人族の時代 10
結局サイは昼食にありつくことが出来なかったが、幻老院に戻ってきたサイへ声を掛けてくる人々にはさも食事を済ませてきたかのように答えていた。
今日中に国を二つ巡って会談を行い、戻ってきて残りの仕事と会談で得た内容を纏めなければならないためサイにはあまり時間もなく、あまり魔力を消耗していない時にしていい事ではないが、本来は魔力を回復させるために使う薬水を一つ腹を満たすために飲み干した。
そのまままた法衣へ着替え、目の下の隈を消し、魔導師が常に携行しているポーチを腰に身に付けて幻老院から王宮へと移動した。
「本日はこのような重要な任務に我々を起用していただき、感謝の限りでございます」
「我々炎の流星旅団、この任務必ずや完遂致します」
「当然だ。サイにもしもの事があってみろ。お前達の首を広場に飾ってやろう」
サイよりも先に王宮に到着していた、今回サイの護衛を務める事となった炎の流星旅団というチームを組んでいる冒険者達がファザムノの前に跪いていた。
ファザムノはいつものように頬杖を突いて彼等との会話をしていたのだが、見るからに機嫌が悪い。
ただ不機嫌なだけではなく、その言葉には本当に打ち首にして晒すという怒りが籠っており、語気も少々荒くなっている。
というのも、今回のこの護衛、選んだのはファザムノでもなければ六賢者でもなく、サイ自身だったためだ。
本当ならば宮廷の護衛騎士を任に当てたかったのだが、サイが冒険者を護衛にするついでに彼等から世界に対して抱えている問題とそれについての彼等なりの剥き身の意見を聞きたいという考えを示されたため、なくなく承諾した。
ファザムノも決してそれ自体に不満があったわけではなく、問題はサイが今もまだ暗殺者に命を狙われているということに怒りを覚えていた。
魔導師へサイが大霊幻魔導師となった事実を伝えた事で、魔導師と人族の間にある蟠りも多少は埋まるかと考えていたのだが、全員が六賢者のように考えを改めてはくれず、寧ろ『自分よりも階級の高い人族を抹殺せねば』と考える大魔導師が現れてしまったという始末だった。
そのせいでファザムノはその不届き者を処分したいとも考えていたが、これ以上魔導師と他の種族との溝を広げるわけにもいかないという六賢者とサイの意見を無理矢理飲み込んでいたため非常に虫の居所が悪かったのだ。
そんな最中、ファザムノの前で堂々と心にも無い事を言い放つ冒険者が目の前にいるという事実が重なったため、彼等がサイの依頼を受けたのは最もタイミングが悪いと言えよう。
しかし国王が出した依頼書もそこらの素人同然の冒険者が受注できるような代物でもなく、世界的にも名のある冒険者でなければ受ける事を許されないような条件を掲示していたため、もしもが起きる事はないとは思うが、それ以上に彼等の吐いている嘘が、『人族を適当に扱う楽な仕事』程度に考えているのであれば自分の手で絞め殺したいと考えるほどだったが、流石に口に出すまでには至らなかった。
「大変申し訳ありません! サイ大霊幻魔導師、只今到着しました」
「来たか。サイ、彼等が今日一日、お前を護衛する炎の流星旅団だ。くれぐれも万が一が起きぬように言いつけている。不備があれば私に言え。一人残らず処分する」
「ファザムノ様!?」
「なんでもない。暫くの間は世話になるはずだ。互いに親睦を深めておけ」
「はい。炎の流星旅団の皆様……。よろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。炎の流星旅団の団長、アーサー、並びに団員共々サイ様を全力で護衛させていただきます」
ファザムノの言葉を聞いて、その言葉が冗談で言っていない事に驚いた後、サイは炎の流星旅団の面々の顔を見て血の気が引いた。
そこにいるアーサーと名乗った竜族は、何処からどう見ても先程サイを店から追い出した張本人だったからだ。
思わずサイは今一度ファザムノの表情を見たが、明らかに冗談を言う時の表情ではない。
そうなるともしもの事があればファザムノの権限で彼等が本当に殺されてしまうことになりかねない事を理解し、サイの表情が以前の微笑みに変わる。
アーサー率いる旅団の面々に迎えられ、王宮を後にしたが、正直な所サイとしては気が気ではなかった。
もしも彼等がサイに対して昼食の時と同じ事をしてきた場合、サイが問い質されれば間違いなくファザムノにはばれることとなる。
そのため出来る事ならば彼等が仕事中だけでも人族を対等に扱ってくれることを信じるしかない。
「今回は王宮が貸し出してくれたこの機械駆動車で移動するそうなので、サイ様からご乗車ください」
「ありがとうございます」
王宮を出るとすぐ目の前に一台の機械駆動車と運転士が待っていた。
流石に移動まで徒歩や一般の車両を使うわけにはいかないため、車両だけは本来の予定通り王宮の品を使わせてもらう事となる。
彼等も王宮の上質な機械駆動車に乗るのは初のため少々楽しそうだが、サイが想像していたような人族と一対一の時の豹変が無かったためひとまず安心できていた。
気が少々緩んだこともあって腹の虫が鳴ってしまうのだが、それがどうやらアーサー達にも聞こえたようだ。
「おやおや、サイ様は空腹ですかね?」
「え、ええ。昨日の昼以降、まだ何も食べていないので……」
「でしたら移動するついでに食事を買って行きましょう。いい店を知っているので」
そう言ってアーサーはサイをエスコートして乗せた。
サイを威圧していた時の表情からは想像もできないほど好感の持てる笑顔を浮かべているが、他四人の反応を見る限り普段はそういう表情をするような人物ではなさそうだ。
炎の流星旅団は団員数五名のみで構成された小さな旅団である。
しかしその名を知る者は多く、同時にそれだけの人数で成し遂げた功績は数えられないほどだ。
団長はアーサー。
濃い赤色の体色から身体の内側へ向けて桜色になってゆくグラデーションが美しい体色をしており、屈強な肉体を持つ見た目通りの剣士だ。
世間での評価は文武両道で義に厚く、誰とでも分け隔てなく接する頼れるリーダーなのだという。
副団長兼チームの参謀が女性のエレイア。
リーダーのアーサーが大地竜種なのに対し、彼女は翼竜種という翼を持つ種族だ。
若草色の体色と体よりも大きな翼が特徴的で、女性としてはかなり鍛えているのか筋力も発達しているのがよく分かる。
翼は飾りではないため当然飛ぶこともできるが、そのために装備はかなり軽装で、革製の鎧を身に付けている。
索敵を得意とする身軽なテルト。
サイよりも少し身長が高いぐらいの比較的小さな小耳竜種という種族だ。
彼は鱗のような体表ではなく、小麦色の短い毛並で構成された地肌を持っており、そこに埋まるように長い耳がしまい込まれている。
種族自体はニコロスと同じだが、ニコロスとは違って彼はあまり難しい事は得意ではないらしい。
発達した耳での周囲の音による探知や高い脚力を活かした高所からの周辺の探索を得意とし、冒険においてとても役に立っている。
旅団の医師兼バックパッカーを務めるローレンス。
アツートと同じ種族の医竜種という薬草等を嗅ぎ分ける事の出来る種族であるため、薬剤師になる者が多いのだが、彼は実地調査を行った事で冒険者に憧れ、彼等にスカウトされたらしい。
光沢のある勝色をしており、チームの中ではかなり若々しさがある。
医学知識を持っているため荷物を多く持つ事にも慣れているのか、彼がバックパッカーとして皆の食料なども持ち歩いているようだが、今回はただの護衛任務のためあまり大きな荷物は携帯していない。
そして大弓を担ぐ姿が目立つラルフ。
アーサーと同じ地竜種だが、彼は体が一回り小さい地竜種だ。
体色は深緑色で、エレイアよりも目に優しい緑色をしている。
地竜種は大抵の場合、角が生えているのだが、彼は過去に大怪我をしたのか右の角が無くなっている。
アーサーに比べると体格だけではなく性格もおっとりしており、柔らかな笑顔が似合っている。
一際目立つその大弓を使った狙撃と優れた視力を用いてテルトと共に索敵を得意とする。
そんな五名に囲まれるように上質な機械駆動車の中央に乗り、しっかりと護衛されながらアーサーの言う良い店へと向かっているのだが、サイは気まずさが表情に出ないようにするだけで精一杯だ。
「着きましたよサイ様。ここが冒険者御用達の店、『日の出堂』です!」
「わぁー……凄いですねー」
案の定、アーサーが連れてきた"いい店"は『日の出堂』で、そのせいもあってサイの返事は随分とそっけないものになっていた。
もう二度とこの店に行くこともできないだろうと考えていた矢先、まさか数時間と経たない内に再訪問することになるとは考えてもいなかったため、尚更サイの笑顔がぎこちなくなってゆく。
どう見てもアーサーは昼間に追っ払った人族とサイが同一人物だとは思っていないのか、それとも新手の皮肉なのか笑顔でサイをエスコートする。
「よう皆の衆! 今日は大霊幻魔導師様の護衛任務だ!」
「ど、どうもです」
アーサーがわざわざこの店を選んだ理由は彼の行きつけでもあり、同時に多くの冒険者が集う場所でもあるため、更に自分の名を世界に轟かせるためにこれ見よがしに宣言したようだ。
当然周囲からは拍手喝采となるが、サイはそれどころではない。
あまりにも胃が痛くなる状況に放り込まれたせいで空腹も忘れられたが、寧ろ吐きそうなほど気が滅入る。
『大丈夫。竜族から見れば、人族は全部同じ顔! 身なりで判断している! だからばれてない! ここさえ越えれば大丈夫!』
そう言い聞かせながらカウンターまで歩いてゆき、適当に注文しようとするが有り得ない状況の連続で遂にサイの頭が真っ白になってしまい、思わず口にしてしまった。
「ほ、干し肉と野菜のスープ、ハムと卵のガレット、とバ……!! 以上で!!」
「……サイ様。俺の気のせいだったらすみませんが、多分ちょっと前に普段着でこの店に来てましたよね?」
途中まで全く同じ注文をしてしまい、気が付いたサイは慌てて注文を終えたが、時すでに遅し。
どう見ても店員の顔が引き攣っており、先程の人族とサイが同一人物だと気が付いていた。
「来てません! 初めてです!」
「いやでも、今バゲットまで言いかけてましたよね?」
必死に嘘を吐くサイだったが、既に店員にも他の人達にもバレており、店員がチラッとアーサーの方を見ると本人も事の重大さに気が付いたのかこの世の終わりのような表情をしている。
英雄の凱旋ムードが一転、完全にお通夜状態となっており、持ち帰り用に昼の時に頼んだメニュー一式を包んでもらい、静かに店を出ていった。
「えっと……いや、その……。誠に申し訳ございませんでした」
「いやぁ、人族違いでしょう。私は初めてあの店に行ったので……」
「申し訳ありませんがサイ様、流石にもう誤魔化すには無理があります。あの時思わず口を押えてましたからね」
未だ絶望に満ちた表情になっており、他の面々でさえ顔面蒼白となっている。
当然といえば当然だが、もう言い逃れようが無いため一応アーサー達も諦めが付いてはいるのだろう。
「……どうせなので、皆さんの私に対する本音を聞きたいと考えていますが……教えて頂けますか?」
「いやもうそれは人族でありながら大層な階級になって凄い方だと思いますよ!」
サイの質問に対して明らかにアーサーの目は泳いでおり、何一つまともな事を言っていないのがよく分かる。
これ以上サイの好感度を下げれば自分達がさらし首になると分かっている以上、下手な事は言えないと思うのが当然ではあるが、もしもサイが優しさを持ち合わせていなければ既に取り返しがつかないのは言うまでもない。
そのためサイはこっそりと周囲の人々の心の声を聞く魔法を発動し、彼等の本音を探ることにした。
『言える訳ねー!! 昼間の人族も今目の前にいる人族も完全にボンボンに甘やかされた我儘大王だとか思ってたなんて言ったら間違いなく殺される!』
「あぁ。まあ、普通の方々はそう思いますよね」
「いやもうそれは本当に凄い人族だなーと!」
「申し訳ありません。アーサーさんの本音を聞きたかったので、集う心音の漣という魔法を使わせてもらいました。ですので、私の言葉は先程の心の中で念じていた言葉に対する返事です」
「えっ」
『嘘でしょ? まさか俺が何考えてるかなんて分かるはずが……』
「すみません。分かります」
「ホントにもうこれ以上は勘弁してください」
サイがアーサーが心の中で考えていたことに対して返答すると、今にも泣きそうな表情でサイに謝ってきたため、これでアーサー達を責めるつもりは全く無い事を伝えたが、暫くは話を聞いてもらえなかった。
自業自得と言えば自業自得なのだが、流石にこれ以上は彼等も精神的に持たないだろうと考え、しかし発動した魔法はそのままにして一人耐え切れない空腹を満たすことにした。
その間も終始彼等の心の声は絶望的なもので満ちていたため、サイからも話しかけにくかったのだが、いつまでも気まずい雰囲気のままではサイがわざわざ彼等に護衛を頼んだ意味が無くなってしまう。
「一応もう一度先に断っておきますが、私もファザムノ様にこの事を話すつもりはありません。世間一般での人族の認識という者はよく分かっているつもりですから、今更その程度の事で腹を立てるようなこともありません。寧ろ皆さんの本音を聞くことが出来れば、それで人族と竜族の関係性の摩擦を減らしてゆくことが出来ます」
「……そうは言われましても、正直心の中を覗かれたのならもうそれが全てですよ」
アーサーはもう落ちる所まで落ちたためか、逆に随分と落ち着いていたが、死んだ表情のままでサイの言葉に返す。
他の人達も心の声すら聞こえないほど呆然としているが、そんな中エレノアがサイに言葉を投げかけた。
「もう今更なんで聞きますが、別に民意を知りたいだけならばそこらの広報誌やらで情報を集めている人や、宮内の広報から話を聞けばよかったのではないですか? わざわざこんな嬲りごろすような真似をしなくても」
「それに関しては残念ながら広報の情報はあまりあてになりません。民営、国営に違わず、情報という者は大勢に影響のあるものであるため、有益な情報を届けるようになります。有益な情報とは何も真実の事ではなく、経済効果や一部の支援者に有利に働くようになる情報の事でもあります。そのため『愛玩奴隷の人族はあまり世間に受け入れられていない』という情報は広報では流れておらず、そういった情報も集めないようにされています」
「そうなんですか? てっきり全体的に見れば行儀の良い愛玩奴隷の人族が多いのかと思ってました」
「まだしっかりと聞きこみを行っているわけではないので、実際の正確な分布でもありませんし、全ての人族がそうであるわけではありませんが、人族の愛玩奴隷化が進めば娯楽品としての道具を購入する人々が増え、それにより経済が回って更に人族の愛玩奴隷の需要が高まり……という経済効果を狙った情報になるのです。そこに生まれる人族の愛玩奴隷の調教放棄等の負の情報はあまり取り上げられません。経済効果としては不利益になるので」
「なるほど……」
『そんなことまで考えてるのねこの人族は……』
サイの回答を聞くとエレノアは心底驚いたり納得したりと表情を変えていた。
想像していたよりもしっかりとした返答が来たため、心の中で感心していることまで聞こえていたが、少なくともエレノアはサイの能力に関しては認めていることは分かる。
エレノアが口火を切ったこともあって他の団員達もサイに色々と質問を投げかけてゆく。
「サイ様がしようとしていることは、つまり愛玩奴隷の禁止ですかね?」
「今はまだ実態調査の段階ですが、将来的には人族の奴隷解放制度、及びそれに伴う人族の繁殖、販売店の業務形態移行……ざっくりと言うと奴隷制度を最終的に無くすために、少しずつ必要な知識の全体浸透と竜族の皆さんの認識をゆっくりと変えていくつもりです」
「あれ? てことはサイ様は一応誰かの所有物ってことか?」
「はい。こんなに自由勝手にしていますが所有者もいますし、しっかりと管理されている……ということになっています。実際の所は見ての通りですが」
暫くはそんな感じでサイに対しての質問が続いていたが、ある程度サイが返答し終わると今度は逆にサイが彼等に質問をし始めた。
といってもサイの場合は質問というより、個人的に彼等の冒険譚を聞きたいという思いもあるが。
「皆さんは冒険者としてどの様な冒険をされてきたのですか?」
「あー……。冒険者と聞いて真っ先に『冒険』という単語を思い浮かべるということは、実際の冒険者については殆どご存知ない感じですかね?」
「と言うと?」
「最近の冒険者は専らなんでも屋ですよ。護衛に採集の代行、決闘なんかも代行したことがありますね。そんな感じであんまり未開の地を踏破しに行くというのがメインではなくなっています。まあ、冒険者という職業が誕生してから今まで滅茶苦茶長い期間がありますし、もう未開の地の方が少ない状況ですよ」
「なるほど。それで元々の満遍なく何でもできる器用さを使って、様々な仕事をされているという事ですね」
「そんなところですね。俺達も冒険はあんまりしてませんが、お尋ね者の成敗や素材の収集なんかはよく引き受けているので話すネタには困りませんぜ?」
「是非聞かせていただきたいです!」
長い帝都から次の国までの道中、胸を叩いて答えたアーサーの捕物帳の話や、危険な生物や魔獣の跋扈する深い森での冒険の話などを楽しく聞いていた。
サイはそんな色々な話を聞きながらその内容を次々にノートに纏めてゆく。
暫くの間サイはアーサーの話を聞いてその内容に表情を七変化させていたが、大きい反応を見せる割にはその筆は止まらない。
それを不思議に思い、横に座っていたローレンスが思わずその書き込んでいるノートを覗き込んで思わず引いてしまった。
「え……サイ様、もしかして今聞いてた話ってちょくちょく質問してましたけど、ただ冒険譚として聞いてたわけではなくて冒険者が抱えてる社会的な問題を調べようとしてます?」
「あ、ばれてしまいましたか。そうですね。皆さんの冒険のお話を聞きたいという思いが半分、最も人族との関係が密な方々の現状がどうなっているのかの実態調査を行いたいという思いが半分です」
『想定してた人族の真逆どころか滅茶苦茶ヤバいタイプの策士じゃねーか……』
自然な流れで彼等が抱えている経済問題などを彼等の意見から聞き出そうとしており、ローレンスがノートに記されている内容を確認しなければ恐らく誰にも分からなかっただろう。
元々の学習能力の高いサイが、最高の講師と最高の環境の中で二節も揉まれ続ければ当然生まれるのは傑物となる。
その上、ファフニル仕込みの話術や掌握術も教えてもらっているため、サイの会話における技術は恐ろしいほどに高く、その場にいた全員が戦慄したほどだった。
以降はサイの目的も全て話した上で改めて彼等の冒険者としての話と、抱えている不満や問題点を聞き、最後に人族に対して思っている気持ちを聞こうとしたが、残念ながら先に次の国へと辿り着いた。
「二時間質問攻めは流石に疲れる……」
「申し訳ありません。ですが、ここで一時間ほど会談するのでその間は自由にしていてください」
少々喋り疲れたのか、アーサー達は顎を擦りながら機械駆動車から降りてきたが、流石にサイは既に慣れているためそのままアーサー達に頭を下げて隣の国の王の屋敷へと進んでいった。
訪れたのは帝都と同じく歴史の長い国の一つ。
帝都との距離もそこまで離れておらず、産業も盛んなため帝都と比べても遜色ない程の賑わいを見せている国だ。
この国では人族も大切な労働力の一つであるため他の国と比べると人族が総じて多く、既に人族が人族を管理するような人族だけで独立した業務形態まで確立しているある、意味最も人族が社会進出している国だろう。
そのため国民全体が人族に対してあまり否定的な意見を持っておらず、寧ろ人族が安定した生産を促してくれるため竜族の技術者は先進技術の開発に勤しむことが出来るという持ちつ持たれつの関係となっている。
故に王も優れた人族という存在に一切の抵抗がない。
「これはこれはサイ様。本来は私が出向かなければならない所を遠路遥々ご足労頂き、恐縮の至りです」
「こちらこそべラント様の貴重な御時間を私のために割いて頂き、誠にありがとうございます」
互いに深々と頭を下げながらサイとこの国の王を務めるべラントは挨拶を交わし、すぐさま本題へと移った。
「早速で申し訳ありませんが、今回べラント様の元へ伺わせていただいた理由として、こちらの草案を既決した場合、最も大きな影響が出るのはこちらの国かと思います。ですので率直な意見をお聞きしたく存じます」
そう言い、サイは一つの巻紙を取り出し、べラントへと渡した。
書かれている内容は言うまでもなく、人族の奴隷解放に関する草案。
本来はファフニルが音頭を取り、それをサイが補助するという体制を取るつもりだったのだが、残念ながら完全にファフニルが人族を今まで憎み続けていた反動なのか過保護になりきっていたため全てをサイが仕切る事となってしまっていた。
そのためその内容に関してもサイが全て考えた物となっている。
内容は全てで三段階に分かれており、初期段階として現段階での所有者がいる人族に対する解放制度の導入と、それに伴う税対策となっている。
現状人族は買い切りの所有物扱いであり、非課税対象となっている。
というのも食事や住居なども所有者が負担するため、税の対象とする必要があまりなかったからだ。
今回の草案では、毎節所有している人族の購入時の代金の一割が人族税として徴収されるというものが前提とされている。
これだけではただ税の種類が増えただけとなるが、それに伴い所有する人族との相談の下、人族に解放奴隷としてとして国へ申請することで税を免除、さらに助成金を支払うというシステムを提案した。
これに伴い解放奴隷として国に申請、登録された人族は所有者から月の働きを給料として換算し、支払われた給料で自分自身を買い取るという手順を踏み、最終的に自身の買い値を支払いきれば晴れて市民権を得られるというものだ。
その際、所有者は支払う給料を国に申請することで支払った給料の三割が国から助成金として補填される。
「成程、こうすれば安い労働力として利用し続けたいのであれば奴隷のままにして税を支払うことで、そのまま奴隷として利用する。一従業員として助成金のお陰で割安となる給料を支払い、更に税も免れるとなれば多くの者は後者を選ぶだろう」
「御明察の通りです。そのため最も人族を有し、人族自体にも強い発言力を持つ者が多いこの国でこの法案が実施された場合、考えうる懸念点を伺いたいのです」
「まず不満は起きないでしょうな。十分過ぎる労働力である人族が従業員として雇えるとなれば商会や工房は安い賃金で|竜族よりも安い人族を雇え、労働に見合う給料を支払えばそれだけ人族のやる気を引き出せる。それに奴隷として利用し続けるにしても食事代や住居代も馬鹿にならんのでその分が浮くと考えれば遠い将来の人族の奴隷制撤廃の良い足掛かりとなるでしょう」
「不満は起きないのですね。意外です」
「左様。我が国の人族は既に奴隷と呼ぶには相応しくないものが多い。自らの仕事に誇りを持ち、自ら考え自ら動く人族の方が多いからだ。彼等とより良い関係を築けるとなれば願ったり叶ったりだろう。だが一つ問題があるとすれば、今まで一企業が抱えていた住居問題と食料問題が国全体の問題となることだろう。内包する人族の数があまりにも違う。このまま多くの人族が市民権を得て普通に生活するようになれば、とてもではないが土地が足りない」
「なるほど。確かに人族が自由に住居を決め、食事を行うようになればまず有限である土地から大きな問題が発生するということですね」
「御明察の通りでございます。近隣の村々と連携して人族の住居を増やしたとしても、あまりゆき過ぎれば森を切り開く必要が出てきます。この国は産業で持っている国である以上、災害の際は魔導師の協力が必要不可欠。魔素が減ってしまうような真似はあまりしたくないというのが現実的な話ですな」
その話を聞いてサイは次々と上げられた問題点を描き纏めてゆき、対応策を練るための課題として纏め終わると残りの二案については語らずにその会談を終えた。




