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1-09 清々しい朝

 ***


 太陽の日差しが、優しく頬に触れる。その懐かしくもあり、温かくもある心地よい感覚によって、意識がゆっくりと浮上する。一度始まった意識の浮上を、途中で拒むことは出来ない。

 意識の覚醒に伴い、目を開くと、豪華な景色が脳裏に刻まれる。天井、寝具、窓など全てのものが高級なものだ。

 横になっていた体を起こし、今度は体を覚醒させる。体全体を伸ばすと、全身の疲れはなくなっており、動かしやすかった。

 寝具から降り、窓の傍に近づく。自分の存在を誇示せんとばかりに、太陽が輝いている。


 今日も何かが起こりそうな、晴れ晴れとした気持ちのいい朝だった。


 ***


「ふわぁぁ」


 オリエンス支部の廊下に、間の抜けた欠伸が響き渡る。

 その声の持ち主――リッカ・ヴェントは、目を擦りながら、ぼんやりと廊下を歩いていた。

 気を抜かして大きく口を開けていたリッカだったが、ハッとして口元を手で隠した。誰もいないからと少々気を抜きすぎてしまっていたようだ。

 目を覚まそうと、リッカは肩を回した。


 リッカはただいま朝の身支度をするために、洗面所へと向かう途中である。普段束ねている髪は、寝起きのためか、ボサボサと乱雑になっていた。


「……うーん。三日目になると、なかなか疲れも溜まってくるものね」


 肩を回しながら、リッカは小さく呟いた。

 目が覚めた時は疲れていないように感じていたが、徐々に活動を始めると、体のキレが思ったよりも戻っていないことに気付く。

 いくら気を引き締めても、体の疲れは誤魔化せなかったのだった。


「彼はちゃんと眠れたのかな。夜遅くまで起きていたみたいだけど……」


 リッカは昨日の夜のことを思い出す。

 客間でオリエンスの説明を一通りした後、夜も更けてきたことから、体を休めることを勧めた。世界政府の拠点には、世界政府の人間が休めるようにと寝室がたくさん用意されている。その内の一つが現在使われていなかったので、クルムに使ってもらうことにした。

 クルムは礼を言って、その寝室に入っていったが、その後も色々とやらなければいけないことをやっていたようだ。全てを把握しているわけではないが、リッカが寝ようとしていた時には、まだ何かに取り組んでいたのは確かだ。

 リッカも遅くまで起きていた自信があったが、クルムはリッカよりも床に就くのが遅かった。


 だから、クルムはまだ眠っているのだろうとリッカは判断して、何も取り繕わないで廊下を歩いていた。現在、この拠点で動いているのはリッカ一人だ。


「……?」


 そう思っていたはずだが、拠点に違和感を覚える。


「普段より……綺麗?」


 このオリエンス支部の拠点に来てから、リッカは自分が使っている部屋以上の場所を掃除できていなかった。それなのにリッカが歩く廊下は塵一つ落ちていなく、窓は太陽の日差しを反射させて輝いていた。

 リッカは近くの窓に近寄り、指でサッシに触れてみた。指先には全く汚れが付いておらず、リッカが微かに抱いた疑問は確信に変わる。

 この拠点の中全てが掃除されている。


「一体、誰が……?」


 しかし、疑問が確信に変わったとはいえ、また別の疑問が浮かぶ。リッカは思わず新たな疑問を口から言葉として出していた。しかし、改めて口に出すことによって、その疑問は全く意味を持たないものだと気づく。

 なぜなら――


「あ」


 リッカは件の人物の姿を窓の外で捉え、無意識の内に声が漏れた。


 そこには、オリエンス支部の庭を掃除している人物がいた。

 掃除をしている人物は黒い髪をしており、手に持った箒で、丁寧に地面を掃いていた。大きいゴミがあれば、しっかりと手に持ってから邪魔にならないところにまとめている。ふと見える横顔からは、無理にしているという感情は感じられず、自ら望んでやっているように見えた。

 しばらくの間、目を奪われたようにその人物を見つめていたが、リッカは急に首を横に振った。

 そして、リッカは両手で自分の頬を叩くと、急いで洗面所へと向かった。


 ***


「おじさん、ありがとー! また遊んでね」


 子供たちの無邪気な声が、オリエンスの居住区に位置する世界政府の拠点の前で元気よく響いた。

 その言葉を掛けられた本人――クルム・アーレントは、子供たちに反応を返すのが遅れた。そんなクルムを気にすることなく、子供たちは純粋に手を振り続けている。

 クルムはまだ二十代だ。そして、その見た目は年齢以上に若々しくある。そんなクルムは、自分がおじさんと言われるなんて思ってもいなかった。

 しかし咄嗟に、子供から見たら大人は変わらないか、と少し納得すると、クルムは声を漏らして小さく笑った。


「はい、約束です」


 そう言ってクルムは笑顔で手を振り返した。子供たちの後ろでは、朝食の準備をし終えた母親たちが、クルムに対して頭を下げていた。

 クルムはその母親たちの行動を見て、焦る思いで両手を振って否定した。実際、そんなに頭を下げられるようなことはしていないのだ。

 ただクルムがしたことといえば――


「すごいね、クルムって」


 子供たちとその母親たちが見えなくなったタイミングで、クルムは柔らかく透き通った声に呼び掛けられる。

 後ろを振り向けば、そこには世界政府の一員であるリッカ・ヴェントがいた。

 相変わらず、リッカは世界政府のコートを着ないで自由な服装をしていた。頭の上からちょっと飛び出している特徴的な髪型も健在だった。


 リッカは優しく微笑みながら、クルムと今は誰もいなくなったその先の道を見つめていた。


「そんなことないですよ。子供たちが勝手に僕を慕ってくれただけで……」

「それがすごいんだって。だって、私とは全然仲良くしてくれなかったもん」


 クルムの言葉を聞いて、リッカは拗ねた表情を浮かべた。口もツンと尖らせている。

 その姿を見て、思わずクルムは笑ってしまった。自分の感情をありのまま表現するリッカがリッカらしいと思ったからだ。


「ねぇ、いったい何をしたの?」


 その質問が耳に入った時、クルムはリッカと目があった。期待の眼差しだ。

 そんな眼差しを向けられるとは思っていなかったので、クルムは困った。恐らく、リッカが求めている答えを与えることは出来ないだろう。クルムは後頭部に触れながら、「あー」と自分の頭の中で言葉を探った。


「えっと、特別なことはしてないですよ。僕がしたことといえば――」


 リッカの期待に応えられないだろうとは思いつつ、クルムはありのままの事実を述べるために言葉を紡ぎ始めた。

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