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6-04 夜の話、リッカとシンクの場合

 ***


 パルマの研究所に泊まる間、クルム達は一人ひとりに部屋を貸してもらっていた。その外観の大きさ通り、パルマの研究所には部屋がたくさんある。そのうちの一部屋で、一週間過ごして我が物のように感じていた部屋の真ん中で、シンクは一人布団を被って膝を抱えながら座り込んでいた。


「……何だよ、クルムのやつ」


 ずっと一緒に旅をしていくと思っていた中で、シンクだけ研究所に留まるという選択肢を突きつけられて、まさに裏切られたような気分になっていた。


 クルムの言わんとすることも分かる。何の力もなく普通の子供であるシンクが、この先の旅について行っても、足手まといになるのは確実だ。ならば、パルマの研究所で大人しく、クルム達が悪魔の手からダオレイスを守ることを待っていた方がいい。


 頭では分かっている。だからこそ、行き場の怒りだけがシンクの胸を焦がしていた。


 膝を折って縮こまり、更には布団を被ることで視界は暗い。その分、シンクの中で感情が増幅していく。

 そんな時だった。


「――シンク、入るわよ」


 扉を叩く音に返事をする間も与えずに、リッカが部屋の中に足を踏み入れた。


「あのな! 返事してから入ってくれよ!」


 自分が閉じ籠って考え事をしていたなんて知られたくなかったシンクは、声を荒げながら勢いよく立ち上がる。


 不躾な行為を咎めるように、この部屋にやって来た闖入者を睨み付ければ――、


「なんだ、思ったよりも元気そうじゃん」


 屈託なく歯を見せて笑うリッカがいた。


 あまりにも自分が抱く感情と掛け離れたリッカを見て、シンクはモヤモヤした感情が急速に抜けていくのを感じた。とは言っても、完全に晴れやかな気分になることはない。


「てか、元々半開きなんだから、返事も何も関係ないでしょ」


 基本的にシンクは部屋の扉を閉めない。そのことを言われてしまえば、何も言い返せないのだが、気分の問題だ。


「……で、何しに来たんだよ」

「何しに来たと思う?」


 気怠く訊ねた質問を、そのままオウム返しされてしまい、シンクの頭は余計に冷めていく。冷静に考えて、リッカがここに来る理由は一つしかない。

 シンクは金色の髪を搔きむしりながら、溜め息を吐く。


「一丁前に悩んでるのね」


 リッカは扉に近い壁に背を預けながら言った。


 シンクが悩むのも当然のことだ。記憶を失ったシンクには、自分が考えて何かを決めるという経験が、今まで一度もなかった。

 それに今回の選択により、失敗したときに迷惑を被るのはシンクだけではない。クルムやリッカなど、周りの人にシワ寄せが行くのは分かり切っていることだ。

 勿論シンク個人の思いとしては、どちらを選びたいかなどは、とっくのとうに決まっていた。


「……リッカは俺にどうして欲しいんだ?」


 思わず、シンクの口から縋るような声が漏れ出した。


 リッカはまるで想定外のことを言われたかのように、きょとんとしたような表情を浮かべた。しかし、きょとんとしていたのは一瞬だけで、不敵な笑みを浮かべると、


「私が答えを出して、シンクは納得出来るの?」

「……ぐっ」


 間髪入れずに紡がれた真っ当な指摘に、シンクは口を窄めた。リッカの言う通りだった。リッカの口から意見を聞いても、シンクの答えは変わらない。


「でもね、クルムの言うことも納得できるわ」


 シンクは反射的に顔を上げた。リッカはシンクのことを真っ直ぐに見つめていた。その若草色の双眸からは、嘘偽りが垣間見えていない。


「クルムは、シンクのことが大事なのよ。カペルに囚われていたシンクに、怪我無く自由に生きてほしいと、そう思ってる」

「……そんなこと」


 リッカに言われなくても、シンク自身が一番分かっていた。


 クルムとの出会いから今までのことを思い返し、どれほどクルムに助けられて来ただろうか。そして、ただ助けられるだけではなく、色々なことを教えてもらった。


 記憶を失って訳も分からない状態でカペルの下にいたシンクが、初めて人から受けた温かな真心だった。


 クルムのそばにいることで、どれほどシンクの心が満ち足りたことだろうか。


「けど、ここまで一緒に旅をして来たのだから、最後まで子守をする覚悟は出来ているわ」


 いつの間にかシンクの近くにまで寄っていたリッカが、シンクの頭の上に優しく手を乗せた。柔らかな金色の毛並みがくしゃくしゃにされる。


 突然のことに、シンクはされるがままとなってしまったが、ふと我に返ってリッカの手を払った。


「……子供扱いするな!」

「あら、自分の想像とは違う出来事が起こって不貞腐れる人を、子供と言わずになんと呼べばいいのかしら」

「ぐっ」


 ぐうの音も出ない、とはよく言うが、自分の嫌な部分を真っ直ぐに言われてしまえば、鈍い声も出てしまうものだ。次に何を言い返すべきかも、思いつくことはない。

 せめてもの反抗とばかりに息を荒げるシンクに、リッカはふっと息を漏らした。


「難しいことは考えなくていいよ」

「――え」

「シンクはまだ子供なんだから、我が儘を言ってもいい、って私は思う。子供の我が儘の面倒を見るのが、責任のある人間のやるべきことよ」


 また子供扱いをしやがって――、シンクはそう思うも、今回は言葉には言い表せなかった。


 リッカの声音からは真剣さが籠っていて、言葉とは裏腹に、シンクと対等に向き合おうとしていることが伝わって来たからだ。


「じゃあね。あまり考えすぎずに、自分がしたいことを決めたなら、早く寝なさい」


 そう言い残し、リッカは去った。扉が閉まる音を聞くと、シンクはその場に座り込む。


「……リッカめ」


 恨み節のような声がシンクの口から漏れても、仕方がないだろう。明確な答えをシンクに与えることを、結局リッカはしなかった。


 自分の好きなようにしていいという言葉が、今のシンクには一番きついものだった。


 クルムの問いから逃げ出したシンクは、誰かの後押しが喉から手が出るほどに欲しかった。


 恐らく誰の迷惑にならないのだったら、シンクは迷うことさえしなかった。だけど、今回の選択は違う。

 シンクの選択次第で、クルムやリッカの足を引っ張ることになり――、そのことが悪魔人を手放すことに繋がり、ダオレイスという世界の運命をも覆すことになる。


 そのような未来が分かっているのに、どうして気付かないふりをして無邪気な子供のままでいられるだろうか。


 こうして不貞腐れても意味がないということは、リッカに指摘されずとも、シンクにも分かっている。

 だけど、どうしていいのか分からない。


「――俺は、どうしたい」


 いったい何度目になるか分からない自問自答。

 考える度、胸の奥底に重苦しいものが降りかかる。


 シンク・エルピスという人間に、クルムは選択を委ねた。クルムならば、たとえシンクがどのような選択をしようとも受け入れてくれるだろう。


 だけど、本当に俺は今の状態で出した答えに納得が出来るのか。幼心に、シンクはそう思う。


 優しさに委ねた選択など、選んでいないも同然だった。このまま何も考えずにクルム達について行ったなら、もしも困難があった時に、シンクはきっとクルム達のせいにする。

 自分自身で旅をする目的を定められていないからだ。


 ここが運命の分かれ道だと、シンクは自分自身でも分かっていた。


 悩んで、考えて、迷って、向き合った末、夜が明けたなら――。


 心許ない月明かりだけが照らす小さな部屋で、ただ一人、シンクはずっと考えに耽り込んだ。

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