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第六話

 まだ少し冷たい風が吹いているのに桜の花が強くたくましく、そして美しく咲き誇っている。

 青い空には白くて大きな雲がどこかを目指してゆっくりと進んでいる。

 

 とても穏やかな春という季節。

 始まりや終わり、出会いや別れを告げるこの素晴らしい季節。


 本来は心まで温かなこの季節だが、俺は今凍えそうな思いをしている。


 そう、美香と優美を左右に連れて登校中だ。

 それだけならもちろん、とても幸せなことだ。

 事実、俺も昨日から楽しみにしていた。

 しかし、俺は計算違いをしていた。

 

 周囲の視線がすごく冷たい。


 中には殺意を込めた視線を向けて来る者もいる。

 俺は初めてハーレム系物語の主人公達の苦労を理解することができた。

 彼らがあまり男友達がいなくても納得できる。


 きっと次はもっとリアリティあるハーレム小説を書けるだろう。


 「ちょっと、優美! あんた隼人にくっつきすぎやで!」


 「美香さんこそ、隼人さんにくっつきすぎですよ」


 「二人とも腕にしがみつくのやめてくれないか? 歩きにくいし、周囲の視線がこわい」


 美香と二人で登校していた時は、美香がこんなにくっついてきたことはなかったがどうやら優美に対抗しているらしい。


 「周囲のことを気にするなんて隼人さんらしくないですよ」


 「そう? まぁ、あんたが知ってるのは昔の隼人だけやからそう思うんかもね」


 美香はなんだか勝ち誇ったような口調だ。

 なんだか優美がさっきより力強く腕を組んで来てちょっと痛い。


 「私は今の隼人さんのことも詳しく知ってます! どんな女の子が好きかもどんなシチュエーションが好きかも知ってます!」


 「うちだってそれぐらいだいたいわかってるし!」


 「では、隼人さんが女の子に一番してほしいコスプレは?」


 「ナース」


 「朝からなんてクイズしてんだよ! 正解だよ! なんで知ってるんだよ!?」


 「やりますね。 では、隼人さんは巨乳派? 貧乳派?」


 「たぶん…… 巨乳派?」


 「バッカヤロー!! おっぱいに優劣をつけるんじゃない!」


 俺の心からの叫び声が春の空に響きわたる。


 「……」


 「……」


 もう嫌だ。

 冷たいのは周囲の視線だけじゃなく二人の視線も絶対零度光線だ。

 

 それにしても、学校指定の制服がこんなに似合う女の子達はそうはいないだろう。

 桜山高校の女子の制服はグレーのブレザーに下は黒のチェックのスカートだ。

 しかし、この季節はブレザー着用は義務付けられていない。


 美香はブレザーを着ないで黒のカーディガンを着ている。

 黒のチェックのスカートに色を合わせているのかとても似合っていて紺色のハイソックスともバランスが取れている。

 白シャツの二つ開けられたボタンに本来の位置より少し下にゆるく結ばれた赤のネクタイは彼女の性格を現しているようにも見える。


 そして優美だ。

 グレーのブレザーは前ボタンまでしっかり閉められており、スカートは少し短いが黒のニーハイソックスにより絶妙な絶対領域が完成されていて、優美の雪のように白く透明感のある太ももが少しだけ顔を出している。

 白シャツのボタンもしっかり閉められていて赤のネクタイもきっちりしているが、そのせいで胸がどうにもきつそうで逆にポイントが高い。


 さらに、美香は明るめの茶髪。

 優美においては銀髪だ。


 桜山高校は校則で髪を染めるのは禁止されている。

 だからこそ、この二人が揃うと放たれるオーラに誰もが注目してしまうようだ。

 そして、そのオーラの中心には俺がいる。

 俺はオーラなど全く放っていないのにだ。

 

 冷ややかな視線を浴び続けながら学校に着くと、優美を職員室まで案内して俺と美香は教室へと向かう階段を上がる。 

 

 「優美のこと何かあったらよろしくな」


 「なんで、うちが?」


 美香は眉を寄せながらすごく不満そうだ。


 「同じクラスで顔なじみなんだ。 転校初日は何かと大変だろ? 芸術科って授業によって移動とか多そうだし」


 「あのルックスならアホな男子がちやほやしながら校舎ぐらい案内してくれるんやない?」


 腕を組みながら俺のほうも見ないで美香はそう吐き捨てた。


 「俺はお前に頼んでるんだよ」


 「はいはい。 道案内ぐらいしてあげるわよ」


 手をひらひらとさせながら美香は階段を上がって右側にある芸術科の教室に向かって歩き出した。

 美香は、普段から誰かのめんどうを見たり世話をするタイプではないが、困っている人を見たら絶対に助けようとする。

 だから、俺がわざわざ言わなくても優美が困っていたら美香は移動教室の道案内ぐらいしたかもしれない。

 けど、美香は優美とすぐ口喧嘩になるみたいだし、俺に頼まれたからという建前があったほうが良いだろう。

 これで、後は美香に任せておけば大丈夫だ。

 決して丸投げしたわけではない。


 俺は普通科なので階段を上がって左側の教室へと向かう。

 

 「おっ、来たな! 隼人、あの銀髪美少女は誰だよ?」


 中学からの悪友、勇太が朝から元気に絡んできた。

 高校に入ってから頭をツンツンに立てているお調子者だが、悪いやつではない。

 どうやら俺と美香が銀髪美少女と登校して来たのは今朝の話題となっているようで、他のやつらもチラチラと視線を向けてきているような気がした。


 「転校生だよ」


 やっと冷たい視線地獄をくぐり抜けて教室までたどり着いたのに、さっそく優美のことを聞かれて少しめんどくさかったので、ため息まじりの気の抜けた返答をしといた。

 

 「なんで、お前がその転校生と一緒に登校して来たんだよ?」


 「親父の友達の娘さんらしい」


 嘘はついていない。

 一緒に住んでることなどこいつに報告する義務はない。


 「なんだ、そういうことか! それより転校生ってことは、俺の隣の空いてる席にあの子が座る可能性高いよな!? ついに俺の青春が始まっちまいそうだな!」


 勇太はなんだかすごく期待している様子だ。

 しかし、現実というものを教えてあげるのも友達の使命だ。


 「残念ながら、芸術科だから来ないぞ。 それに来たとしてもクラスの人数が一人増えるだけで、お前の青春には影響しないと思うぞ」


 「芸術科!? なぜなんだ!?」


 「本人に聞いてくれ」


 「俺の青春はいつ始めれば良い!?」


 「知らねーよ!」


 朝からテンションの高い勇太に、少しめんどくさい奴と思いながら俺は自分の席に鞄を置いて座った。

 ちなみに、俺の席は窓際の後ろから二番目だ。

 窓際の一番後ろは、空席でその横が勇太の席だ。

 もし優美がこのクラスに来てたら、俺の後ろの席で勇太の隣の席になっていただろう。


 「あの子名前なんて言うんだ?」


 座ってからも勇太は纏わり付いてきた。

 どうやら優美のことが気になって仕方ない様子だ。


 「本人に聞いてくれ。 てか、顔が近い」


 「名前ぐらい教えてくれても良いだろ? 隼人にはミカンがいるんだし」


 勇太と美香は意外と気が合うようで、勇太は美香のことを中学時代からミカンと呼んでいる。  


 「美香はただの幼なじみだ」


 「じゃあ隼人はミカンに彼氏ができても良いのか? あいつも目立つし、けっこう人気あるから告白とかされてるだろ?」


 「そうなのか? そんな話聞いたことないぞ」


 「顔立ちはちょっと釣り目だが良いほうだし、むしろ猫目っぽくてタイプって言ってるやつも多いぞ。 それにあの明るい茶髪は目立つからな。 性格も話してみると悪くないし」


 「けど彼氏はいないっぽいぞ。 そんな話したこともないけど」


 「お前アホだろ?」


 「お前にだけは言われたくねぇよ!」


 「それで? ミカンに彼氏できたらどうするんだ?」


 「そんなの考えたこともねぇよ」


 「そんなの考えるまでもないだろ。 これだから草食系男子はダメなんだ。 ちゃんと守らないと奪われた時に後悔するぞ」


 勇太は腕を組んでため息をついた後、俺の肩にポンっと手を乗せてなんだか説教じみた言い回しだ。

 そんな語るほどの恋愛経験がお前にあるのか?と思いながらも口には出さない。


 「はいはい。 朝からアドバイスありがとよ」


 キンコーン! カンコーン!

 

 チャイムが鳴ると先生が来てようやく、勇太から解放された。

 朝から、嫌な例え話をされた俺は授業中もなんだか上の空だ。

 

 美香に彼氏ができたら……


 そんなことを考えながら窓から春の青空を眺めていた。


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