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1-33 裏切りの始まり

 ***


 ジンガという国のロジン村で生まれたカペル・リューグは、人を疑うことの知らない純粋な少年だった。


 カペルの夢は、人々が互いに支え合って笑い合える世界を作ることだった。昔、読んだ本の登場人物がそのように生きているのを見て、カペル自身もそのように生きたいと思ったことがきっかけだ。

 そして、カペルは成人すると、夢を叶えるために、生まれ故郷を離れることにした。故郷を出立する時、若い人手がなくなるというのに、村の人々は温かくカペルを送り出してくれた。


 カペルにとって、生まれ育った町を離れるということは初めてのことだった。

 肌に感じる空気、草を踏む感触、身を焦がすような太陽、奇妙な動きを見せる生き物――すべてが新鮮で、毎日が新しい発見だった。

 旅の道中、カペルは困っている人を見ると片っ端から声を掛けては、助けになるよう力を貸していた。多くの人と触れ合う中でも、幼い頃から培ったカペルの純粋さは失われることはなかった。


 この先に待っている未来を考えると、一歩一歩踏み出す度にカペルは期待を抱かずにはいられなかった。


 やがてカペルの噂は人から人へ、町から町へと流れ始めるようになり、どんな頼みごとも引き受けてくれる旅人として、カペルはジンガの間でちょっとした有名人となっていた。



「はじめまして。君がカペル・リューグ……かな?」


 そんな時、カペルの元にある一人の男性――ブロイク団のリーダーを務めるリバン・ブロイクがカペルの元を訪れた。リバンの後ろには、三人の男女がいた。見た風貌では悪い印象を受けないのだが、終始ニヤニヤと笑っているのが不審な点ではあった。


「そう、ですが……」


 カペルは言葉を詰まらせながらも、嘘を吐くことは出来ず、正直に自分の名前を認めた。肯定の言葉を聞くと、リバンは嬉しそうに笑顔を向けた。


「よかった。実は風の噂で、君のことを聞いていてね。君はジンガを渡り歩きながら、困っている人を助けているみたいじゃないか。その上、腕が立つという……」

「……」


 カペルはリバンの言いたいことが分からず、無言でいることで話の続きを促した。リバンはカペルの表情に微笑を浮かべると、ポケットから煙草を取り出し、火を点けた。

 煙草の煙が、カペルの胸に渦巻く。心臓を鷲掴みされているような感覚は、心地が悪い。

 何を言おうとするのかカペルには予想もつかなかったが、ひとまず警戒心を解くことはしなかった。


「結論を言うと、だ。俺らの仲間になってくれないか?」

「……え」


 思いがけないリバンの言葉に思わず、カペルは素っ頓狂な声を漏らしてしまった。

 いきなり仲間になれと言われたら、誰でも戸惑うのは当然だろう。


「いや、期間限定でも構わないんだ。君と共にし、様々なことを吸収することで、互いに高め合いたいんだ」


 戸惑いが分かり易く出ているカペルの表情を読み取ったのか、リバンは補足を加えていく。

 リバンが口から離した煙草からは、煙がもくもくと出続けていた。煙草の臭いが、カペルの鼻を掠めていく。しかし、カペルは鼻を押さえることなく、リバンの話を聞き続けた。


「えっと、なんていうのかな。君のその行動に俺らは感動を受けたんだ。俺たちと同じ志を持っている人は、初めて見た。だから――」


 リバンはカペルの顔を見つめ、真正面に言葉を紡ごうとした。その時だった。


「……って、その顔は?」


 カペルは複雑な表情を浮かべていたのだった。それは驚きとも喜びとも受け取れるような表情だった。後ろの三人も、カペルの顔をじっと見つめている。

 自分が注目されていることに気付いたのか、カペルは右手で目を擦り、鼻を啜った。


「え、いや、あの。そんな風に言ってもらえるのが嬉しくて。俺の夢が、誰かに認められたような気がして」


 顔をくしゃくしゃにながらカペルは言った。宝を見つけたような、そんな期待に輝く目を放っている。

 リバンと後ろにいる三人は、顔を見合わせると声を上げて笑った。ほぼ初対面の四人に笑われているが、カペルは悪い気はしなかった。

 リバンは持参している灰皿に煙草を捨てると、カペルに手を差し伸べた。


「改めてよろしく頼む、カペル。俺のことはリバンと呼んでくれ」

「よろしく、リバン」


 カペルはそう言って、疑うことなく、リバンの手を力強く握り締めた。



 カペルがブロイク団と旅をするようになってから、一か月が経過する頃、カペル達はアスワードという町を訪れていた。


 この町の名前の由来は、ポルト・アスワードという財閥が君臨していることから来ている。

 ポルトは裕福な人物だ。アスワード家は代々町を治めており、町の名にも自らの家の名が付けられているほどの影響力を持っている。


 しかし、裕福なのはアスワード家と一部の貴族だけで、他の人々は飢えに苦しんでいた。市街地から一歩出た途端に、景色は変わってしまう。


 貴族街と貧民街という括りで分けられているのが、アスワードの現状だった。


 だから、そのアスワードを救うために、リバンはカペル一人を連れて、アスワード邸の前に立った。

 アスワード邸からは優雅な音楽と人々の高貴な笑い声が響き渡っていて、いかにも金持ちの道楽を嗜んでいる最中だった。

 カペルはアスワード邸の門を前にして、足を止めて、リバンに向き合った。


「リバン。本当にアスワード財閥からお金を奪いに行くのか?」

「ここまで来たら止まる訳にいかねぇよ。カペルだって、アスワードを救うためには、ちょっとやそっとのことじゃ叶わないってことは分かるだろう……?」


 リバンの言葉を聞き、カペルは町の現状を思いながら、目を閉じた。

 カペル達は互いに信頼関係を築くようになって、心を許し合えていた。だから、リバンの言いたいことも分かった。

 確かに、彼らを助けるためには、いくらかのお金が必要だろう。

 しかし、お金だけで救えると、カペルには到底思えなかった。


「でも――」

「大丈夫、俺を信じてくれ。俺はアスワードを救いたいんだ。これでアスワードは変わる」

「……」

「もし俺たちに不審なところがあれば、今日限りでブロイク団から離れても構わない。――俺は、それくらいの覚悟を持っている」


 真っ直ぐにカペルを見つめるリバンの顔は嘘をついているようには見えなかった。リバンは本気だ、とカペルは悟った。

 なら――、


「……分かった。そこまで言うなら、やるしかないな」


 カペルは溜め息を一つ吐きながら、そう答えた。こうなったら、リバンは梃子でも動かないことをカペルはこの一か月の間で学んだ。

 もちろん若干の不安もないと言われれば嘘になるが、それよりもリバンを信じる思いの方が強かった。


「さすがカペルだ。俺はお前と仲間になれて良かったって心の底から思うよ」


 リバンはカペルに笑顔を見せると、アスワード邸に足を踏み入れた。カペルは顔を赤くしながら、置いて行かれないようにリバンの後を追った。

 その時、リバンの背後にいたカペルは、アスワード邸に向かうリバンの表情がどのようなものだったのかは分からなかった。



 アスワード邸に潜入してからポルトの財産が隠されている部屋の前に着くまでの時間は早かった。


「ここ、開けられるか?」


 リバンは件の扉を指で指しながら、そうカペルに訊ねた。扉は頑丈な造りになっていて、厳重に鍵まで掛けられていた。

 カペルは周りの様子を確認した。

 宴会をしている広間まで、だいぶ距離が離れている。多少強引に扉をこじ開けたとしても、きっと気付かれないだろう。

 目的の達成を直前にして、カペルの中に自戒の思いが生まれた。本当にこれが正しい方法なのか、と今更考えてしまったのだ。しかし、


 こうすることで、アスワードの貧困が解決されるのなら――。


 カペルはそう自分を無理やり言い聞かせると、リバンから預かった腰にある短剣を取り出し、扉を斬り裂いた。


 扉を斬り開いたその先には、


「おいおい、マジかよ! アスワードはこんなに金銀財宝を隠してやがったのか! これだけあれば十分すぎるだろ!」


 部屋いっぱいが光り輝くほどに多くの金銀があり、真っ先にリバンは目の前の存在が現実であることを確かめるように手に取って触れた。

 カペルも、目の前の部屋の光景に目を奪われていた。


 アスワードの貧困街からは全く想像できないほどの財産があった。ざっと見ただけでも、これだけあれば、確かにアスワードで貧しく生きている人も救うことが出来るほどの量だった。

 リバンは用意していた巨大な袋を取り出して、そこに金銀財宝を目に映る限り盗んでいた。入れても入れても、財産がなくなる気配は全くなかった。


 しかし、ここで、カペルはあることにふと気が付いた。「……リバン」と、アスワード家の財産を手にしている仲間の名前を呼んだ。その名前を呼ぶと、カペルの全身から嫌な汗が出て来た。自分の考えが当たって欲しくない、と思う。

 リバンは財産を盗むことに必死になっているのか、カペルの顔を見ずに「なんだぁ?」と気の抜けた返事をした。


 カペルは一度唾を飲み込むと、


「今の言い方だと、まるで自分のために財産を得た……ように聞こえるぞ?」


 出来る限り、楽観的な口調でカペルは言った。しかし、そう意識したものの、言葉は震えていた。無理に作った笑みも、形が整っている自信がない。


 リバンの動きは一度止まったが、何事もなかったかのように再び財産を袋に入れ始めた。

 カペルはそのリバンの姿を見て、全身の血が冷めていくのを感じていた。

 リバン・ブロイクの姿は、人を救うための行動とは全くかけ離れており、むしろ真逆の盗賊のようだ。


 世界と自分が乖離していく――、カペルは立ち続けるのが困難な状態に陥って来た。

 しかし、カペルは倒れることを拒んだ。リバンの口から真実を聞くまでは、倒れる訳にはいかなかった。


「なぁ、冗談だよな……? なんか言ってくれよ」


 終始無言を貫いていたリバンに、カペルは諦めることなく話し続けた。

 そして、ようやくリバンはカペルの方に体を向けると、カペルに歩みを寄せて来た。リバンが手にする袋は破裂せんとばかりに溢れていた。

 部屋の中に数えきれないほどあった宝も、四分の一以上は減っていた。


「俺はアスワードを救う」


 リバンははっきりと一言、そう断言した。その言葉に嘘は感じられなかった。

 その言葉に心の底から安堵したカペルは、一息吐いた。


 しかし、カペルが安心した束の間に、腹部に衝撃が走った。

 心身共に何も警戒をしていなかったカペルは、直にダメージを受けて、その場で腹を押さえながら膝を折った。


 カペルは衝撃が加えられたであろう方向を何とか見つめることが出来た。

 そこには、拳を突き出した状態でカペルのことを見下ろしているリバンがいた。


 理解が追い付かなかった。いや、理解したくなかったというのが正しい。


「こんなにお金を持っていたら、ポルト・アスワードは金の亡者になる。だから、俺が有り金全部を奪うことで、アスワードを金の呪縛から救ってやるんだ」


 リバンは卑屈な笑みを浮かべながら、そう言った。


 そこにいるのは、もはやカペルの知らないリバン・ブロイクだった。

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