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4-09 高次元の戦い

 ***


 クルムは今、ガルフの猛撃をいなすことで手いっぱいだった。


 ガルフの最大の特徴は、その身軽な体による速さである。ガルフに元来備わっている腕力に速さが乗算され、ガルフの攻撃は著しく重い。まるで鉛の砲弾と直接ぶつかり合っているかのようだ。


 先ほどのガルフの剣を受け、まともにぶつかり合ってはいけないと判断したクルムは、ガルフが振るう剣に銃身を当て、いなすことでガルフの軌道を変える戦法を取った。


 雨音に紛れて聞こえるのは、金属と金属がぶつかり合う鈍い音。そして、もう一つは――、


「オラオラオラァ! さっきまでの威勢はどうした、アーレントォ!」


 獣の咆哮のように怒鳴り上げるガルフの声だった。


 ガルフはクルムに攻撃を仕掛ける度、更に気分を乗せていくように速さが上がっていく。


「俺の速さに、ついて来れるとは流石だと認めてやる! だが、俺の攻撃をいなしているだけじゃ、いつまでも悪魔人の元に行くことは出来ねェぞ!」

「……くっ」


 ガルフの言う通りだった。


 ガルフとの望まない戦いに、どれだけ時間を費やしてしまっているのか分からなかった。

 ただただ攻撃をいなし続けるこの時間は、まるで子供同士がお遊戯で戦いをしているかのようなものだ。


 クルムはこの状況を打破しようと、思考を巡らせる。だが、その思考を邪魔するようにガルフの攻撃が四方八方から襲い掛かって来て、正直考える余裕すらなかった。


 雨によって足元が悪いというのに、ガルフの速さは全く劣らない。

 ガルフの一閃をクルムがいなす。いなされたと分かった途端、ガルフは急ブレーキからの方向転換を加えて再度の一閃。常人であるのならば、ここに僅かな隙を見いだせるのだが、ガルフに関しては一切の隙を与えずに攻撃を仕掛けて来る。


 クルムとしても、攻撃をいなしてからがガルフの攻撃の始まりだと、頭の中で言い聞かせていなければ対応することは不可能に近いだろう。ましてや、反撃をするなど至難の技だ。


 加えて――、ただでさえクルムは人に銃を向けるということに抵抗があるというのに。


「……っ」


 雨が勢いを増す。ガルフの姿が雨に呑まれ、目視することが段々と難しい状況に陥る。


 激しい雨に一瞬の間目が霞めた瞬間、


「よそ見してるんじゃねェ!」

「ぐ……ッ」


 予期せぬ方角からガルフが攻撃を仕掛けて来た。


「何度も何度も馬鹿みたいに真っ直ぐ突っ込む訳ねェだろ。――お前じゃあるまいし」


 クルムは斬られた左脇腹を抑えながら、ガルフに目を向ける。


「お前のやり方が正しいって証明するんじゃねーのか? なのに、俺如きの攻撃をもろに喰らってるようじゃ、お前の言うことはやっぱり机上の空論にすぎねェよ」


 ゴーグルをしているため、ガルフがどのような目でクルムのことを見ているか分からない。しかし、ガルフの声音から、もうクルムに対しての興味を失いつつあることは伝わって来る。


 実際にガルフはもうクルムに剣先を向けてはいない。


「じゃあな。このゲーム、俺の勝ちだ」


 そう言ってクルムに背を向けると、ガルフは悪魔人の反応がする町の方角へ向かって歩き始めた。


 クルムは脇腹を抑えたまま、ガルフの後を追わなかった。


「終の夜に戻るつもりがないなら、これ以上悪魔のことに首を突っ込むな。命が幾つあっても足りねーぞ。……せめてもの忠告だ」


 ガルフは足を止めることもなく、淡々と言い残した。


 冷たい雨が二人の間を隔てていく。まるで、そこに越えられない壁が存在していると主張しているかのようだ。


 確かにガルフが属している終の夜は、悪魔を滅ぼすため、日夜戦いに明け暮れている。その経験数でいえば、クルムの比ではないだろう。


 だから、二人の間で実力差が生まれるのは致し方ない。

 恐らくまともにやってもクルムがガルフに勝てる可能性はほとんど零に等しい。


 その実力差がクルムの想いを打ち砕く理由――。


「――まだ」


 消え入りそうなほどか細いクルムの声を捉えたガルフは、足を止め、ゆっくりと振り返る。


「あァ?」

「まだ終わっていません!」


 ――ガルフとの実力差はクルムの想いをくじく理由には、ならなかった。


 気付けば、クルムがガルフの死角から迫って来ていた。クルムらしくない体全体を使っての、文字の如く体当たりだった。


「――ちィ、その傷でまだ動けるのかよ! 相変わらず往生際の悪い奴だ!」


 先ほどガルフが振るった斬撃。あれは、ガルフの中で手加減したものではなかった。もちろんクルムの命を奪うつもりまではなかったから致命傷は避けたが、それでも動ける余地を与えたものではない。


 クルムの捨て身の攻撃を躱したガルフは、目の前にいる相手を睨み付ける。クルム・アーレントの瞳は、まだ死んでいなかった。


「ッ!」


 そして、クルムが諦めていない証拠に、クルムは両手に銃を構えるようになっていた。右手には黄色を基調とした銃、そして左手には純白な銃が構えられていた。


「本当はこんな手荒な真似はしたくなかったのですが、ガルフさんの前では悠長なことも言えません」


 言うや否や、クルムは二丁同時に引き金を引いた。


 放たれた弾丸は、ガルフの脚を狙う軌道だった。ガルフの攻撃の起点、ガルフの最大の特徴である速さを生み出す脚を攻撃することで、ガルフの動きを止めようという算段だ。


「ちィ!」


 クルムの間近からの射撃、加えてガルフが油断していたこと。二つの要因が重なって、ガルフの反応は遅れてしまった。


 ガルフは一発の弾丸を躱すことに成功したが、もう一発の弾丸を躱しきることが出来ず、右脚を掠めていく。


「ッ!」


 その事実に、ガルフは思わず顔をしかめた。


 弾丸が脚を掠めただけで、そこまで痛みを感じている訳ではない。手ごわい悪魔人との戦闘で負った時の傷に比べれば可愛いものだ。弾丸を掠めたくらいでは、まだまだガルフの機動力は奪われてはいない。


 しかし、それでもガルフが動揺してしまうのは、クルムには傷一つ付けられないと過信していたからだ。


 終の夜を離れたクルムと、今のガルフでは実力があまりにも違う。それに、クルムはガルフによって大きな傷を受けて来たし、何よりこの戦いが始まる前からの傷も癒えてはいなかった。

 そんな負傷していたクルムに、先刻までの戦いで傷という傷を受けることはなかった。受けるつもりもなかった。


 それが今、クルムによってガルフは軽度ながらも傷を負わされてしまった。


 蒼然とした表情を浮かべていたガルフだったが、口角を上げると、


「ハッ、前言撤回だ! まだこのゲームに決着は付いちゃいねェ! そうだろ、アーレントォ!」


 脚を負傷したとは思えない速さでクルムに迫った。


 ガルフの素早い攻撃を、クルムは先ほど同様にいなしていく。金属がぶつかることによって生じる鈍い音が奏でられる。


 しかし、先ほどと違う点が一つだけある。


 それは――、


「ちィッ!」


 クルムがガルフの攻撃をいなした直後、クルムの反撃が加わることだ。


 今まで通り、黄色い銃でガルフの攻撃をいなした後、態勢を崩したガルフを白色の銃で狙い撃つ。


 ガルフは持ち前の体の軽やかさを利用し、上手く態勢を整えると、迫り来る弾丸を剣で一刀両断した。そして、クルムに二発目を撃たれない内に攻撃を仕掛けた。

 だが、それも同じようにいなされ、クルムの反撃をガルフがまた斬る。


 クルムとガルフの攻防は、互いに決定打を与えることもなく平行線を辿っていた。先ほどまでと似たような展開と見た者は誤解するかもしれないが、二人の攻防は先ほどの次元を遥かに超えている。刹那の隙が命取りになる戦いだ。

 ただただ言葉もなく、鋼と鋼がぶつかり合う音だけが雨音に紛れて響き渡る。


「――このままで済むと思うなよォ!」


 何度目かになるか分からない攻防のやり取りの中、しびれを切らしたガルフが声を張り上げた。今までの攻撃よりもスピードが乗った攻撃がクルムを襲う。クルムは真っ直ぐに攻撃を仕掛けて来るガルフを冷静に見極め、今まで通りに銃を使っていなしていく。


 しかし、ガルフをいなした時のクルムの手の感触が今までと違っていた。


 今までのいなした時の感覚が鉛を弾くような重さだとすれば、今の感覚は舞い散る木の葉を扇いだかのように軽い。まるでガルフがクルムの防御術を利用したかのようだ。


「――まさかッ」


 クルムはある推測が頭を過り、ガルフをいなした方向に目を配る。


 すると、今までの距離とは少し離れた位置で、ガルフは瓦礫を蹴ることで方向転換をしていた。


「躱せるものなら躱してみやがれェ!」


 ただでさえスピードの速いガルフに、クルムの力の流れを利用し、瓦礫の反動も加えてしまえば、その速さは倍では済まされない。

 更にガルフはただ真っ直ぐに迫るだけではなく、宙で縦回転をしながら攻撃を仕掛けて来ていた。本来ならば、空中で車輪のように縦回転しながら攻撃を仕掛ければ速さは落ちてしまいそうなのに、瞬きをすればいつの間にか体中が八つ裂きにされてしまうほどの速度で迫っている。


 だからこそ、速度を落とさずに威力を増し加えた攻撃をするために、ガルフはクルムのことを利用したのだ。


 今までにない攻撃の方法だった。


 ガルフの動きに目を奪われたのも束の間、クルムはバックステップで回避を図りつつ銃を構え、回転するガルフに焦点を合わせて二丁の拳銃から弾丸を放った。けれど、その弾丸もガルフの攻撃の前では紙切れのように弾かれてしまい、ガルフの勢いを微かに殺すだけだった。


「そんな軟弱な弾じゃ俺の剣は防げねェ!」


 自身の攻撃をクルムには防げないと悟ったガルフは吼えながらクルムへと近付いていく。


「……ッ」


 クルムは止められないと分かっていながらも、もう一発弾丸を放った。そして、その反動を利用して、ガルフとの距離を開けていく。


 しかし、当然のことながらクルムの弾丸は、ガルフには届かない。またガルフの攻撃の前に弾かれてしまうだけだ。そして、開いた分の距離もあっという間に狭まってしまった。


 クルムの微々たる攻撃と回避を受けて、苛立ちを隠せないガルフは回転しながら、


「俺はお前の弾丸じゃ止まらなねェ! 何度撃っても意味ねェって言ってんだろォが――」

「――いえ、意味はありますよ」


 荒ぶるガルフの言葉を、クルムは否定した。


 一瞬クルムの言葉の意図を、ガルフは理解することが出来なかった。


 ガルフは今もなお空中で縦回転を加えた攻撃をクルムに仕掛けている。

 それにも関わらず、クルムは全てを達観したように立ち尽くしていた。先ほどのように弾丸を放つ様子も、攻撃を躱そうとする気配さえ感じさせない。

 勇むクルムだが、置かれている状況は何も変わっていない。ただ死刑を待つ受刑者のように、ガルフの斬撃を受けるのを待つだけだ。


 だから、ガルフはクルムの言動を妄言として受け止めた。


「ハッ! 負け惜しみはみっともねェぜ、アーレント! こいつで八つ裂――ッ!?」


 ガルフの叫びは最後まで紡がれることなく、雨の音に紛れて消えた。


 ガルフは攻撃の手を緩めるつもりはなかった。しかし、悲しいことながら、世界の法則には敵わない。縦回転しながら剣を振るうガルフは宙を裂くように真っ直ぐ向かっていたのではなく、緩やかな放物線を描きながらクルムに迫っていた。当然、常人であるならば真っ直ぐ迫っていると錯覚してしまうほど放物線は小さい。


 しかし、それっでもガルフの回転撃は、クルムの一歩分手前で止まってしまった。


「て、てめェ……」


 屈辱に歯を食いしばりながら、ガルフはクルムに視線を向ける。クルムは何事もなかったかのような冷静な表情を浮かべていた。


「……ガルフさんが僅かに放物線を描きながら、僕の方に迫って来ているのは分かっていました。だから、弾丸でガルフさんの勢いを殺し、頂点に到達した時に僕が躱すことの出来る距離を導き出した……、それだけです」


 クルムは淡々と種明かしをするが、そう簡単なものではない。


 ガルフの攻撃は、その身軽さを活かしているため、恐ろしく速い。まず一般人の目ではガルフの影すらも捉えることは出来ないだろう。それに加え、建物一つを素手で壊すほどの腕力もある。

 万が一、計算が外れて攻撃を掠っただけでも、肉片が抉られるのは間違いない。


 まさに冷静に自分の置かれている状況を瞬時に把握し、身体能力と射撃力、そして自分自身への絶対の自信がなければ成せない業だ。


「……」


 先ほどまで勝利を確信していたはずの相手に、今ガルフは見下ろされている。まるで立場が逆転したと目で語っているかのようだ。


 ガルフは剣を握る手を強くし、ギリッと奥歯を噛んだ。


 いつもクルムは必要最低限の動きで、ガルフの上を行く。


 そのことが許せなくて、認めたくなくて。


「――ッ、たった一度俺の攻撃を見切っただけで良い気になってんじゃねェ!」


 ガルフは煩わしいものを外すように、目にかけていたゴーグルを首元まで思い切り引きずり下ろす。その勢いで、ガルフは剣を横薙ぎに振るった。クルムはその攻撃も冷静に対処しようと、胴を一閃する剣の軌道に対して銃身を構えた。


 鋼と鋼とぶつかる鈍い音が響こうとする中、


「甘ェ!」

「ッ!」


 突如、ガルフは剣を手放し、そのままクルムに向かって拳を振り抜いた。

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