シエル・クヴントの情報を錯綜させず、正しく後世に語り継ぐこと。

 そして、もう一つは、来る英雄シエルの再臨の時――希望の再来を正しく迎えるということだ。


 そのことを目的にして、シエル教団が運営され始めた。


 創設当初のシエル教団は、誰に対しても分け隔てなく接し、シエルが教えたように人々の力になっていた。だから、より一層多くの人々が、シエルを英雄とし、もっとシエルを知ろうとシエル教団に従うようになり始めた。


 やがて、シエル教団を象徴する印として太陽が用いられるようになった。

 シエル教団と触れ合った人々はまるで輝く太陽のように活気づくことに加え、ダオレイスの中心から太陽のようにこの世界を照らす存在である英雄シエルが現れることを意味してのことだ。

 太陽を掲げたシエル教団は、多くの人に直接シエルについて伝えようと、様々各地の町を渡り歩いて、面と面を合わせて接するようになった。


 しかし、その姿も時が流れると共に、変わり果ててしまった。


 いつしかシエル教団の中でも派閥が生まれるようになり、それに伴って次第に武装することが当たり前のようになった。そして、シエルの名を悪用しようと企てる者は、理由の如何を問わずに即座に裁かれた。


 あんなにも人々と近しく接していたシエル教団も、気付けば気軽に接することが出来ない高貴な存在となっていた。


 それでもシエル教団には、変わらない根本がある。


 多くの人に英雄シエル・クヴントを知ってもらい、希望の再来を迎える――それは、どんなに時が経過しようとも覆らない。


 だから、シエルについて全ての人が知っている現代においても、ダオレイス中を巡回することを止めないし、シエル教団が自分の町に来ることを求める人々も多い。


 そして、そのシエル教団による巡回に今回選ばれた地が――、


「すげーな、ヴェルルって……」


 ――ビオス平原の北西に位置するヴェルルという町だ。


 オリエンスを発ってから二日掛けてビオス平原を越えたクルム達一行は、ヴェルルの中心街の外れにある宿屋の一室で旅の疲れを癒している最中だった。

 クルムは部屋に備え付けられている椅子に腰を下ろし、リッカはふかふかのベッドに座り、シンクは初めて訪れるヴェルルの町を窓から眺めていた。

 この部屋は体を休めるためだけに使うには、あまりにも豪華な一室だ。


 現在、ヴェルルの町は部屋の窓から見ても分かるほど異様に盛り上がっていた。町にいる人の賑わう声は衰えるどころか、時間が経過するごとに大きくなっていく。その盛り上がりは、フラウム王国の中でも観光地として有名であるオリエンスと同等か、もしくはそれ以上だ。


 窓にへばり付きながら外の様子を目に焼き付けるシンクの背中を見つめながら、リッカは小さく笑いを漏らした。


「ううん、普段のヴェルルはこんな騒がしくなんてないの。これは――」

「町の人たちが、シエル教団の巡回を心待ちにしている証拠だね」


 扉の開く音と共に別の男の声が、リッカの話に割り込んだ。

 クルム達は皆、一斉に扉の方に顔を向ける。


「ソマクさん」


 そこには、シエル教団の衣装を着た人物――ソマク・ロビットが立っていた。見た目は中年の男性だが、物腰も柔らかく、温和な印象を与えてくる。


 立ち上がったクルムに名前を呼ばれたソマクは、応じるようにニッコリと笑うと扉を閉めた。


「もうすっかりお元気そうで、本当によかったです」


 ベッドから腰を上げたリッカは、ソマクの元気そうな姿に心底安堵したように話しかけた。


「おかげさまでね。……私の体調管理が上手くできなかったせいで、君たちには迷惑をかけてしまったね。改めて、ありがとう」


 ソマクは申し訳なさそうに言うと、頭を深く下げて綺麗なお辞儀を見せた。


 クルム達がソマク・ロビットに出会ったのは、一日前に遡る。


 ビオス平原のど真ん中で、シエル教団が怒涛のようにクルム達の横を駆け抜けた後、ソマクは流れから外れて、馬からビオス平原に落ちてしまった。

 そこにクルム達がすぐ助けにやって来たのだ。最初ソマクは微動だにしていなかったが、徐々に呻き声を上げ、意識を取り戻した。

 生存を確認したクルム達は、世界政府で応急処置に関する知識も得ていたリッカを中心にして、ソマクの介抱を始めた。


 ただクルム達には装備も足りていなかったことに加え、広大な自然以外何もないビオス平原では出来ることも正直少なかった。

 どうしようか戸惑っていたところ、意識が朦朧としているソマクの提案により、クルム達はソマクを介抱する場所を馬の荷車に移した。荷車の中は四人全員が入ってもまだ空きがあるほど広く、また応急処置に必要な道具も多く備えられていた。

 リッカから応急処置を受け始めたソマクは、心身ともに落ち着きを取り戻したのか、すぐに安らかな寝息を立てた。


 こうして、何とか最悪の事態を切り抜けることが出来た。


 リッカにソマクの介抱を任せたクルムは、荷車の外に出て馬を安心させるように触れると、ふと操縦席のところに地図があることに気付いた。

 その地図を見ると、シエル教団の目的地はビオス平原を超えた先にあるヴェルルという町だということが分かった。

 クルムは実際の方角を確かめるため、地図とシエル教団が去っていった方向を見つめた。いつも通りの静かなビオス平原――、その先にヴェルルがあるようだ。


 これ以上ビオス平原で留まるよりもヴェルルに向かった方がいいと判断したクルムは、リッカとシンクに一言入れると、操縦席に乗って馬にビオス平原を駆けるよう指示をした。


 そして、一日をかけて、クルム達は無事ヴェルルの町に辿り着くことが出来たのだった。


「何を言ってるんですか、ソマクさん。休憩なしにビオス平原を渡っていたんですから、仕方ない事ですよ。頭を上げてください」


 負い目を感じているソマクに、リッカはその言葉を否定するように手を振った。


 馬でビオス平原を移動している最中に目を覚ましたソマクの話を聞けば、シエル教団はここ数週間ろくな休息もなしにトレゾール大陸中を駆け回って、巡回を行なっていたらしい。

 そして、ビオス平原を渡る途中、あまりの疲労に限界を迎えたソマクは気を失い、馬から落ちてしまった――ということだったのだ。


「それよりも僕たちこそすみません。ソマクさんに色々お世話になってしまって……」

「ははは、命を助けられたんだ。これくらい気にすることはないよ。むしろ、足りないくらいさ!」


 クルムの言葉に、ソマクは顔を上げると声を出して笑った。


 クルム達は、ソマクを助けたことによってたくさんの恩恵を受けていた。

 まずはビオス平原を歩かずに済んだことだ。ソマクを一刻も早く送り届けるという名目で馬を使わせてもらったおかげで、時間にして一日は短縮することが出来た。

 あとは移動中に目を覚ましたソマクの好意により、荷車の中の食料や水を分けてもらえたり、この宿屋に関してもソマクがシエル教団の名を持ってクルム達が使えるように手配をしてくれた。


 見返りを求めたわけではなかったのに、結果的には色々なものが付いて来てしまった。この恩は忘れてはいけない。

 クルムが感謝の想いを噛み締めていると、扉の近くに立って話をしていたソマクが、ふと窓際にいるシンクの方へ歩き始めた。


 そして、ソマクはシンクの目線までしゃがみ込むと、


「シンク君、早くヴェルルの町を探索したくてうずうずしているんだろう?」


 優しい声音で語りかけた。シンクはその言葉に満面の笑みを浮かべる。


「おう! こんな祭りみたいな町、見たことないから楽しみだ!」

「ははは! 正直で宜しい。子供なんだから、自由に回ってくればいいさ」


 気分を良くしたのか、ソマクは笑いながらシンクの肩を叩いた。しかし、そんなソマクとは反対に、シンクの顔は複雑な表情へと変わっていく。まるで、どうしていいか分からないと言いたげな表情だ。


 シンクの正面に立っているソマクは気付かなかったが、クルムとリッカはシンクの表情の変化をすぐに察した。


 リッカは腕を伸ばして、準備運動を始めると、


「んー、お腹も減ったし……お言葉に甘えて、ヴェルルを堪能させてもらおうか」


 と言った。リッカの言葉を聞くと、シンクは先ほどの迷った表情から一転、晴れやかな表情へと変わる。


「僕も部屋ばかりにいるのは性に合いません。ソマクさん、これから町中へと行ってきても宜しいですか?」


 リッカに続いて、クルムも凝り固まった体を伸ばすと、ソマクに訊ねた。


「ああ、もちろんだとも。この部屋は、明日まで君たちの自由に使えるように手配しておいたから、存分に使ってくれ」

「何から何までありがとうございます」


 ソマクの配慮にクルムは礼を言った。無一文の旅人をしているため、正直一泊分の宿代が浮くというのは感謝しても感謝しきれない話だった。


 そして、クルムは町中へ出るため、扉の近くへと歩き始めた。

 窓際にいたシンクは、ソマクの横を通り過ぎてクルムの傍へと近づく。ベッドの近くに立っていたリッカも、シンクの後に続いた。


「気を付けて行っておいで」


 ソマクは最近増え始めたばかりの皺を顔に深く刻ませながら、自身の顔の近くで手を振った。クルム達は笑顔で受け入れる。


「それでは、行って来ま――」

「あ、そうだ」


 ソマクは手を振ってクルム達を見送ろうとしていたが、ふと思い出したように声を上げた。

 外へ出ようとしたクルム達は、ソマクの方へ振り返る。


「今日の夕刻から、シエル教団による巡回がヴェルルの広場で行われるんだ。もしよかったら、君たちも来てみるといい」


 ソマクは窓越しに見える人々の往来を眺めながら、そう言った。


「分かった! 行ってみるよ」


 シンクは無邪気にソマクの提案を受け入れた。こんなにも人が集まる理由を作っている巡回というものが、どのように行なわれるのかシンクは純粋に気になっていた。


 しかし、シンクの隣にいるクルムは複雑そうな表情を垣間見させてから、


「はい、楽しみにしていますね」


 と一言入れて頭を下げると、扉の取っ手を捻り、部屋を出た。シンクも町を探索できることが嬉しいかのように腕を大きく振りながら、クルムの後に続いた。


「……ソマクさんはこれからどうされるんですか?」


 しかし、リッカはクルム達の後に続かずに扉の前で立ち止まると、窓際にいるソマクに問いかけた。


「私かい? 私はシエル教団の皆と合流して、職務を全うするよ」


 ソマクは鎧に刻まれている太陽に触れながら、堂々とそう答えた。


 リッカはそのソマクの言葉に、一瞬声が詰まってしまった。

 シエル教団で働き、また倒れてしまったらと思うと不安になる。


 しかし、仕事とあらば――、いや、ソマクの意志であれば、誰も口を挟むことは出来ない。


 だから、リッカが言うべきことは一つだ。


「無理をなさらないように気をつけてくださいね」

「はは、ありがとう。今度は倒れないように気を付けるよ」


 リッカの優しさに気付いたソマクは頭に触れながら微笑みを浮かべる。そして、一拍置くと、目を一度閉じて、


「……君たちが希望の再来に巡り逢うことを祈ってるよ」


 鎧の太陽に触れながら、言葉の意味を吟味するようにソマクは言った。


 その言葉は、シエル教団が大切な人や重要な使命を果たしに行く人に向けて、よく用いられる言葉だ。この言葉を口にすると、英雄が再び来る時を五体満足に迎えることが出来る祝福が臨むと信じられている。

 シエル教団から始まったこの言葉は、今では一般的にも浸透し、多くの人々に使われている。


 ソマクの言葉の意味を知っていたから、リッカはソマクに頭を下げると、


「では、行って来ます」


 宿屋の外で待っているクルム達と合流するため、部屋を後にした。

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