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命の在り方  作者: けもにゃん
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竜人と少年 8

「その魔法式が『小さな篝火メルパ・ラント』を行使する式だ。一般的にもよく用いる魔法で、基本魔法の内の一つに当たる。先ずはこれを使いこなせるようになろう」

「はい!」


 サイが魔法を初めて使った次の日から、朝食を摂る机はそのまま魔法の勉強を行う空間になっていた。

 ドレイクはサイに魔法を教えようと思い立った時、初めは一日に一つの魔法を教えていくつもりだった。

 よく『奇跡の御業』と称される魔法は、実際の所は綿密に練られた『魔導式』と呼ばれる化学反応式のようなもので、知っている者にはその理屈が分かる、科学に非常に近いものだ。

 ただ科学式と決定的に違うのは、魔導式は喩えるならば詩を綴るように言葉が並ぶことである。

 魔法使いになるにおいて、最も重要なのは魔力オーラの量ではなく記憶力だ、とほぼ全ての魔導師は語る。

 理由は非常に単純なもので、単に『炎を灯す魔法』を覚える時、最低でも『同じ魔法の魔法式』を三通り覚えなければならないからだ。

 一つの魔法に複数の魔法式を覚える理由はこれまた単純なもので、状況に合わせて使い分けるからである。

 『炎』と聞いたとき、あなたはどういったものを想像するだろうか。

 ごうごうと音を立てながら燃え盛るものを想像する者がいれば、手の上で踊る炎を想像する者もいるだろう。

 魔法とはそういったイメージを具現化して生まれるもののため、一定の『こういったものがこういった魔法になる』という想像しやすいものを定義付ける。

 それこそが魔法使い達が使う魔法式である。

 そして情報がより詳しいほど、つまり複雑な魔法式ほど魔力オーラの消費を抑えることができる。

 先程の使い分けとは時間があるかないか、が最大の理由である。

 複雑な魔法式ほど、唱えるのには非常に時間が掛かる。

 災害救助などの場面において、一分一秒を争うような場でそのような長い詠唱は適さない。

 しかし、魔法式が単純であるほど、発現する魔法に多くの魔力オーラを消費するため長時間や複数回の詠唱には適さない。

 更に言えば、先述したのはとても単純な使い分けをするためのものであるため、上級魔導師にもなれば、『精密な操作を行わければならない』や『効果範囲を直線的にしたい』等、様々な状況を想定して十種類以上の魔法式を一つ魔法を覚える度に覚えていく。

 膨大な知識量が必要なのは科学者も同じだが、魔導師の場合はそれら膨大な魔法式を覚え、さらに何時如何なる時でも使えなければならない。

 科学者ならば得た知識を書物に纏め、何時でも手に取れる位置に置いておけば済むが、魔導師の場合はそうもいかない。

 精神を集中させ魔法式を構築する間、つまり魔法の詠唱中は書物に目を通すことなどできないためだ。

 知識の記憶は当然、そこから更に必ずその知識を使えなければならない。

 その為高位の魔導師は、自らが綴った魔導書を持ち歩く者も多いが、決して魔法を使うために書物に目を通すことはない。

 魔導師の用いる書物はあくまで研究を纏めたものでしかないからだ。

 そこで話は元に戻るが、ドレイクはサイに魔法を教えたのは初めの数日だけだった。

 その理由は二つ、サイの記憶する力がドレイクが考えていた力を上回っていたためで、もう一つの理由はサイがあまりにも魔力オーラが少なく、覚えた魔法を使うことができなかったからである。


「うむ。魔法式に関してはサイの場合、自分で書物を読んでいった方が早くなりそうだな。だが、致命的なまでに魔力オーラが無いので、明日からはサイに合わせた運動を教えよう」

「運動ですか? なんだかあまり魔法には関係が無さそうですが……」

「いやいや、魔導師は体力も大事だ。健やかな体には健やかな魔力オーラが宿る。大事なのは健康的で丈夫な身体作りだ」

「そうなんですね! 分かりました、運動も頑張ります!」


 二人は笑いながらそんな会話をし、一先ずはその日も新たに一つ魔法を覚え、その使い方も三種類覚えた。

 そして魔法を新たに覚えると、今までの復習を行う。

 普通の魔導師見習いは新たに魔法を覚える度に、今まで覚えた魔法を全て唱えることできちんと今まで覚えた魔法を使うことができるかを試すのだが、サイの場合はそもそも魔力オーラが少なすぎて魔法を唱えられないので、ドレイクに買ってもらったノートに毎日、今まで覚えた魔法式を全て何も見ずに書いて復習を行っていた。

 今までサイが覚えた魔法の数は四つ、魔法式の通りは十二にもなっていたが、サイはそれらの魔法式をあっという間に書き上げて、それだけのものを覚えたというのにも拘わらず、壁に並ぶ本の中から一冊を手に取っていた。

 今までもサイは魔法の勉強の後はそうしており、読む本はいつも魔法とは一切関係のない、歴史や伝記、世界図などの本だった。

 そうやってサイは世界の知識を書物から手に入れ、様々な事に思いを馳せていた。

 そうする事でしか世界を知ることができなかった。そう言い切るには色々と複雑な思いがあったのだが、サイは今のままで満足だった。

 翌日からはサイとドレイクは食事を終えると裏庭へ移動するようになった。

 広い館を抜けて裏口の戸を開けるとそこには一面の緑が生い茂っていた。

 といっても、その光景は既に茂るという表現では不適切なほどで、ドレイクと同じ背丈の草が壁のようにそびえ立っていた。


「久し振りに裏庭に来たが、やはり酷い状態だな」

「僕からは何も見えないですよ?」

「私から見ても一面の草だ。もう長いこと手入れをしていなかったが、本当は此処には少しの緑と運動のしやすい小さなグラウンドがあったんだよ」


 ドレイクはそう言って少し笑った後、本当はそのグラウンドで運動をしてサイの身体を鍛えてあげるつもりだったと語った。

 そう言われてサイは少しだけ残念そうな表情を見せたが、ドレイクは丁度良い。と呟き、辛うじて一人が歩いて抜けれるスペースが残っていた犬走を伝って少しだけ庭を移動していった。

 サイもその後ろをついて行くと、草の壁からひょっこりと顔を出した朽ち果てた倉庫のような建物の前まで歩いていった。

 ドレイクがその倉庫の戸に手を掛け、開けようとしたが、案の定ドアノブはふ菓子のようにバキリと音を立ててボロボロと崩れてしまった。

 いとも容易く取れたドアノブを見て、ドレイクはやれやれといった調子で短く息を吐くと、それを捨ててサイの方へ向き直した。


「サイ、すまないが少し留守番をしていてくれ。草を刈ろうにも道具が無いからね。今から一つ買ってくるよ」


 ドレイクがそう言うと、サイは元気よくはい! と返事をして部屋へ戻っていった。

 家から出ていく前にドレイクはもう一度サイに声を掛けようとしたが、サイは既に何かの本を真剣な表情で読んでいたため、そのまま出掛けた。

 最初にドレイクは刃物屋へ向かったが、そこに売ってある草刈り用の鎌は明らかに竜族ドラゴス用の、人族ヒュムノには大きすぎるものだった。

 仕方なくドレイクは自分の分の鎌を一つだけ買い、奴隷用の道具売り場へと向かった。

 奴隷用、という言葉だけを聞くと粗悪な品を扱っているように聞こえるが、別段そういうわけでもなく、人族ヒュムノ用に小さく、軽量化されただけのものだ。

 かといって質の良い物を扱っているというわけでもなく、そこそこ丈夫で値段も張らない物が扱ってあるだけだ。

 ドレイクとしてはたかだか草刈り用の鎌といえど、サイが使うものならばできる限り良い物を渡したかった。

 売り場に並ぶ道具はどれも似たようなものばかりで、壊れてもあまり気にならないような安価な物がほとんどだった。

 そんな中からそれでもわずかに値段が高く、質も少しだけ良い物を選び、小さく溜め息を吐いてサイの待つ家へと帰ることにした。


「ただいま。待たせたねサイ。道具を買ってきたから今から草を一緒に刈ろう」

「おかえりなさいませドレイク様」

「誰がそんな言葉を教えた」


 帰ってきたドレイクを出迎えたサイの言葉を聞いて、ドレイクは明らかに機嫌を悪くした。

 サイはただ普通に帰ってきたドレイクに深々と頭を下げて、出迎えの言葉を述べたまでだった。

 普通に考えて、何が悪いのかの方が分からない。


「確かに最近、君はとても言葉が丁寧になっていた。それ自体はいい事だ。だが今のは間違いなく奴隷が主人を迎え入れる際の作法だ。私は君にそんなことを教えたことはない。誰がそんなことを君に教えた?」

「自分で覚えました。今まで私はドレイク様に大変失礼な事をしていたのだとようやく本から学んだのです」


 サイにとっては本から得た正しい知識だったが、ドレイクにとってはそれは許せないことだった。

 買った物をそのまま床へ起き、ドレイクは膝を付いてサイを優しく抱きしめた。


「そんな知識は必要ない。君は奴隷などではないんだから」

「しかし! 『人族ヒュムノ竜族ドラゴスの奴隷であり、すべからく主人に従事すべき』と書いてありました!」

「そんなことはない! 君は間違いなく私の息子だ!」

「なら何故あの時、初めて二人で出かけた時出会ったあの人は何故あれほどまでにドレイク様に怒鳴ったのですか?」

「……私のせいだ」

「嘘です……。あの日のことは僕は今でも昨日のように覚えています。僕が至らないせいでドレイク様が怒鳴られたのだとばかり思っていました……。だから本から知識を得て、丁寧な言葉を覚えればもう一度一緒に外へ行けるのだと思いました。でも、実際は僕が人族ヒュムノとしてあるべき振る舞いをしていなかったからなのだと……先程ようやく知り得ました。僕のせいでドレイク様が怒られるのは嫌です」


 そう言ってサイはボロボロと大粒の涙を零しながら泣き始めた。


「すまない……。だが、例えそうであったとしても……君は私の息子のままでいてくれ……」

「いたいです。だからこそ僕は沢山の事を学びたいです。それに……ドレイク様ともっと世界を見たいです」

「君の方が……もっと先を見据えているのか……。分かった。行儀の良い作法は私がきちんと教えよう。だが、私と二人でいる時は息子でいてくれ」


 サイの頭を優しく撫でながらドレイクは少しだけ嬉しそうに微笑みながらそう言った。

 するとサイもまだ泣きながら、静かにドレイクの胸に埋もれたまま首を縦に振って答えた。

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