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1-23 荒れるオリエンス

 ***


 居住区の周りには、火が燃え上がっている。それは、爆発が原因によるものだ。

 現在起こった爆発は二回。リッカが居住区に足を踏み入れた途端に、立て続けに起こった二回だけだ。

 しかし、その二回だけでも、十分な威力を発揮していた。


 今のところ、まだ家には被害はなかった。これは不幸中の幸いといっても過言ではないだろう。しかし、田畑や草木などといった自然物の近くで爆発が起こったため、火は草花を燃やし、更に勢いを増していく。


 そして、人々の心を陥れるには、その炎だけで十分に事足りていた。

 子供の泣き声、女性の悲鳴、お年寄りの唸り声などが、町の至る所で聞こえ続ける。それらの声が止む様子は、全く見られなかった。

 なぜなら、今の居住区には、危機的状況を現実的にも精神的にも支えてくれる成人男性が存在していないのだ。だから、人々はどうすべきか分からず、非現実的な非常事態をただただ受け止め、その場に留まりながら混乱していることしか出来なかった。


「皆さん、落ち着いてください!」


 しかし、その状況を切り拓く希望の声が、町の各所から響き渡る。


 リッカの声だ。リッカの声は落ち着いていて、それでいて力が強く、町の人々にとって頼もしく聞こえた。

 人々は藁をも縋る思いでその声の主を求めて辺りを見渡すが、リッカはどこにもいなかった。

 それでも人々が絶えず、希望の光を求めてリッカを探そうとしていると、人の思いに応えるように拡声器の駆動する音が聞こえた。


「その場で留まっているのは危険です。オリエンス支部まで避難してください!」


 拡声器から再びリッカの声が響いた。しかし、町の人々からはリッカの姿はやはり見ることが出来なかった。それもそのはずだ。


 現在、リッカは燃え盛る炎を目に入れながら、オリエンス支部の一室にいた。その部屋の端っこにはララが横に寝かされている。

 リッカの顔や服は煤で汚れており、額には急いで駆けてきたことが分かるくらいに汗が浮かんでいた。髪も額にへばり付いてしまっている状態だ。

 リッカの手にはエインセルが持ち合わせられていて、リッカはエインセルに向かって声を張り上げている。そして、その声は、町中の至るところに設置されている拡声器から出されていく。


 政府が所有するエインセルだけが持つ機能の一つ、町の拡声器とエインセルを繋ぎ合わせる機能だ。この機能はどこの町にいても使うことが出来、エインセル側で拡声機能を選ぶと、自動的に町の中の拡声器を通して声を拡張してくれるのだ。

 ちなみに本来ならば、この機能は敵が攻めている時に使うものではない。敵に自分の居場所やこれからの方向性を教えることになるからだ。


 しかし、リッカはそのことを知っていながらも、今回エインセルを使用することにした。


 危険な賭けではあるが、多少のリスクを冒さない限り、全員を守り通すのは不可能だ。一人一人に直接声を掛けて安心させてあげることが出来ればそれが一番いいのだが、一瞬の内に状況が変わりかねない現状だと、そうすることは難しかった。それに、居住区の町も一人で駆け回るとなるとなかなか広い。


 リッカは祈りを込めてエインセルで一報を入れると、一度息を吐いてから、オリエンス支部の周りに人々が集まっているか確認しようとした。

 外に出るために扉に手を掛けると、人々のざわめく声が聞こえる。

 何を言っているかまでは分からないが、多くの人が扉の先にいるのは間違いがないだろう。

 皆が無事に辿り着いたことにホッと一息つくと、リッカは扉を開けて外に出た。


 ――しかし、ここからが問題だった。


「一体どうなってるの!?」

「ママー! パパはどこにいるの?」

「熱い……焼け死にそうじゃ……」

「怖い! 早くどうにかして! 助けてよ!」


 数百を超える人間が、我先にとオリエンス支部の周りに集まっていた。

 オリエンス支部の前に集まった人々は、最早パニック状態も同然だった。むしろ、一か所に集まったことにより混乱が増し加わっている。


 そこには、配慮も尊重も何もない。

 ただ自己の生存のみを最優先にしようとする人間の動物的本能だけがあった。


 まだオリエンス支部の中にまで入っていなかったということが幸いに見えてしまう。人々はリッカの存在に気付いていないのか、互いに争い合っていた。


 リッカは目の前の地獄絵図のような光景を見て、思わず気持ちが後退ってしまった。体も僅かに後ろに下がってしまう。

 半歩下がった時、リッカの体は扉に当たってしまい、扉は音を立てて閉まった。その音に人々は気付くと、凄まじい勢いでリッカに鋭い眼光を当てつけた。


 その目は、まるで獲物を見つけたような目だ。そして、その表現は正解となる。


「ねぇ! なんで爆発が起こっているの!? 早く説明してよ!」

「うわぁぁぁぁ!」

「私たちが何をしたの……?」


 怒り狂う声。泣き叫ぶ声。絶望の混じった声。憎悪。恐怖。八つ当たり。発狂。責任転嫁、誹謗中傷……ありとあらゆる悪の感情が、躊躇なくリッカに向かう。

 人々の中で溜めに溜めていたものが爆発してしまったのだ。


 これは世界政府が信頼されている証でもある。

 世界政府ならば、全ての問題を解決してくれるだろうという認識が人々の中にあるということだ。もっと端的に表現するのならば、世界政府がいるなら平和は約束されたのも同然だと思っているのだ。


 しかし、その人々の認識は、今回崩された。ここまで被害が及ぶというのは、オリエンス史上初めてのことだ。隣国からオリエンスを守っていた時でさえも、ここまで酷い惨状にはならなかった。


 だから、人々は恐怖と焦燥の感情を交えたまま、リッカに接してしまった。その結果、リッカ一人に多大な圧力がかかり、この場は更なる混乱へと深まり始める。


「み、みなさん……っ! 落ち着いてください! 大丈夫ですから……」


 言葉と感情の暴風雨の中、リッカはなんとか人々を宥めようと声を掛けるが、人々の心に全く響くことはなかった。


 むしろ、火に油を注ぐように、人々の言葉も心も過熱していく。

 一度瓦解してしまったものは簡単に直ることはなかった。

 人々の心を表すかのように、周りの火の手も勢いを増していた。その様子を見て、人々は更に混乱へと陥る。


「こんな状況で落ち着ける訳ないでしょ!? 何を根拠に言ってるの?」

「あんた、世界政府でしょ? 早く何とかしなさいよ!」

「いえ、ですから……っ!」


 リッカは二の句を継ぐことが出来なかった。ここにいる人々は皆、リッカの言葉なんて、まるで聞く耳を持たないことが分かってしまったのだ。

 それは人々に心の余裕がないからだけではない。リッカの言葉にも、人を動かすほどの力がなかったのだ。


 リッカはエインセルを使って、人々をオリエンス支部に集めたが、その後のことを考えてはいなかった。ひとまず世界政府の拠点に集まれば、人々も少しは落ち着きを取り戻すことが出来るだろうという楽観的思考だった。

 だからそこに、具体的な策なんて、一つもなかった。

 その結果、居住区はより一層荒れるようになってしまった。


 何も出来ない状況の中、ふとリッカは口の中に鉄の味が染み渡っているのに気が付いた。

 リッカは唇を噛み締めていた。血が滲むほど強く、強く嚙んでいた。

 口を噤んで、人々の話を耳に入れながら――それでいて、自分の思考の海に溺れている間、ずっと噛み続けていたのだろう。


 自分の無力さを思い知る。世界政府に入ってから、リッカは自分の力のなさを再確認することばかりだ。

 正義感だけは、人一倍あった。

 正しい人が苦しまない世界を作るという意志が、リッカ・ヴェントを世界政府として突き動かしていた。

 しかし、その正義感が先走り、後先考えずに飛び出して、空回りしてばかりいる。助けたいと思った人も、リッカ一人では助けることは叶わない。


 想いだけは人一倍強かったとしても、それを成し遂げる実力がリッカにはまだ備わっていなかった。


「あなた、世界政府なのに何も出来ないわけ!?」


 リッカの心に、鋭い刃のように言葉が突き刺さる。

 立ち尽くして何も言わないリッカに、痺れを切らした女性の一言だった。

 今まで人々の声が聞こえなかったのに、今の自分にピッタリと合う言葉だけ、この耳は拾ってくれる。


 いつの間に下を向いていたのだろう、リッカの視界には自分の靴だけが映っていた。世界政府に所属するようになってから履き出したというのに、もう汚れが目立っている。


 まるでリッカを表しているようだった。


 真っ白で純粋な想いを抱いて世界政府に入ったはずなのに、何も成し遂げられずに突っ走って、結局は汚れを被るだけ――。


 その汚れを認めなくて、リッカは目を閉じる。


「なら、謝るくらいしなさいよ!」


 女性の一言をキッカケに、人々は次々とリッカを非難する声を出し始めた。


 ここで謝ったら、全てを諦めることになる――、そんな思いがリッカの心を掠めた。

 でも、そうした方がいいのかもしれない。

 なぜなら……。


 ――私は、誰も救えない。世界政府なんて、私には重すぎた。


 ついに、その重圧に耐えられなくなったリッカは、固く閉じていた口を開こうとする。


「僕の夢は、世界中の人々が幸せになることです。そのためなら、僕自身がどうなっても構いません。どんな道でも歩み続けると覚悟してるんです」


 その時、リッカの耳に声が鮮明に聞こえた。

 一度聞いた覚えのある言葉――。

 優しく、力強く、迷いのないその言葉は、リッカの心を奮い立たせてくれた。閉じていた目も開く。視界に色が入っていく。


 すると、リッカの足元を不自然な影が覆っていることに気付いた。しかも、その大きさは段々と近くなっていく。


 諦めていた心が嘘みたいに甦り、先ほどまでリッカのことを言葉尻に攻めていた目の前の人々を守るようにリッカは立つと、上から襲来してくる何か――タイミングからして敵――に迎え撃つ態勢を取った。

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