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1-21 晴天の霹靂

 その廊下に鳴る足音を聞き取ると、クルムは壁にもたれかかっていた体をすぐに起こし、警戒態勢を取る。暗がりで人の姿はよく見えないが、良い知らせを運びに来たわけではないだろう。


 前方に意識を向けながら、クルムは少しだけ後方の部屋に意識を傾ける。人々の話声が聞こえた。現在カペルの本拠地となったこの交流所にいる人は、クルムの後ろにある部屋にいる人で全員だ。


 つまり、この建物の廊下で歩く音が響き渡るということは、あってはいけないことなのだ。

 足音は、確実にクルム達の方へと近づいて来ている。

 クルムは目を凝らしながら、闇に染まった廊下の方を向いている。誰が来ようと、何があろうと、対応できる準備は万端だ。


 徐々に闇から人の輪郭が浮かび上がってくる。その人影から察するに、細身の人間であることが分かった。

 右の足が影の中から現れる。だいぶ立派な靴を履いているが、目立つ汚れが付いていた。

 もう反対の足を出せば、その正体が完全に露わになる――、という時だった。


「あれ、君は――」


 先にクルムの存在に気付いたのか、影に混ざる人物は声を出した。それは顔見知りのある者に向ける声だった。クルムはその声につられ、最大限に発揮していた警戒心を少しだけ緩める。


「……」


 しかし、警戒心を緩めたものの、クルムはその声に反応することはなかった。その声の持ち主とクルムの認識の歯車は嚙み合わなかった。


「ああ、やっぱり!」


 だが、相手は気に留める間もなく、納得のいく声を上げた。

 その声と同時に姿が明るみにされる。疑問符を浮かべ続けていたクルムだったが、そこでようやくクルムも合点を得た。


「君は、クルム・アーレントじゃないか」


 そこには、昼間に出会った商人フィーオ・サルナックがいた。


「フィ、フィーオさん!? なんでこんなところにいるんですか?」


 しかし、その正体を知ったからといって、フィーオがここにいる原因までは分からなかった。クルムは理由を問いかけようと、フィーオに近づく。

 フィーオはクルムが近づいて来るのを見ると、一瞬微笑み――、


「てぃっ!」


 傍に寄ったクルムの頭を、手の平の側面で叩いた。子供がじゃれるくらいの強さだったので、痛みは特になかった。しかし、クルムは突然の出来事に痛むことのない頭を反射的に押さえた。


「クルムっ! お前、ちゃんと説明はせなあかんよぉ。説明不足のせいで、おら大変な目に合ってたんだら」

「……え?」


 クルムはきょとんとした顔を浮かべながら、周りを見回した。クルムの周りには、フィーオ以外は誰もいない。フィーオは腰に手を当てて、憤りを全面的に出すような姿勢を取っていた。


 ――い、今の声は?


 クルムは聞き覚えのない声、いや、聞き覚えのない発音を聞いて、戸惑っていた。しかし、周りを見ても、その訛った発音の持ち主は見当たらない。

 まさか、と思ってクルムは目の前にいるフィーオ・サルナックに視線を配る。

 フィーオは興奮して顔を真っ赤にしていたが、クルムのひたすらフィーオだけを見つめている視線に気づくと、まるで隠すように急いで口に手を当てた。フィーオの顔が徐々に青ざめていく。

 二人の視線が交じり合って、刹那。

 フィーオは一度だけ咳払いをすると、


「クルム、ちゃんと説明をしてくれないと困るな。君の言う夜っていうのは、てっきりオリエンスの暗黙のルールのことかと思っていたよ。そのせいで、厄介な目に遭ってしまってね……」


 フィーオは爽やかな表情を作りながら、改めてそう言った。


「あ、先ほどはそういう風に言っていたんですね」

「……っ! おまっ、ばかぁ! そこは、何事もなかったよおに、無視するところやろ!」


 納得がいったというように手を叩くクルムに、フィーオは恥ずかしさと落胆の意味を込めて、額を押さえながら下を向いた。


「え、何でですか? 確かに最初は急なことで戸惑いましたけど、気にすることはないと思いますよ」

「……いいかい。昼にも言ったと思うけど、俺は世界一の行商人になる男なんだ。世界一になった時に、こんな訛りを出していたら、顔が立たないだろう?」

「……そうですかね」


 無理をせず自然体ででいい気がする。それに、フィーオに対して更に親しみやすさが増した。

 少なくともクルムはそう思っていた。

 クルムも田舎の山奥出身だから、フィーオほど強烈ではないにしろ、訛りを聞く機会はあった。だから、訛りを使っていることに違和感はないのだ。

 しかし、そう考えるクルムとは裏腹に、フィーオは更に表情を曇らせていく。


「それに、大国に出れば出るほど、田舎者を馬鹿にする習性があるからね。そういう意味でも、俺は訛りを出さないようにしているんだ」

「ああ、なるほど。確かにそれはそうかもしれませんね。すみません、気付かないで勝手なことを言ってしまって……」

「あ、いや。謝る必要はないんだけどさ」


 素直に謝るクルムに対し、フィーオは決まりが悪そうに頭を掻いた。


「……それよりも。むしろ、謝って欲しいことは、今こうなってしまっている現状の方かな」


 フィーオは微笑みを見せると、思い出したようにそう言った。フィーオは自分を見てくれとばかりに、腕を広げた。

 クルムはじっくりとフィーオのことを見つめていると、フィーオの服が全体的に汚れていて、爽やかな顔立ちの中に、疲弊の色が混じっているのが感じ取れた。


「せっかく商業が盛んな地で昼夜問わず売り込もうとしたら、日が暮れる頃合いに僕はシエルの名を語る者たちに捕らえられてしまったんだ」


 夕暮れ時、交流所が交流所としての役割を果たしていないことを知らなかったフィーオは商売を目的にこの場所にやって来た。

 しかし、そのタイミングは最悪中の最悪だった。

 ちょうど、カペル達が洗礼をしに居住区へと向かう時だったのだ。

 鉢合わせしてしまったフィーオはその場をすぐに離れようとするものの、逃げ切ることは出来ずに捕まった。そして、そのままフィーオはカペルに対峙させられた。


「シエルを名乗る男は、さほど興味がないように俺のことを見つめていてね。まるで侵入者よりも、大事なことを見据えているようだった。そして、小物の処理は任せるって手下たちに向かって吐き捨てると、その場を離れてしまったんだ」


 カペルがいなくなった後、フィーオをどうするか、カペルの手下たちは考えあぐねていた。

 そこで、フィーオは自身の商品であるリンゴを無償で与えることを提示し、この交流所から出ないことを条件に、命が助かったのだという。


「おかげでプリルのリンゴも台無しさ。全く……はっきり話してくれればよかったのに」


 フィーオは再び爽やかな表情を見せた。その表情から察すると、本気で謝ってほしいとは思っていないようではあった。


「すみません。まだどうなるか確証もなかったので、あの時はあのように言うしか出来なくて……」


 しかし、クルムはフィーオの言う通り、頭を下げて謝った。確かに予想の段階だとしても、起こりうる可能性を詳細に説明していたならば、フィーオの状況は変わったかもしれない。

 フィーオは不意打ちを食らったような表情を見せたが、


「……まぁ、実際は商売柄こうなることは覚悟して生きているから、そこまで気にしていないんだけどね。それに、僕の荷車は無事だったし」


 すぐにいつもの爽やかな表情に戻しながら、そう言った。


「はは、ちょっと意地悪が過ぎたかな。こうして無事にまた会えたんだから、少しは多めに見てもらえると――」


 フィーオの言葉の途中だった。

 突如として、部屋の隙間から何かが爆発したように光が差し込み、廊下一帯を照らした。

 そして、その直後、爆発音が響き渡る。


「うぉわ! な、なんと!?」


 身を守るように頭を抱えながらしゃがみ込んだフィーオがそう叫ぶ。クルムはすでにハワード達がいる部屋の扉に手を掛けていた。


「大丈夫ですか!?」


 扉を開けた先には、何事も被害の受けた様子のない部屋があった。クルムが出ていった時と何ら変わっていない。しかし、人々は頭を抱えながら、恐怖に震えていた。


 ――爆発の被害はない……。なら、何が……?


 クルムが考えを巡らせている時だった。再び、強烈な光がこの部屋を包み込む。

 手でひさしを作ったクルムは、光が差し込んだ方向を識別し、見つめた。外――居住区の方に光源があるようだ。そして、追い打ちを掛けるように爆発音が鳴り渡る。

 その音を聞くと、人々は更に慌て始めた。この部屋の中は若干のパニック状態に陥ってしまった。


 そんな中、ただ一人落ち着きを見せている人物がいた。――ハワードだ。

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