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5-26 ノスチェスの狙い

 ***


 クルムとベルディ。両者による戦いが佳境を迎える中――、


「――あの英雄気取りの甘いクルム・アーレントが、銃を撃つことに躊躇いがなくなった。鬼に金棒とは、まさにこの事を言うべきですね。クルム・アーレントには更に注意が必要になったと、あのお方に伝えなければ……」


 ノスチェス・ラーバスは、激しい戦いが繰り広げられる戦場を冷静に見物しながら、己の考えを独り言のように呟いていく。


 そして、ノスチェスが分析している間にも、二人の戦いはクルムの優勢へと変わり始めていった。自暴自棄のようにベルディは魔技を放ち続けるが、クルムには一切通じていない。


 クルムと悪魔の力を借りているはずのベルディの間には、同情してしまうほどの実力差があった。


 しかし、これは当然のこととも言えた。

 クルムは今まで人を傷付けないように、必要最低限にしか引き金を引かなかった。そんな足枷を自らに課していても、クルムは悪魔人を相手に何度も勝ち続けて来たのだ。


 躊躇という言葉をクルムから取り除いてしまえば、もはやクルムが持つ実力が本来あるべき通りに発揮されるのは分かり切ったことだった。


「――ふふっ」


 自身が送った刺客がやられているというのに、ノスチェスは一人笑いを零した。


 先ほども述べた通り、ベルディがクルムに負けることは予期していた。分かっていて尚、ベルディを嗾け、クルムにぶつけたのだ。


 それも全ては、新たな武器を手にしたクルム・アーレントの実力を図るためだった。


 ノスチェスにとって、ベルディ・パイロンという存在はただの当て馬に過ぎなかった。

 自身の目的を果たすためなら、どんな非道なことも平然と行なうことが、ベルディの主義だ。いや、主義ではなく、もはや心根がそうなのだ。


「使い捨ての駒にしては、十分に役立ってくれました。もう不要ですね」


 最終魔技・チェインバーハが敗れたベルディに、ノスチェスが送ったのは切り捨てるような冷静な言葉だった。


 クルムの実力を図るという目的を達成した今、ただの人間がどうなろうと、もはやノスチェスには興味がなかった。


 これからクルムが取るであろう行動を分かっていても、ベルディを助けるつもりは毛頭ない。


 そしてノスチェスの予想通り――、


「――ベルディ・パイロンさん」


 倒れ込むベルディに近付きながら、クルムは黄色の銃に弾丸を籠め直していた。新しく装填している弾丸は、クルムの血が混ざることで退魔の力を宿したものだ。


「今、全てを断ち切ります。悪魔の力は、全て忘れてください」


 クルムは倒れ込むベルディの頭に、弾丸を放った。


 これでベルディが悪魔から解放されるかは五分五分だ。しかし、現状ではこうして祈るように弾丸を撃つことしかクルムに出来ることはなかった。


 クルムは瞼をゆっくりと開くと、


「ふふっ、ベルディをいとも容易く倒してしまうとは……。さすが、我々の間でも名が知れているクルム・アーレントです。お見事」


 見計らったように、拍手が響き渡った。


 拍手が聞こえる方角にゆっくりとクルムが顔を向けると、そこには余裕綽々としたノスチェスがいた。


「貴方の名は、貴方が終の夜に所属している時から――いいえ、貴方が何者でもない時から、悪魔界隈では有名でしたよ。だって、貴方は――」


 言葉の途中で、ノスチェスの言葉は遮られた。ノスチェスの顔の真隣を、弾丸が横切ったからだ。

 発砲主であるクルムは、躊躇うことのない表情で黄色い銃を握り締めていた。再び弾丸を撃てるように、クルムの指は引き金に当てられている。


「御託は要りません。次はあなたの番です」

「ほぅ。ベルディみたいに私の中の悪魔を滅ぼす……、と? それはいくらクルム・アーレントだとしても無茶なご注文です。なので――」


 左頬に刻まれた傷をそっと触れながら、ノスチェスは口角を上げ、


「私は帰るべき場所に帰らせて頂きます」


 淡々と言い放ち、ノスチェスがこの場から離れようとした瞬間だった。


「――」


 ノスチェスの右腕に、何かが縛り上げるような感覚が走る。訝しげに視線を落とせば、ノスチェスの右腕には鞭が巻き付けられていた。


「――まだ話は終わってないわよ」

「リッカ」


 クルムとノスチェスのやり取りに手を加えたのは、リッカだった。


「私を足止めするつもりですか?」

「言ったでしょ? 私は世界政府のリッカ・ヴェントだって。あなたを逃したら苦しむ人が増えると分かっているのに、黙って受け入れられると思う?」


 ノスチェスの冷徹な視線にも動じることなく、リッカは真っ直ぐに答える。


 ベルディとの戦いで消耗した体力はまだ戻っていないが、それでも非戦闘員であるノスチェスを足止めするだけの力は残っていた。


 本来なら、クルムとノスチェスの間に、リッカの出る幕はないと思っていた。しかし、ノスチェスが戦うことを放棄して逃げるのであれば、話は別だ。

 ノスチェス・ラーバスからは、引き出さなければならない情報が山ほどある。


「――ふふっ」


 ふとノスチェスの口から、リッカを嘲笑うような冷笑が漏れ出した。


「貴女は己の無力さに歯噛みして、地を這いつくばっているのがお似合いです。貴女程度の力では、私を止めるには到底――、ッ」


 そう言いながら、ノスチェスは空いている左手で鞭を握ったものの、振り解くことが出来なかった。ノスチェスの想像に反して、リッカの鞭は力強くノスチェスの右腕を縛り上げているようだ。


「残念だけど、私も伊達に世界政府を名乗ってる訳じゃないの」

「つまり、本気を見せていなかった、と……」

「さぁ、観念してあなたが持っている情報を、全て吐き出しなさい!」


 自分を納得させるように呟いたノスチェスの右腕を、更に縛り上げて、リッカが言う。


 今ノスチェスの動きは封じられている状態だ。加えて、クルムの銃口もノスチェスのことを捉えている。


 この状況であれば、ノスチェスは自分の命を守るために、口を割らずにはいられないはずだ。


「……でしたら、お互い様ですね」


 しかし、リッカの予想に反して、ノスチェスの声は変わらず落ち着いてた。


「え?」

「ふッ!」


 リッカが疑問符を漏らしたと同時、ノスチェスは力を込めるように短く息を吐いた。

 すると、ノスチェスは自身の左手で、右腕に絡みついているリッカの鞭を力づくで解いた。


 戦う力を持たないノスチェスでは、振り解けないほどの力を籠めていたはずなのに、一体どういうことなのか。


「……あなた、戦えないんじゃなかったの?」


 解放された右腕をプラプラと動かしていたノスチェスは、その動きを止めて、リッカの方を見る。


 その顔からは、「愚問を……」と言いたいように、冷ややかな雰囲気が漂っていた。


「確かに戦うのは好まないと申しましたが、戦えないとは一言も言っておりません。嫌いなんですよ、服も汚れるし、醜い姿を晒さないといけないので」

「――っ」


 ノスチェスの口から、衝撃の事実が告げられる。しかも、その口ぶりからはまだまだ己の実力を隠し切っているかのようだった。


 しかし、リッカの鞭を振り解く以上の行動を、ノスチェスはあえて取らなかった。不敵に浮かべる笑みからは、言葉なくとも、いつでもクルム達を倒すことが出来ると言いたいように自信に満ちていた。


「では、今度こそ――さようなら、ですね」


 ノスチェスを留まらせる術をなくしてしまったリッカ達を前にして、体の調子を整えたノスチェスは、右手を上げて、そのまま去ろうとした。一歩二歩と、クルム達の前から離れていき、その姿がどんどんと小さく――、


「待ってください」


 なりかけたところで、クルムによる制止の声が入った。


 その言葉に、意外にもノスチェスは素直に足を止める。


 数秒にも満たない間、互いの動きを見計らうように、沈黙とした時間が流れた。クルムとノスチェスは当然のこと、リッカやパルマ、シンクも声を発することはなかった。この刃のように鋭い空気の中、不必要かつ無粋に声を上げられる者はいない。


 そして、沈黙を破るように、ノスチェスは顔だけクルムに向けた。


「あなたにやられる可能性があるというのに、素直に頷くと思いますか?」

「いえ、今は純粋にお話を聞きたいだけです」


 クルムはそう言うと、手に持っていた黄色い銃を手放した。銃が地に落ちる音が響く。それだけではなく、クルムは懐に入れていた白い銃までも、わざわざ地に落とした。


 これでクルムにノスチェスを攻撃する手段は失われた。仮に攻撃を仕掛けようとも、銃を拾うという行動により、数秒の隙を見せる。


 ノスチェスにとって、その数秒は攻防どちらの行動にも移すことが出来る。「……ふっ」と溜め息に似た微笑を漏らすと、ノスチェスは体ごとクルムに向けた。


「いいでしょう。話せる範囲であれば、お答えしますよ」


 駆け引きとは到底呼べない言葉のやり取りだったが、ノスチェスは意外にも答える気になったようだ。


 ノスチェスに聞かなければいけないことは、たくさんある。どれほどの数をノスチェスが答え、どれほど真剣にノスチェスが答えるのかは不明だが、問いかける場を得ただけでもまたとない好機だ。


 まずクルムがノスチェスに問いかけのは、


「あなたは本当に悪魔人ですか?」


 初めてノスチェスを目にした時から気になっていたことだった。


 クルムの悪魔を見極める目でも、ノスチェスからは悪魔の反応を捉えることが出来なかった。クルムが悪魔を識別出来ることを自覚してから、一度も経験したことがないことだ。

 今まで出会った悪魔人とは、一線を画しているのは間違いない。


 クルムの問いに、ノスチェスは悪意に満ちた笑みを浮かべた。


「そんな分かり切った質問に、時間を割いている場合ではないでしょう? もっと他に訊ねるべきことがあるんじゃないんですか?」


 しかし、ノスチェスの答えは、ただはぐらかすだけで、いささかも答えるつもりがないというものだった。


 これ以上この話について詮索しても、望む答えが返って来ないことを確信したクルムは、小さく息を吐くと、


「帰るべき場所があると言っていましたが、どちらへ?」


 クルムの問いを機に、ノスチェスの放つ雰囲気が変わった。まるで待ち望んでいた獲物を狩るような――、しかも生きるための狩猟ではなく、楽しむためだけに狩りをするかのような、あまり心地のよい雰囲気ではなかった。


「――ヴァンですよ」

「ヴァン?」


 ダオレイス中を回るクルムにも、世界政府として生きるリッカにも、また世界に名を馳せるパルマにも、「ヴァン」という単語に聞き覚えはなかった。


 その単語が、土地を示しているのか、建物を示しているのか、たったの一言だけでは見当はつかなかった。


「悪魔人によって構成されている組織の名です。私は元々、悪魔の商人として名を通していました。今は縁があって、ヴァンに身を置いて活動しているのです」


 クルム達の動揺を悟ってか、ノスチェスはヴァンについて説明を加えた。


 ヴァンのような組織が存在していることを、クルムは知らなかった。ここ最近、悪魔人の力が強まっていることや、終の夜の活動を耳に聞くことも、関連しているのかもしれない。


「ヴァンの目的はなんですか?」

「悪魔の力を使って、この世界に一矢報いたい――、我々の目的はただそれだけですよ」

「そうですか。ですが、あなたは一矢報いるなど、そういった行為には興味がありませんよね。あなた自身が、ヴァンに所属する目的は?」


 一瞬、ノスチェスの表情が凍て付いた。


 今までのノスチェスの印象は、一見人当たりの良い雰囲気を醸し出しているものの、その内側は非道で冷酷。そして物事に執着はしない、といったところだ。極端に言えば、自分のことにしか興味がなく、世界はどうでもいいと思っているような印象なのだ。


 凍り付いた表情に色を取り戻し、飄々と笑みを零すと、


「強いて言えば、私の夢のためです」


 到底似つかわしくない言葉が、ノスチェスの口から飛び出して来た。

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