2.Brain[秀才]
今回は前回の最後をよく思い出しながら最後まで読むとわかりやすいとおもいます。結構な急展開なのでぜひ読んでみてください。
秋の朝、銀髪の男は小鳥のアラームに目を覚ます。ベッドから起き上がり、森林が一望できる窓を開けた。軽く伸びをした後、ライトの脇で充電されていたスマートフォンを手に取る。ホームボタンを押して、連絡を確認するのが彼の朝の習慣だった。【2071年10月9日】の下に映された、【セロ】の連絡履歴に目を通す。
「あいつ、上手くやってんのかな」
思わず外を見上げながら脱力感のある息をこぼす。
大の字にした身をベッドへと投げる。背を寝かせたまま、机の上の日記に手を伸ばした。それを目の正面まで持ってくる。
「なあ、俺はあんたのやりたいとおりにしてよかったのか?先生」
分厚い表紙の名前に向かって話しかける。その筆記体で書かれた文字を何かを思い返すように睨みつけた。
"Syugo Akutsu"
彼が現れた日から四日が経った。世間では彼の事件のことで話題が埋め尽くされていた。被害者やその関係者、政治家たちは「人々を救った神なのだから、逮捕するべきではない」と賞賛している。しかし、世界の意見というものは忌々しいことに一つではない。「あの男は人を殺した死神だ。これは絶対に許してはならない」という、反感を持った者たちもいる。しかし、これは賛否両論ではなかった。どちらかというと、『神』と信じる人の方が多かった。そのせいか、裁判所は令状を認めることができず、特別に捜査だけが許可されていた。
ー十月八日ー
警視庁本部の【ショッピングモール襲撃事件 兼 Aliues事件捜査本部】の看板が入り口に立たされた一室は慌ただしい雰囲気が漂っていた。何列にもわたる机が並べられ、表情を硬くさせた刑事たちが椅子に腰をかけている。正面に映し出されたモニターの足には険しく腕を組んだ男たちが席に居座っていた。しかし、その先頭には空気を乱すかのように、一つの席が空いている。
「赤木さん、伊能はまだですか。とっくに集合時間は過ぎているのに……」
加島誠治は腕時計に目をつけながら、ため息を漏らした。
「まあ、落ち着け、集合時間って言ったって開始時間じゃないんだ。そのうち来るだろ」
「そんなこと言ったって、あと一分もないですよ。明日はウチの班にも新入りが入るっていうのに…。これじゃあ、手本にならない。」
思わず肩を落としてつぶやく。
加島は伊能将李という男に毎度こりごりだった。出勤する日はほとんど大遅刻で迷惑をかけたり、会議に参加しても、重要な資料を忘れてしまうなどという、誰もが想像できるような『ダメ男』なのだ。そして、今日も遅刻している。その他人は真似できない『ダメ男』加減から、異様な才能の『異能』という意味を込め、『伊能』と呼ばれている。本人はあまり好んではいないのだが、遅刻し過ぎた罰として、本人も承諾している。今では呼べば、文句も言わずに返事をするほどだ。
加島は伊能の行動を思い返し、いらだちが増したせいか、机の上にあらかじめ配られていたペットボトルの緑茶で口を濁した。
「それでは、これよりショッピングモール襲撃事件兼 Aliues事件捜査本部会議を始める。最初に各自の調査結果を聞かせてもらおう。まずは佐々木班から報告」
前方座席の中心にいた本部長の倉田彰壱はそう言うと、左側の席に首を向けた。指された班の一人が立ち上がる。
「はい。佐々木班から犯行グループについて現在までに調査した結果を報告します。皆さんも既に噂で聞いてはいると思いますが、彼らは『ナチス残党過激派国際犯罪組織』、通称【ガルトザレフ】と見て間違いないでしょう。また、その目的ですが、経済的に衰えていた組織を立て直すため、七千億円もの身代金を要求し、手に入れた金で組織費用に当てるつもりだったと思われます。以上です」
「ご苦労様。続いて藤崎班、頼む」
倉田は軽く会釈すると、別の席に向かって名指した。
「はい。藤崎班から報告します。アリュエスの所持していた武装についてですが、彼は長剣のようなものを所持しており、それもかなり鋭い刃だということです。しかも、被害者……いえ、目撃者の証言では、武装集団の一人が突いたナイフの刃を一撃で斬り裂いたそうです」
一瞬、言葉をためらいつつも告げた言葉に室内は騒然とする。
「その長剣について科学技術部から一つよろしいでしょうか」
前側の座席で一人が手を挙げる。
「構わない。言ってくれ」
倉田が目を移して言う。
「これは我々が事件後のショッピングモールを調査した結果ですが、運よく、長剣の一部と思われる小さな欠片のようなものが落ちていました。それを調べたところ、今までにない結果が出ました。」
周囲が一斉に耳を傾ける。
「どうやらその金属の成分には『ラタンニウム』が含まれています」
「そんな!?ラタンニウムだと!?」
「確か、それはドイツとロシアしか保有が認められていない希少金属……!」
その言葉に倉田や加島たちが思わず、机を掌で叩き、それを土台に立ち上がる。二人は電流のような刺激を脳裏に喰らわされた。もちろん、その衝撃は周囲だって同じだった。それは、真剣な眼差しだった者たちも目を丸くするほどだった。
「あの…すいません、『ラタンニウム』って何ですか?」
赤木の後ろ席で目線を下げて問う小金井英里が肩を突いてきた。赤木は後ろを振り返り、耳元で答える。
「ああ、『ラタンニウム』っていうのは、二年前に発掘されたばかりらしいんだが、銅に似た最も硬く軽い金属で、アリュエスが持つように剣として振りまわせば、コンクリートだって一刀両断と言ったところだ」
小金井は「ふーん」と、聞いたわりに興味なさそうな返答をした。
小金井は加島や伊能と同じ赤木班に所属する唯一の女性で、家電製品やインテリアに興味がなく、そのせいかTVすら家に置いていない。丁寧そうに質問してきたのは、このように情報を取り得ることが困難な自分を悪いように思ったからだった。
そんなことを話していると、騒々しい室内の後方からドアの開く音がした。一同は音の根を一斉に振り返る。戸を完全に開き切ると、ビジネスカットの男が見えた。
「遅れてすいません」
忘れかけられていた伊能の遅刻が一瞬にして甦らされた。伊能はドアノブに手をつけながら足を踏み入れた。
「伊能、遅刻のことはもういいから座れ」
「はい。でも、そんなことより、スゴいの、手にいれましたよ」
そう言って何かが書かれたコピー用紙を挙げると、全体の視線がそれに傾いた。
「これは、アリュエスから送られたFAXです」
坊主頭と赤木はまたしても、尖った刺激を神経に感じた。
「何!?」「まさか、あの男が?」などと、さっきの衝撃よりも大きいものが、伊能のいる出口に向かって投げ出された。
「で、なんて書いてあるんだ?」
一人が紙を指して聞く。
「あ、読みますね。『俺はAliuesだ。初めましてと言った方がまともな気がするが、すでに多数の情報を手に入れているらしいな。さすがと言ったところだ。しかし、今回FAXを送らせてもらったのはあんたたちと駆け引きをしたいからだ。その内容を今から説明する。俺の予定では、今後東京タワーを爆破させる予定だ。もちろんあんた方としちゃあ、食い止めたい話だろう。だからこうしよう。今日から十九日の時間と俺の自画像を与える。その代わり、少しだけ俺の言うとおりに動いてもらう。FAXで送った俺の自画像はこの手紙を読んだ五分間の間に目を通せ。そして、五分経ったらシュレッダーにでもかけて破棄しろ。そして、俺についての捜査は"ほとんど"を認める。その"ほとんど"というのは全ての俺に関する情報は自分たちの手で掴むこと。要するに、インターネットや戸籍といったあらかじめ記載されたものを頼りに捜査をするなということだ。万が一そういうことがあれば、破った奴を剣で一突きさせてもらう。これらを嘘だと思うならすぐに俺の言ったことを破ってみろ。すぐに天罰が下る。それと、忘れるな。これら全ては国のためであるということを。』」
読み切った伊能は、衝撃が走ったせいで静寂が浮かんでしまった周囲を眺め、静かに紙を閉じた。小さく折ってスーツの内ポケットにしまう。
「そして、これが彼の自画像です」
掲げられた用紙には、髪を後ろで縛った男がプリントアウトされていた。この特徴的な髪型。一度見れば忘れることはない。赤木は目に深く焼き付けた。
「このとおり、我々は張り込みをしたり、探索捜査をすることしかできません。おそらく我々以外に情報を知られたくないのでしょう。このFAXに表記されている、『五分間の間に見ろ』という指示も、おそらく情報漏洩を防ぐためのだとおもわれます」
周囲は亜然としていた。空いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。すると、男が言葉を投げ入れる。
「そ…そんなこと、信じれるわけないだろ。我々はそれに踊らされている。そんなデタラメの言うとおりに動きでもしたら、彼の思う壺だ」
その発言に「そうだ、そうだ」と声が溢れ返る。しかし、この空気を一瞬で打ち消すかのような言葉が加島の耳を過ぎた。
「いや、信じましょう。そのとおりに動けばいいんです。もしも、思う壺に入ってしまったなら、そこから抜け出せばいいだけですから」
一人が机を叩きつけ、立ち上がって言う。辺り全体がその顔を目につける。茶髪の若い男だ。見た目からすれば優しく、淡い水色のようなイメージが湧き出る。赤木が彼を目にして口を出す。
「君は、もしかして………」
「はい。唐巻栄徒です。僕のことが度々噂になっているそうですが、そんなに対した者ではありませんよ」
唐巻と名乗る男はそう言うと、赤木を柔げな視線で見つめた。
それに対して赤木は相づちを打ち、話した。
「何を言っているんだ。君は署内の中でも王の座に着く存在。そんな男に感性を持たない者がいないはずはないよ。ちなみに私は賛成だ。君の意見とそのアリュエスとやらを信じよう」
赤木は唐巻に向かって感賞しながら答えた。
「私も同じく賛同しよう」
突然に前方から言葉を吐いたのは倉田だった。周囲は『意外』という言葉を浮かべるしかできなかった。倉田は普段から他人の意見に影響をうけにくく、孤立してでも自分の述べた言葉に根を張り続ける意志の強い男だった。倉田はさらに続ける。
「これは、唐巻が言ったという理由ではなく、私自身の意見だ。元からアリュエスが人を救ったことには感心を持っていたのだよ。正直言って、やり方は残酷とも見てとれる。しかし、名誉を称えるべき人物であることに変わりはない」
目を丸くして唐巻を目に当てていた小金井が、唐巻が会議に出ていたことにざわつく周囲を背に、腕を組んで立っていた加島に顔を寄せて聞く。
「あの、唐巻栄徒って、あの唐巻栄徒ですか!?」
優しげな見た目が小金井の思っていたイメージと違ったせいか、彼女は焦るように驚いている。
「ああ、そうだ。 八十パーセント正解することすら難しい警察官の雇用試験を満点で攻略し、数々の難事件を解決に導き、たった一年の勤務で八つの賞を取るという異例の成績を成し遂げた天才。その力から彼が言えば誰もが事を信じるらしい。これはだいぶ心強い味方だ」
「いや、頭のいいイメージがあったもので、もっと物静かな人かと…」
小金井はそれを聞きいれると、後頭部に手を当ててと薄く笑みを浮かべた。
「それじゃあ、本部長も賛成したことですし、彼に従って捜査をするということでいいですかね?」
唐巻の登場に忘れかけられていた伊能は周囲を見渡して言う。すると、あたりまえのように皆が頷く。伊能は改めて目の前の男の力を思い知った。
さっきの態度とはまるで正反対だ。やはり、唐巻栄徒の力は計り知れないものだ。こんな人材がよくもここの部署に入ってくれたものだ。まあ、本部ということもあるだろう。しかし、彼は無所属だ。もしかしたら、うちの班に入ってくれるかもしれない。伊能は、勝手にそう思い込むと、やる気がみなぎるように胸を膨らませた。特に赤木班は潜入捜査や、機密捜査を主に行うことが多かった。数々の捜査の指揮を赤木と加島が行い、代表として会議に出ている小金井や伊能、意外がその潜入を主にしている。しかも、その成果はかなり優秀なもので、全国的にも有名な方だった。
「しかし、いくら唐巻栄徒ととはいえ、失敗は許されない。何かそれなりの策はあるんだろうな」
さっきの男が少し不満そうに唐巻に向かってつぶやいた。
「ええ。もちろんです。ある結婚詐欺師だとか言う女に頼んでおくように言ってありますので。まあ、簡単に言えば、潜入捜査ですよ」
その言葉を聞いて伊能は思わず、小さく片手でガッツポーズをとった。
ー都内 某所ー
時を同じくして、とある刑務所の面会室では、一人、刑事がガラス前でパイプ椅子を腰を下ろしていた。ガラス先の監視官の右脇のドアが開いた。
「入れ、坂木刑事がお待ちだ」
連れられた髪の長い女は背を丸めながら、椅子へ流れるように足を進めた。背もたれを引き、腰をかけた。
「久しぶりだな。結婚詐欺師の新井恵里香さんよ。いや、今は本名で呼んだほうがいいか。杏里・エイル・クレイマンとやら」
女は何かを訴えるような目を開いたまま瞬きすらせずに、しばらく坂木の話を聞き続けていた。あの日と天地が逆転してしまった心を自分の悔いに浸しながら。