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4-16 油断大敵

 ***


「よう、どんな状況だ?」


 雨が降りしきる中、一般人には気付かれない距離から屋根上で戦闘の様子を一人で見ていたペイリスの耳に、ぶっきらぼうな声が入る。


 ペイリスは声の方に顔だけ向けた。見れば、そこにはしかめっ面を浮かべたガルフが立っていた。


「あ、ガルフ。遅かったねぇ。敗北の余韻でも味わってたぁ?」

「るっせ。そんなの味わう訳ねェだろ。……それより状況だ」


 からかうようなペイリスは軽く受け流して、ガルフは苛立つように頭をガシガシと掻きながら、ペイリスを促す。ペイリスはクスクスと声もなく笑うと、


「うん、まぁ見ての通りだよぉ。あの悪魔人、自制が利かなくなってる。もう自分と悪魔の境界が分からなくなるほど、だいぶ進捗が早くなってるねぇ。ギリギリのところで踏ん張ってるって感じ。クルムが任せてって言ったから一人で任せてるんだけど、やっぱり僕達も加勢に行った方がいいのかなぁ」


 今も見れば、悪魔人と化したピンデが鬱屈とした負の感情に身を包んで、何かをやろうとしている。その様子を見れば、これから良くないことが起ころうとしているのは一目瞭然だろう。


 ピンデがこれ以上取り返しがつかなくなる前に、終の夜の方法で悪魔を退治した方がいいとペイリスは思うのだが――、


「加勢? そんなもん、必要ねェよ」


 その考えはあっという間にガルフによって否定される。


「まぁ、正直、俺達でやれば秒で終わるのは違いねェが――、あの甘っちょろい理想論を、アーレントがどこまで貫けるか見てやろうぜ」


 ガルフの瞳は、悪魔人と化したピンデではなく、先ほどまで戦っていたクルムのことだけを捉えていた。


 先ほどのガルフとの戦いで、クルムはあれほど大言壮語をしたのだ。それなのに、たった一匹の悪魔に負けるとあっては、ガルフの立つ瀬がない。


「ふふっ、ほんっと、ガルフはクルムが好きだよねぇ。口は悪いけど、なんだかんだ昔から付きまとってたしぃ」

「ば、馬鹿ヤロォ! そんなんじゃねェよ! ふざけたこと抜かしてるとぶっ潰すぞ、ペイリス!」

「あはは、照れなくてもいいのにぃ」


 何が面白いのか、屋根の上に座っているペイリスは上機嫌に足をぶらぶらとさせた。


 ガルフは小さく溜め息を吐いた。ペイリスと一緒に行動することが多いが、正直掴み所がない。身長は馬鹿みたいにでかいくせに、子供のような純粋な心を持ち合わせているのだ。だからこそ、ペイリスは思い立ったように自分勝手な行動をするし、深く考えることもせず言葉を紡ぐ。


「……ったく、テメェみたいな能天気ヤローと話してると調子が狂うぜ。――どっちにしろ、アーレントと邂逅したことは上部には伝えなきゃいけねェんだ。そのために、今のアーレントがどれほどの力を持っているか、そして悪魔人をどうやって始末するか、この目で確かめねェとな」

「そうだねぇ。あとガルフが勝手に勝負を挑んだ挙句に負けたことも報告しないとぉ」

「なっ! テメェ、ペイリス! 俺は負けてねーよ! ……ただ上手く出し抜かれただけだ。それよりも――」

「うん」


 途端、二人の目つきは真剣なものに変わる。


「動くぜ」


 まるでガルフとペイリスの言葉を合図に、ピンデに動きが生じた。黒い卵のような形の渦に身を包んでいたピンデが姿を露わにした時、ピンデは黒い鎧のようなものを装備していた。もちろん、この鎧はピンデから発せられた負の感情から出来上がっている。


 ピンデはゆっくりと目を開くと、


「ォォオオオォオ!」


 目覚めの発声とばかりに、雄叫びを上げた。一体人間のどこから出されるのか不思議なほどの血の滲むような怒号が、雨音を打ち消していく。


「ッ」


 ピンデの正面にいるクルムは、その声から発せられる衝撃に腕を交差させながら、その場に踏みとどまるように努めた。ただの声だというのに、聞く者を圧倒する力を持っている。ピンデとの距離を開いているリッカ達も、その声量に反射的に耳を塞いだ。


「――」


 ひとしきりピンデが声を張り上げた後、静寂が訪れた。


 ピンデは感覚を確かめるように、自分の拳を握り締めては開いていく。自分の思った通りの感覚に満足が行ったのか、生気の灯っていない目で狂笑を浮かべた。


 そして――、


「アァァアァァアアアァッ!」


 再び奇声を発しながら、クルムに向かって突撃して来た。


 けれど、そのスピードは先ほどクルムが相対していたガルフよりも遅い。ピンデの動きは、重工戦車のようにのしのしと迫っている。


「……ッ」


 しかし、クルムは余裕のない表情で息を呑むと、ピンデに対して銃口を向け、そのまま発砲した。無情で冷酷な銃声が一発、雨空の下響き渡る。ゆっくりとした動きを見せていたピンデは恰好の的となり、見事クルムが放った弾丸はピンデの左胸を貫いた。


 鎧越しとはいえ、クルムの弾丸をまともに受けたピンデは、その場で動きを止めた。


「当たった!」

「何だよ、見かけだけで大したことねぇな!」


 リッカとシンクは屋根の下で、クルムの弾丸がピンデに当たったことを喜んだ。あれほど啖呵を切って変貌した割に、どうやら大したことはなかったようだ。


 ピンデは黙々と痛みを堪えるように、前傾姿勢を保っているところだ。


「――」


 しかし、クルムは変わらずピンデに銃口を向けている。クルムは弾丸が当たったというのに、手放しで喜ぶことはしていなかった。むしろ、ピンデに動きがあれば、即座に撃つといったようだ。


 武器を持たないピンデに、容赦のないやり方だと思われるかもしれない。

 けれど、その認識は間違いだ。


 ピンデの体に宿っている悪魔は、蹲っていた体勢から一転、ニヤリと笑みを浮かべると、


「――ハァッ!」


 いきなり胸を張ってみせた。その仕草は、先ほどのピンデの体の傷が治っている時の場面を彷彿とさせた。

 実際、クルムの弾丸を喰らった左胸には何一つ損傷もなかった。


「魔技・ウェルテクスデューマで作られたこの鎧は、俺に害を与えようとするものを全て呑み込む。だから、お前の弾丸など俺には効かないんだよ!」


 ピンデはそう説明をすると、高笑いをした。


 その笑い声は、僅かな希望をも打ち砕く絶望の音にも聞こえた。

 ピンデの言うことが本当ならば、クルムの攻撃は――否、誰の攻撃であろうともピンデには届かないことになる。


 しかし、それでも――、


「救わない理由にはなりません」


 クルムは諦めることなく、足を動かしながらピンデに向かって弾丸を撃ち放った。


「ハハハ、無駄な抵抗だということが分からないようだなァ!」


 弾丸をまともに受けても、まるでそよ風に吹かれているかのように、ピンデは余裕そうな表情を浮かべている。実際、クルムの弾丸が当たった箇所は、すぐさま小さな渦が発生し、そのまま呑み込まれて消えてしまう。


「そろそろこちらからも攻めに行くとしよう。ウェルテクスデューマの真骨頂を見せてやる……」


 そう不穏な声音で言うと、再びピンデがのしのしと接近して来た。


 攻撃を仕掛けようと近付くピンデに、クルムも負けじと弾丸を撃ち込む。しかし、ピンデの鎧の前では、文字通り無に帰してしまう。


 黒い渦の鎧を身に纏ってから、動きが緩慢になったというのに、それが弱点にならない。


「……あいつ、攻撃するとか言ってながら、あんな鈍間な動きじゃクルムに攻撃なんて出来ないだろ」


 クルムとピンデの攻防を遠目で見ながら、シンクはそう言った。リッカも小さく静かに首肯した。


 遠く離れた場所から見ているから良く分かる。クルムとピンデの距離は、一向に縮まっていない。攻撃しようと動くピンデに対して、ピンデを上回る速さでクルムも動いているからだ。


 クルムはピンデと一定の距離を保ちながら、引き金を引いている。しかし、何度撃ってもピンデの鎧の前では、弾丸本来の味が出せない。


 お互いに平行線を辿っているようなものだ。

 クルムの攻撃はピンデに通じず、ピンデの動きはクルムを捉えることが出来ない。


 このままお互いに牽制し合う時間が続くかと思えたが、


「ハッ、言っただろう? 攻めに行くと!」


 ――その瞬間、ピンデの足元が爆ぜた。


 そして、爆発の勢いを利用して、ピンデがあっという間にクルムとの距離を詰めていた。

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