21.冷静に考えなくてもドラゴンに勝てるわけないよね。
とにもかくにも先手を打つ。というか後手に回っていてはどうにもならない。
僕の武器はこれしかない。というかこの場面で役に立つ可能性があるのはこれだけ、手に握り締めた結界石だけだ。
『まずは小手調べといくか。いやこの一手で終わらせるなよ?』
ドラゴンの口から閃光が溢れる。来たかっ
眼前に迫るのは先ほどとは違った炎の玉。僕相手にはブレスも必要ないってんだろうけど、そのくらいだったらどうにでもなるっ
「結界石! 強化!」
コマンドワードと共に結界が顕現化。更に強化の呪札によってその存在が増した分、放つ光も強化されているようだ。炎の玉を受け止める重圧を横に流し、攻撃の余波を受けないようにその場を飛び去る。そう、僕は結界板を盾のように使っている。使用者の意図を汲んである程度の形を整えることができるため、いつもの平たい板状ではなく少し沿った形だ。
『ほほう。存外に器用じゃな。しかしその程度の盾、ほとんど持つまい?』
《閃き》の教えてくれた『結界板を盾にする』のは案外うまくいった。時間制限付きの強化版故か火の玉を逸らす程度には役立ってくれる。これで時間が稼げればいいのだけど。
などと考えているうちに次がやってくる。今度も炎の玉だが数が多過ぎる!?
「ひ~~! け、結界石! 強化!」
両手に結界盾を展開。前方で盾を接触させるように角度を付けてなんとか耐える。逸らしきれないものが爆発したりとかなり怖いがなんとか耐えてくれている。いや、爆発そのものが体を押してくるおかげでジリジリと体が流される。結界の強化が切れたらやばいんだけどって言ってる余裕もなく炎の連打が収まるのを祈るしかない。
『……ふむ。存外に粘りよる。意外に兵であったか? すれば定石に従って将を射るとしよう』
ドラゴンが次の攻撃態勢を取るためか、大きく息を吸い込む。今まで予備動作すらしていなかったのか、ってことは次はカナリヤバイ攻撃が来るっ!
姉様の方を見ると、呪札の制御のために完全集中モードらしい。額に汗が浮かび上がりなにやら囁くように口を動かしてはいるけど、ドラゴンのことを完全に無視してる!? って僕が絶対防がないとダメってことですかっ!?
『さぁ、初手は避けた。だが今度はどうじゃ!』
カッと見開いたドラゴンの瞳から光が迸るように、大きく開かれた顎の奥から渦巻く炎があふれ出そうとしていた。こいつを止められる保障はない、でもやるしかない!
僕の体は走り出し、姉様の盾となるべき新たな結界石を両手に構えた。
初手のブレスで結界が砕かれてしまったのは単純に2点の問題からだ。
1つは結界正面から受けてしまったせい。
ガラスのような質感といってもガラスのような脆さではない、結界という名は伊達ではなくある程度の攻撃を受け止められる性能くらいはある。実際30階層くらいまでの敵なら正面から受け止めても問題なく防ぎきるだろう。問題は相手が悪過ぎたことくらいだ。
強化し受ける能力が増した状態なら、正面から受け止めるのではなく角度を付けて受け流すことも可能なはずだ。何しろ強力な攻撃といってもブレスに実体はない。物理的ダメージではなく熱エネルギーの奔流なのだから流れの方向を変えることさえできればそこまでむずかしくはないだろう。
そして2つ目の問題。それこそ単純な問題で僕が軽過ぎることだ。
「ぐ、ぐぎぎぎっ……!」
目の前に交差させた結界板がミシミシと音を立てる。だが確実に耐えている。
僕の体重と結界石の重さだけでは、このブレスから受ける重圧に抗うことは不可能だろう。だがそれでも吹き飛ばされないのは、目の前で抱きかかえるようにして取り出した大きな大きなミスリルの塊、両手で捕まるように地面に突き立てて杭にしたのだ。ミスリルという希少な素材のせいで僕のスキルでは加工も難しいためにそのまま収納していたソレを重しに使うことで吹き飛ばされずに済んでいる。
そう、あまりの圧力に吹き飛ばされてしまうのだ。木の葉が強風に抗えないように、軽過ぎる体では踏ん張ることができない。吹き飛ばされた結界板はその威力を逸らせずに砕け散ってしまうだろう。だけど吹き飛ばされないくらいの重さがあれば? 地面に突き刺したミスリルの塊のおかげでなんとか耐えました。
なんとか耐え切ったところで両手の結界が砕け散り消えていきました。いや、受け流しができただけでも十分でしょう。
そして目の前のドラゴンが思いのほか予想外とても言いたげな表情をしています。
『……今のを耐えるか。そこそこ力を込めたのだがな』
しかしその声は思いのほか楽しげです。なんだかイヤな予感しかしません。
『まぁ何度も繰り返すのは無粋か、単に消耗を強いるだけであろう。どれ、ならこいつでどうじゃ?』
息つく暇もなく繰り出されたのはドラゴンの尻尾!? ブレスがダメなら直接攻撃って、質量的に無理っ!
意識した次の瞬間、目の前に迫る大質量のドラゴンの肉体そのものに対して、僕が結界石を取り出す時間的猶予はほとんどありませんでした。
ガガッ!!
何かにぶち当たる耳障りな音だけが響き渡るのを聞いて、この大音響の攻撃に晒されたとしたら僕に助かる手段はないだろうなと、何か達観したような確信に似た何かを感じさせるに十分なものだったのですが、次に聞こえてきたのま全く予想外な一言でした。
「お待たせ。もう大丈夫よ」
フィリー姉様がそこにいました。左側からなぎ払いにきたドラゴンの尻尾を左手一つで受け止めて。
背中に浮かぶ呪札が円を描き、発光しながらゆっくりと動いていました。その全てが伝説級の呪札で作られた、何か恐ろしいほどの力を感じさせるものです。円の合計は3つ。
ですがそのうち1つが燃え尽きるように消えていきました。
「それじゃ、速攻で終わらせるわ」
まるで買い物にでもいくような気安いセリフを残し、姉様は前え歩き出します。
というかドラゴンもまさか人間に受け止めされるとは考えてもいなかったのか、姉様が歩き出すまで表情が完全に固まっていました。
ですがそこは流石のドラゴン、(ちょっと褒めていいのか悩みますが)あっけに取られていたのは一瞬のようで、近づきつつある姉様の迎撃に動き出します。
止められた尻尾・更に右手・そして口から炎の玉が吹き出され、対個人向けとしては過剰とも思える攻撃が繰り出されたのですが……
「遅い、《神速》!」
背中の呪札円が輝きを増すと、一瞬で姉様の姿が消え去ります。
『なに!? 早い!?』
ドラゴンの視力を持ってしても咄嗟の動きには反応できないのでしょうか? それとも姉様の移動速度が常識を覆す程のものだったのでしょうか。どちらにせよ次の瞬間に姉様はドラゴンの真下、無防備な腹の前にいたのです。それこそ手が届きそうな程の距離に。
「さて、これでおしまい。《神拳》!」
振りかぶった右拳が一瞬肥大化したようなオーラを纏い、ドラゴンの腹目掛けて突き立てられます。咄嗟に左手を差し出しますがもう遅い。深々と突き刺さった拳がかの龍の腹をえぐります。
『……ぐはっ!……』
吐き出される吐息と共に口からあふれ出す血液。どうやら確実に手傷を負わせたようです。
ふぅと息を吐く姉様の背中に輝いていた呪札は、その役目を終えたとばかりに全てが消え去りました。
「……さぁってここまですれば流石に文句ないっしょ?」
自信たっぷり、といった満面の笑みを浮かべる彼女のドヤ顔は誰も攻められないかなぁと思います。
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いやぁ危なかった。私の切り札とも言える呪札の連鎖強化《神札》。呪札の品質にも左右されるためにロクに使いこなすこともできなかった取って置きの奥の手だ。
呪札の起動は原則として一度に一枚。意識して手に持つ札のみが対象となる。その対象を繋げるようにして連鎖的に起動させ、効力を爆発的に増大させるのが《神札》だ。得られる効力は最低でも通常の数十倍。正に神の名を持つに相応しい威力を得ることができる。
対して効果時間は一瞬で終わる。タイミングの見極めというか使いどころを間違えると何の効果も得られないという意味でも切り札に相応しいものだ。
一応一般級の札でも再現できなくはないけど使用枚数が天井知らずに跳ね上がっていくので、正直何度も試せるような手ではないんだけどユウのおかげで安定供給の目処が立っているのもいい。呪札が最低でも8枚。増えれば増える程に、また呪札の品質によって効果を増し、かつ効果時間は狭まっていくが15枚を越えると効果時間の差はあって無いようなものになる。一瞬はどこまで行っても一瞬でしかない。一応違うらしいけど私には大差ないしね。
術の構造上、同じ札を複数回仕込むことができないのも使い勝手を悪くしている。《神拳》を何度も仕込んだごり押しはできない。今回仕込んだ神札は3種類。右腕に《神拳》、両足に《神足》、そして左腕に《神盾》。伝説級の呪札を全投入することでなんとかドラゴンに通じる一撃を浴びせることには成功した。
……いっそのこと仕留める勢いだったんだけど、やっぱレベルが足りないかなぁ。
まぁ、血反吐を吐かせるくらいには追い込めたんだしヨシとしましょう。
こんだけやって認められないとは言わせないわっ!
『……確かに素晴らしい一撃であった。だがな……、言ったはずだ。《鱗の一枚も剥ぎ取れぬような》攻撃では認めることはできんと』
そう言い張るドラゴンの腹。拳で殴りつけた部分は確かに多少へこんではいるけど、鱗が傷ついているようなところはなかった。打撃、つまり面による攻撃では鱗を押し上げることはしても剥ぎ取ったり傷つけるようなことはできなかったのかもしれない。拳が巨大化したのが失敗だったか……
「で、でもっ! あんた血ぃ吐いてるでしょ!? 絶対ダメージあるんだから認めなさいよ! それともなに? 撫でられただけで血を吐くような虚弱体質だとでも言いたいの!?」
明らかに横暴な言い草。鱗をなんとかなんて物の言い様であって私の一撃が認められない言い訳にされてたまったもんじゃないわ。
『……えぇい! たかがレベル27の小娘に一撃で破られるほど拙い試験ではないんじゃ! 文句があるなら鱗1枚剥ぎ取れぬ己を恥じよ!』
ん~、結局自分のプライド優先ってことか。この人?って絶対に教官に向いて無さそう。
仕方ない。もう一度やるだけ。
でももう手持ちに伝説級の呪札は無いのよね。上級が10枚程度しか、つまり《神札》は使えてあと一回分。流石にドラゴンの一撃を凌いでの反撃ってのは難しいから……やっぱりカウンター狙いかしら?
どうにか気持ちを切り替え呪札を取り出そうとした。
ひっ!
左腕・右足・右拳に突然突き刺さるような痛みが走りぬけ、思わず全身が硬直する。
強力な効果故に反動もかなりのものと覚悟はしていたけどここまでとはっ
まるで呼吸するごとに、息遣いにあわせて鈍く体を締め付ける痛み。戦闘中に発生することはないと思っていた副作用がこんな場面で表面化するなんて、本来なら終わっていた一撃だからか?
鈍く痛みが走り続ける体をどうにか誤魔化しながらも呪札を取り出そうとするも、ロクに強化されてもいない今の体ではあのドラゴンの拳を止めることはできそうにない。
諦めたくはないけど、こればっかりはどうしようもないかな。




