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1-37 ビルカの不可解な難事件

 ***


 世界を隔離するような音をきっかけに、ギラギラと輝く陽光が容赦なく瞼を焼き付けていることに気が付いた。

 その日差しによって、強制的に意識が世界と繋がっていく。

 何度か瞬きをすることで、世界を明確にさせる。


 目が覚めると、一度見たことのある豪華な景色が待ち構えていた。

 現在自分が置かれている環境を把握すると、ベッドから体を起こして、自分の体の無事を確認する。

 傷はまだ残っているが、見た目以上の痛みは感じない。


 周りはどうなっているのだろう――。


 現在のオリエンスの状況を知るために、ゆっくりと歩きながら、居住区、そして商業区へと向かおうとした。


 ***


 リッカは今回の件で少し汚れが付着した白いコートに袖を通す。少しぶかぶかなコートだが、その分、早く成長しなければと着る度に思わせてくれる。


 鏡と向き合う。そこには、世界政府のコートに着られている少女が立っていた。

 リッカは鏡に映る自分の姿を見て、笑ってしまった。


 これが似合う日は、一体いつになるのだろうかと思いながら、リッカは肩まで伸びている髪を結ぶ。頭の上から髪を結ぶのが、リッカのヘアスタイルだ。そのようにする一番の理由は、髪が邪魔にならず活発に動けるからだ。

 リッカは髪を結ぶと、鏡を見て、身だしなみを確認した。


 そして、少しでもこのコートが似合う人物になろうと決意して、リッカは部屋を飛び出した。


 ***


 廊下にノックの音が響く。少しの間が空いたが、すぐに部屋の中から了承する声が返って来た。


「失礼します」


 リッカは一言断ってから、クレイの待つ部屋の扉を開けた。


「おお、リッカ様! よくぞ来てくださいました!」


 支部長が座る椅子に腰を掛けているクレイは、リッカの顔を見ると、大きな声と笑顔を向けた。事務処理でもやっている最中だったのか、机にはたくさんの書類が散りばめられている。

 オリエンス支部に配属されてから、まだ半月しか経過していないはずなのに、椅子に座るクレイの姿は様になっていた。


「クレイ支部長。様付けは……いや、もういいです」


 リッカは自分に対するクレイの接し方について注意をしようと思ったが止めた。おそらく何度言ったとしても、クレイは敬語を変えてはくれないだろう。

 クレイはその姿を見て、口を緩めていた。


「昨日……いや、今日と言うべきでしょうか。色々と大変でしたなぁ。あなたが動いてくださらなければ、この町は崩壊していたでしょう。いや、お見事と言うしかありません」


 無条件褒めてくれるクレイに対して、リッカはただ黙って見つめていた。何か話のきっかけを探るように、クレイの様子を窺っていたのだ。


「して、わざわざ私の部屋を訪ねてきたということは何か聞きたいことがあるのではないですか?」


 分かり易いリッカの様子を察して、クレイは自ら質問をする機会を作ってくれた。クレイはリッカに椅子に座るよう手で指示したが、リッカは首を振って断った。


「私が聞きたいのはビルカでのことです。結局、あれから聞く機会を逃してしまったので」


 リッカは今しかないと言わんばかりに切羽詰まった表情で、クレイに問いかけた。この時を逃したら、二度と聞けない気がするのだ。

 リッカに対し、クレイは落ち着いている様子だった。クレイは目を瞑って、何か考え事をしている。


「……彼の様子はどうでしたか?」

「……彼、はお客用の寝室でゆっくりと休んでいます。昨日の一件で相当疲れているでしょうから、恐らく当分は目を覚まさないかと」


 つい先ほど、リッカはクルムが眠っている部屋の様子を見に行っていた。怪我だらけのクルムは見ているだけでも痛々しく、この町のためにどれほど走り回ったのか一目で分かるほどだった。

 あの怪我の深さからして、起き上がれるようになるまでは何日かは必要だろう。


「なるほど。……実はビルカの解決には、彼も一役買っているんです」

「え、クルムが……?」

「はい。まぁ、正確に言えば、彼をきっかけにしてと言うのが正しいのですが」


 クレイの言葉はどこか歯切れが悪かった。クレイ自身もまだ割り切れていないのか、滅多に見せることのない表情を見せている。

 しかし、クレイはすぐに浮かない表情を消し、微笑みを見せた。


「ひとまずビルカで何が起こっていたのか、話しましょう」


 クレイは窓の外に一度視線を向けてから、ビルカで起こったことについて語り始めた。



 ビルカはオリエンスの隣にある町の名前で、オリエンスよりも町の規模は比較にならないほど小さい。ビルカに住む人々も争いとは無縁な、穏やかな性格を持っていた。

 そんな特徴を持つビルカに、武器を内密に売買する密輸団がビルカを取引場所にするため数日前から潜み始めた――という噂が一週間ほど前から広まり始めた。


 ビルカ支部の世界政府には、密輸団に対抗する戦力がなかった。それに加え、密輸団が何人いるかも分からない状況だ。

 そのため、すぐにクレイ率いるオリエンス支部に、ビルカ支部は応援を求めた。ビルカ支部の人間から要請を受けると、密輸団を放っておくことの出来なかったクレイは、早速ビルカに足を運んだ。

 ちなみに、その日はリッカが初めてオリエンスに足を踏み入れた日だ。その時、クレイを始めとして、オリエンス支部が慌ただしかったのをリッカは憶えている。


 クレイ達がビルカに到着した時、ビルカは異様なほど静かだった。それは、本当に密輸団がいるのかと疑いたくなるほどだった。

 ビルカの町を歩く者は誰一人いなかった。町全体が密輸団を恐れて、扉さえも開こうとしなかった。

 このままではあまりにも情報が不足していたため、クレイは一人一人の元を訪ねて、情報を得ようとした。人々は警戒していたが、必要最低限の情報は教えてくれた。


 しかし、ここで謎が更に謎を生んだ。


 不思議なことに、町の人一人として密輸団の人間に出会った人がいないということだ。それは、ビルカ支部の人間も同じだった。

 ビルカは小さな町で、密輸団のような集団が潜むことが出来る場所は限られているのだが、検討した場所には密輸団の影さえも全く感じられなかった。


 密輸団の構成、目的、状況、それはクレイを以てしても分からないままだった。

分からなければ、行動を起こすことは出来ない。


 ビルカに立ち入ってすぐに手詰まり状態になったクレイは、ひとまずいつ起こるかも分からない密輸団の取引を防ぐため、ビルカを封鎖して、誰も出入りが出来ないようにした。



「しかし、ビルカを封鎖しても状況は動きませんでした。まったく解決する目途が立たないまま、数日が過ぎました。それがほんの昨日までの出来事です。長引きそうだと判断した私は、昨日の昼、リッカ様に連絡を取りました」


 密輸団がいるはずだと踏んでビルカを封鎖したというのに、密輸団とは一切接触することが出来なかった。まるで実体のない雲をつかもうとしているようなものだ。


「なら――」

「しかし、事態は我々が知らない内に、急速に動きました。――いや、勝手に解決されたと言った方が正しいでしょう」


 リッカが口を挟むよりも早くクレイは言葉を紡いだ。

 クレイの口ぶりは、リッカの頭では理解するのは難しく、疑問に疑問を生んでしまっている。


「……まさか」


 リッカは先ほどのクレイの話を思い出しながら、ある推測に辿り着いた。クレイはその通りと言わんばかりに微笑み、


「――事態が動いたのは、昨日の夕暮れのことです」


 話の続きを始めた。



 その時、八方塞がりとなったクレイは、ぼんやりと夕日に染まるビルカを窓から見下ろしていた。夕日は一日が徒労に終わったと告げんばかりに、切なく淡い光を放っていた。


 すると、クレイも気付かない内に、窓の外にはマントを羽織った青年がビルカの町にいた。その青年は、キョロキョロと周りを珍しそうに見ており、いかにも迷い込んだと表現するのが正しい人物だった。

 どうやってビルカに入ったのかという疑問はあったが、ひとまず青年に注意を呼びかけようとクレイは体を動かそうとした。その時だった。


 突如、木が割れるような音がビルカ中に響いた。


 クレイは何事かと思い、外を凝視した。道の真ん中には、破壊された扉があった。先ほどの音は、この扉が壊れた時に生じたものだろう。

 そして、大通りには、事情を読み込めないまま巻き込まれた先ほどの青年と――怒り狂っている人物が一人増えていた。丁度壊れた扉を挟んで、互いに向かい合っている状態だった。


 何が起こったのか、クレイは理解が追い付かなかった。遠すぎて、二人の言葉も聞こえない。

 しかし、その人物が懐に手を入れるのを確認すると、クレイはすぐに窓から離れ、階段を下り始めた。

 クレイはあの人物が密輸団の一員だという確信を抱いていた。

 ようやく密輸団の尻尾を掴んだクレイは、この機会を逃すまいと急ぐ。クレイの後に、世界政府の一員たちも続いた。

 その間に、一発の銃声がビルカに響く。恐らく外にいる団員が発砲したのだ。


 クレイがビルカ支部の扉を開けると、信じられない光景が待っていた。


 何故か銃を手に持ちながら頭を抱えている団員と、それを平然と眺めている青年がいた。

 密輸団の一員は狂ったように言葉を叫んでいた。その言葉は、直接聞いているのにも関わらず、クレイには理解できなかった。まるで、この世あらざる言語を使っているようだった。

 頭を抱えていた団員は、耐えられなくなったようにその場に倒れ込んだ。倒れた拍子に、手に持っていた銃が地に落ちた。

 そして、倒れてもなお団員は苦しみもがき、その場でジタバタともがいていた。

 クレイは部下たちに、苦しんでいる団員を捕まえるように指示した。団員は、世界政府の取り押さえには一切抵抗を示す様子はなく、あっけなく捕まえることが出来たのだった。



「これがビルカで起こった事件の真相です」

「……へ? これで終わり、ですか……?」


 リッカは呆気のないビルカの終わり方に、思わず疑問の言葉を口に出していた。

 ビルカの解決への道があまりにも短すぎる。

 クルムが現れたことをきっかけに、密輸団の一員が姿を現し、それで終了だとは――クレイが、世界政府がビルカのために費やした時間は何だったというのか。


「リッカ様がそう思うのも当然です。事実、現場にいた我々もまだ腑に落ちないところがあるのですから」


 苦笑いを浮かべながらクレイはそう言った。

 クレイにそんな表情をされたら、これ以上リッカは問い詰めることは出来なかった。理由も分からないものを聞いても、どちらも得をすることはない。


「それで、その後どうなったのですか?」


 だから、リッカはビルカ解決後の進捗を訊ねた。


「青年――クルム・アーレントに関して言えば、オリエンス支部の所有している車を貸して、我々よりも一足先に、オリエンスに向かわせました。私はまだ事後処理が残っていたので」

「え、どうしてですか!?」

「彼からオリエンスの状況やリッカ様が行なおうとしていることを聞いたからです。そのことを聞いて、冷静に考えた結果、一人でもオリエンスに戻って力になれる人が必要だろうと判断しました」


 世界政府の所有物を一人の民に貸すということはあまりない話だ。もしそのことが上の方にバレたなら、どのような罰を受けるから分かったものではないからだ。


 クレイはそのことを分かっていながらも、クルムにオリエンスの所有物を貸した。オリエンスを守るための最善策を投じるために。


 結果、クレイの判断は正しかった。

 もし、クルムがあのタイミングで戻って来なかったならば、リッカもララも、誰も命は助からなかっただろう。


 リッカはクレイの政府としての在り方を垣間見た気がして、クレイに顔を向けた。

 すると、クレイは「話を続けさせて頂きます」と一言リッカに断りを入れた。リッカはクレイの話に集中するため気を引き締める。


「密輸団に関して言えば……」


 クレイは机に散らばっている書類に視線を落として、適当な一枚をリッカに見せびらかせるように手に取った。


「ここにある書類は、現在進行形でビルカ支部の人間から送られている情報です。今、私はそれらの情報をまとめて、上に送ろうとしているのですが……正直、武器の密輸以上に深い闇が隠されています」


 クレイは眉間に皺を寄せており、その表情からビルカの一件の複雑さが窺える。


「政府が捕らえた人間は、捕らえた時も常人を逸した苦しみを訴えていたのですが、時が経つにつれ、更に容体が変わりました。毒を摂取したかのように苦しみ始めたのです」


 クレイはそう言いながら、机に置いてある写真を一枚取り出した。

 そこには、写真でも苦しんでいるのが分かるほど、苦痛の表情を浮かべている男性がいた。


「まさに拒絶と表現した方がいいでしょう。彼は、世界政府以上の何かを恐れているようでした」


 リッカは現場の状況を想像しているのか、苦虫を潰したような表情を浮かべていた。まじまじと写真を見つめていたリッカは、ふと男性に違和感があることに気付いた。

 今日の日の入りまでよく関わっていたから、見落とすわけがない。


「……首輪?」

「はい。政府が取り調べを行なっている内に、彼は武器の密輸団の一員ではなく、実はカペルに煽動目的で遣わされたジェッタという人物だということが分かりました。そして、ビルカをかき乱す傍ら、密輸団と取引をしようと試みていたようです」

「では、密輸団は……?」


 今の話をまとめると、ビルカの事件は解決していないはずだ。リッカは焦る思いで、クレイの答えを待った。


「取引自体は止めました。だけど、密輸団については謎に包まれたままです」


 首を振るクレイに、リッカは居ても立っても居られなくなった。今すぐオリエンスを離れて、ビルカに行くべきではないかと考えた。

 しかし、クレイはリッカの思いを察してか、制止するように咳払いを挟んだ。


「密輸団は何人いたのか、どれだけの武器を取引するつもりだったのか、密輸団の狙いは何なのか……結局は分かりません。けれど、唯一我々が知れたものがあります」


 クレイは机にある書類を一枚手に取った。


「ノスチェス・ラーバス」

「……ノスチェス・ラーバス?」


 リッカはクレイから発せられた言葉を反芻した。その言葉には一切の聞き覚えがなかった。どんな意味を持つ単語なのかさえも分からない。


「人名か、地名か、それとも別の意味があるのか分かりませんが、カペルの仲間である彼がこの一言を呟くと倒れました。……これが、我々が手にした唯一の情報です」


 クレイは悔しそうな表情を浮かべている。己の無力さを痛感しているかのようだった。

 密輸団の取引相手を捕まえおきながら、単語一つしか得られないというのは何ともむず痒い話だろうか。

 部屋の中を静寂が占める。


「クレ――」

「クレイ支部長、大変でございます!」


 いたたまれなくなったリッカが声を発しようとしたその時だった。


 リッカの声を遮るように大きな声と、大袈裟なくらい扉を開ける音が静寂を切り裂いた。

 世界政府のコートを羽織ってやって来たラピスという名の青年は息を荒げている。ラピスの声が大きいのは、オリエンス支部をまとめている者の影響だろう。


「どうした!?」


 新たな事件が参り込み、クレイが反応を示したことで、ビルカについての話は終了した。

 リッカもラピスの言う大変な事件に備えて、気を引き締める。


「寝室にいたはずのクルム・アーレントいなくなりました!」


 ラピスは敬礼をしながら、大きな声で宣言した。

 その言葉にリッカは衝撃が走る。


 ――ついさっきまで、寝室で眠っていたはずなのに……?


「ラピス、落ち着いて状況を説明するんだ」


 クレイは顔に汗を浮かべるリッカを横目で見ると、ラピスに指示を出した。


「私がクルムの様子を窺おうとしたら、すでにベッドはもぬけの殻となっておりました。オリエンス支部中を隈なく探したのですが、それでも見つからず……」


 ラピスは言いにくそうに、説明をする。

 リッカはラピスの話を聞きながら、目を覚ましたクルムならどこへ行きそうか考えていた。


「もしかして、罪人クルム・アーレントは逃げ出したのでは……」


 余裕がないのか、ラピスの言葉は、完全に自分の主観が織り入った説明となっていた。

 ラピスの言葉が耳に入ったリッカは、一瞬クルムがオリエンスから逃げ出す場面を頭の中で思い浮かべた。


 ――クルムが逃げる……? いや、あり得ない。なら、どこへ……? 戦場で倒れて目を覚ました彼なら、真っ先にどこに向かう……? 何がしたい?


 リッカは思考を回転させていく内に、ある一つの考えが浮かんだ。そして、そのことが思い浮かぶと、クルムはそこにしかいないと確信めいたものに変わっていく。


 クレイはラピスの報告を受け、一度溜め息を吐くと、ラピスに一言言おうと口を開いた。


「ラピス、言葉を慎め。彼はこの町においては――」

「……違う、クルムはそんなことする人じゃない。きっと……!」


 リッカはクレイの言葉を遮ると、言葉よりも早く、どこかへ駆け出していた。

 クレイはリッカの行動の早さに一瞬気を取られたが、すぐに気を持ち直し、


「我々もリッカ様の後を追うぞ」


 僅かに口角を上げながら、リッカの後を追った。

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