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5-05 達者な口

 ***


「ようこそ、パルマ研究所へ!」


 買い物から研究所へと帰る道中であったパルマ・ティーフォと奇跡的に出会えたクルム達は、パルマに案内されて新しい研究所へと辿り着くことが出来た。そのまま、クルム達は応接間に案内され、パルマからおもてなしのコーヒーを出された。

 そして、ここからゆっくりとクルム達がパルマの元を訪れた理由を話す流れだった。


 ――のだが。


 クルム達は、椅子の背もたれに完全に身を委ねていた。ただ研究所まで歩いたとは思えないほど、クルム達からは疲労の色が激しく出ていた。


「どうしたんだい、そんな疲れた顔をして。遠慮せずにコーヒーでも飲みなよ。ほら、ボクも飲むからさ」


 研究所に戻ってコーヒーを準備している間に羽織ったのだろう、身の丈に合っていない白衣の袖をぶらぶらとさせながら、パルマはクルム達にくつろぐように催促する。


「あ、ありがとうございます。い、いただきますね……」


 クルムは疲れた体を無理やり動かし、カップに手を伸ばす。リッカはクルムのように動くことは出来なかった。今は指一つ動かすのも、リッカにとって至極の技だ。


「あれ、リッカちゃんも、シンクくんも飲まないのかい? あ、もしかして、シンクくんはコーヒーよりもジュースの方が良かったかな……。ごめんごめん、気が利かなくて。アッハッハ」

「飲み物の問題じゃねぇ……ッ! なんで町から研究所までに行くために、あんな試練みたいなことしなければいけないんだよ!」


 一人明らかに場違いにも笑うパルマに、シンクは立ち上がってツッコミを入れる。シンクの言葉に、クルムもリッカも、静かに、けれど激しく首を縦に振った。


 パルマの研究所までの道のりは険しかった。ただでさえ傾斜の高い山道に、至る所に仕掛けられた罠、更に細い抜け道を通らないといけなかったため、無理な姿勢を強いられることもしばしば。

 加えて、パルマが町で調達した大荷物もあるから、体力も気力も奪われる一方だった。

 今まで旅をして来た中で、目的地まで辿り着くのに一番苦労したと断言出来るだろう。


「あぁ、そのことか。だって、そうでもしないと人々がやって来て、困るだろう? ボクが」


 パルマの性格上、人と一緒にいれば口を動かし続ける。それに加え、パルマは言及していなかったが、人目に付けば付くほど、研究所にある貴重な試作品や資料が盗まれる可能性だってある。そういう意味では、パルマの言うことは間違っていない。しかし、何事にも限度があるように、パルマが研究所に来られないようにした策は、明らかにやりすぎだった。


「でも、おかげでこうも静かな環境で研究に打ち込むことが出来る。あぁ、なんと幸せなことだろうか」


 パルマは何も気に留めないように、うっとりとした表情で言った。パルマ自身は、自分で罠を仕掛け、この山奥に研究所を建てることを選んだのだから、もはや研究所から町への往復は慣れたもので、まさに住めば都となっている。


「……ぐっ」


 シンクはこれ以上、パルマに対して何も言うことが出来なかった。


 シンクが何か言ったところでパルマの考えに影響を与えることはないし、そもそもが後の祭りだ。シンクが問い詰めても、ここの研究所が新しい場所に移り変わることはない。


 シンクの隣で、ふっと息が漏れる音が聞こえた。


「相変わらずですね、パルマ博士」


 シンクが横に顔を向ければ、クルムが穏やかな笑みを浮かべていた。コーヒーを飲んで一休みしたことで、僅かばかりの体力が戻ったのだろう。


 そんなクルムを、パルマはじっと見つめると、


「アッハッハ、ボクからすればキミも相変わらずだと言えるよ、クルムくん」


 大口を開けて笑いながら言った。


「クルムくんと最後に会ったのが、災厄の解放の少し後だから……三年くらい前だっけ。それからキミの噂は絶えたことがないよ。初めて会った時から、相も変わらず、よくそこまで人のために無茶をするものだ」

「まぁ、これが僕の性分ですから。困っている人がいたら、放っておくことが出来ないんです」

「お互い、損な性分をしているねぇ」


 パルマは含んだ笑みを浮かべると、その笑みを隠すように、再度コーヒーを飲んだ。クルムもこれ以上言葉を重ねることなく、カップを口元に近付ける。


 クルムとパルマの二人には、簡単な言葉だけで通じる関係性が築かれているのだ。そこまでの関係性に至るまで、二人の間にどのような出来事が起こったのか、リッカもシンクも知らない。


「あの、言葉を挟むようで申し訳ないのですが――」


 だからこそ、純粋な興味が湧いたリッカは、おずおずと手を上げた。


「ん、何だい、リッカちゃん? そんなに慎重にならずとも、聞きたいことは自由に聞いてくれたまえ」


 パルマは人当たりの良い笑みを浮かべながら、リッカを促す。パルマの言葉に、リッカは僅かながらに安堵を覚えた。


 それでは遠慮するまいと、リッカは姿勢を正すと、


「クルムとパルマさんはどうやって知り合ったのですか?」

「ボクとクルムくんの出会いかい?」


 パルマは目を見開かせながら、リッカの質問をオウム返しした。


 クルムからは、パルマのことは悪魔との戦いにおいて必要な人間としか聞いていない。ダイバースで出会った終の夜にも影響を与え、クルムも終の夜に在籍していた時はその恩恵を受けていた。そして、終の夜を抜けた後に、対悪魔の武器をクルムに作ってあげたと聞いている。


 しかし、そこに至るまでの過程を、クルムは語ることをしなかった。

 正直な話、一緒に旅をしていても尚、クルム・アーレントという人間は謎が多いのだ。


 真剣な眼差しをぶつけるリッカに、パルマは肩を竦めると、


「――それは、ボクの意見だけでは話そうとは言えないな。これはクルムくんの心の奥底に触れる話だ。どうする、話してもいいのかい?」


 当事者であるクルムに許可を求めた。


 パルマの行動は、リッカにとって意外なものだった。僅かな間で見て来たパルマの性格なら、わざわざクルムに許可を取ることなく、喜々として口を動かすと思っていた。

 破天荒なパルマだが、ちゃんと人としての良識があり、他人の深奥に触れる話をする時は確認を取るのだ。思い返せば、パルマが淀みなく語るのは、いつも自分のことだけだった。


 パルマの問いかけに、クルムははっきりと頷いた。


「ええ、勿論。この二人に隠すことはありませんから」

「――」


 パルマは声を失って、不思議なものを見るような目でクルムのことを見つめていた。おしゃべり好きなパルマには珍しい。

 当然、クルムも不思議に思う。


「どうしました? パルマ博士」

「……いや、何でもないよ」


 クルムの声掛けに、我に返ったパルマは視線を逸らした。パルマの横顔は、まるで子供の成長を見守るような優しいものだった。


 パルマは準備運動のように首を横に振って、ポキポキと音を慣らすと、


「さて、と。それじゃあ、リッカちゃんの要望に応えて、クルムくんとの出会いについて話そうかな!」


 初めて会った時と変わらない、明るい声音でパルマは語り始めた。その語り口調は、まるで人を惹き付けることを生業とする奇術師のようだ。


「まず、ボク達の出会いは、最初は依頼者と発明家としてではなかったんだ。実は、ボクとクルムくんは恋人同士だったのさ!」

「え、えええええ!」


 パルマの口から紡がれた衝撃的な言葉に、リッカもシンクも声を上げて驚いた。パルマは二人の反応を見て、くっくっと笑いを漏らしている。


「ボクとクルムくんは出会ってから、お互いに運命を感じてね。言葉を交わす内に、お互いの素性を知って、磁石のように引かれ合い――」

「パルマ博士と出会ったのは、僕が終の夜を抜けた直後でした」


 喜々として話すパルマを割って、クルムが淡々とした口調で話し始める。


「え、え」


 クルムとパルマ、双方から違った話をされることに、リッカとシンクは頭が追い付かなかった。どちらの話が本当なのか、リッカとシンクは、クルムとパルマの顔を交互に見つめる。クルムは肩を落とし、パルマは悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。


「もー。クルムくんは本当に冗談が通じないんだからぁ」

「今の話の流れから、そんな嘘の話をする勇気がよくありますね」

「アッハッハ、ずっと真剣な話をするのも疲れるだろう? ボクなりの気遣いだよ」

「えっと、つまり二人は恋人同士ではない……ってことですか?」


 クルムとパルマの会話の流れから導き出した答えを、リッカは恐る恐る口にした。


「勿論です」

「勿論さ」


 応じる二人の声は見事に重なっていた。その答えに、僅かな瞬間、安堵に似た感情がリッカの胸の内を過る。しかし、ほんの僅かであったため、リッカはその感情の正体に気付くことはなかった。


「あえて言うなら、研究が恋人って感じかな。なんていったって、ボクは天才博士だからね」

「僕はダオレイス中の人の笑顔を守るために、旅をしていますから。少なくとも、悪魔をこの世界から完全に滅ぼすまでは、色恋沙汰に関心を向けることは出来ません」


 クルムもパルマも、自分が為すべきことを分かって、己の道を進んでいる。今の二人にとって、特定の人物だけに向ける感情は不要なのだ。いや、そもそも二人は、そのような感情を超越して、全ての人に対して慈愛の心をぶつけている。


「で、パルマ博士。本当のことを説明しないなら、僕の方から全部話しますが……?」

「わぁ、待ってくれたまえ。ボクから話す機会を奪わないでくれ。今度は正直にちゃんと話すから、ね?」


 眼鏡越しに上目遣いをしながら、パルマはクルムに懇願する。パルマの言動に慣れているクルムは、呆れるように溜め息を吐くと、パルマに向けて手の平を差し伸べた。

 クルムの意図をしっかりと察したパルマは、「さっすがクルムくん!」と顔を輝かせながら、クルムを称えた。


 パルマの姿を見ながら、自分の感情に素直な人だと、リッカは思った。感情が豊かで、自分の感覚に疑問を抱かないから、パルマは新しいものを生み出すことが出来るのだろう。


 そして、パルマに対する認識をリッカが新しくしている中、パルマは空気を切り替えるように咳払いを挟むと、


「ボクとクルムくんの出会いは、三年前。その時のクルムくんは、随分と身も心もズタボロの状態だった――……」


 パルマ・ティーフォは、クルムとパルマが出会う過去の日を語り始めるため口を開き始めた。


 しかし、すぐさまパルマの唇は止まってしまい、それ以上動こうとはしなかった。


「パルマ博士、どうしたんですか?」


 パルマの急な変化に、クルムは心配そうな声で問いかける。話し始めたら言葉が止まらないパルマには、あまりにも珍しいことだった。


「ごめん、リッカちゃんにシンクくん。それに、クルムくんも。クルムくんとの出会いの前に、どうしてもボクについての話を挟まざるを得ないのだけど、いいかい?」


 パルマがわざわざ謝罪をし、許可を求めて来ることに、三人とも動揺せざるを得なかった。


「べ、別に謝らなくても勝手に話せばいいじゃねーか」

「ええ、シンクの言う通りです」


 シンクとリッカは、パルマを慰めるように言う。


「ですが、わざわざ話を途中で止めてまで話したいパルマ博士のこととは一体なんなんですか?」

「――ボクと終の夜のことさ」

「……っ」


 パルマの言葉に、クルムが瞬間的に息を呑んだ。


「――その話は、僕とも無関係じゃありませんよ。それに、終の夜の話をした方が、流れも伝わりやすいと思います」

「クルムくんがそう言うなら、話させてもらおうかな。リッカちゃんもシンクくんも、少しばかり長くなるけど大丈夫かな?」


 二人は無言で頷いた。クルムとパルマの関係性について気になっていたが、終の夜という組織についても話してもらえるのは願ってもいない機会だ。


 パルマはふっと柔らかく微笑むと、再び真剣な表情に戻り、


「ボクとクルムくんが出会った、更に数年前。終の夜の創設者であるエスタ・ノトリアスとの出会いが、全ての始まりだったんだ――」


 滔々と、長い長い過去について語り始めた。

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