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1-38 恩人に対する接し方

 ***


 全てが終わった後のオリエンスは、様々な被害が至る所に及んでいた。

 壊れた建物、崩れている家、燃えて消えた自然……クルムの目に飛び込む様々なものが、つい先日見たオリエンスとは違っていた。


 そして、もう一つ違う景色と言えば――、


「おい! こっち木が足りないんだ! 持ってきてくれ!」

「こっちには新しい苗を植えましょう」

「パパ、ママ、家からお茶持ってきたよ!」


 オリエンスの居住区の色々な場所で、家族全員が関わっている声が聞こえた。そして、それだけではなく、近隣同士でオリエンスをどう立て直そうか、真剣に話し合っている姿が見られた。

 その姿を見て、クルムは微笑んだ。クルムが行なったことが無駄ではなかったと実感が湧いてくる。


「おお、クルムじゃないか。もう体は大丈夫なのかい?」


 居住区の真ん中でクルムが町の様子を見守っていると、後ろから声が聞こえた。後ろを振り向くと、そこにはフィーオ・サルナックが立っていた。


「ええ、なんとか動けるまでには……」

「なら、良かった。あの時は急に倒れたから心配したよ。皆が一斉に急いでクルムの傍に近づくから、ある意味一番パニック状態になっていたかな」


 フィーオは笑いながら、クルムが倒れた時のことを簡単に話した。クルムはその話を聞いて、頭を押さえた。


「それは申し訳ないですね。ちなみに、誰が僕のことをオリエンス支部まで……?」

「ああ、それは世界政府のリッカ嬢からお願いされて、僕の荷車で運んだんだ」


 クルムの問いかけに、フィーオは功績を主張するように腕を見せつける。


「何から何まで、フィーオさんには迷惑かけっぱなしでしたね」


 クルムはフィーオに頭を下げると、


「まぁ、頂くものは頂いたから問題ないさ」


 フィーオは指で丸の形を作って、笑顔を向けた。


 本来商人であるフィーオはこういう状況だったからこそ、稼げるところでお金を稼いだ。

 そもそもリンゴを売るためにオリエンスに来ていたフィーオにとって、カペルの一件は全く関係がなかった。一切の利益を得ず、商品であるリンゴも失って帰るというのは、商人として大きな痛手となってしまうだろう。


 クルムが口を開こうとした、その時だった。


「あ! 何でも屋さんだ!」


 幼い少女の声と共に、クルムの足元に何かが掴みかかる。クルムが足元に目を向けると、満面の笑みを見せているララがいた。

 その微笑ましい姿にクルムは無邪気に足元に抱きついているララの頭を撫でた。

 満面の笑みだったララは、クルムに撫でられたことにより更に破顔していく。


 数秒経ったところで、ララは「あ、そうだ!」と思い出したようにポケットに手を入れた。そして、ポケットから取り出した物を、クルムに差し出した。

 クルムの手のひらには、綺麗な石が置かれていた。日の光によって輝きを放っている。


「ありがとうございます。これは……?」


 クルムの問いに、ララは照れたように笑みを浮かべる。


「これ、お見舞いとお礼! ララの宝物なんだ。私のお願い聞いてくれてありがとう! パパ、何でも屋さんのおかげでちゃんと戻って来たよ」


 そういうと、ララは視線を前方へと向けた。前方からはジジや交流所にいた面々が、何やら話しながら、クルム達の方へと近づいて来ている。


「クルムさん! もう体の調子は大丈夫なんですか?」


 まず初めにジジがクルムの姿に気付くと、声を掛けに来た。続けて、人々もクルムの容態を心配するように声を掛ける。

 皆、クルムに対して交友的な笑顔を向けていた。


「おかげさまで。あ、それより、僕に敬語なんて使わなくても――」

「何言っているんですか。この町を救ってくれた英雄なんですから、敬語でも物足りないくらいですよ」


 オリエンスの人々は、クルムが言わんとしようとすることをすぐに否定した。

 彼らにも彼らなりの恩人に対する義理があるのだ。この町の家族の絆や人々の心が瓦解するしかなかったところを、繫ぎ留めてくれたクルムには感謝しても感謝しきれないほどの思いがある。

 そんな人に対して以前のように気軽に話すことは、今となっては出来ないのは当然だ。

 オリエンスの人々との思いとは裏腹に、クルムは「うーん」と呟きながら、困ったような表情を浮かべている。


「それより! 我々オリエンスの住民は、ぜひともクルムさんにお礼をしたのですが……」


 クルムはジジの言葉に、迷う素振りもなく首を振った。


「いりませんよ。この町で、ここに住む皆さんが笑顔を向けられるようになった――、それだけで僕は十分に満足です」

「ですが、それでは――」

「それに、僕はもうこの子から十分にもらいましたから」


 クルムは先ほどララからもらった石を見せながら、傍にいるララの頭を撫でた。オリエンスに平和が戻った象徴であるかのように、ララは純粋に笑っていた。


 しかし、ララが笑顔でいることに対し、この場にいる皆は言葉を失ってしまった。

 誰もが容易に言葉を出すことが出来なかったのだ。

 思っていても簡単に口には出せないことを、迷いなく即座に言ったクルムに感服せざるを得なかった。


「ちなみに、今は何をしているんですか?」


 この場の空気を換えるように、クルムは新たな話題を作る。


「え、あ、はい。今はオリエンスの町を復興させようとしているところです。見ての通り、今のままでは、生活もままならない状況なので……」


 百聞は一見に如かず、ジジは視線をクルムからオリエンスの町に移動させた。


 そこには、多くの人が何かしらの仕事を行なっている姿があった。

 家の建て直し、道の補強、新たに花々を植えること、疲れた体を癒す料理の賄い――それらは全て、町を前のような姿に戻すために必要な仕事だった。


 どれも重労働のはずなのに、人々の顔には強制的にやらされているような苦い表情をしている者はいなかった。

 皆、自分たちの手で町を再建しようと、顔を輝かせていた。


「ララも、皆と一緒に頑張ってるんだ!」


 隣にいるララは家族と――、オリエンスの人々と働けることが嬉しいのか、元気よく腕を上げて主張する。

 クルムは考え込むように、崩れた町並みを見ていると、


「手伝いますよ」


 腕まくりをしながら、近くの工具が置いてある場所に移動しようとしていた。


「本当!? 何でも屋さんと一緒にお仕事出来るなんて嬉しいなぁ」


 ララはスキップをしながら、歩き出すクルムの隣にくっついていく。

 そんなララの無邪気な姿を横目にして――さすがにオリエンスを救った英雄に、何より様々なところを負傷している怪我人に、力仕事を任せるわけにはいかないと、誰もが瞬時に悟った。

 この時、クルムとララ以外のこの場にいる人の心は一つになった。

 ジジは立ちはだかるように、急いでクルムの前に立つ。


「いや、この町の恩人にそんなことさせるのは……」

「僕が一緒に作りたいんです」


 人々の説得は虚しく、クルムは笑顔で言った。

 その言葉に人々の間に迷いが生じた。


 ――ここまで言っているのだから任せた方がいいんじゃないか。

 ――いやいや。でも、クルムさんは怪我人だぞ。


 そんな言葉が人々の間に飛び交った。


 若干ざわざわとこの場が乱れ始めた頃――、


「急にいなくなったから探してみれば……まだ怪我してるのに無茶しちゃダメじゃない」


 溜め息交じりの声がこの場に響いた。

 人々の注目は、一気にその言葉を発した方へと傾いた。

 誰もが口を大にして言いたかったことを言葉にしてくれたのは、


「リッカさん」


 リッカ・ヴェントが腰に手を当てて立っていた。その姿は、まるで母親のようだ。

 しかし、よくよく見てみればリッカの額には汗が流れており、腰に手を当てているから分かりにくいが、肩で息をしていた。

 オリエンス支部からリッカはずっと走って来たのだった。


 目覚めてから初めて会うリッカは前と変わらない姿をしていて、クルムは安心した。

 しかし、人々は世界政府のコートを着て立っているリッカを受け入れがたいような空気を醸し出していた。


「すみません。オリエンスのことが気になって、気が付いたら足がこっちに向かっていました」


 クルムは苦笑いを浮かべながら、心配して走って来たリッカに話した。リッカはやっぱりと言いたげに肩を落とした。


「そんなことだろうと思った。まぁ、そういうところがクルムらしいから、すぐにここまで来れたんだけどさ。……ほら。オリエンス支部に戻ろう。それで……、今後のことを話さないといけないんだから」


 リッカは何でもないような表情を装いながら、優しい口調になるように言葉を掛けた。

 しかし、自分では気付いていないのか、リッカは深刻そうな表情をしていることに加えて、リッカの声は強張っていた。

 リッカはいざクルムを前にすると、まだ迷いに揺れてしまうのだ。クルムにどのような立場で接すればいいのか、リッカには分からない。


「そう、ですね」


 もちろんリッカの迷いは、クルムにも伝わった。だから、クルムは何も気づかなかったかのように話して、リッカの隣に歩き出そうとした。

 しかし、クルムの隣にびったりとくっついていたララが、ほんの少しだけクルムの前に立った。

 クルムはそれに伴って、その場に立ち止まる。


「……」


 クルムの前に立つララは、まるでクルムを守るかのようだった。

 ララの背中を見ているクルムには、ララがどんな表情をしているか分からないから、口を閉じることしか出来ない。


「お姉ちゃん、何でも屋さんのこと連れて行っちゃうの?」

「……うん。お姉さんはこの人と大事なお話をしないといけないの」


 リッカに問うララは、まるでリッカに尋問するかのようだった。

 ララの顔を見ているリッカには、ララがどんな表情をしているか分かるから、当たり障りのないことしか言えない。


「嘘! お姉ちゃんの今の顔、私を守ってくれた時のように優しくないもん!」


 ララは大きな声を出すと、再びクルムに抱きついた。クルムを守るようにと、クルムが離れないようにと、ララはクルムに抱きついている。


「……え?」


 リッカはララに言われて、自分の頬に触れる。

 子供に怖がられるほど表情が引きつっていたのだろうか。

 ララを守ったあの時、このオリエンスを守ろうと思って行動していた時、クルムをただの人のいい何でも屋としてしか見ていなかった時――あの時のリッカはどのような表情をしていただろうか。


 少なくとも、今のようには迷いを抱いていなかっただろう。


「大丈夫ですよ。僕はちゃんとすぐに戻ってきますから」


 クルムは諭すようにララに話しかけるが、ララは首を横に振って、梃子でも動きそうになかった。

 リッカはララに掴まれるクルムを見ながら、言葉を失っていた。やるべきことは分かっているはずなのに、体は動かない。

 クルムはララに掴まれて、リッカは二律背反に苛まれて、その場に立ち往生をした。


「リッカ様、彼をオリエンス支部に連れ戻す必要はありません!」


 そんな状況に救いの手が差し伸べられるように、特徴的な声が降りかかった。

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