人族の時代 8
ダハーカがサイに今一度礼を言ってから部屋を出てゆき、続いてリヴァイアがサイの前に腰掛ける。
彼女はフルークシよりも透き通るような鮮やかで美しい青色の体色をしており、角や爪先、頭髪等は対照的に黄色みがかった赤色になっているためとても派手な印象を受ける。
だが彼女自身は年相応の落ち着いた初老の雰囲気を漂わせており、落ち着いた色合いの魔導師の法衣も相まって見た目の割にはかなり落ち着いた人物だ。
「サイ。貴方は実験用奴隷だったと聞いたわ。それ故に心を失っていたとも」
「はい」
「魔導師の大半は実験用奴隷の存在を知っているし、使った事がある。貴方はそれを知っていて魔導師になりたいと願ったの?」
「いいえ。ドレイクさんと暮らしていた頃は奴隷商の元にいた頃の記憶を忘れていたため、ただドレイクさんのようになりたいと願って魔導師を目指しました」
「そう……。ならこの事実を知り、記憶を取り戻した今、貴方は復讐したいと思いますか?」
「思いません」
リヴァイアの質問は普通の考え方をする者ならば真っ先に思い浮かぶ事だろう。
だからこそサイの返事を聞いたリヴァイアは、少しだけ怪訝な表情を見せた。
「何故かしら?」
「何故……と聞かれても、他の方にも言いましたが、復讐したいと思う理由が無いからとしか答えようがありません」
「貴方は調教という名の暴力を受け続けたのでしょう? だったらその人達に復讐したいとも思わないというの?」
「あの時の私にはそんな事を考える余裕もありませんでしたし、今となってもそれが人族にとっての普通だと思っているので特に何とも思いません。第一、顔も名前も知らない相手に対して浮かぶ感情なんてものはありませんから。まあ、あくまで少々考え方がおかしい人族の言葉なので、人族の総意として受け取らないようにして頂けると助かります」
「怒りすらないというの?」
「怒りという感情は湧かないですね。それが当たり前だったので。例え自分の生まれた場所を知ったとしても、特に何の感情も湧かないと思います。もう一度あの光景を目にすれば、流石に堪えるとは思いますが……」
サイの返事を聞いていく内にリヴァイアの表情は少しずつ曇っていった。
それはサイに対する怒りや不信感ではなく、今にも泣き出してしまいそうなほど憂いを帯びた表情だった。
「貴方に、感情というものはあるの?」
「あるとは思いますよ。ただ、ドレイクさんと過ごしていた頃よりはあまり感情は表に出なくなったとも思います」
「今、貴方は何歳になったの?」
「確か二十二歳だったと思います」
「まだそんな時分で……」
そう言うとリヴァイアは顔を押さえて俯く。
彼女の中で色々な感情が溢れ返り、その感情が抑えきれなくなったのだろう。
小さな声ですすり泣き、少しだけ心が落ち着いたのか、リヴァイアはまたサイに話し掛けた。
「人族がどれほど生きるのかも分からないけれど、それでも貴方はそんなに幼い時から心を殺すことに慣れてしまったのね……」
「……魔導師の方々は、あまり人族が笑っている顔を見るのが好きではないようだったので」
「やはり、今もずっと人族を縛り続けているのは魔導師ということなのね」
そう言った後、リヴァイアも自らの過去を語った。
彼女には昔、一人息子がいた。
母の血を濃く受け継ぎ、魔導師としての高い才能を秘めていた彼女の息子は将来を有望視されていた。
そのせいもあって人族の大侵攻の際、彼女の息子は迷わず前線で戦う兵士の傷を癒すことを志願し、結果として早くにその命を落とした。
リヴァイアは怒りと悲しみに打ち震え、暫くの間はまともに魔法を使う事も出来なくなる程だったという。
そんな失意の中、彼女にとっては吉報となる魔法の攻撃への転化が提唱されたことが彼女の耳にも届いた。
その時の彼女は狂気とも取れる怒りと喜びを覚え、得意とする水魔法を攻撃のために転化させてゆき、多くの戦果を挙げてゆく。
「息子の命を奪った人族をこの手で殺すことができる。これ以上の喜びは無いとその時の私は考えていました」
当時の狂気を口にしながら彼女は言葉を漏らし、いかにその戦争というもの自体が多くの人々を狂わせたかを語った。
事実、彼女も兵士よりも前線に立ち、水による槍や刃で多くの人族を切り裂き、刺し殺してきた。
竜族の反撃が始まってから数節、もう魔導師達によって優勢は崩れることが無くなっても彼女の怒りと憎しみが消えることはなく、遂には人族が手に入れていた村の一つまで辿り着くにまで至る。
村の防衛をしていた人族を切り刻み、家を必死に守ろうとしている人族を見た瞬間、彼女はそこに敵の本陣があると考えていたのだろう。
人族を無視してその家の中へと無数の水の槍を地面から生やし、何もかもを貫いた。
狂気の笑い声を上げながら、絶望に膝から崩れ落ちる人族を無慈悲に殺し、家の中を確かめたリヴァイアは、絶句した。
そこに居たのは大量の血で塗れた女性と子供達だった。
半狂乱になりながら戦う力を持たない人族がリヴァイア目掛けて飛び掛かったが、彼女はそれを制止することすらできなかった。
目の前でリヴァイアに力無く殴りかかる人族の女性もまた、彼女を激しい怒りと憎しみに満ちた瞳で睨み付けていたからだろう。
結局その人族の女性も先程の魔法で致命傷を負っており、暫くもしない内に崩れるようにして息を引き取った。
動く者が見当たらなくなったその家を前にして彼女はただ立ち尽くし、ただ静かに涙を流していた。
否、涙が自然と溢れ出していたのだろう。
「息子を殺した人族に復讐をする。私の野望は確かにあの時果たされた。でもそれは同時に私があの時息子を殺されて憎んだ相手と同じ立場になったのだと気付いた時にはもう遅かった」
その直後だっただろう。
ファイスにより人族との停戦が戦っていた兵士達全員に通達され、長きに渡る戦争が終わりを迎えた。
ただ一人、凄惨たる光景を胸の中に焼き付けたまま、人族との和解を自らの罪滅ぼしも兼ねて彼女は積極的に行っていた。
そうすればもう、彼女も二度とあのような恐ろしい感情を抱かずに済むだろう。
そう考えていた。
「お前だけは絶対に許さない! 母さんも皆も笑いながら殺したお前だけは絶対に許さない! 必ず同じ目に遭わせてやる!」
生き残った子供達の世話をしていた時に、人族の青年がリヴァイアに殴りかかりながらそう叫んだ。
武器を持たずとも青年に育った人族の拳は十分に彼女を傷付けられたが、それでもあの時と同じく抵抗することは出来なかった。
青年の目に宿った憎しみの炎がリヴァイアの目にはしっかりと見えており、彼女がとった浅はかな行動が憎しみを連鎖させていたことに気付いた時にはもう遅かった。
「結局、あの人族の青年は他の竜族にも不従順で手に負えなかった。そんな理由で殺されたわ。最後まで竜族を恨みながら死んでいった」
「それは災難でしたね」
「それはその人族に対しての言葉かしら?」
「いえ、リヴァイア様に対してです」
「ええ、でしょうね。分かっていたわ。人族はそう生きるように私達が変えていったのだからよく分かっている」
サイの言葉を聞いたリヴァイアはただ悲しそうな表情を浮かべていた。
そんな表情を浮かべている理由がサイには分からなかったが、リヴァイアはサイの目を真っ直ぐに見て、言葉を続ける。
「全ての人族が竜族に従順になるようにし、決して歯向かわないようにした上で、決して歯向かわない、告げ口も出来ない相手を体の良い実験体にしてきた私達とあの時私達が憎んでいた人族、どちらの方がよっぽど非道だ」
自虐に満ちた言葉を吐き出すように言い、悲しみに満ちた表情でサイの顔を見つめた。
「隠した真実はいずれ暴かれる。その時に今度恨まれる存在は魔導師になる。それを分かっているからこそ魔導師は人族を忌み嫌う。そうならないように次に魔導師が出来る事は……もう人族を根絶やしにするしかないの。酷い話でしょう?」
「多分、そうはならないと思いますよ。私はそうではありませんが、大抵の人族の方々は今の世界に十分満足しています」
サイの言葉を聞いてリヴァイアは一瞬、言葉を失う。
曖昧な返事が返ってくるだろうと予想していたが、サイはあっけらかんとした表情でリヴァイアの言葉を否定してみせたからだ。
「何を根拠にそんなことを言っているの? 事実、貴方は酷い仕打ちを受けたでしょう?」
「確かに私は受けましたが、他の普通の人族はそうではありませんでしたよ。きちんとした教育を受け、一部の人々を除き協力し合って生きています」
「こ、根拠は!?」
「……根拠も何も、以前お騒がせした人族の人権運動の際に実際に調べたので、紛れも無い事実です。竜族も人族も既に分かり合おうとしています」
あまりに当然のようにサイが言い放つため、リヴァイアは思わず動揺したが、既にサイは以前実際に調査している。
この時の騒動はリヴァイアも知ってはいたものの、対応したのはファフニルだけだったためその詳細については知らなかったのだ。
だからこそ、リヴァイアは思わず笑いがこみ上げてしまった。
「そうか……要らぬ心配だったという事なのだな。サイ、ありがとう。私の中の心残りはそれだけだった。それならもう貴方を魔導師として推したとしても何も問題は無さそうね」
「ありがとうございます」
リヴァイアは最後にそう言うと柔らかく微笑んでサイと握手を交わし、魔導師としての会話を殆ど行わずにサイの元を去っていった。
そして遂に最後の一人であるマンドラがサイの元へと訪れ、サイの前に腰掛けた。
「やれやれ……すまんなサイ。恐らく全員、魔導師としての面談はしていないだろう?」
「え、ええ。何となくそんな気はしていましたが、皆さんの人族に対しての想いを聞いていました」
「これではどちらが面談をしているのか……」
そう言うとマンドラは一つ溜め息を吐いて肩を落とす。
皆が皆、サイに対して自分が人族に対して覚えている感情や過去の後悔を語って行くため、マンドラの言う通りこれではサイの人生相談室のようなものだ。
それを聞いてサイも思わず笑ってしまったが、少しだけ雑談をした後マンドラはすぐにサイに頭を下げた。
「すまないな。皆、君に当時の人族達を重ねているのだ。私自身もそうだったが、人族に対して抱えている想いは皆並々ならぬものだ」
「そうだった……ということは、マンドラ様は違うのですか?」
「フルークシと私の関係は聞いているか?」
「はい。父親だと言っていました」
「私も長く塞ぎ込んでいた。そのせいで息子との仲も冷えてな。私に頼らずに私を越えることで認めさせようとしたこともあって長く会話も無かった。そんなあいつがお前の為にわざわざ頭を下げに来たのだ」
「聞きました。そのお陰でフルークシ様が私の所有権を得られたと」
「私があいつに人族は悪だと教え込んだ。それ以来話していなかったからこそ、あいつの考えはどんどん偏っていっていた。そんなあいつが自分のプライドすら捨てて、曲げる事の無かった信念を曲げてまでお前の事を救いたいと直接言ってきたんだ。自然とお前に興味が湧いたよ。同時に今まで避け続けた人族にもな……」
しみじみと、そしてとても嬉しそうにサイの目を見てマンドラはそう語った。
マンドラも他の六賢者同様、人族の大侵攻の際に大切な家族を殺された内の一人だった。
故にその恨みは凄まじく、当時まだ若かったフルークシには人族を殲滅させるためのあらゆる知識を植え付けていた。
戦場に出すにはまだ早い歳だったこともあり、フルークシにはマンドラが得た経験から様々な偏った知識を与え続け、結果フルークシはマンドラの思惑通り人族を嫌うようになる。
魔法の攻撃への転化が行われ始めるとマンドラは積極的に攻撃魔法を構築し、元々の性質も合わせた炎魔法による殲滅を得意とした。
ファイスが停戦を告げ、ようやく平和が訪れた後もファフニルやリンドヴルムと共に人族を一方的に恨み続け、そして結果として敬愛していたファイスを死なせることになってしまう。
先代コルマーシュの頃から既に宮廷魔導師として勤めていたマンドラは特に国王への忠誠が厚く、信頼していたからこそ、彼を裏切ったにも等しいその行為はその後深くマンドラを苦しめ続けることとなった。
大きな嘘を抱えたまま、ファイスと旧知の中だったファザムノが次の王となり、彼に仕えることとなったマンドラは誰にもその秘密を打ち明けることが出来なくなり、次第に口数も減っていったのだという。
「停滞の時代を生み出した原因は間違いなく私だ。だからこそ、君が息子と出会い、息子をあそこまで変えてくれたことにただ感謝しかない」
「感謝……ですか」
「まだ何も話し合えてはいないがそれでもあいつはあの時、とてもいい目をしていた。私と比べられ、常に周囲の目を気にして生きていたあいつが、とても真っ直ぐな力強い目で私に訴えかけた時には……肩の荷が下りた気持ちだったよ」
そう嬉しそうに語ったが、ハッと我に返ったように自分まで関係の無い話で面談を進めまいと話を本題へと戻した。
「改めて全員の評価を聞いた。筆記の内容は申し分ない。寧ろ魔導の学習を始めてからほんの数節の間によくぞあれほどの知識を身に付けたものだ。実技に関してもほぼ経験が無いにも関わらず、十分過ぎるほどの腕だ。魔導師見習いとはとても思えん。だがリンドヴルムが言った通り、まだまだ実技は経験がいるだろう。是非経験を積んでゆくといい。独自魔法に関してだが……こればかりは魔導師としての意見ではなく、我々六賢者としての言葉を送りたい。ドレイクの意思を継いでくれたのが、魔導師の夢を叶えてくれたのが君で良かった」
「……これ以上の賛辞はありません」
「だろうな。君は間違いなく、ドレイクの意思を継いだ魔導師だ。誇っていい」
そう言ってマンドラはサイの肩を優しく叩いた。
途端にサイの頬を暖かいものが伝い落ちてゆく。
あまりにも長く険しい道のりだったサイの魔導師としての夢が、今間違いなく実を結んだ事実と、ドレイクと交わした約束が、ドレイクの為に証明しようと足掻き続けたサイの人生の全てがようやく認められたことがただただ嬉しかった。
安堵と喜びとが複雑に入り交じり、頬を伝い落ちる涙とは裏腹に、サイの表情ははち切れんばかりの笑顔が咲いていた。
サイが落ち着くまで暫くマンドラはサイを宥め、そしてサイが落ち着いたのを見計らってから、今後の事を伝える。
試験自体は紆余曲折あったもののこの日で全てが完了となることを伝え、最終的な協議を行った後にサイに正式な魔導師資格の送付を行う事を伝えてから王宮へと送り出す。
というのも既に無理なスケジュールを組んでいたこともあり、仕事の方が滞っていたため先にそちらを済ませなければならない状況に陥っていたからだった。
「サイ? 本当に無事に戻ってきたのか! よかった……。そしてすまなかった!」
「私などの為にファザムノ様が頭を下げないで下さい! それに今回の騒動もほとんどが私のせいなので!」
王宮へと戻ったサイはすぐさまファザムノに無事に試験が終了、帰還したことを報告したのだが、ファザムノは自らの浅はかな考えでサイを追い詰めた事を非常に後悔しており、すぐさま頭を下げた。
世界を統べる王の頭が軽いはずもなく、サイはその行動にこれまでにない程慌てたがファザムノはお構いなしといった様子だ。
試験の内容と起きた騒動の顛末、そして試験の結果は後日伝えられることを全てファザムノに報告するとファザムノは嬉しそうに微笑んだ。
「思慮が足らんと思っていたが、それすらもお前は彼等に気付かせてくれる切欠へと変えてくれたのか。感謝以外の言葉が思い付かない」
「感謝させて頂くのは私の方です。今一度魔導師となる機会を与えていただいただけではなく、私の悲願でもあったドレイクさんのご友人方にもドレイクさんの考えが正しかったことを認めていただけました。これまでの私の歩んできた道の全てが無駄ではなかった事が証明されたようなものですから」
「ならばこれでもうこの話は終わろう。ここからは個人的な話になるが、もしも君さえ構わなければ時折でいい、私の話し相手になってほしい。勿論、ただの友人としてだ」
ファザムノは終始笑顔のままサイにそう尋ねなおした。
ここから先は単にファザムノがサイの事を気に入ったからということを念押しし、サイの返事を待った。
サイにしては珍しく、その言葉に対する返事がすぐには思い浮かばず、少しだけ視線を下げて考え込む。
というのも、その質問に対する答えはどちらでもとても難しいものとなるからだ。
サイ個人としても全ての竜族の頂点に立つような存在が、自分の事を気に入ってくれたことも話し相手が増えることもとても喜ばしい事ではある。
だが、同時に自分とファザムノではあまりにも身分が違いすぎる上に、いきなり国王ともあろう者が一人の人族を友人として扱うような事があれば世界中の竜族がこの事に対して黙ってはいないだろう。
既に一度暴徒となりかけていた人々を見ているからこそ、この言葉への返答はただの感情論だけで答えることが出来ずに思い悩んでしまったのだ。
「お言葉は嬉しいですが、私では分不相応です。私などと懇意にして戴いたが為にファザムノ様の権威に瑕を付けてしまってはなりませんので」
「案ずるな。私とてその程度の事は重々承知している。言っただろう? これは個人的な友人関係だ。当然秘密のな。携帯通信具という機械を渡す。これは通信具と仕組みは同じだが、携帯可能に小型化された物だ。これならば人目が決して無い場所での会話ができる上、まだ一般にはほぼ出回っていない機械だから不思議がられることはあっても怪しまれることはないだろう。受け取ってくれるか?」
「なるほど……。そうですね。それで話すだけならば多分大丈夫でしょう。是非、受け取らせてください」
ファザムノはサイが一度断ることを理解していたのか、予め用意していた携帯通信具という機械を手渡した。
通信技術そのものは彼等の世界にも存在するが、ま機械は扱いが難しいこともあって、新しい技術というものはあまり受け入れられていない。
携帯通信具も既に存在する通信具を改良、小型化した通信道具なのだが、如何せん燃費が悪い事と小型化による弊害で細かい操作が増えているため一部の富裕層が自慢の為に買っている程度の物だ。
これならば最悪、サイが周囲の目を気にしさえすればファザムノが誰と会話をしているのかがバレないだろうと考え、サイは携帯通信具を快く受け取った。
こうしてようやくサイの魔導師試験の全てが終わり、サイは屋敷へと戻ることが叶った。
長年の夢だったドレイクの目標も叶えることができ、これでサイも穏やかな生活を送ることが出来るだろう。
そう考えたのも束の間だった。
「サイ様。国王並びに六賢者の命に従い、お迎えに上がりました」
「は、はい。承知致しました」
サイが屋敷へと戻ってからほんの数週間の後、何故かサイはまたしても帝都への招集命令が下されていた。
ここ最近はファフニルが差し向けていたであろう暗殺者も、依頼が無くなった事でパタリと途絶えていたため本当に平穏無事な生活が続いていたため、この召喚はサイにとっては非常に胸騒ぎのするものとなる。
事前にファザムノから携帯通信具を受け取っていた事等もあったせいで、国王や六賢者に何か大きな不都合が生じてしまったのではないかと機械駆動車の中で一人気が気ではなかったのだが、呼び出された理由は移動している最中に判明した。
「この度は急なご連絡となってしまい申し訳ありません」
「いえ、特に忙しい訳でもないため問題は無いのですが……もしや私のせいで何か起きてしまったのでしょうか?」
「その事についてですが、サイ様の護送を開始してからならばお伝えしてもよいとのことだったのでご説明致します」
サイと相対するように座っていた兵士が質問に対してそう答え、持って来ていた紙を取り出してサイに渡した。
そこに記されていたのはサイが待ち望んでいた魔導師資格の正式な証書なのだが、どういうわけだかサイは証書を渡されて上で護送させられていることになる。
「まず、この度は人族として初の魔導師資格の取得おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます。……申し訳ありませんが、この証書の内容に関しても先に質問しても大丈夫でしょうか?」
「申し訳ありませんが、私はただの宮廷騎士なのであまり魔導師資格に関しては詳しくありませんので、後程宮廷魔導師に訊ねた方がよろしいかと思います」
「分かりました」
「ではそのまま説明を続けさせていただきますが、サイ様の魔導師資格の取得に伴い、サイ様にはこれから授与式に出ていただきます」
次々と巻き起こるサイの想定外の事態の連続に、遂にサイの思考が追いつかなくなった。
渡されると言われていた証書に記されている、サイに与えられた魔導師資格には見慣れぬ名称が記載されており、その上これからその資格取得の授与式を王宮で行うのだという。
突拍子も無い事態の連続だけでサイの思考が止まるはずがないのだが、問題はそこに記されていた魔導師資格だろう。
下級、中級、上級の位が一般的な魔導師資格であり、その上に大魔導師、その更に上にこの世に取得した人物は六人しかいない霊幻魔導師の資格がある。
現状霊幻魔導師が最高の魔導師資格であり、六賢者以外に選ばれることもないであろう資格なのだが、どういうわけだかサイの証書には『大霊幻魔導師』と記されていた。
正式な書類であるため書き間違いのはずもなく、この物々しい警戒態勢とサイに対する兵士のえらく丁寧な対応があれば嫌でもそれが嘘偽りの無いものであると理解できる。
つまり、大魔導師になれると思っていた矢先、何を考えたのか六賢者の面々はサイにこの世に一人しか存在しない新たな魔導師資格を更に設け、その資格をサイに与えたということになる。
「すまないな。サイ、何度も何度も呼び出してしまって」
「それに関しては特に何とも思っていないので構わないのですが、この証書はどういうことなのでしょうか?」
「どうと言われても、幻老院から正式に依頼があったから私は判を押しただけだ。何も問題あるまい?」
「問題しかありませんよ! つい先日にファザムノ様が言ったばかりではないですか! 私がどういう存在であるか重々承知していると! 何をどう間違えば急に人族が聞いた事も無い魔導師資格を得て、更にその授与式をこんな公の場で出来ると考えられるのですか!」
「提言したのは私ではない。文句ならば幻老院に言うといい。私としては拍手喝采といったところだがな。祝典の準備を進めねばならんので仕立て屋にすぐに礼服を見繕ってもらえ。ではまた後で会おう」
珍しくサイが血相を変えて怒っていたのだが、ファザムノは終始ニヤニヤと嬉しそうに笑いながらとぼけた様子で話していた。
結局ファザムノはそのままさらっとサイの言葉を流してサイを宮廷直属の仕立て屋に連行させ、式典用の正装を仕立てられていたが、終始怒っていたのは言うまでもないだろう。




