人族の時代 11
サイとべラントは再度しっかりと握手を交わしてから深く頭を下げ、互いに感謝を述べた。
「しかしよろしかったのですか? その後の政策もあると伺っていたのですが、そちらに関しては意見を述べなくても」
「気に掛けていただきありがとうございます。ですが、まず推し進めなければならないのは初期段階となります。次の段階はもう少し他の国々も回って意見を聞いて初期段階での敷設すべき草案が定まった辺りで考える必要があるため、現時点でお見せしても全てが白紙となる可能性がありますので、今一度定まり次第、伺わせていただきます」
「承知致しました。ではその時にまた意見を交わしましょう」
そう言ってサイとべラントは次を語り合って別れた。
べラントの意見にはサイも学ばねばならぬ事が多く、改めて世界を知ることの大切さを身をもって思い知ったが、それは同時にサイに成長の絶好の機会をもたらしたことも意味する。
書き纏めた問題点に眉間に皺を寄せながら睨み付けるサイの表情はよく悩んでいるのが分かる。
「お、サイ様出てきましたね。それじゃ次の目的地に行きますか」
悩みながら歩いていたためか、かなりゆっくりとした歩みになっていたが、そうとは知らずにアーサーがひょいとサイを担ぎ、機械駆動車へと乗せた。
様々な考えを頭の中で巡らせながら、サイは只管に自身のノートの内容を睨み付けていたのだが、流石に機械駆動車の中でまで同じようにしかめっ面のままではいけないとサイは考え込むのを止め、次の移動先へと向かいつつ聞きそびれていた話を彼等に聞く事にする。
「アーサーさんもそうですが、他の方もあまり人族に対して良いイメージをお持ちではないように感じます」
「すみません」
「いえ、それ自体は構わないのですが、その理由を聞かせていただきたいのです」
サイの質問に対してアーサー達はすぐさま一度頭を下げたが、質問の意図が謝罪には無い事を察するとすぐに悩むような表情を見せた。
と言ってもその顔は悩んでいるわけではなく、どう答えるべきか迷っているという様子だった。
その証拠とでも言うようにアーサー達の心理は様々な言葉や思い出を引き出しているため、あまり言葉として纏まっていないせいか、サイにもその思考が読めない。
サイに対して向ける言葉を探しているという訳ではなく、その理由が少々複雑な事情だという意味でもある。
だからこそサイも特に何も言わずに彼等の言葉を待っていた。
「確かに俺達も理由無く人族を嫌いになったわけではないです。ですが、多分私達が人族を避けている理由は一般的なものとは違うと思うので……」
「一つだけこちらから質問してもいいでしょうか?」
「はい。構いませんよ」
「もしもサイ様が犠牲になれば、例えば私達が助かるというような状況に身を置かれた場合、どうします?」
「……私なら犠牲になることを選びます。ただあまり一般的な人族の回答ではないと思いますので……」
アーサーの言葉に続けるようにしてテルトがサイに質問を返した。
サイとしてはこの手の犠牲云々の話題は避けたかったが、答えると言ってしまった手前、回答しないわけにはいかない。
そのため正直に自分なりの答えは言いつつ、普通とは違うであろうことだけは補足したが、どうにもアーサー達はそれを聞いて少し納得したような表情を見せた。
「ということは今回サイ様が自ら各地を巡っているのは、自分を利用して相手の出方を伺っているという所もあるのではないですか?」
「ご明察です。世間の人族への感情を推し量るには実際に人族を目の前に立たせるのが一番効果があるでしょう。丁度私は名前が知れていないのに階級がやたらと高い人族なので、そういった存在に対しての嫌悪感というものが測りやすいです」
それを聞くと真っ先に機嫌を悪くしたのはエレイアだった。
他の団員達も見るからに渋い表情をしていたが、同時にサイに対して怒りも向けている。
「自己中心的な奴が気に喰わないのは人族だろうと竜族だろうと同じです。だから放任されている愛玩奴隷は有無も言わさず嫌いですが、それとは別に私達が人族が嫌いな理由はその自己犠牲です」
エレイアはサイに対して鋭い眼つきのままそう言い放った。
サイとしてもあくまで自分の感性はあまり普通ではないと言葉を返そうとしたが、エレイアにもどうにもまだ言いたい事があるのか言葉を返せそうな雰囲気ではない。
それを見て思わず周囲は彼女を止めようとしていたが、それよりも先に言葉を続けた。
「アーサーが言いかけていた理由ですが、当然私達も元々は人族を一人、バックパッカーとして利用していました」
エレイア曰く、彼等『炎の流星旅団』は元々、ラルフを除いた四名と一人の人族で五名の旅団だったそうだ。
もう随分と前の話になるが、彼等が冒険者として十分な地位を確立し、金銭的にも余裕が出て来た頃、アーサーのひょんな一言から一人の人族を購入する事となった。
冒険者が利用するためのバックパッカー専門の人族というものは特に今でも珍しくはない。
小柄な身体に見合わず高い持久力を有するように鍛え上げられた人族は、冒険において大荷物となる様々な物資を肩代わりしてくれる存在は非常に有難く、彼等も購入してからすぐにその人族の事を気に入り、『キャリー』という名を与えた。
日々の依頼の達成で十分に資金も貯まっていた彼等はキャリーも含めた五人で、久し振りに未開の地を開拓するための冒険に出掛けることにしたのだが、そこで悲劇が起きた。
数ヶ月を掛けて行う遠征にはかなりの物資を必要とする上に、帰りの物資の事も考えて行動しなければならないため必然的に食料は最も大切な問題となる。
自分の身長を優に超える大荷物を難なくキャリーは持ち運び、彼等の旅に同行していたのだが、その日はより遠くへ行き、まだ地図に記されていない場所のマーキングと未発見の動植物を探すことをメインにしていたため、通常よりも危険ではあるが時間を掛けずに行く事の出来る道を選んでいた。
それが裏目に出ることとなった。
行きは順調に進んでゆき、本来の目的通り数種類の植物と生物の骨や糞などのサンプルが入手でき、周囲に目印となるロープも張ることができたため、これで通常の依頼とは比べ物にもならないほどの報酬が得られると皆喜びながら帰路を急ぐ。
一人ずつ崖に張ったロープを渡り、峡谷を越えていたのだが、最後に渡ったキャリーの時にロープを支えていた杭の根元が重さに耐えきれなくなって崩れ落ち、キャリーは崖に打ちつけられた。
キャリーはその衝撃で落ちる事もなく意識も失わなかったものの、血が流れるほどの大怪我をした状態で宙吊りになっており、このまま長く放置されれば失血でいずれ死に至るという危機的な状況に陥ってしまった。
すぐさまアーサー達はロープを引き上げ、キャリーの救出を試みるが荷物を大量に積んだ状態のキャリーは誰よりも重いため、四人掛かりでも非常に時間が掛かる。
「キャリー! あともう少しだ! 耐えろ!!」
数十分もの奮闘の末、なんとかキャリーを引き上げたと思ったのも束の間。
そのロープの先には荷物だけが固く結びつけられており、キャリーの姿は何処にも見当たらなかった。
周囲にキャリーの姿が無いか必死に捜索したが、当然その姿もあるはずがなく、大切な仲間を失った事でアーサー達は悲しみに暮れていた。
危険な冒険であることは百も承知で彼等も死を覚悟して挑んでいただろう。
だがそれはあくまで猛獣に襲われたり、助けられない状況での話だ。
彼等がキャリーの行為を、人族の感性を嫌う理由になったのには、その荷物に挟まれていた一枚の手紙によって生まれた。
鞄の端に挟まれていたその手紙はアーサー達に宛ててのものだったが、その内容はまるで遺言のようだった。
行きの時点でロープの終点の辺りの足場が脆くなっていることに気が付いていた事。
それでも迂回を提案すれば最悪全員が食料が足りなくなる可能性がある上に、ルートの再構築をその場で行わなければならないリスクが伴う事を考え、キャリーは一番重たい自分が最後になることで、少しでも他の全員が渡りきれるように考えていた事。
そして……
「今回の発見は必ず皆の今後の発展に必要になる。この荷物が自分達の未来であることを知っているからこそ、荷物だけでも必ず皆に送り届ける。もしもその時はまあ、新しい人族でも買ってほしい。皆と冒険できたことを光栄に思う。炎の流星旅団の更なる発展を願って」
手紙の最後にはそう記されていた。
大怪我をしたせいで帰路が遅れれば旅団全体の危機になることを考え、自分の命と荷物や旅団の安全を天秤にかけ、命を絶つことを選択したのだ。
「私達はそんな選択を黙って選んだことが許せなかった。帰りも同じ道を使うことのリスクに気が付いていて遺言を書いていたことも許せないし、いくらでもまだ助けられた命をたかが荷物のために捨てた事が許せなかった」
「……大切な仲間だったから、ですね」
「ええ。サイ様も迷わずそうすると言った。私には人族のその『同じ種族なら幾らでも代わりがいる』と思える考えが分からないんです。キャリーはキャリーでしかない。彼はもう戻ってこないという事を……まるで理解していなかった」
怒りと悲しみの入り交じるエレイアの言葉は、思わず声が震えるほど感情が籠っていた。
結局、その一件が原因で大切な仲間だと思っていたキャリーがあっさりと命を捨てた事に対する悔しさと怒りで人族を受け入れられなくなり、同時にキャリーが願った通り、その冒険の成果で『炎の流星旅団』は一躍知らぬ者のいない有名な旅団へと名を上げた。
だがもう人族を信用することは無くなり、ラルフが新たに旅団に加わると、ローレンスがバックパッカーの仕事を請け負うようになったのだという。
彼等の人族を嫌う理由は信頼が故の裏切られたような行為が元であり、だからこそ理解ができなかったのだろう。
「キャリーという方を責めないであげて下さい。我々人族はそうすることが当たり前なのだと幼少の頃から教え込まれています。私達にとってはそれが本望なのだと理解してほしいだけです」
「命を捨てることが本望だなんておかしい事だとあんただって分かるだろう!? それともそれを分かってて人族同士なのに見捨ててるっていうんなら俺はあんたを軽蔑する」
サイの言葉は紛れも無い事実であり、サイが実際に各職業用に生産されている人族の奴隷の教育方針を調べて得た事実である。
しかしその事実はただ彼等の怒りに油を注ぐだけとなってしまった。
傍から見ればサイは人族の奴隷でありながら、同じ人族の奴隷を生産しているような血も涙もない存在にしか見えないだろう。
だが少なくともサイには彼等の想いは分かっても、その言葉に応えられるような知識も経験もない。
まだサイもこれから実際の知識として身に付け、世界を変えてゆこうとしている立場でしかないのだから。
「申し訳ありません。今の私ではその言葉に応えることは出来ません。ただ、現状を知ってほしい。そう言う他無い事を理解してください」
「ハッ。言うだけならどうとでも言える。あんたはそういう命の危険から縁遠い存在だろうからな」
「申し訳ありません」
二つ目の国へ移動する間の会話はそれを最後に途絶えた。
サイも流石にこの険悪な雰囲気の状態で彼等に言葉を掛けることは出来ず、今のサイでどう答えることが正しいのかを必死に考える事しか出来なかった。
だが結局は一言も話すこと無く、二つ目の目的地へと辿り着いた。
二つ目の国は同じく人族との距離感の近い国。
一つ目の国とは違い、人族が殆ど平等に扱われている国ではなく、最も人族の生産が盛んな国として有名な国だ。
王宮御用達の最上級奴隷から農作業等のきつい労働をするための低級奴隷まで各種揃えているきっての奴隷生産国だろう。
それそのものが産業となっていることもあり、人族にも明確な格差をつける事で社会性を身に付けさせ、絶対服従を徹底させている高品質さが売りだ。
故に需要が絶えることはなく、人族の生産とその道具の取り扱いのみで生計を立てている国であるため、この国もサイの草案の影響をもろに受ける国となる。
今度はサイだけがアーサー達へ頭を下げて屋敷へと向かい、この国の王と会談を行う事となったが、人族に近しい国といえどその内容は正反対。
サイの扱いはぞんざいなものだった。
「どうもどうもサイ様! 遠路遥々お越しいただきありがとうございます!」
「こちらこそ貴重な時間を割いて頂きありがとうございます」
「いえいえ構いません。早速サイ様のご用件をお聞かせください!」
『ここで媚を売っておけばファフニルに貸しが作れるな……存分に利用させてもらおう』
表情は極めて好感の持てる笑顔で、その声色はとても軽やかで人当たりが良い。
だが実際の彼の声はサイを通した後ろにいる人物の事しか見ておらず、サイそのものには一切の興味が無い。
先程の国では言葉と本心に差が無かったため、サイも素直に草案の話し合いを進めたのだが、サイが実際に赴いた理由の一部を彼が心の声で体現してくれていた。
『心根で考えている人族への扱い』
これはサイならば知ることが出来る究極の実地調査だろう。
人族の生産を生業とする国であるため、多少の軽視は予想していたが彼の対応はほぼ問題外のレベルである。
草案を彼に見せても心の声はサイを罵倒するような言葉ばかりであり、政策には猛反対だった。
「率直な意見をお聞かせいただいても宜しいでしょうか?」
「うーむ……流石にこれは我々としては困ります。人族を購入する客が減ってしまうため、デメリットしか御座いません」
『ふざけるなよ人族如きが! な~にを上から目線でふざけた法改正を行おうとしてやがるんだ! この国が無くなりかねない事を分かってるのか?』
「当然それは承知の上です。ですので次の段階として人族の社会教育を義務化します。最低限の常識を学ぶ事を義務化し、これまで人族の生産を行っていた施設を人族専門の教育機関へと方向転換し、国からの補填と人族からの支払いにより、人族生産施設の脱却を行います」
「つまり生産、販売を止め、代わりに教育を行う、と。確かに現実的かもしれませんがまず間違いなく、市場規模は今よりも縮小します。我が国としてはその経済被害は甚大なレベルとなりますね。是非他の産業をご一考願いたい所です」
『在庫なんて考えてないんだろうなぁこのアホは。金になっていない財産などどれだけあると思っているんだ。その上学術機関だと? 分野が百八十度違うわ!』
「……なるほど。承知致しました」
話し合い自体は殆ど消極的な意見だけで終わったものの、今の政策を進めるために欠けていることの大半は本音の方から判明しているため、サイとしてはかなり有意義な時間となった。
そうしてサイは屋敷を離れ、アーサー達の元へと戻った。
「今度は随分と早かったな。そんじゃ今日の護衛任務は終わりかね」
「はい。王宮まで戻れば無事完了となります。第一回はあと六日程続きますので、また明日色々とお聞かせ願いたいです」
「ああ、そういえばこの任務、一週間続くのか」
「私は出来れば今日限りにしたい。やはりどれだけ優れていようが人族は人族だ。心の無い奴と長居したくない」
「そうは言っても割りは良いんだ。最後まで機械駆動車で座ってるだけの仕事をやってからでもいいだろ」
「心の無い奴……ですか。随分と手厳しいご指摘ですね」
「お前の笑顔には感情が無い。この際ファザムノ様に言い上げられればどうせ打ち首なんだ。言いたい事は全部言わせてもらうことにした」
「有難い限りです」
不機嫌なエレノアや他の面々と共に機械駆動車へ乗り込み、帰りの道を進んでゆく。
道中は会話が復活したものの、大半はサイや人族への不平不満やダメ出しが殆どだった。
そんな内容を聞きながらもサイは愛想笑いを絶やさなかったが、エレノアの一言がどうしても気にかかっていた。
「大体ヘラヘラしていればいいとでも思っているのかもしれないが、表情の変化が殆ど無いお前では気味が悪いだけだ」
「それは私も思いますね。まるで貼り付けた笑顔のようで気味が悪い」
エレノアの言葉にローレンスが賛同し、他の面々もつくづくそう思っていたのかうんうんと頷く。
「笑うって……難しいことですからね」
最初の遜り方が嘘のように言いたい放題だったが、サイとしては特に何とも思っていないため全て意見として聞いていたが、思わず口に出してしまった。
驚いたように旅団の面々はサイを見つめたが、サイの表情は特に変わっていない。
「難しいか? ただどんなことも楽しむだけだろ?」
「……もし、皆さんが私が今から話す事を口外しないと約束していただけるなら、少しだけ私の昔話をしたいと思いますが、約束していただけますか? そして……聞いて頂けますか?」
そう言うサイの表情は少しだけ寂しそうなものになり、うっすらと微笑んだまま旅団の面々の顔を見まわす。
今までずっと質問ばかりしていたサイが、急にそんな話を振ってきたため少々困惑したものの、全員が小さく頷いて答えた。
それを見てサイは頭を下げてから話し始める。
サイに対して正直に話してくれたからこそ、サイも彼等の事を信用し、秘匿中の秘匿ともいえるサイのこれまでの事を包み隠さず話した。
「実験用奴隷って……いやいや冗談でしょ? 冗談……だよな?」
「皆さんが知らないのは当たり前です。非合法な存在であり、黙認されている存在。そして魔導師や科学者の一部の人しか知らないものですから。ですが、実在はしています」
そう言ってサイは自らの服を軽く脱ぎ、身体に刻まれたおびただしい量の傷跡を見せた。
てっきり上級奴隷だと思い込んでいたアーサー達はそれを見て絶句し、サイの言葉を信じたのか真剣な表情でサイの言葉に耳を傾け続けた。
これまでの人族と魔導師の怨讐と因縁、そしてそんな愛憎塗れる中でサイはただ一人信じた人の為に生き、一人未だ明確に生きる目的を見出せずに今の生活を行っている事。
とはいえ人族の奴隷解放はサイにとっても命題であるため手を抜くつもりは無く、真剣に人族と竜族が共存してゆける世界の為に沢山の事を考えていることも伝えた。
「ですので、私が自分の命を軽んじている理由は、そういった教育によるものではなく、調教によって生きる事への執着が無くなったからです。他の人族であれば教育の方針を変えてゆけば次第に一人の人格者として生きるようになってゆくでしょうから、人族という存在そのものに、怒りや悲しみをぶつけてほしくは無いんです。道具として生きる事が今の人族にとっての普通であり、受けた恩に報いるのは道具として使命を全うすることなんです。エレイアさんが人族に怒りを覚えてくれたのは、皆さんにとっての普通を、『一種族である人族』に対してだからこそ、嬉しいと同時に、理解してもらいたいんです。難しいかもしれませんが、言ってしまえば私達は考え方が違うんです」
「すみませんでした! 俺達はてっきり世間離れした考えしか持ってない温室育ちの人族なんだと思ってました!」
「言っていないのですからそう思うのが普通でしょう」
「……俺も気になったんだけど、なんでそれを先に言わないんだ? 相手に合わせて話しているだけじゃ変わらないだろ?」
「言わないのではなく、言えないだけです。もしも政府が黙認し続けていた実験用奴隷の存在が明るみに出れば、エレイアさんのように人族を大切な一つの種族として考えてくれている人達が必ず政府に不信感を覚えます。それはずっと続いていた平穏を乱してしまう原因となってしまいます」
「僕等も好き勝手に言ってましたけど、反論ぐらいしてもよかったではないですか」
「常識というものは身に付けましたが、普通の人族の反応というものが分からないので……反論すれば間違いなくボロが出ますし、私の心理上逆らってはならないという思いの方が強くなってしまうのでちょっと難しいですね」
サイの話を口火に皆サイに謝りながら色々とフォローの言葉を投げかけたが、残念ながらサイとしてはその言葉をアドバイスとして受け取ることは出来なかった。
行きの時とは違う理由で場が静まり返り、旅団の面々は色々と思う事があったはずだがその言葉は口に出さずにひたすら考え込んでいた。
「だったら……キャリーはあんな最期で……満足だったってことなのか?」
「死者の代弁は出来ません。ですが敢えて語るならキャリーさんはエレイアさんの言う通り、満足だったと思います。自分のせいでアーサーさん達に不利益が生じるのならばと判断した上での行動だと思います」
「サイさんだったらどうするんだ?」
「本当の所は答えるのが難しいですね。私の場合は同じ状況が想定しにくいので。有り得ないと思われるかもしれませんが、以前私は命令に従って自分の両腕を切り落としたような人なので」
サイが何とも言えない表情を浮かべて、行きの時に答えた質問にサイも本音で答えたが、その返答を聞いた彼等はあり得ないといった表情か痛そうな表情で自らの手を擦るかしていた。
「そういう経験があって、あまり他人に対して感情を表現するのが得意ではありません。大体の場合、一人の時か誰かが自分の為に変な事でもしでかさない限りは笑顔でいる事を心掛けていましたが……やはり不自然でしたか」
「あ、いや! そう言うつもりで言ったわけではないんです! 何を言われても笑っていたから……作り笑いだという事が分かりやすかったので……。自分の感情や本心は見せないくせに他人の本心は覗き見てるのが卑怯に感じたからです。すみません」
「そうだったんですね。ただまあ不自然だという事は分かりましたので努力してみます」
そう言ってサイは自分の笑顔について訊ね直したが、サイが笑顔を努力すると言った時、皆何とも言えない表情を浮かべていた。
険悪ではないものの、旅団の面々が想定していたよりも重たい真実を明かされたことで、今までの失言の数々も相まって気まずい雰囲気になったためか、結局口数自体は減ってゆく。
どう言葉を掛けてもサイという人物があまりにも数奇な人生を歩んでいるせいで、共感も出来なければ助言も出来ないという別の意味で隙の無い存在のため、どうにも話しかけにくくなり、全員が思わず視線を誰にも合わせないようになっていた。
「では改めて、本日は護衛のほどありがとうございました。明日もよろしくお願い致します」
「は、はい。よろしくお願い致します」
ようやく気まずい旅路も終わり、王宮の前でサイは彼等と別れを告げ、深々と頭を下げてから王宮へと戻っていった。
朝から夕方に掛けての一日に満たない時間の間、サイと行動を共にしただけだったものの、アーサーを始め『炎の流星旅団』の面々はようやく終わったその日の任から解かれた途端に、放心した様に天を仰いでいた。
彼等にとってはある意味、一番長く大変な任務だったことだろう。




