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1-28 触れて、離れて、また触れて

「ハハハ!」


 建物が崩れ落ちる音と共に、カペルの笑い声が響く。

 カペルは道の真ん中を我が物顔で堂々と歩いていた。


「おい! 早く姿を出せ! お前たちのせいでオリエンスの町が全部崩壊しちまうぞぉ!」


 カペルは右手に剣を持ち、左手に爆弾の起動装置を持っていた。カペルの左指が動く度に、爆発と共に建物が壊れてゆく。


 少年は今すぐに飛び出してカペルに突っ込んでしまいそうなほど、体を前に出していた。クルムはそうさせないように、腕一つで少年を抑え込む。


 まだカペルが最悪の手段を取っていない今、すぐに動くのは得策ではない。しかし、その時間もいつまで持つかが問題だ。カペルが方法を変える前に、最善策を見つけなければ――。


「ああ、いいさ! お前らが、そうしてずっと隠れているつもりなら、こっちだって考えがある!」


 カペルは大通りの真ん中で歩みを止めると、大声で叫んだ。どこにいるか分からないクルムと少年に聞こえるように、わざと叫んでいるのだ。そして、あわよくば、居場所を突き詰めようとしている。


「お前らが顔を出さないなら、これから爆発の対象を物から人に変えてやる!」


 その声を聞きながら、クルムと少年はそれぞれ違う反応を見せた。

 クルムはその事実を知っていた上で焦りの表情を浮かべ、少年はその事実を全く知らないで困惑の表情を見せた。

 カペルが話そうとすることを知らなくて済むように、クルムは少年の耳を塞いであげたかったが、カペルの声はあまりにも大きい。


「俺の所有物に付けている首輪が、ただのしるしとしてだけ付けていると思うか? この首輪には、小型爆弾が搭載されている!」


 カペルのその言葉を聞き、少年は自らの首にある首輪に触れた。少年の瞳には、恐怖と驚愕とが共存していた。


 そう。これこそが、首輪の秘密だったのだ。


 クルムはハワードから聞かされていたから知っていた。

 あの時ハワードが小声で教えてくれた理由が分かる。忠誠を誓った人に爆弾を知らずに持たされて、加えて爆弾の対象が自分だとしたら、ほとんどの人はまともな精神状態ではいられないだろう。


「おっとぉ! 小型と言っても、威力は馬鹿に出来ないぜ? 頭と体を分裂させるなんて余裕で出来るくらいの威力は備わっている!」


 カペルの声を耳にし、クルムは決意を固めるため、小さく息を吐く。まだ最善策を見つけたわけではないが、こうなったら仕方がない。

 そのクルムの雰囲気を察したのか、少年はクルムのことを見つめていた。

 クルムは笑いながら、少年の頭に触れる。少年はその手を拒まなかった。クルムは名残惜しそうに、ゆっくりと少年の頭から手を離し、そして――。


「さぁ! これから、俺の駒を破壊し続けるカウントダウンの始まりだ! 三、二、い――」

「これで、満足ですか?」


 カペルが起動装置を押そうとする直前、クルムはカペルの前に姿を現した。カペルは押そうとしていた指を止め、悪魔のような笑みをクルムに見せつける。


「いやぁ? まだ満足は出来ないな……。あいつはどこに行った?」

「ふふ。あの子なら、もう誰の物にもなりたくないと言って、この町から出ていきましたよ?」

「ハハハ! なら、約束が違うなぁ? 俺はお前らと言ったんだ。あいつが顔を出さないなら、これを押すしか――」


 カペルが顔の前で見せつけるように起動装置を押そうとすると、目の前から勢いよく何かが迫って来た。

 カペルは装置を押すよりも先に、迫り来る脅威を避けるため、体を反らした。カペルの鼻先をギリギリ風が掠めていく。

 何事かと思い、カペルは脅威が襲って来た方向に目を向けると、クルムが拳を突き出していた。


「僕がいる限り、爆発はこれ以上起こさせません」

「ハハハ、俺を止められるとでも思っているのか? なら、やってみろよ!」


 カペルは剣を持つ右手に力を込めた。


「反抗する意志がなくなるまでお前を痛み付け、洗礼によって作り上げた死体の山を拝ませてやるよォ!」


 そして、カペルはクルムに向かって走り出し、剣を思い切り振った。


 ***


 頭の上で温かい感触がする。


 こうして頭を触れられるのは、記憶を失ってからは二度目だった。どちらも同じ人物に触れられている。

 頭を撫でられるのは、子ども扱いされているようで嫌だった。一度目は恥ずかしくなって、すぐに拒んだ。

 二回目は目の前にいるクルムの想いが伝わってくるから、無碍に拒絶することはしなかった。


 ――未来を切り拓こうとする意志。心の底から案じてくれる優しさ。何としても守ろうとする覚悟。


 その全てが、クルムの手の平から、少年の頭の中に流れてくるようだった。

 しかし、やがてその時間も終わりを迎える。クルムが少年の頭から手を離したのだ。温かい温もりが消えると同時に、クルム自身も少年の目の前から消えていこうとしていた。

 クルムは一切少年の方を振り向かないまま、前へと向かっていく。


「クル――……んッ!」


 少年がクルムを止めようとした時だった。少年は後ろから誰かに口を押さえられた。


 ――新手の敵か!?


 言葉を出したくても、口が塞がれているため何も叫べない。

 少年はどうにかして敵の手から逃がれようとして、ジタバタともがいていると、


「全く……ようやく見つけたと思ったら、どれだけ危ない状況になってるのよ」


 溜め息交じりの声が後ろから聞こえた。女性の声だ。

 少年はその言葉を聞くと、後ろにいる人物が敵だという認識が薄れた。その言葉からは、少年のことを案じている思いが滲み出ていた。

 押さえつけられた手の中で叫ぶのを止めると、後ろにいる女性は少年の口を開放した。少年が落ち着いたと判断してのことだ。


 少年は深呼吸をすると、後ろにいる人物を確認するため、体を振り向けた。


 そこには、顔を汗と泥にまみれている一人の女性がいた。まとめた毛先が微かに頭の上から飛び出している髪型が、特徴的だった。

 女性は温和な表情を浮かべながら、少年に声を出さないことを念押しするために人差し指を唇に当てていた。


 顔に覚えもあるし、世界政府の人間だということは知っているものの、少年は目の前にいる女性の名前が分からなかった。


「――私は、世界政府のリッカ・ヴェント。何度か顔を合わせたことあるよね?」


 言葉に迷う少年の様子を察したのか、目の前の女性――リッカ・ヴェントは自らの名前を名乗ってくれた。

 リッカの問いかけに対し、少年は頷く。クルムと初めて話した時とかクレイとザイークが戦っている時とか、その他にも何度かリッカの姿は見たことがあったのだ。

 すると、リッカは納得したように笑い――、


「なら、なんで逃げたりしたのかな? おかげで、私は色々と大変だったんだよ」


 笑いながら、少年に詰め寄って来た。


 少年のことを追いかけたリッカだったが、すぐに少年を見失ったことに加え、何度も道に迷って、余計な距離を走り回っていた。そんな矢先に、偶然的にカペルに見つからないまま、少年を探し当てることが出来た。多くの人に見送られたのに、そんな結果を迎えてしまったとは恰好が付かないから誰にも言えないのだが……。


 真顔で笑うリッカに圧された少年は、思わず一歩後退る。頬に汗も伝ってくる。


 ――この人、怒らせたら怖い人だ。


 リッカを何度か見てきた中で、柔らかな人柄と、ひたむきな性格が少年の中で印象に残っていたが、少しだけ認識を改めた。


「……ま、君が無事に生きているならいいんだけどさ」


 リッカは肩を竦めながら、引き下がるようにそう言った。その仕草とは裏腹に、リッカは心の底から安心したような表情を浮かべている。

 少年は言葉に詰まった。

 そんな真っ直ぐな表情を向けられては、皮肉めいたことは言えない。


「それで、今はどういう状況なの?」


 リッカに言葉を掛けられて、少年は先ほどまで自分がやろうとしていたことを思い出した。リッカとのやり取りは数十秒だったとはいえ、時間は確実に過ぎてしまっている。

 少年は建物の陰に隠れながら、リッカに大通りを見るように指示をした。


「拝ませてやるよォ!」


 大通りに目を向けると、カペルがクルムに向かって走っているところだった。


「助けないと……っ!」


 少年の声にリッカは同意するように頷く。

 しかし、カペルの動きは凄まじく、あっという間にクルムの懐まで辿り着いていた。少年とリッカが飛び出す余地もなかった。そして、地面に引きずらせていた剣を、カペルは勢いよく振り上げる。右手でしか振っていないはずなのに、異様なほど力強い。

 クルムの体の中心を抉るように剣の軌道は描かれていたが、クルムはその斬撃に対してバックステップを取ることで難なく躱す。

 クルムを休ませないかのように、カペルは更に追撃を始めた。その追撃をクルムは最小限の動きで避け続けるが、視線はある一か所を外さないようにしているように見えた。カペルは剣を振り続け、クルムは避け続ける。


 そのような攻防が、クルムとカペルの間でずっと繰り広げられる。リッカと少年が割って入ることの出来ないほど、次元の高い戦いだった。


「私たち、今入っていったら確実に邪魔になるね……」


 リッカはそう呟いた。クルムとカペルから目を背けない少年は、黙ることで無言の肯定をした。

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