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4-21 真っ直ぐ

「居場所を守るために、悪事を働いて何が悪い! 居場所を奪われたから憂さ晴らしをして何が悪い!」


 ピンデは己の内を叫び続けた。誰にも言えず日頃抱え込んだ鬱憤を晴らすように、声を絞り出す。


「俺が居心地のいい場所を作ろうとして何が悪い! 俺の何が――ッ」

「その結果、あなたと同じように喪失感を味わう人もいます」


 ピンデの脳裏に一瞬だけ、一人きりだった自分の姿が過る。ペシャルに入る前も一人、ペシャルにいた時も心の内では一人、ペシャルが終の夜によって壊滅させられてからも一人。晴れの日も雨の日も、いつも心の中には暗雲が立ち籠っていて、一人冷たい孤独に耐えていた。


 今のピンデの行動がその孤独を他人に強いてしまうという思考に、ピンデは至っていなかった。


 一瞬の間怯むも、すぐに思い留まる。


 ――自分だけこんな思いをせずともいいではないか、と。


 ピンデは自分の思いを正当化するように歯を食いしばり、拳を握り締めた。


「うるせェ! たくさん持っている奴から、一つや二つ奪ったところで何も変わらねェ! たくさん持っている奴は、どうせ苦しんでいる奴がいることも知らずに、へつら笑っていやがるんだ。なら、何もない俺を満たすために、少しくらいそいつらから奪ってもいいだろうがァ!」


 ピンデは叫ぶ。ピンデの中に潜む悪魔は、少しずつその怒りに共鳴し、強さを増していく。私だけは分かっている、と言葉にせずも、蛇のように絡まり、寄り添っていく。

 だから、ピンデは自信を持って、堂々と主張が出来る。理解者がいることは、強力な後ろ盾になってくれる。

 それがたとえ、傲慢で自己本位な主張だとしても。


「……」


 クルムはピンデの言葉を黙って聞いていた。そして、全てを聞き終えた上で、ハッキリと首を横に振り、


「失う悲しみは、誰もが平等です。持っているものが多くとも少なくとも、変わりません」

「ッ!」


 迷いなくピンデの主張を否定した。


「……確かに、今回のことは不幸な出来事だと思います。けれど、良くも悪くも、人は行なった行動の報いを受けるものです。もしペシャルが、人のものを奪う存在ではなく、人に何かを与える存在だったら、きっと現実は変わっていました」


 雨に打たれながら、クルムが滔々と語る。


 クルムの慈愛に満ちた優しい眼差しに、一度も逢ったことのないペシャルに憐れみを向けていることが伝わって来る。


 恐らく、ペシャルが終の夜に潰される前にクルムと出会っていれば――、否、それよりももっと早くクルムと出会っていれば、ペシャルの運命は変わっていたのではないか。そうすれば、誰も苦しめず、苦しまず、ピンデの居場所は作られていたかもしれない。


 あり得ないはずのあり得たかもしれない未来が、ピンデの脳裏に描かれた。

 けれど、現実は違う。ペシャルは潰され、ピンデは悪魔の力を使い、運命に抗おうとしている。そして、いつしかその報いを受けなければいけないということを、理性ではなく本能で分かっていた。


「現実は変わったかもしれない? ハッ! もう遅いんだよ! ペシャルは潰された! 何も残されていない! 今更、変わることなんて――」

「――あなたが生きています」

「……ッ!」


 存在全てを肯定するような響きを持った声に、二の句が継げなかった。

 距離が離れた雨の中でも、クルムの太陽のように輝く黄色い双眸が、ハッキリと見える。


「今までペシャルで行なって来たことを償い、人に与えることを喜べる人になったら、ピンデさんの世界はきっと輝きます」


 生きていれば、変えることだって出来る。


 クルムはそう語るのだ。


 ピンデは打ちひしがれたように俯いて地面を見つめた。雨のせいで土がぬかるんでいる。歩けば歩くほど、足に泥がまとわりつくような環境だ。


 ――俺達みたいな世間から見限られた人間には、光り輝く世界なんて一生見ることなんて出来ない。だから、こんな暗く冷たい世界から、俺達は奪う。それが俺の、そしてペシャルの理念だァ!


 ピンデの脳裏に、ミハエルから言われた言葉が蘇る。クルムとは真逆の主張だ。


 今まで与えることなんてしたことがなかった。考えにさえ浮かばなかった。周りから虐げられて生きて来たピンデは、与えるものなんて何もなく、だからこそ誰かから奪うしかなかった。奪ったものを享受することしか、生き方を知らなかった。


 今から本当に間に合うのだろうか。ピンデの心が、また少しクルムへと傾いていく。


 ――そいつの言葉は全てまやかしだ。そんな生き方、お前のボスは教えたか? そんな生き方をして、お前に手を伸ばす奴がいると思うか? 裏切られるくらいなら、最初から誰も信じるな。そうすれば、お前は傷付くことなく生きていける!


 しかし、光を垣間見ることさえも赦さないように、悪魔の囁きがピンデの心に沁み渡る。


 そうだ。もし、クルムの言う通りになるのなら、ピンデはこんなに苦しんで生きることはなかった。


「……、そんなの戯言だ! 所詮、人は赤の他人のことを完全に受け入れることなんて出来やしねェ!」

「僕は受け入れます」


 先ほどピンデの攻撃をまともに受けたのも、その証明だ。その人のことを理解し、受け入れ、救う。自分が犠牲になったとしても人を助ける――、それがクルムの方法だ。


 クルムは傷ついた右足を引き摺るようにして、ピンデに一歩近づいた。


 その姿は痛ましく――、けれど、真摯にピンデと向き合おうとしている証拠にも見えた。

 底なし沼から引っ張り上げられるように、ピンデもクルムへと一歩分、自然と足を踏み出していた。けれど、その足はそれ以上進まない。


 その理由は、ピンデは自分で分かっていた。


 だから――、


「――ッ。……そこまで言うなら」


 右腕をクルムに向け、手のひらに全神経を集中させた。すると、ピンデの右手に闇の光が集り始めていく。


「そこまで大口叩くなら、俺の技を喰らってみろ。そいつを喰らって立っていたら、お前の言うことを認めてやる!」


 言葉で言うのは簡単だ。けれど、実際に行なうことは難しい。そう、ピンデは純粋にクルムのことを信じ切ることが出来ていないのだ。


 ピンデの全てを受け入れるというのなら、最後のピンデの大技も真っ向から立ち向かうことが出来るだろう。逆に受け止める素振りを見せずに逃げたり、魔技を出すまでに妨害をしようとするならば、やはりそれまでの人間だったということだ。


 この技で、クルムの真偽を、そしてピンデが歩むべき道を見定める。


 右手の闇が、どんどんと濃くなっていく。それほどピンデが抱える闇が大きいという証拠だ。


「俺が正しいことを証明して、お前の言うことを否定して、俺はまたペシャルのような組織を作る。そこでは俺が上だ。誰も逆らえねェ。俺がいても、誰にも文句を言わせない場所を築き上げる! そうしてようやく――、俺は孤独から解放されるんだァ!」


 ピンデが身に纏まっていた鎧さえも、ボロボロと崩れ始めた。そして、崩れた鎧は黒い渦と化し、ピンデの右手に集約されていく。これから放たれる魔技は、まさにピンデの全力を尽くしたものだと言えよう。


「――」


 クルムは動揺することなく、ピンデの右手に闇の力が集まっていくのを見つめていた。ピンデの言う通りに、真正面から魔技を受け止めようと言うのだろう。


 そんなクルムの背中を、リッカ達は不安げに見つめている。

 今ピンデが放とうとしている技は、ダイバースの町に訪れたピンデが、ペイリスによって阻まれたものの一番初めに放とうとした技と同じだ。

 その威力を実際に目にすることはなかったが、力が溜まっていく様子を目の前で体感したリッカは、あの技がどれほど恐ろしいのか朧気ながらに分かっていた。分かっているつもりだった。


 そして、魔技の鎧の力もすべて右手に集約し、防御の意図も成さないボロボロのペシャルの服を纏ったピンデは、


「魔技・ウェルテクスレイ!」


 怒号と共に、右手に集約されていた漆黒の波動を世界に解き放った。


「……ッ」


 ピンデが放った魔技は、リッカ達の想像した威力よりも超越していた。そして、同時にリッカ達はゾッと震え上がる。先ほどペイリスがピンデの攻撃を阻まなければ、この攻撃をまともに喰らっていたことになる。それは悪魔人に対抗する手段を持たないリッカ達にとって、まさに死を意味していた。いや、そもそも魔技・ウェルテクスレイはダイバース一帯を滅ぼせるほどの威力を持っている。リッカ達ではどうする術もなかった。

 一体、クルムはこの魔技・ウェルテクスレイにどう対抗しようというのか。


 リッカはクルムに目を向けた。


 目の前に全てを呑み込む黒い波動が近づいているというのに、クルムは全く怯むこともなく、魔技を見通している。否、クルムの瞳が捉えているのは魔技そのものではなく、その魔技を放ったピンデ本人だ。


「――」


 先ほどの言葉通り、クルムはピンデの全てを受け止めるつもりでいた。そもそも、この傷付いた右足では躱すことは出来ない。いや、元よりクルムに逃げるという選択肢など毛頭ないのだ。


 ピンデが放った魔技に、クルムは堂々と立ち向かう。ゆっくりと腕を上げ、黄色い銃を構えた。


 魔技が距離を詰めているというのに、クルムは目を瞑ると、長く息を吐き、集中力を高め始めた。クルムの意識全てを、弾丸に籠めていく。


 そして、全ての想いを弾丸に籠めると、ゆっくりと目を見開いた。その双眸に迷いはない。クルムの意志を象徴するように、黄色い銃が暗い夜を照らすように明るく輝いてる。


 クルムはいつものように柔らかな微笑を浮かべると、


「あなたが囚われている闇を、今打ち消し――、救い出します」


 指を掛けていた引き金を引き、まるで星の如く光り輝く弾丸が銃口から放たれた。


 魔技・ウェルテクスレイが暗い絶望の色ならば、クルムが放った弾丸は明るい希望の色だ。

 正反対の双方が、真正面から互いにぶつかり合う。


「アアアァァァアァアァ!」

「――っ!」


 己を鼓舞するように声を張り上げるピンデに対し、クルムは黙している。もうクルムの想いは、全て弾丸に籠めた。今更、声を張り上げるような無粋な真似はしない。


 しかし、ピンデの声に呼応するように、魔技の威力はどんどんと増していく。そして、ついにその威力に押し負けるように、クルムの弾丸は闇の中へと消えてしまった。

 そのままクルムへと真っ直ぐに闇の波動が伸びていく。


「……ハッ、ハハッ!」


 一瞬、魔技・ウェルテクスレイがクルムの弾丸に押し勝ったことを認識出来なかったピンデだったが、徐々に現実を認めていく。


 笑って、嗤った果てに、ピンデの瞳は濡れていた。


 しかし、ピンデは目の違和感などに構わないように、更に狂笑を浮かべていく。


「ハハハ、俺の勝ちだ! これで俺は俺の好きなように生きていく! 奪って、壊して、この世界に怨みを――」


「――言ったはずです。闇を打ち消し、あなたを救う!」


 勝利の余韻に浸っていたピンデは、驚くべき光景を目の当たりにする。


 ピンデが放った魔技・ウェルテクスレイは、クルムを呑み込むことをせず寸前のところで動きを止めていた。まるで闇の波動だけ時間が止まってしまったかのようだ。


 無理解が、ピンデを襲う。一体どうなっているというのか、全く分からない。ピンデは確かにクルムの弾丸に打ち勝ったはずだ。


 そんなピンデの視界に、漆黒の闇の中で一筋の光が煌めくのが映った。最初は見間違えかと思うほど小さな光だった。しかし、その光は一気に光度を上げ、内側から闇を爆ぜ飛ばしていく。


 そこで済んでいたら、まだ納得が行ったかもしれない。


「ッ!?」


 しかし、次の瞬間、更なる衝撃の事実がピンデを襲う。


 クルムが放った弾丸は、光り輝いたまま、勢いが止まっていなかったのだ。

 ピンデが全力で放った魔技は、クルムの弾丸を止めることすら叶わなかった。


 ――なぜだ、なぜだ、なぜだ!


 自らの心で問いかけながら、ピンデは前を睨み付ける。


 迫り来る弾丸、そして、その奥にいるクルムが、ピンデの視線に重なって映る。


 ――あぁ。


 そこで、ピンデは納得してしまった。


 クルムの黄色い双眸は、ピンデを救うことに対して何一つ諦めていない。その想いが、弾丸にも籠っている。だから、一度闇に呑み込まれたくらいでは、この弾丸を止めることが出来ないのだ。


 ――いや。


 至った結論に、ピンデは心の中で首を横に振る。確かにクルムの想いは、強いだろう。だけど、それ以上に先ほどからピンデの中で渦巻いている想いがあった。


 ――もしかしたら俺自身がこの結果を望んでいたのかもしれない。


 今まで独り絶望の中で生きて来たピンデ。光の存在など知らず、いつも何かに怯えながら虚勢を振舞っていた。


 だから、希望が絶望に打ち勝つ瞬間を見てみたかった。それが、今叶っている。


 ピンデは自分の本心に気付くと、ふっと自嘲を漏らした。


 ――この弾丸でやり直すことが出来るなら、それは……悪くはない。


 そして、クルムの放った弾丸が、光を纏いながらピンデの脳天を貫いた。

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