5-11 空論の先
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「クルムとパルマさんの出会いに、そんな経緯があったんですね」
「うん。クルムくんと出会ったことで、ようやくボクの本当の願いを叶える機会が訪れた。それからのボクは、さっそく悪魔人を殺さずに、悪魔だけを滅ぼすことが出来る武器を作り始めたんだ。……でもね、クルムくんの依頼を果たすには、実に試行錯誤の連続だったよ」
実際、パルマの言う通りに、悪魔だけを倒す武器を作るのは難航した。
あの日のことを追憶するように、パルマは一度目を瞑った。そして、当時の状況を詳細に思い出すと、その記憶通りに再び口を動かし始める――。
「悪魔だけを倒すために、何が必要だ……。目に見えない存在に、接触するために何を作ればいい……」
クルムの依頼を受けてから、一週間ほどが経ったが、パルマは未だに開発の道筋を立てることが出来ていなかった。普段なら話を聞いただけで、ある程度の見通しを立てることが出来るのだが、今は全くといっていいほど浮かばなかった。一つだけ決まっていることを上げるなら、クルムの得意武器が銃だから、弾丸を作る――もしくは、一から新しい銃を作ることだ。しかし、対悪魔用にするためにどう取り掛かればいいのか、前例がないから分からない。
こんなに頭を悩ませたのは、パルマにとって初めての経験だった。
「無茶な依頼をして申し訳ありません、パルマ博士」
一向に開発に着手出来ず、立ち往生に陥ってしまったパルマに、クルムが声を掛ける。
この頃、終の夜を脱退したクルムには住むべき場所がなく、対悪魔の武器が完成するまで、パルマの研究所に居候をしていた。クルムのおかげで、荒れ散らかっていた研究所の中は綺麗に片付けられ、美味しい食事にありつくことが出来ている。パルマにとって、正直大助かりだった。
「気にしないでくれよ、クルムくん。もう少しで突破口が見える気がするんだ。ボクに任せてくれ」
クルムを安心させるように、パルマは笑顔を浮かべた。しかし、その笑顔が、無理やりに作られたものだということは、見る者からしたらすぐに伝わってしまう。
だけど、それでもパルマは「出来る」と言い切るしかないのだ。「バロール」を作った時、エスタは著名な博士の元を何か所も訪れたが、全て一笑に付され、パルマの元に行き着いたと言っていた。パルマが諦めてしまえば、クルムの想いはどこに行っても叶えられなくなってしまうのは、明らかだった。
「……エスタ?」
と、ふとパルマの中で、小さな閃きが生まれた。エスタと初めて会った時に言っていたことが、パルマの心に引っかかっている。喉の奥に魚の骨を詰まらせたような異物感、早く取り出さなければ手遅れになってしまう焦燥感に駆られ、必死にエスタとのやり取りを思い出す。
――私が悪魔の存在を認めるようになった決定打は、カダベル大陸に行って悪魔についての文書を見つけたことだ。
それは、エスタとの別れ際のやり取りだった。更にパルマの頭の中で、エスタの言葉が続いていく。
――その文書を見てから、英雄列書の見方が変わり、私の価値観も覆されたよ。
「……そうだッ!」
エスタの言葉を完全に思い出したパルマは、自分の部屋へと駆け出し、本棚の奥底に眠っている英雄列書を取り出した。
「確かシエルの話で有名なところが……」
パルマはそのまま英雄列書を開き、目的のページへと辿り着く。英雄が築き上げた歴史の文章を、パルマは必死に目で追っていく。一ページを写真のように捉え、ものの数秒で次のページへと視線を動かした。
それで、完全に話の内容を理解出来るのだから、パルマはまさしく天才だ。
そして、シエルに関する話を全て読み終わったパルマは、天井を見上げてフゥと息を吐いた。
「そういうことか……っ!」
エスタの話を聞いた当時、パルマは英雄列書を読み直したが、何も分からなかった。けれど、この時のパルマは違った。
エスタの言っていたことが、ようやく腑に落ちた。
なるほど。確かに悪魔の存在を知っている者が読めば、英雄列書の読み方は百八十度変わる。
英雄列書には、当時のシエルは光るほどに鋭利な剣で、とある国の王を貫いたと記されている。そして、その行為をキッカケに、シエルに反感を抱いていた勢力が声を上げて、シエルを罪人として処罰を下した。
しかし、不思議なのは、その後の王の話だ。
暴虐な王は、シエルの剣によって貫かれたというのに、実はその後もまだ生きていた。しかも、まるで人が変わったように、国民から搾取する政治ではなく国民を保護する政治をするようになった。
皆、シエルの残した言葉だけに希望を抱き、王についての後日談には目向きもしていなかった。パルマも同様だ。
「……もしかして」
パルマは自分の推測を確かめるために、英雄列書を更に読み返した。
シエル・クヴントが登場する話だけではなく、シエル以前の英雄達が登場する話でも、英雄達が関わることによって人格が変わってしまうような人物がいた。
「そうか。昔から、英雄達は人々の暮らしを豊かな方向に導くだけではなく、悪魔とも戦っていたんだ。だけど、悪魔の存在を知らない人からしたら、精神異常者と揉め事を起こしているようにしか見えない。いや、話せば話すほど、英雄達も異常者だと見られてしまう可能性もある。だから、悪魔について詳細に記すことが出来なかった……」
パルマは英雄列書をパタンと閉じて、自分の頭の中を整理する意味でも、独り言を呟いた。
英雄列書に記されている英雄達は、悪魔と戦っていた。
中でも、群を抜いて異質なのが、ダオレイスで最も名高い英雄であるシエル・クヴントだ。
他の英雄達は、言葉で悪魔人を説得し、自我を取り戻すように促したりしていた。当然、成功率も下がって来る。失敗した場合は、戦乱の世の中でもあったから、命を奪うことで悪魔人の暴走を止めていた。
しかし、シエル・クヴントだけは、悪魔に効く武器を持ち、悪魔人の中に潜む悪魔だけを的確に滅ぼしていた。
これこそ、クルムが求めている力で、パルマが作りたいと願う武器だ。
このシエルと同じ武器を、この手で生み出すことが出来れば、この世界を変えることが出来る。見えない絶望に蝕まれた世界を、希望に満たすことが出来る。
「――」
パルマの心臓が破裂しそうなほど五月蠅く高鳴っている。顔が上気していくのも止められない。
博士としての性分が、パルマの脳を刺激しているのが自分でも分かった。
作らなければ。ではなくて、今すぐ作りたい。
受け身の想いではなくて、自発的な感情を自覚すると、パルマは部屋から研究室へとドタバタと駆け戻っていった。
「パルマ博士、何か閃いたので――」
物凄い勢いで戻って来たパルマに、クルムは声を掛けようとしたが、途中で口を噤んだ。
わざわざ問いかけるような無粋な真似をせずとも、パルマの横顔を見れば、閃いたのか否かは誰でも分かるだろう。
齧り付くように机に向かうパルマの表情は、真剣。それでいて、宝物を掘り出す純粋な子供のように嬉々としたものだった。
こうなったら、僅かな物音や微々たる人の存在感だけでも、集中力を乱す可能性がある。クルムは足音を潜めて、パルマの研究室を後にした。




