09.鏡の中に知らない人がいます。写メ取りたくなる気持ちがわかりました。
ぼんやりと、もやもやと。
なんだかぼや~~っとした感じです。
アレですね。ぽやぽやしてます。柔らかいです。
「……ん~、んぁっ」
落ち着きます。妙に落ち着きます。どういうことでしょうか? きっと夢ですね。
「あ、ん、んむ~っ、くっ」
とりあえず幸せな気分が特に手元からやってくるのはとても幸せなことですから。このまま、っていうかもうちょっと寝てましょう。もういいよね? 答えは聞いてないもん。
「……も~、過激なアピールよね~、いい加減にしないとぉ~」
あれ? どこかで聞いたような声がします。具体的には昨日お会いした孝子さんな気がします。あの人凄いですよね。スキルなしであの体型はかなり犯罪っぽいです。捕獲します。
「はぁんげきしちゃうぞ~」
「はうっ!」
な、なんでしょうか? えっとお尻? がなんだかワッシャワシャされてる感じがします。
ぎゅっとしてぐにゃ~んというか、むにゅむにゅというか。えっとあれ? なんだか意味がわかりません。お尻は自分で見れないのでどんな状態なのかもわかりませんし。いや夢なら見れる気がします。
見れません。あれ?
「ってかいい加減にしてっ! 私そういう趣味ないんだからっ!」
結局ですが、ほっぺたがとても痛いです。しかも両方です。ぎゅ~~~~~って抓られました。
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「はぁ、優ちゃん暖かいんだけど変な抱きつき癖があるのね。今度から注意しなきゃ」
「えっと、すいません」
「一緒に寝ようっていったの私だしまぁいいわ。どうせベッド一つだけしかないし」
孝子さんの部屋でお泊りだったのでそのまま朝食を頂いています。
昨日会ったばかりだというのに妙に親近感が湧くというか、アレですかね。女の子になっていることを全面的に受け入れてくれてるからでしょうか。
「しかし本気でどうしよう。なんでこの子こんなに女子力高いの? 真面目にお嫁さんに欲しい」
一応簡単に朝食を作らせてもらっただけなんですけどね? ほら、スキルあるので何も自慢できません。昨日図書室で読んでいた料理本を参考にアリ物で適当に~なんですが、こういうときどういう顔をしたらいいのか本気でわからなくなります。
まぁそれでもホットサンドいいですよね。意外にお手軽で。調理器具がしっかりしてるとそれだけで色々捗るので助かります。
「あ~うん、努力じゃなくてスキル?のおかげっていうんでしょ? アタシからすれば何でも一緒よ。おいしいご飯に可愛い新妻。ほら? 理想の新婚家庭! これは毎日胸揉まれるだけの価値があるわ。むしろ足りないから私も揉まなきゃ。大きくなるかもよ?」
あ、うん。大きいのはいいですね。いいんですけどね? ……大きくなるんでしょうか?
大きくなるといえば、髪も伸ばそうと言われるんですが男としてはそろそろ切りたいんですよね。あんまり長いと誤解、ではありませんが、を受け易くなるのでちょっと悩ましいのですが。何か都合のいいスキルでも習得した方がいいかもしれません。
「まだ髪は短いからそんなに手間じゃないけど、伸ばしたら結構面倒になるし今からちゃんとしとかないとダメよ。モデルとしてこれからもがんばってもらうとしたらやっぱ髪は長いほうがいいし」
「あの、モデル確定でしょうか? 目立つことはしたくないんですけど……」
何気にいじってたのでそっちの話題ですね。うん。どうしましょうかね? あぁでも呼びなおされた時に丸坊主とかだと泣かれるかもしれません。その前の僕がイヤですけど。目立つだろうし。
「え~、いいじゃんやってよモデル。いいよ~、可愛い服着放題だよ~、ついでにお金も貰えちゃうよ~ってか払うの私だけど」
うむぅ、お金は魅力だ。というか貧乏だし。
「い、いかほどですか?」
「え? ちょっと脈あり? そうだなぁ、あんまり高額だとそれはそれで問題になっちゃうけど、日給一万+撮影に使用した服をいくつか。撮影時間に応じた食事。休憩タイミングは機材とかの都合もあるからなんともいえないけど一応無理の無い範囲で。当然プライベートは保障するよ? バッチリメイクして誰にもわかんなくしちゃうし」
メイクかぁ……あんまりいい印象ないなぁ……偽装スキルだし……
「あぁ、信じてないなぁ。ちょこっと体験してみる? 優ちゃんマジで素材がいいからかなり映えるよ~」
「え……? う、う~~~ん」
「ちょっといじるだけでガラッと印象変わるから、誰にもわかんないかもしんないし。髪もウィッグつけちゃうとかすればもうパーペキよ」
意味はわかりませんがとにかく化粧をする流れになりそうです。そんなものあっても変わると思えないんですが……
なんてな感じで、後は勢いと流れのままです。
いきなり姿見の前に椅子が用意され、そのまま動かないようにと指示されます。
「動いても大したことないんだけどね。やっぱちゃんとしたいからさ。少し我慢してね」
まずは乳液を全体にしみこませ、軽くパウダーをくぐらせる程度に。
「ほんとツヤッツヤよね。乳液要らずでマジ羨ましいわ。でも化粧のオチが違うから最初だしちゃんとしたいからね」
本当は日焼け止めとかあるそうですが、今日はいらないそうです。今日はそんなに日差しが強くないからかな。
「むしろあると邪魔かも。ベースクリームとかもいらないっぽいし。素材が違うとここまで違うのね。いろんな意味で完敗」
手順がそこそこ省略できるから簡単でいいそうです。そもそも今日はかる~くだそうなのであんまり細かく教えてはもらえませんでしたが、いやはや、なんというか。10~15分くらいでしょうか? あっという間でしょうか、それとも長かったのかな? 孝子さんの手際が本気で妙にいいので昨日からビックリしてばっかりです。
「うん、モデルのメイクとかさ、やっぱ専門の人ほどじゃないけど、うちくらいんとこだと何でも出来ちゃう方がいいからね。っとよし。今日はこんなもんかな。どぉ? 見違えたっしょ?」
そういって鏡の中のその子は、えっと鏡? 誰ですかこの子。え? 僕?
うん、手を上げたりするだけですね。念のために……って[鑑定]しても『鏡』って出るだけですね。うわぁマジか。
目の前の子は、ちょっと興奮気味なんでしょうか? 少し頬が赤く染まって目がキラキラしてます。 ……ちょっと普段と違い過ぎてなんだか認識できませんね。これは偽装スキル生えるわぁ~。
「アイラインを整えて少し切れ長な感じにしてみました。ちょっと強気っぽいイメージ出ない?」
そういわれるとなんだかちょっとキッとした感じがします。マユとか切れ長ではっきりしてるし、付け睫毛とかしてないのになんかキリッとした感じです。
「リップはナチュラルに。少しだけぷりっとした感じがいいわよね。マジ最高。このまま撮影いいっすか?」
「なんでそんな口調なんですか。とりあえずお任せです。僕もこれからどうしていいかわかりませんし」
「あぁ待って、えっとはいこれっ。まずネットしてえっと、うん、こんな感じ。きつくない? んじゃこうやって…… 巻き込んでない? うんうんいいわねぇいいわ。マジいいわ。プロとして見ても十二分にいいわ。凄い。私の心のシャッター押しっぱなし」
取り付けられたのは長い黒髪のカツラ?でした。そのままかぶるのかと思ったらそうでもないようです。
「普通にそのままかぶってもいいけど、なんか変なのよね。自然じゃないっていうかさ。地毛になじませるタイプはそうなんだけど、優ちゃんの場合は髪の色は薄めだからこういうのと混ぜちゃうと印象偏るのよね。なので表に出ないようにこう編みこんじゃうのが正解。これくらいしっかりすればお風呂とかも余裕よ? まぁ半分冗談だけど」
平気なんですか、いいですね。マジで今度試したいです。
「メイクはメイクで十分楽しめるけど、本命はこっちだからね~、昨日色々試したけど、これだともうちょっと考えさせて。いやもう色々捗る! やばい!」
孝子さん……どこに行くんですか……主に精神だけですけど。
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程なくして現世に帰ってきた孝子さんの猛プッシュ。あぁ、昨日のうちに抵抗するだけ色々無駄なのは理解しています。色々あったんです。あったんです……
「ミニはだめ? ダメ? ほんとに? ちょっとくらい挑戦したくない? 可愛いわよ? 超可愛いから。ほらほら、いいでしょこれ~、あぁこういうリボンはまだちょっとイヤ? うんうんじゃぁこっちね。やっぱシンプルなのいいわよね。優ちゃん可愛過ぎるマジ天使。ほんと天使ってこういう子のことを言うのね。私の手で天使が超天使っぽくなったわ。超プリティ天使ね。超絶プリティね。超プリでもいいわ。まぁいいかなんでも。で、最後にこれね」
頭に載せられたのはちょっと小さいシルクハット?みたいな帽子でした。10~15cmくらいの直径しかないので間違いなく頭を保護する機能はなさそうです。でも小さな茶色のリボンが巻かれてて可愛いです。
改めて姿見の前に立たされ、そのまま腰を支えに一回転させられます。いいえ縦じゃないですからね? 僕軽いから余裕らしいですけど、普通にその場でターンです。
白を基調としたシャツ。目立たないように控えめにフリルの縦ライン。胸元の蝶ネクタイ、少し短めのスカート。これらは帽子も含めて似た感じの青で、アリスブルーというらしいです。
着る前から気後れしていたスカートですが、確かにミニなんですがフレアっていうのかな? ちょっと広がってるけど二重構造だからバッチリガードです。何とか言わない。それをかいくぐってもフリフリ地帯があるのでまともに見れやしません。何がとかホント言わない。
鮮やかな青の下に少し暗めの茶色いストッキング? 花のような、鳥の羽のような、何か複雑で綺麗な模様の入ったものをはいています。やっぱり生足とか落ち着かないからね。靴は小さめの茶色いブーツ。結び目にワンポイントの赤いリボンが可愛く強調されています。何故か白い手袋。これもなんだか手触りのいい上等なシルクっぽいです。あぁ知識が無くてどういうものか自分ではさっぱり理解できませんが、そのへんの軍手なんかと比べたら用途が全く違うのがわかります。オシャレってのはこういうことなんですね。そして青い帽子と。
うん。どこからの絵本から出てきたような格好ですね。
「はい、そこで杖ついて。えぇっと前かがみで杖に顎を乗せる感じで……目線はこっちね~、そうそう、可愛いわよ~ってハイ! あ、そろそろフラッシュ慣れた? ゴメンね~あんまり強くはないと思うけど。えっと次はこっちね。そうそうそこで座って。うん。ペタンという感じでってそうそう。わかってるじゃない。んじゃ少し顔をあげて、ちょっとひねって……うん、左より右がいいかな~。そ、帽子が被っちゃうからね、優ちゃんの可愛い顔が少しでも隠れちゃうとちょっとお姉さん泣いちゃうから。あぁいいわその表情。マジ天使、超プリ。あ、今のいいわね。何考えてたの? いいわねその自然な笑顔。あちょっと硬くなった? ごめんね~でもほんと可愛いから。やばっ鼻血…… っと大丈夫大丈夫。カメラにかかってないから。あ、そこで笑う?」
撮影用のスタジオまで併設されてるとかここ本当に洋服屋さんでしょうか? なにか全く別物な気がします。
用意されていた白いスクリーンの前には、多分本格的な撮影用ライトが1・2・3。三台並んで置いてあります。ライトの光で暑くなるかと思っていましたが季節はずれの扇風機はそういう目的だったんですね。意外に快適です。
どこからか運ばれてきた椅子と机。地面には何故か花畑のような模様が描かれています。一部造花も混じっているみたいです。一部ですが。
言われるままにポーズをとり始めてからどれくらいでしょうか? 30分くらいなような、二時間過ぎてるようなそんな感じです。
「はい。お疲れ。ほんとはお着替えして続けたいけど流石に初日から飛ばしまくるのはアレだしね~。今日はこんなものかな」
本式の撮影だと何着も着替えをするらしいのです。いやはや、本気でモデルさんは大変だなぁ。
今は少しラフな感じになってます。普通のシャツとトレーナーみたいなちょっとダボっとした感じの上着。これくらいだと楽でいいです。あと何故かカツラはそのままですが、普通のズボン(見ようによってはミニスカートに見えそう)のGパン生地のものです。デニムっていうそうです。
服って色々ありますね。ストッキングはそのままですが、靴はスニーカーを出してもらいました。ブーツもいいけど慣れてないから歩き難いんですよね。足首がガチガチになって、良く歩けるなぁ。
「さて、どう? 生まれ変わっちゃった超プリ優ちゃん」
「あ、はい。えっと、なんというか、髪の毛長いと面倒ですね」
ココアを飲むにも髪が前にかかってちょっと邪魔です。やっぱり短いほうがいいなぁ。
「あぁごめんごめん、えっとちょっと待ってね。っとこれでどう?」
視界の左側が大きく開けます。髪留めでしょうか? 後で見たんですが赤い小さな髪留めが添えられていました。なるほど、これは便利。落ち着いてココアが飲めます。それでも長い髪が前にかかってきちゃうので両手で支えながらになりますが。 ……んっ、はぁ。甘くてオイシイ。
「……やっぱり優ちゃん可愛いわね。これで天然なんだからまいっちゃう。狙ってやっても他の子ならこんなに可愛くならないわよ?」
正直に言うと、こんなに可愛い可愛い連呼されるのが恥ずかしいを通り越して嬉しいです。でもそういう自分を想像するとやっぱり恥ずかしいですね。
「あぁ、うんわかるわかる。でもさそれって超重要だから」
「そう、ですか?」
「そう。超真面目」
撮影の時もそうでしたが、キメると決めた時の孝子さんは一瞬ドキリとするくらいカッコイイ表情になります。集中力がハンパないんでしょう。今もそんなお顔です。ドキリとします。
「優ちゃんね。自分が可愛いって自覚はあると思うんだけど、多分全然足りてないの」
「足りない?」
なんでしょうか。情熱とか理念とかですかね。多分違う気がします。
「ちょっとお化粧するだけでこんだけ変わるの。女の子って。それが化粧もしないで可愛いって言われてる時点で察しなさい。あなた本気で可愛いの。私が男ならそのままお持ち帰りするくらいに」
もう既にご自宅では? という突っ込みはやめます。
「そんな超プリの優ちゃんがね? そのへんの道端を歩いているちょ~~っとどころかかな~~り頭のたりない、控えめにいって犯りたい盛りのガキの前に頬リ投げてごらんなさい。凄いわよ?」
「す、凄いんですか?」
「多分人生変わるわね。悪い方に。というか人生終るわね。最悪な方に」
終りますか人生。
「普通、女の子って普段から『どうしたら可愛くなるか』って事をいつでも考えてるから、いわれなくても自分がどれくらい可愛いかなんて客観的に判るのよ。判りたくないけど。でも優ちゃんは違う。自分が客観的にどれくらい可愛いかわかってない。マジわかってない。もうどうしようもないくらいに。だから許せない」
「え?」
「可愛い子は可愛いかっこしなきゃいけないの! そして可愛さに見合う幸せな生活を送る義務があるわ。まぁ私の持論でしかないけどね。でも優ちゃんの今の生活は、まぁ有り体にいって可愛い子が最悪な道を辿るための高速レールの上でしかないのよ。だからお願い。自分を可愛がって。自分を守るのが最後てあってはダメ。いいわね?」
言われる言葉が理解できないのは、僕の自覚が足りないだけでしょうか? 少なくとも普段のジャージならそんな心配するまでもないと思うんだけどなぁ。




