夜闇を駆ける 1
王宮より公表された新たなる人族法のニュースは瞬く間に世界を駆け抜けた。
サイが怒っていた通りに世界中の人族を多く所持している商会当主や一般の富裕層、奴隷商や他の人族が多く関わる業種において混乱を呼んだのは言うまでもない。
まだ映像という技術は発展途上であるため、この公表の詳細をいち早く届けたのは帝都に多くの本社を構える広報屋達だ。
王宮直属の広報部門だけでは当然情報の浸透に時間が掛かるのだが、同じように一般企業として情報の収集と提供を生業とする広報屋達はこの一大ニュースを前にして一様にやる気に満ち溢れていた。
いち早く、かつ正確に情報を伝える紙面を完成させれば多くの人々がその情報を得るために新聞を購入してくれる。
そのため真っ先に経済競争が勃発したのは広報屋達だった。
真っ当な政治新聞から商業関連雑誌、果てはゴシップ誌までもがこの情報に対して飛びつき、正しい情報から政府の陰謀までを幅広く拡散してゆく。
そしてその情報は当然、多くの商人達の元へも数日としない内に舞い込んでくる事となる。
「ショテル。この記事を読んでみろ。中々に面白い事が書かれているぞ」
そう言ってとある一社の新聞を読んでいたブレイドが、鍛錬を終えて戻ってきたショテルへ渡していた。
サイと別れた後、ショテルはナリトの営む拳闘奴隷の訓練場にひっそりと住み着いており、ブレイドや他の拳闘奴隷達と手合わせしながら様々な戦闘技術を身に付けていたため、この数節の間に細身でしなやかだった身体は随分と逞しくなっていた。
しかし元々の暗殺者としての技術の研鑽は怠っておらず、彼が望んでいたしなやかで屈強な強さを手に入れていただろう。
『こんなに早く成し遂げてしまうとは……。やはりサイさんは凄い人ですね……』
記事の端から端までをしっかりと読み、聞いていた話では十周節以上掛かると言っていた人族の奴隷解放を成し遂げたことにただただ感心し、心の中でサイへ言葉を送る。
しかしこの公表を見て同時にショテルが思ったのはサイが口にしていた懸念だ。
今はまだ世の中の全員が突然の出来事に戸惑っているだけだが、聡い者ならばすぐにこの法で世界がどのように変わってゆくのかを想像できるだろう。
それと同時に、ただ頭が良い物がそれに気が付くだけならば構わないが、世の中の全ての者が得た賢さを真っ当に使うとは限らない。
『サイさんにしてはえらく焦っているようにも感じますが、このままでは間違いなく、数ヶ月も経つ頃にはこの人族法に関わる詐欺を働く者達が増えるでしょうね』
公表から実施までの期間の短さに関してはサイの想定の範疇外だということをショテルは知らないが、彼も警戒したようにこのままでは人族の所有者がまず真っ先に詐欺に遭うだろう。
現状公表されている人族の奴隷解放までのシステムは概ねサイが想定していたものと変わらない。
というのもこれも何もかも開始時期をサイの想定より早められたせいなのだが、本来所有している人族へ課税されるようになるのは一周節後を想定されており、一周節が経つ頃までに人族の学習能力の高さを信じて一般的な教養を学ばせることを想定していた。
だがその課税すらも今節から開始となるため、このままでは無知な人族が世に放流される事態が間々発生する事となるだろう。
本来人族へ一般教養を備えさせる教本も今節中に作成し、簡易な物は解放奴隷への申請があった時点で送付、しっかりとしたものならば書店で取り扱ってもらうことを想定しており、早々と鞍替えした奴隷商会にはそのまま人族の一般教養を学ぶ学習塾として機能させる予定だったのだが、当然それらも存在しない。
人族所有者が詐欺被害に遭い、政府も含めて警戒を強める頃には今度は何もかもが準備不足のままの人族が次の獲物として狙われる事となることも容易に想像が付く。
『これは私も情報の収集を始めておいた方がいいかもしれませんね』
新聞を畳んでブレイドに返し、ショテルは今こそ自分がこれまで鍛え続けた力を使う時だと決心し、ブレイドに別れを告げようとした。
「丁度良い。お前さん、一般市民の人族になればいい。いつまでもタダ飯食わせ続けるわけにもいかんしな。必要だと言っていた技術も身に付いたはずだ。ここらでけじめを付けておこう」
先にそんな言葉を投げかけてきたのはブレイドの方だった。
これまでの恩も含めてショテルは深く頭を下げ、そしていつもショテルと会話をする為に使っていた紙に分かれの言葉を書き記す。
「これまで長々とお世話になりました。この恩は決して忘れません」
「ハッ。恩なら結果で返しな。それが拳闘奴隷の流儀だ。やりたい事が分かったのなら、一目見せてくれればそれでいい」
ショテルの言葉を見てブレイドは軽く片方の口角だけを上げて笑い、それ以上の言葉は交わさずにショテルを送り出した。
鎧や武器のような自身の荷物を布で包んで背負い、数日分の食料と以前にサイに渡されていたお金をしっかりと腰に付けたポーチへと入れておく。
恰好だけならばいかにも荷物運びをしている人族だが、如何せんまだ容姿が特徴的過ぎるため、頭巾を被ってあまり顔元を晒さないようにしながら他の奴隷の人族の流れに紛れ込む。
そうして街中を歩き回り、そこら中で立ち話をしている竜族達の言葉へと意識を集中させながら情報を収集してゆく。
当然ながら泊まる宿等は無いため、陽が落ちてきた頃になると黒装束を身に纏い、屋根の上や路地裏から聞き耳を立てて情報を収集し、人もまばらになった頃に町を離れて森の中で眠りに就く。
食料は可能な限り森の中で手に入れるようにし、可能な限り声を出せない事が知られないようにやり過ごし、数週間同じ町で過ごした後にまた別の町へと移動してはまた同じように情報をかき集めてゆく。
彼の生活は驚くほどに地味で何の変わり映えもしない日々だったが、それは優秀な暗殺者ならば当然だろう。
しかし着実に情報収集の成果は出ており、彼が想定していた三ヶ月も経つ頃には十分過ぎる情報が手に入っていた。
情報というのはこの新しい人族法によって振り回される人々の不満だ。
人族が課税対象となるが、その額が幾らになるのかを明記した新聞や雑誌は少なく、情報が不足している中で金だけが毟られると嘆く者達。
他にも早々と面倒事から逃れるために、本来は人族と竜族の話し合いの上で申請される人族の解放申請を勝手に行って、給料を計算しなければならない事に勝手に怒る者達なども多く見受けられる。
とはいえ、その勝手に解放申請をされた人族や、きちんとお互いの合意の下で早速申請されていた人族の中で、一番安い部類に当たる人族の解放がもう数ヶ月もしない内に訪れるという段階に差し掛かっていた。
当然ながら合意の下で解放されるのを待っている状態の人族に関してはあまり気にする必要が無いが、勝手に解放された人族の方は大問題が発生している。
本来ならば一般教養として、最低限の金銭の扱いや衣食住の入手方法などを纏めた資料を手に入れ、それらの知識を解放奴隷となる人族に学ばせなければならないのだが、国側もまだそこまで手が回っていないため人族の所有者はそんなこと知るはずもない。
そのため申請の際に、『一般教養が済むまではそのまま雇用していてくれ』と説明が入っているのだが、彼等がそんな事を覚えているはずもない。
このまま行けばもう数ヶ月もしない内に飢え死にする人族が現れ始めるだろう。
だがそこまで予想していたからこそ、ショテルは今度は備えることができた。
必要な教養に関しては自身が知っており、それらを他の誰かへ教える技術はショテルへ様々な事を教えてくれたサイやブレイド達のお陰で十分に学んでいた。
その上でショテルは一般教養に関して必要な資料として提供されている書物をいち早く入手し、自身の知識で不足している部分の理解と教える必要のある知識を学んでゆく。
何故彼自身がそれほどまでに勤勉に学んでいるのか。
その答えはショテルがサイやブレイド達と過ごした日々で得た、教養以外でのとても大切な考え方だった。
『何も全ての人々を一度に救う必要は無い。出来る範囲の事からやっていく事で世界は少しずつ変わってゆく』
ブレイド達と共に寝食を共にする内に、ショテルが辿り着いた救うという事の一つの答えだった。
ナリトの意向もあり、彼の所有する人族が死ぬような事は殆ど無いが、それでも彼等と過ごした日々の間でも無かったわけではない。
試合の中で命を落とし、帰らぬ者となった人族が現れれば必ずその人族が良く座っていた場所に好物を供えて皆で宴会を行う。
常に死と隣り合わせの世界に生きているからこそ、死を嘆くのではなく笑顔で送り出す。
いつ死んでも後悔の無いように皆必死に生き、死んだ者の思い出を肴に笑い合う。
ショテルはそんな彼等の死生観に触れた事で今までの英雄願望を捨てることができたのだろう。
彼等も初めからそうだったわけではない。
明日は我が身と怯え、死から逃避しようと誰もが現実から目を背けていたため、これほどまでに互いの繋がりを大切にもしなければ、笑い合うような事も無かった。
皆が意識を変え、今を笑って生きられるようにしようと努力した結果、今の彼等がある。
一つの拳闘奴隷の中という小さなコミュニティでさえ、意識を変えるのには大きな意志が必要になる。
ならばサイの言葉に背中を押され、世界の理不尽を目の当たりにしたショテルが世界を変えたいと訴えるのならば必要な物は何かと必死に考えていたが、その答えは彼にとってはとても単純なものに落ち着いた。
彼が情報を集めたのはこれから起こるであろう、理不尽な社会の現実を突き付けられて絶望する人族や竜族を一人でも多く護るため。
常に正しい知識を仕入れ、善良な人族や竜族を食い物にする者達から守る盾となり矛となるため、対策を練り続けた。
そして更に三ヶ月の月日が流れ、ショテルの予想した通りの事態が巻き起こり始めた。
多くの人族が右も左も分からずに社会へと投げ出され、何をすればいいのか分からずに呆然とする姿が多くの国々で見受けられた。
これまで所有物として指示を与えられ、指示の通りに動く事で対価として食事と住居を与えられていた人族からすれば、指示もなく動くということは全く経験が無い。
そのせいでこれまでの生活をしようにも追い払われ、よく見知った街道の端に座り込んだ人族が増え、同時に彼等を狙った追い剥ぎまがいの輩が続出する。
とはいえ居るのは大通りであるため、流石に力ずくでそのような愚行を行う者は少なく、何かと理由を付けて裏路地に誘い込み、そこで袋叩きにして金品のみを奪い取るという事件が続出するようになった。
当然警吏も巡回しているのだが、とてもではないがあまりにも一度に多くの場所に現れ過ぎたため対応が間に合わない。
そこでショテルが裏路地へと連れて行かれやすいポイントを纏め、人族にはそこへ近寄らないように警告しようとしたのだが、ここで一つ問題が発生する。
「えっと……すみません。なんて書いてあるのか読めないんです」
今解放されたばかりの人族達は殆ど教育を施されていない安価の人族であるため、会話をすることは出来るが、文字を教えてもらっていない。
そのため言葉を喋る事の出来ないショテルでは彼等に言葉を伝える手段がないのだ。
自分が文字を読めるからこそ今まであまり実感していなかったが、現状の解放された人族の識字率は一割にも満たないだろう。
『代償とはいえ、声を失った事がこれほどまでにも悔やまれる日が来るとは考えませんでしたね……』
どれほど知識を蓄え、警告できるだけの準備を整えても伝えることが出来ない。
それはショテルにとってとても歯痒いものだった。
どうするべきか手を握りしめて考えていた時、ふと頭を過ったのはサイとの日々だった。
サイとは言葉を使えなかった自分でも意志を相手に伝える方法があった。
それが魔法という代物で、魔導師にしか使えないなどという事はショテルにはあまりよく分かっていなかったが、サイが使っていたその技術を教えてもらえれば、今の自分でも会話が可能になるのではないかと考えたのだ。
出来る事からすぐさま行動する。
ショテルを縛っていたものが何も無くなった今、彼の足はとても軽い物になっていた。
「申し訳ないがサイ様との面会を望まれるのであれば正当な理由と手続きが必要になる。同じ人族として憧れる気持ちは分かるが、あの人は時間に追われる立場なんだ。分かってくれ」
すぐさま幻老院へと出向いたが、当然ながら門前払いされてしまう。
ショテル以外にもサイを一目見ようと訪れた人族や竜族は多かったらしく、その大半は興味本位だったためか既にきちんと用のある者でなければならないようにされているようだ。
一つだけ意外だったことがあるとすれば、ショテルを見ても幻老院の人々は特に訝しむような態度を取らなくなっていた事だろうか。
サイが幻老院、ならびに勤務している者や周辺に住んでいる者達へ与えた印象というものは大きかったらしく、既に幻老院では人族への偏見は無くなっているようだ。
とはいえサイに会うためには正当な理由が必要になったわけだが、ショテルとサイの接点は公にはなっていないどころか明かすことすらできないためこのままでは会って話す事も出来ない。
だが当然正面から堂々と面会することができないのであれば、はいそうですかと引き下がるわけにもいかない。
暫く隠密行動から離れていたブランクを埋めるためにも丁度良い機会だと考え、ショテルは大胆にも幻老院への潜入を決めた。
陽が沈み、周囲の活気も少しずつ薄れ始めた頃にショテルは今一度サイを護っていた頃と同じ黒装束と黒の鎧を身に纏い、幻老院への潜入を敢行した。
しかし当然ながら幻老院の警備は厳重であり、夜遅くなったとしても護衛はそこら中に配置されている。
それを遠目から双眼鏡で覗き、しっかりと侵入のルートを頭の中で構築してゆき、ようやく見つけた警備の穴を突いて意図もなく敷地内へと侵入することに成功した。
身長の何倍もあるような壁も高い身体能力と鉤爪等の道具を駆使して越え、建物内への侵入まで順調に進める。
『お久し振りですね。そこから少しまっすぐ行った後、左に曲がった所にある灯りの点いた部屋に僕はいます』
『仮にも潜入の真っ最中なのですが……やはりサイさんには敵いませんね』
屋内に侵入してから数分と経たない内にショテルの頭の中に聞き覚えのある声が響いてきた。
変わらず屋内も厳重な警備が敷かれているため慎重に行動していたのだが、サイの探知範囲はそんな厳重な警備など比にならないほど正確だという事を嫌という程思い知らされ、諦めたのか声に従って通路を静かに進んでゆく。
本来ならば部屋の戸を開けるのも静かにするつもりだったが、既にサイに存在を知られているためショテルは訪れた事をコンコンッという小さなノックで知らせた。
「どうぞ」
『夜分遅くにすみません。まずはサイさんの目標の達成、おめでとうございます』
「まだまだ問題は山積みですけどね。ファフニルさん達がちょくちょく暴走するのでまだ暫くは忙しくなりそうです」
サイとショテルの二人は再会を喜び合いながら、この数節の間にあったことをお互いに聞き合っていた。
互いに長い鍛錬の日々だったことを懐かしむように語りながら、今後の事について語り合い、ショテルが本題へと話を進める。
「意志を相手に直接伝える魔法の伝授……ですか。正直に答えるならば、あまり現実的な方法ではありません」
『それほどまでに会得が難しいものなのですか?』
「そうですね。僕達のような人族の場合は精神界の認識から訓練をしなければなりませんし、その後は魔力操作の基礎、構築式の記憶が必要なのですが、他の肯定も十分時間が掛かりますが、この魔法陣となる構築式の選定が恐ろしいほど時間が掛かります。一つの魔法に対しても様々な角度からのアプローチがありますし、僕が使っている魔法は独自に構築した物になりますし、他人の心の声を聞くための魔法なのでまた別の魔法を構築する必要があります。更に言えば、直接心の声を聞かせると不自然なので自然な発声のように聞こえるようにするためにはかなり構築が複雑になるでしょうから……」
『ああ……なんとなく言わんとすることは理解できました』
ショテルの申し出に対してサイは眉間に皺を寄せながら本気で考えていたようだが、残念ながら今のサイがドレイクにしてもらった時のように魔法を教えられる保証も無ければ、同じようにショテルがすぐに魔法を会得できるという保証も無いため、急ぐショテルには合っていないだろう。
流石のサイでもどうしようもないとなれば、ショテルの考えは振り出しに戻ることになってしまう。
『因みに不可能だとは思いますが、私の喉を治すということは可能でしょうか?』
「器官としての機能が失われた箇所を治癒することは流石に魔法でも不可能です。ですが、少々高価な物であれば実際に失われた視力の代わりになる義眼等が機械に……! そうだ! いい方法を一つ思い付きましたよ!」
『本当ですか!? ありがとうございます!』
「ただ、僕の友人の方に協力していただく必要があるので、ショテルさんの事を説明しないといけなくなってしまうのですが、それに関しては大丈夫でしょうか? あ、一応その方も口は堅い方なので口外するような事はないと思います」
『サイさんが信用している方でしたら私は何も問題ありませんよ』
ショテルの返事を聞くとサイはにっこりと笑ってみせ、明日もう一度、今度はサイの面会予定として伝えておくため昼頃に来てほしいとも伝えた。
そうしてその日の密会は終わり、翌日は言われた通り普通の恰好でサイの元を訪れると、言っていた通りショテルの名を告げただけで応接室へと通された。
「すみません。遅くなりました。ニコロスさんにも了承頂けたので今から向かいましょう」
『今からですか? サイさんやそのニコロスさんという方は仕事の方は大丈夫なのでしょうか?』
「大丈夫ですよ。今日の仕事は全部早めに終わらせてきたので。ニコロスさんの方は私の訪問ならいつでも大丈夫と言っていたので、状況次第ではニコロスさんに注意しておかないといけないかもしれませんね」
『どういうことですか?』
「多分、僕の知り合いの中で一番歯止めが利かない人ですから。会えば分かりますよ」
そう言うとサイは法衣を脱いで一般的な服装に着替え、二人で幻老院から街中を徒歩で移動し、世界最大の機械科学研究機関である帝都研究所へと向かった。
『帝都研究所』はその名の通り、帝都に建てられた最大級の研究、開発機関である。
世界中でも屈指の頭脳を持つ科学者と技師が多く在籍し、日夜未来の世界を形にする仕事を繰り広げている。
そんな研究機関の機械開発棟の一室にニコロスは在籍しており、新たな分野の開拓のために研究に没頭しているとのことだった。
彼もサイの存命を知ったのはつい最近の事で、政府から公表された政治新聞を暇潰しで読んでいたおかげで、新たな人族法の考案にサイが絡んでいることを知り、今のサイの立場を知る事となったぐらいには研究以外の事に興味が無い。
しかしそんな並外れた知識と技術力を買われてか、彼はまだ在籍して数節しか経っていないにも拘らず、新たな研究機関として設立された魔法機械の研究開発主任を務めている。
忙しさで言うならばサイと比べても引けを取らないはずなのだが、アポなしでの訪問ですら大丈夫だと答えている理由を考えるだけでサイとしては嫌な予感がしていたのだが、その予感は的中した。
「サイー!! ちゃんと生きてたんだな! 今度は幻老院の魔法使いのジジイ共にこき使われてるのか?」
「……何処をどう曲解したのかは分かりませんが、寧ろ私が指示を出す立場になっていますよ。一応私は今人族初の市民で、人族法担当大臣ですよ。大霊幻魔導師の称号の公表と共に取材もされましたから、数か月前の帝国広報紙に載っているはずです」
「ホーッ!! 俺なんかよりもよっぽど出世してるじゃねぇか! 仕返ししたれ」
「しませんよ!」
『なんだか凄い豪快な人だなぁ……』
サイとニコロスは久し振りの再会を果たし、互いに嬉しそうに近況を教えていたが、どうにもニコロスの方は学徒だった頃から更に悪い方向に開放的になっているようだ。
というのもニコロスの口から直接聞いて分かったのだが、彼は耳竜種という種族の中では世界で初の技師として有名になったのだが、それが世間的には非難の的になったらしく、研究所内でもしばしば衝突を繰り返していたらしい。
元々どちらかといえば激情型の性格である彼は陰口等が心底嫌いで、種族も相まって決して言葉を聞き逃さない。
それだけなら聞き流しておけばいいものを、わざわざ突っ掛かるせいで研究所内での人格判定は要注意人物として認定されており、多くの研究者に距離を置かれている。
ただでさえ目立つ彼の素行が原因で、折角の最高峰の研究機関に入れたというのに長く成果は無し。
このままでは窓際一直線と思われていた矢先、ある転機が訪れた。
「でな。俺を中心にこの研究所では異端児扱いされてる除け者達をかき集めた新設部署、『魔法機械研究部署』が誕生したわけだ。まあ要するに体の良いゴミ箱だな!」
『自分で言い切るのか……』
「良くも悪くもニコロスさんは思った事を全部口にしますからね。ですが、魔法機械という物は初めて聞きましたが、どのような機械なのですか?」
「よくぞ聞いてくれた! ……って言いたいところだが、要するにやってることは簡易魔法構築機の延長線だ。要するにあいつ等としては、『出来もしない魔法を発生させる機械を作らせようとして、結果が出せなかったら処分しようぜ~』ってところだ。聞いてる限りじゃ魔法使いの方がまーだ頭が柔らかいじゃねぇか。このままじゃまた世間に『機械っている?』とか言われるぞって言ってんのに……頭のお堅い研究主任共は聞く耳すら持ちやしない。だ・か・ら! この研究開発を成功させてアホ共に一泡吹かせてやるって息巻いてるところだ」
研究室まで移動する間にニコロスはそう現状を打ち明けた。
ニコロスが語った通り、現状魔法機械研究部署は異端児の寄せ集めと言われており、帝都研究所に入所できた理由でもある簡易魔法構築機の研究論文は鼻で笑う程度にしか捉えていないため、実績があることを知らない。
もしもこのチャンスを活かすことが出来れば一躍彼等は新たな分野を切り開いた功績者となるだろう。
「俺はもう異端児扱いされるのは慣れてるが、他の奴等はそうじゃない。ただ機械の可能性を模索しているだけで、今誰よりも情熱を持っているのは俺達だ。俺以外の奴等は魔法なんて毛ほども知らないのに、それでも真剣に魔法を理解しようとしてくれてんだよ! だから絶対に俺達をあいつらに認めさせる。……それにな、誰でも魔法が簡単に使える。これって凄く便利な事なんじゃないのか? 魔法使いが魔法を発展させたのも、科学者が薬をずっと研究し続けてるのも、技師がずっと誰でも使える機械を研究してるのも、もっとこの世界を便利にしたいからじゃないのか? だからこの依頼は俺個人として絶対に受けたかった。お前さんの目と喉、必ず俺達がもう一度、機械の力で使えるようにしてやる」
そう言って力強く宣言したニコロスは、まっすぐにショテルの瞳を見つめた。
そこにある瞳には強い野心が宿っていたはずだが、それ以上に『救いたい』という強い意志が宿っているように感じられた。




