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5-01 博士は何処?

 ***


 隣国であるマーヴィの比較的近くに位置するグリーネ大国の離れ町――、デムテン。


 グリーネ大国の真ん中に首都シンギルに至るために整備されたスーデル街道を少し離れれば、治安が悪くなる傾向があるが、デムテンのように隣国と近くなれば、話は別になる。デムテンは静かな町だった。


 静けさが残るデムテンの更に奥地に、一つの建物があった。

 その建物の扉にノックが響く。その家主は寝不足だったこともあり、面倒くさそうにノロノロと玄関まで歩いた。歩く途中、何度も欠伸が出る。ボサボサになった髪も、見る人からすれば、だらしがないと思われるだろう。


 けれど、身だしなみになんて――、いや生活になんて気を遣っている余裕なんてないのだ。そんなものに気を遣うくらいなら、一分一秒でも長く今後のことを考えていたい。

 集金や勧誘目当ての輩だったら、すぐ追い払ってやろう――。


 そう思いながら、この家の主は扉を開けた。久しく陽の光を浴びていなかったから、思わず反射的に目を閉ざしてしまった。


 光に慣れた目を開けると、扉の先に立っていた人物が人当たりの良い爽やかな笑みを浮かべている姿が目に映った。けれど、その表情の裏に、深い何かを抱えていることが、直感的に分かってしまった。浮かべる笑みとは裏腹に、その男から醸し出される雰囲気は面倒ごとに巻き込んでいいのかという迷いに近いものだったからだ。


「突然訪れて申し訳ございません。あなたの功名は、終の夜のエスタ・ノトリアスからお聞きしております。どうか、悪魔人を悪魔から救う方法を一緒に考えてくれませんか?」

「へぇ、悪魔人を倒す方法じゃなくて、救う方法ね……。面白い」


 扉を開くまでは全く働かなかった脳細胞が、一気に活性化して来るのが分かる。今まで終の夜の人間とは数回会ったことがあるが、そのどれとも違う意見を、目の前にいる男は堂々と口にしている。

 しかし、その意見は終の夜では御法度のはずだ。あくまでも終の夜の存在理由は、悪魔を滅ぼすことにある。その過程で、悪魔の依り代とされた人間を犠牲にしてしまうことは厭わない。


 だからこそ、家主は興味が惹かれた。


「でも、その前にキミはいったい何者なんだい? もし終の夜の回し者なら、出直して来てくれよ。もうボクは終の夜とは関わらないと決めているんだ」

「あ、すみません。自己紹介をしていなかったですよね」


 途端、目の前の男から発せられていた固い空気が霧散する。屈託のない笑みは、むしろこちらが彼の本領だと伝わって来る。


「僕の名前はクルム・アーレントと言います。つい先ほどまで……、終の夜のメンバーでした。以後お見知りおきを――、パルマ・ティーフォ博士」


 それが、クルム・アーレントとパルマ・ティーフォが初めて出会った時のことだった。



 ――三年ほど前の記憶を追想しながら、クルムは目の前の建物を見つめた。


 今クルム達の前にある建物は、雨風に晒されてボロボロの状態になっていた。簡単に言えば、ここ何年も手入れがされていないことが目に見えて分かるほどだ。


 クルムは緊張する手を固く握り、試しにノックをしてみた。しかし、当然反応は――、


「……誰もいねーな」


 反応のない扉に変わって、シンクがボソッと呟いた。


「そのようですね」


 クルムは握っていた拳を解き、建物の周りをうろうろと歩き回り始めた。リッカとシンクも、クルムの後についていく。

 時折窓から建物の中が覗き見えたが、建物の外観同様に、人が生活している気配が全くない。むしろ、見た感じでゴミだけが散乱としていて、捨てることも面倒になったという印象を受ける。


「どうやらクルムの当ては外れてしまったというわけね。これで、パルマ博士についての情報はゼロになってしまったわけだけど……、どうする? 世界政府の情報網を使って調べてみようか?」


 建物を一周歩いたところで、溜め息交じりにリッカがクルムに訊ねた。


 パルマ・ティーフォは、この建物を何らかの理由で離れることにし、片付けることもなく出て行ったということが、容易に想像出来た。

 そうなってしまったら、クルムにはもうパルマの居所の手がかりを掴むことは出来ないだろう。


 この町に訪れたのも、クルムが最後にパルマと出会った場所がこの町だったという理由だけだ。

 その当てが外れてしまっては、どこまで追究できるか分からないが、世界政府の権限を利用する他はないだろう。


「……」


 しかし、クルムは考え込むように、パルマ・ティーフォの研究所だった建物を、眺め続けている。試すように、ノックをしても反応がなかったドアノブを掴んで、引いたり押したりした。当然、鍵が閉まっているため、扉が開くことはない。虚しく、ガチャガチャと侵入者を拒む音が響くだけだ。シンクはその音を聞き、あからさまに肩を落とした。リッカの心も、落胆の色が濃く出る。


 けれど、クルムは微笑みを浮かべると、答えに辿り着いたように、


「いえ、その必要はありません」


 ハッキリとリッカの提案を断った。


「何でだよ、この建物にはパルマっていう人はいないだろ? なら、このデムテンにもいねーってことじゃないか。だったら、リッカの少ない力を利用した方がいいんじゃないか?」

「……シンク、言葉遣いには気を付けた方がいいわよ?」

「ッ、ご、ごめんなさい」


 リッカの笑顔の裏に寒気を感じ、シンクは即座に顔を逸らした。


 クルムは二人の相変わらずなやり取りに笑みを浮かべた。リッカとシンクは、こうしていがみ合うようなこともたまにあるが、姉弟のように他愛のない微笑ましいやり取りだ。


「僕の予想ですと、まだパルマ博士はこの町にいます」

「どうして?」


 リッカの問いに、クルムは二本の指を立てる。


「まず第一に扉に鍵が掛かっていることです。パルマ博士が本当にこの研究所を手放したなら、鍵など掛ける必要はないはずです」

「……確かに」


 クルムの言葉に、リッカは納得がいった。


「それと、もう一つ。まだこの建物の中には、物がたくさん散らかっています。……見ての通りに」

「でも、仮に放置されたとしたら、ある意味当然でしょう? 後々使う人にはいい迷惑だけど、処分するのは面倒くさいってのも分かる。中身は要らないものだったんじゃない?」


 クルムの言い分にケチをつけるのではないが、リッカはクルムが提示した可能性とは違う意見をぶつける。

 当然、リッカはパルマ・ティーフォのことを知らない。けれど、知らないが故に、別の角度から可能性を示唆することも出来るはずだ。


「いえ、その、これがパルマ博士の基本です」


 言い淀むクルムにつられ、リッカとシンクは窓越しに改めて建物の中を覗く。見るや否や、リッカとシンクはすぐに視線を逸らし、気まずそうな表情を浮かべた。


 クルムの言いたいことを察し、まだ出会ったことのないパルマ・ティーフォの人柄が、二人には何となく分かってしまった。


 クルムは話を戻すように一つ咳払いをすると、


「パルマ博士は研究以外に興味がなく、いつも身の回りの片付けは後回しにしていました。だから、恐らくまだこの建物の中には必要な資料や素材も混ざっているはずです。パルマ博士は記憶力が良いため、必要なものを放置したまま、別の町に行くことはあり得ません」

「つまり……」

「パルマ博士は、デムテンの別の場所に新しい研究所を設け、この建物を倉庫代わりに使っている可能性がある――ということです」


 推測の言葉とは裏腹に、クルムは確信しているように力強い口調で言った。

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