人族の時代 12
「して、どうだった? 奴等、ふざけた真似はしなかったか?」
「とんでもございません。想像以上の働きをしてくださいました」
「そうか。なら構わん。明日も忙しいと思うが頑張ってくれたまえ」
戻ってきたサイの表情を見てファザムノは安心したのか、真一文字だった口がにっこりと微笑んだ。
報告を終えるとサイはすぐさま元老院へと戻り、残りの仕事をこなしながら今日一日で得た様々な情報を整理し、また別のノートへと纏めてゆく。
そうこうしている内に時刻はとっくの昔に深夜。
ようやくその日の内に終えたかった仕事を全て済ませると、サイは食事も摂らずにそのまま背もたれに体を預けてブランケットを手に取り、椅子に腰掛けたまますやすやと寝息を立て始める。
ここ最近は忙しさも極まっており、椅子で眠るかソファで眠ることがサイにとっても普通になっていた。
ほぼ常に睡眠時間が足りていないため、眠れるのであれば他の事を差し置いてでも眠ることの方が多い。
所変わってアーサー達炎の流星旅団の一行はサイの護衛任務完了後、日の出堂へと足を運んでいた。
「うおっ!? アーサー達が生きて帰ってきたぞ!!」
昼の一件以降、日が暮れてもアーサー達が顔を出さなかったためひょっこりと彼等がやって来た時には店内は騒然としていた。
ただ店に戻ってきた時点で対応はまるで英雄の凱旋のような状態。
何をどうして彼等がサイの好感度を上げたのか気になるという、野次馬のような人々が彼等のテーブルを囲う事となる。
「あーもう! 散れ! お前らが期待してるような話は無い!」
「違う意味で人気者じゃないっすか。アーサー団長?」
「いやー人気者は辛いっすね団長」
「テルト! ラルフ! お前らまで茶化すんじゃねぇよ! 団長呼びなんてした事ねぇだろ!」
アーサー達は人だかりを解消するために自分の失態をサイが咎めなかったことを説明し、後は普通の護衛任務をしていただけだと語った事でようやく店内は落ち着きを取り戻したが、テーブルを囲う彼等は昼間と同じように丸テーブルに着いていたため思わずその時の事を思い出していた。
昼の時は王宮からの依頼という名声的にも収入的にもありがたい依頼を彼等が勝ち取ることができた時、小躍りするほどにははしゃいでいた。
少々舞い上がりすぎていた節はあったかもしれないが、人族の要人の護衛という内容を見た瞬間、楽で割のいい仕事だと高を括っていたため随分と慢心していた。
その上彼等はキャリーの一件や世間での愛玩奴隷の人族の問題が起きていたりとしていたため、まだ顔も知らぬサイの事を完全に侮っていたこともあり、景気付けによく行くこの店に飲みに来ていたのだ。
丸テーブルに一人人族が座っていることが気に喰わず、追い出して周囲の注目を浴びていた時は彼等はまるで英雄だっただろう。
そしてサイの素性とこれまでの生い立ちを知り、今一度同じ席に着いた時、あの瞬間のサイの気持ちを考えて胸が痛んだ。
ここ最近の忙しさはサイの口から聞いていたため、外食ができることですらサイにとっては贅沢であり、その唯一の楽しみを彼等は奪い取ったことになる。
「……今日の任務をやるまでは、てっきりサイ様は今頃贅沢三昧してるんだろうなぁ……程度に考えていたが、俺等がこうして酒を飲んで飯を食ってる間も必死に仕事をしてるんだろうな」
「人族の事をずっと避けてきたが、やはりちゃんと知るべきだ。サイ様が言っていた事が本当なら、変えるべきなのは私達の認識だからな」
「だったらここはうってつけだろ。そこら中に他の旅団の人族がいる。何人かにこそっと聞いてみようぜ」
豪勢な食事を前にしても、彼等は真剣にサイと話し合っていたことを思い出していた。
もしもサイの言っていた通り、他のバックパッカーとして教育を施された人族がキャリーと同じような考えを持っていたのであれば、キャリーの行動に対して自分達の思い込みを押し付けて勝手に嫌っていたことになる。
間違いなくアーサー達はキャリーの事を信頼していた。
だからこそサイが語っていたように、キャリーがあの時とった行動の本心を知りたいと考えられるようになっていたのだろう。
一人ずつ席を離れて別々の席で食事をしている人族に声を掛け、サイに投げかけた質問と同じ質問を彼等にも、他の旅団の人々には聞こえない場所で訊ねてみる。
「なあ、もしもお前のとこの団員が魔獣にでも襲われそうだってなったら、お前ならどうする?」
「なんすかそれ? まあ、そうっすね……。もしもそうなったのならまずは迎撃できるか考えてみますかね」
「それも無理そうなら?」
「え? うーん……。迎撃も無理そうなら俺が囮になりますかね」
「囮……。その意味は分かってるんだよな?」
「分かってますよ。荷物とかは全部置いて、わざと大きく動いて……」
「あ、いや。そういう意味じゃなくて、もしもそんなことをすれば自分が死ぬかもしれないってことも分かってるんだよな?」
「まあそりゃあ、それこそ最後の手段ですからね」
「死ぬのが怖くないのか?」
「怖いに決まってるでしょ。嫌っすよ俺も。ただ、人族にはバックパッカーぐらいしか出来る事が無いから、もしもの時は命を張るのが仕事なんで」
「そんな軽く捨てられる物なのか? 自分の命って……」
「そりゃ軽くないっすよ。だからこそできる限りの事はやりますけど、もう他に選択肢が無いなら誰でもできる荷物持ちが犠牲になるのが一番旅団に迷惑を掛けないんで。まあ俺等だって自分が安い値段じゃない事は分かってるんで、本当に最後の最後に使う手段ですけどね」
「そっか……ありがとな。あ、あと今の答え、できればお前の仲間には言うなよ。多分、悲しむから」
何人かの人族にそれぞれが声を掛けて話を聞いて回ったが、返ってくる答えは悉く同じものだった。
人族全体がそういう共通認識を持っている事が素直にショックであり、同時に本当は誰よりも他の仲間の事を大切に考えているのだろうという事が、彼等の言葉からは伝わってきた。
大切な仲間だからこそ、『替えが利く』と思っている自分を道具として利用できるその決断は、恐怖を乗り越えた先にあるものだとも分かる。
「キャリーも……そうだったんだろうな」
呟くようにアーサーが口にした。
死者の言葉を代弁することは出来ない。
だがアーサーの言うように、キャリーも悩み抜いた末に自らの命を絶つ事を選択したのだろう。
まともな治療を行えない環境で多量の失血を伴う大怪我、自分の抱える荷物には旅団の明日が掛かっているどころか、自分が足を引っ張ることで全員の命を脅かす危険性がある。
だからこそキャリーは最後の力を振り絞り、リュックを硬くロープへ結び付け……そして手を離した。
自らの手で死を選ぶという行為の恐怖は尋常ではなかったはずだ。
だがキャリーにとってはそれ以上にこのまま引き上げてもらえば、途中でアーサー達が決して見捨てようとしない事を分かっていたからこそ、それが原因で全員が死んでしまう可能性の方が恐ろしかったのだろう。
「……だとしても、やっぱり私は人族をまた旅団に入れるのは嫌だ」
「キャリーの代わりを見つけたくないってことか?」
「いや、他の旅団の人族を見ていて思ったんだ。命を捨てる選択が出来るだけで、彼等は皆普通の仲間なんだ。だからこそ私達が選択を間違えば、彼等は真っ先に命を投げうつ。人族の考え方が分かってしまったからこそ、そんな生贄を連れて歩けるほど……私は非情にはなりきれないだけだ」
「生贄……か。本来の使用用途はそういうものだったのかもしれないな」
「ローレンス! なんてことを言うんだ!」
「君もサイ様の話を聞いていただろ? つまり少なからず、竜族が道具として人族を使う事の方が昔は普通だったんだ。そう考えるなら冒険者用の人族は元々、危険が訪れた際の生贄用として用いられていたが、最低限の倫理観からバックパッカーの仕事を与える事でその本来の用途を誤魔化した……と考える方が妥当だ。そうでなければ誰も管理できない人族が生まれる可能性になる冒険者に人族を与えようとはしないだろう」
ローレンスの推測を聞いて、アーサーや他の者達もハッとしたような表情を見せた。
事実、彼の推察は正しく、人族の用途は猛獣や魔獣などに襲われた際の緊急避難用として考案されていた。
提案したのはファフニルではなく当時の奴隷商会の上役達で、要するにもっと簡単に死んで、需要のラインが太くなる人族が欲しかったということだ。
人族に対して否定的だったファフニルは当然これを許可したが、ファザムノから却下されたことで今の『バックパッカーとしての役割』を表面上は付与し、教育では真っ先に生贄となるように徹底されていたというものだ。
故にこの事実を知るのは奴隷商と人族に関する法に深く関わっている者だけである。
そのため彼等炎の流星旅団の面々はただ各々の思う所を語り合っただけだったが、少なくともこれほどまで人族に対して考えたのは初めてだっただろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、アーサー達は気持ちも新たに王宮を再度訪れ、サイの到着を待っていたが予定の時間になっても一向に訪れる気配が無い。
サイの身に何か起きたのかとファザムノが心配し、サイの元へ向かえを出したがただの寝坊だったらしく、サイは慌てて王宮へと駆け付けていた。
「大変申し訳ありません! 私の至らなさが原因で皆さんにご迷惑を……」
「よいよい。それよりも根を詰め過ぎるなよ?」
顔面蒼白のサイを見てもファザムノは嬉しそうに笑っているぐらいには上機嫌だったが、その理由は言うまでもなくサイと炎の流星旅団の関係だっただろう。
前日はアーサー達の言葉には多くの嘘が含まれていたためあまりいい気分はしていなかったのだが、待っている間に話した事でその印象は変わった。
「待たされるのは嫌いか?」
「いえ、サイ様もお忙しい身でしょうから特には気にしていません」
「ほう? 昨日何かあったのか?」
「……お恥ずかしい話ですが、サイ様のお陰で色々と考え直す良い機会を頂けたので。あと数日ではありますが、その恩を返していきたいと思ったまでです」
アーサー達の言葉には嘘偽りが一切なかった。
たった一日サイと行動を共にしただけだったため、そこで何があったのかまではファザムノの及び知るところではない。
しかしその一日だけでサイに対する評価が一変していることが分かる、この好意的な返答はファザムノとしては単純にサイを褒められているような気がして嬉しかったのだ。
サイと合流し、ぺこぺこと頭を何度も下げるサイに対して気にするなと話し掛けるアーサー達の後姿を見て、ファザムノは安堵すると共に確信した。
サイならば、成しえる事の出来なかったファイスの描いていた未来を実現してくれる。と……。
「朝食は食べました?」
「すみません。まだ何も……」
「まあでしょうな。今日も日の出堂に寄ってから行きますか」
「すみません」
「謝りすぎです。というか本当なら俺達が謝る側だったんですけどね」
そう言うときょとんとしているサイの前にアーサー達が並び、全員で深く頭を下げた。
「サイ様、昨日の非礼の数々今一度ここで謝罪させていただきます」
「そんなこと気にしていませんよ。それよりも頭を上げてください」
「それと俺達にキャリーの考えていたこと、人族達の現実について考える時間を与えてくれてありがとうございます」
「どういうことですか?」
「昨日サイ様と別れた後、俺達は改めてキャリーの当時の事について考えたり、他のチームの人族から直接話を聞いてみたんです。お陰でサイ様が言っていた事が正しかったのだと気付く事が出来ました」
「そうだったんですね! 皆さんが自分の意志で人族の事について考えてくれたのは私としてもとても嬉しい事です!」
そう言ってサイは満面の笑みを見せた。
あまり表情を変えないサイの屈託の無い笑顔は、思わずアーサー達も頬が緩むような満面の笑み。
そのせいでアーサー達がサイを喜ばせるはずがまたしても彼等自身の方がいいものを見れたと喜んでいた。
機械駆動車に乗って移動し、日の出堂で持ち帰りの料理を頼み、今日もまた二つの国を巡るために車に揺られてアーサー達と様々な話を繰り広げた。
今回は冒険譚よりも昨今の冒険者が抱える問題と、モラルの低い旅団がそのままゴロツキと化している現状に関してを情報について詳しいテルトとラルフが語ってゆく。
「まあサイ様のことなんで既に知っているとは思いますが、現在冒険者という職業はほぼ飽和状態です。あぶれた奴等がそのまま逆に手配書に載ってオーダーボードを賑わすような時代ですね」
「直接的な原因ではないですが、それが原因で旅団同士の抗争が起きたり貧富の差が開いたせいで大手は更に拡大、僕等の所みたいに小規模なまま有名な旅団はかなり減っています。それに比例するように冒険者向けの人族の需要も下がってきてます」
「そんなに酷い状況なんですか?」
「あら、知らなかったんですね。意外。まあ、そりゃあ格差も広がりますよ。ひと昔前みたいに未開拓の土地とか未発見の植物、生物がわんさかいる時代ならまだしも、今は数節程度で戻ってこれる距離の探索はあらかた終わってますからね。もう冒険者なんて名前ですが大冒険の時代は終わってますからね」
「それはなんというか……ちょっと悲しいですね」
「別にやってないわけではないですよ。稀少素材の採集依頼なんかもありますし、大遠征なんかも稀に行われますけど、残念ながら大抵の場合そういうのは大規模化した旅団が数十名から百余名程の大編隊を組んで出掛けるようなレベルなので、どちらにしろ実力のある冒険者でなければ土台無理なレベルですね」
「付け加えるなら今の冒険者同盟の盟約で、もしも人族の第二次侵攻が巻き起こった場合、俺達はすぐさま傭兵として人族と戦う事が義務付けられているので、大編隊を組んでの長距離探索なんてのはこの数十周節行われてないです」
次々とサイに突き付けられる冒険者の現実はサイにとっては随分とショックな事実だったのか、随分と深刻な表情をしていた。
「……ということはもしかして、『パー・パルナスの冒険譚』ってフィクションなんですかね?」
「いや、それは無いと思いますよ」
「えっ? そうなんですか? 話を聞いている限りだととてもつい最近も冒険に出ているようには感じられませんが……」
「そう! そこなんですよ! あの人、謎の冒険者、『パー・パルナス』の正体を暴こうと躍起になった奴等は数知れず。けれど誰も彼の実在を証明できないのに、綴られたその物語は間違いなく本物の冒険譚なんです」
サイにとっての唯一の趣味ともいえる愛読書、『パー・パルナスの冒険譚』の話題となるとサイは随分と表情が豊かになったが、同時にテルト達もテンションが上がってゆく。
それほどまでに『パー・パルナス』という人物は謎が多く、同時に多くの者を魅了する話を幾つも提供している。
当然、あまりにも美化され過ぎている、と訴える冒険者は多く、嘘を書き殴っているだろうと冒険譚に登場する場所を訪れた者も多い。
しかしそこには冒険譚に記される通りの景色が広がっているどころか、その目で見て感じなければ味わえないほどの感動が待っていたのだというのだから彼の人気は更に鰻登りとなってゆく。
ならばとその正体を暴こうと、誰も彼もが冒険者達の動向を逐一確認したり、冒険に出た者をくまなく調べても足取りすら掴めぬまま新たな巻が出るのだ。
書籍になっているのならばと誰もが今度は印刷所を家探ししたが、どうもその冒険譚の原本となる書物は手紙と共に何処かの印刷所にいきなり届くため、彼等も正体については知らないという徹底ぶり。
一時期は『登録されていない旅団』の存在などが噂されたこともあったが、だとしても説明が付かず、長い歴史を持つ冒険者の中でも未だ多くの人々を魅了する謎となっている。
「今も本当に世界を旅しているのであれば……お幾つなんでしょうね」
「かなりの老体だと思いますよ。初版が今から十周節以上前で、最新刊も割と最近出てるんで最低でも十数周節以上は旅をしているはずなんですよ。そうなるとかなり老練な冒険者のはずなので一目見れば分かるはずなのに何処にも居ないという。街中が描写されていることもあるから街にも来ているはずなんですけどね」
知れば知るほど謎の深まる人物、パー・パルナス。
彼の話と冒険者の実状をしっかりとノートに纏めた頃、サイ達は次の国へと辿り着いた。
この国は今までサイが巡った国とは違い、あまり人族に特化していない国、所謂平均的な国である。
物流も盛んで国内の生産も様々、そして道を見れば大抵何処かしらに人族の姿も見える。
言い方は悪いかもしれないが、全体的に集中し過ぎた人口も無い本当に平凡且つ平均的な国だ。
国民の考え方もどちらかに偏っているわけではないため、人族に対する意見は千差万別。
故にあまりにも行き過ぎた意見というものは散見されない。
「この国はよく物資の補給で立ち寄ったりもしますけど、特に何の特徴もない国ですよ。こういう国の意見も参考になるんですか?」
「当然なります。特徴が無いという事は平均的に見て全てが水準以上かその程度を保ち続けているという事です。それは同時に全てにおいて平均的、中立的な立場からの視点で意見を頂けるという事です。先日の二国は人族に対して関わりの深い国でしたので、今日は関係性も近からず遠からずの国を巡ります」
サイの意見に感心したのか、アーサーは口を軽く開いて感嘆の声を漏らしながら大きく頷いていた。
平均。それはこの世で最もありふれており、比較されることはあれど最も注目されないものだろう。
だが見方を変えればこの世で最も曖昧であり、最も維持し続けることが難しいものでもある。
そんな平均的な国を治める王の屋敷へとサイは足を踏み入れた。
「初めまして。わざわざこのような国にまで足を運んでいただきありがとうございます」
「いえ。こちらこそ突然の訪問にも拘らず、ご予定を合わせていただきありがとうござます」
サイと王は軽く微笑んで互いに挨拶を交わし、少しだけ雑談をした後本題へと移った。
「……というものです。ノラス様のご意見を伺ってもよろしいでしょうか?」
「成程、帝都はようやく人族を一市民として受け入れる準備ができた、という所でしょうかね。草案を聞く限りですと、私としては概ね問題は無いかと思います」
「ありがとうございます。因みに至らない点は何になるでしょうか?」
「この法では人族を市民として受け入れていくまでの事は想定されていますが、その後の市民となった人族に対する保護や権利などがあまり考慮されていない気がします」
「あまり優遇するべきではないと考えた限りだったのですが、どのような御考えをお持ちでしょうか?」
「確かに贔屓するのは人族を嫉む層から恨まれる要因となりますが、これから先社会へと進出してゆく人族は詐欺師や盗人の餌食となってしまいます。同等に扱おうという意思は感じられますが、まだ社会を知らないあなた方人族は市民権を得た所で弱者です。自立するまでは政治が人族を守るべきでしょう」
「そうですね。そこは私の考慮が到りませんでした。是非改善案として盛り込ませていただきます」
サイとノラスと呼ばれたその国の王の会談は恙なく進んでゆき、サイにとっても有益な時間となったようだ。
ノラスの視点から見ても人族の奴隷解放制度そのものはようやく帝都政府の重い腰が上がったという認識であり、寧ろようやく始動したこの計画が喜ばしいと感じていることが分かる。
その先のことまで既に考慮してくれていたノラスのお陰で次に想定していた三つ目の改善内容の事前修正が行える状況となったため、別れた後サイが黙り込んでいる時間は非常に長くなっていた。
以前に軽く語った通り、サイの人族の奴隷解放政策に関しては全部で三段階の草案を既に考えている。
一段階目は人族の奴隷解放、二段階目は人族の基礎教育、三段階目は人族の最低限の生活保障としていた。
サイの想定していた生活保障とはあくまで他の竜族と同様に一般市民として働けるようになること。
そのためにサイが想定した政策は基礎教育の過程を修了した認定証を持っている場合、人族の起業や住居購入に関する助成金と還付金が発生するようにするものだ。
一般的な知識を身に付けた後であれば、社会的な行動、思考を持つ人族として経済を回してゆく立場となれるだろうと考え、あくまで社会進出を促すという一面でのみ政策を考えていた。
そのため社会進出の後押しはかなり考えられているものの、ノラスの指摘にあったようなこの法を逆手に取り、人族を騙すような詐欺に対する対策はあまり考慮されていない。
サイとしてはあくまでそういった制度を設ける事で、人族でも安心して使役される立場から牽引してゆく立場になれるのだという土台を用意したかっただけであるため、それに伴うリスクは本人が考えるべきだと想定していた。
だが社会へ進出して間もない人族にそれを強いるのは酷な話である上、頭の切れる竜族に悪用されては元も子もない。
そう言った観点からも、もっと人族を守りつつ社会進出を促していけるよう、全体的に案の見直しをしてゆかなければならないだろう。
屋敷を後にし、機械駆動車へと再度乗り込んだサイとアーサー一行はそのまま次の国を目指しつつ、冒険者の視点から見た世界の現状を語ってゆく。
「実際の所、皆さんはかなり収入が安定している方ですよね?」
「まあ、大抵の依頼は問題無くこなせますからね。ただ逆に今回のサイ様の護衛のような任務でも来ない限り、知名度を上げたり一気に収入を得たりすることは難しくもなっています」
「そうなんですか?」
「依頼はその大半が個人が冒険者同盟に依頼料を支払って掲載されています。内訳までは流石に同盟関係者じゃないんで分かりませんが、その依頼料の幾らかが依頼の達成報酬として冒険者に支払われるという仕組みです。なので個人の依頼は支払われた依頼料に達成報酬が依存するので通常でも然程大金にはなりませんし、装備の新調や消耗品の補充をしたら実は赤字だったなんてこともザラにあります。なので金額と内容によっては不人気となり、依頼解決とならずに依頼者が取り下げるという事も多いですね」
「冒険者同盟の利用者、つまり依頼者の方々はその金額の内訳をご存知なのでしょうか?」
「多分知らないと思いますよ。そうじゃないと結局放置した事が原因で事が大きくなって、国や帝都からの公式依頼になるような事にはならんでしょう。冒険者同盟は国からの依頼で儲かる、冒険者も金払いのいい依頼の上、達成すれば国から表彰されるとなれば俄然やる気も出るし、馬鹿を見ているのはお金の無い依頼者ってことになりますね」
「冒険者同盟が民間で組まれていることが原因ですね。コルマーシュ様の時代のように冒険が主流のままならばこうはならなかったのかもしれませんが……」
「そうも言っていられないですよ。元々冒険はもう大分限界に近かった状態で人族の大侵攻の勃発。必要性が無くなった公的な冒険者同盟は無くなって、代わりに台頭したのが今の民営なんでも屋冒険者同盟なんで」
「これはまだまだ問題が山積みになっていますね」
コルマーシュの提唱した冒険者も今では形骸化。
巻き起こる理想と現実の問題と、冒険譚でしか知らなかった世界の実状を噛み締めながらサイはひっそりと冒険者の在り方を見直すべきだと決断していたのはここだけの話である。




