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命の在り方  作者: けもにゃん
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人族の時代 2

 一触即発。

 ショテルが例えどう動こうと間違いなく攻撃を当ててくるだろう。

 何れ来るであろう格上との戦いを想定していたため、ショテルにも決死の覚悟があったが、まさか自身の気の緩みが原因で訪れるとは考えていなかったため、今一度本気の殺意をもって目の前の人族ヒュムノをしっかりと捉え直した。


「うん。十分十分。どっかの人族ヒュムノが興味本位で入ってきたのかと思ったが、そうじゃなさそうだな。俺の名はブレイド。折角だし事情を聞こう」


 ショテルの殺意がブレイドと名乗った人族ヒュムノへ向けられると、どういうわけか彼の殺意が消え去りリラックスした様子を見せた。

 あまりにも予想外の行動にショテルは一瞬それが罠なのではないかと更に警戒したが、ブレイドはそのまま入り口から移動して椅子に座り、ショテルに反対の椅子に座るよう促した。


「悪いな、試すような事をして。一応俺は拳闘奴隷の取り纏めみたいなことしてる奴だ。割と最近は愛玩奴隷だかが流行ったせいで人族ヒュムノが興味本位のまま行動する事が多いんだ。ここも例に漏れず沢山の人族ヒュムノがいるせいかこそっと入ってくる奴とかが多くてな。一般人相手だろうが容赦しない頭のネジが外れた奴も少なくはないから、そういう奴に絡んだりしないように先に注意してるってだけだ。ま、その点お前さんは違いそうだがな」


 そう言うとブレイドは深い溜め息を吐いた。

 聞く所によると、彼が拳闘奴隷の纏め役をやるようになる以前から度々問題が起きていたらしく、その度に彼等の所有者であるナリトが周囲に頭を下げて回っていたそうだ。

 問題というのは人族ヒュムノの侵入そのものではなく、拳闘奴隷が彼等侵入してきた人族ヒュムノに対して危害を加えた事に対する謝罪だ。

 人族ヒュムノの小さな身体を侵入させないようにするには塀を高くしたり修繕をし続けないといけなかったりとかなり金が掛かるため、普通はやりたがらない。

 というよりも竜族ドラゴスにとっては最近になって起き始めた問題であるため、対処が面倒なのだ。


「貴方方は命懸けで戦わされているのでは? だったら言い方は悪いですが、その人族ヒュムノを利用してもう戦わないようにすることだってできるでしょう? 何故所有者を庇うような行動をとっているのですか?」

「別に。お前が何をしてるかは知らんが、お前だって同族を死なせてまで自分の自由を得たいと思うか? あくまで俺はそう思うだけで、もう一個あるとすれば……まあナリトさんは悪い人じゃないんだ。俺達にとって生死を懸けた生活なんざ生まれた頃から当たり前だし、あの人もそういう人族ヒュムノを管理するのが当たり前なんだ。その証拠に見ての通り随分と快適で自由な空間だろ?」


 紙に書いたショテルの文字を読むとブレイドはそう答えた。

 暗殺者アサシンをやっていたショテルからすれば、娯楽のために殺し合わされる彼等はあまりにも非人道的だった。

 だが当の本人達にとっては命懸けの日々などさして問題ではない。

 寧ろそういった拳闘奴隷として生まれてこなかった人族ヒュムノが紛れ込むことに対して面倒だとすら感じているようだ。


「他の人族ヒュムノのようになりたいと思った事はないんですか?」

「ない。と、言えば嘘になるが、かといって俺達には戦う以外の能は無い。俺は成り行き上、色んな奴と話したりしないといけないから文字が読めるが、大半の奴は文字の読み方も知らんし、金勘定も出来ん。ナリトさんがいなくなりゃ俺達は全員殺処分だし……まあ、妥協半分、理解半分で生きてる感じかね」

「なら変えましょう。人族ヒュムノのために」


 へらへらと笑うブレイドはそう言って特に自分達の待遇には不満はないと答えたが、ショテルはどうしても納得がいかなかった。

 これはショテルが暗殺者アサシンだった頃から感じていたものだが、人族ヒュムノの誰もが『変われないから現状を受け入れている』だけのように感じた。

 ブレイド然り、サイ然り、現状が変わる事を訴えるのではなく、現状を受け入れることを選ぶ。

 このままでは未来永劫人族ヒュムノの生き方が変わる事はないだろう。

 だからこそショテルは変えるための切欠を強く求めるようになっていた。


「お前さん、革命家か何かか? もしもお前がナリトさんや俺達が暮らすこの家を、世界を壊すつもりなら俺は今すぐお前を力ずくででも止める」


 しかしブレイドの答えは途端にビリビリと緊迫したものになる。

 ブレイドの顔から笑顔は消えており、ショテルの動きをしっかりと捉える鋭い眼つきに変わっている。

 今動き出せば間違いなくブレイドはショテルを切りつけるだろう。

 だからこそショテルには納得ができなかった。


「何故、変わりたいと願わないんですか? 人族ヒュムノを縛るこの法さえ変わってしまえば、私達は望むように生きられるんです。その全てを竜族ドラゴスが握っている。そのおかしさを訴えないんですか?」

「お前さん、自分の大義が皆の総意と勘違いするなよ? お前の望む人族ヒュムノの改革、そいつぁ一見すれば素晴らしい。だがな、それには多くの犠牲を必要とする最短にして最も多くの血が流れる道だ。お前は自分の理想を叶えるために自分以外の何もかもを犠牲にする道を選ぼうとしてるんだ。それが分からないならそんな大義捨てちまえ」

「何故ですか!? 法を変えるために立ち上がることに血は流れない! ただ言葉で訴えるだけです!」

「そうだな。だがお前は最悪の結果を想定していない。条件が呑まれなければ? 人族ヒュムノが不従順だと見限られて大量処分が決まれば? そしてその結果死にたくない人族ヒュムノがお前の理想を捻じ曲げて戦う事を決めたらお前はどうやってそいつを諭すつもりだ?」

「それは……」


 ブレイドの言葉に反論しようとショテルは考えたが、その筆は止まった。

 サイは消極的であり、人族ヒュムノよりも竜族ドラゴスの事を考えて物事を進めていたため、ショテルは何とか自分の意見の正当性を探っていた。

 だからこそブレイドとの会話は別の思想を持つ人族ヒュムノとの会話だと考え、自らの考えを伝えたが、その別の思想を持つ人族ヒュムノにさえサイと同じように否定されたことで答えられなくなったのだ。


「お前は純粋なんだな。純粋だからこそ誰もが奇麗事でできた理想郷を望んでいると考えるし、そのためになら誰もが賛同してくれると信じている。だがな、それは理想でしかない。お前が望む理想には必ず別の思想が立ち塞がる。たったそれだけで立ち止まるようじゃあまりにも純粋すぎる。お前さんが何処の拳闘奴隷で誰が何を吹き込んだかは知らんが、戦うのが拳闘奴隷の常識で、生きていたいと願うのは本能だ。俺達は生死の狭間を生きているからこそ強くそう願うのかもしれんが、それじゃ獣と同じだ。適当に力抜いて生きろ。死ななきゃいいだけだ。相手を殺す必要も無い。世界に喧嘩を売る必要も無い。俺達は十分に他人を傷付けられるだけの力を持っているし、逆に傷付けられないだけの力も持っている。だからこそ勘違いしてるのかもしれんが、他の奴等までそうじゃない。巻き込むな」

「拳闘奴隷ではありませんよ。事情は話せませんがちょっとだけ特殊な人族ヒュムノです」

「ん? 違うのか? だったら話は別だ。さっさと自分のいるべき場所に帰りな」

「帰れません。せめて護りたい人のために力を付けなければいけないんです」

「どういうことだ?」


 ショテルの理想の話をしていた筈が、ブレイズがショテルの事を拳闘奴隷だと勘違いしていたことで話が本来の目的に戻ってきた。

 ショテルは自分がこの宿舎へやって来た理由はオウマを見て、彼に正面戦闘での戦い方を学ぶ事だと伝えたが、全力で否定された。


「バカバカバカバカ! 何考えてんだ!? あいつこそ正に関わっちゃいけない人族ヒュムノだよ! 古の人族エイシト・ヒュムノの名で呼ばれてる奴は大半がヤバい奴だ! ……まあ俺も古の人族エイシト・ヒュムノとか呼ばれてるがな」

「ヤバい人なんですか?」

「俺は違う! 見ての通りまともだ。というかそうならざるを得なかった。……まあ、理由はオウマや他の人族ヒュムノのせいみたいなもんだ」


 そう言ってブレイドは語り始めた。

 彼も昔はただの右も左も分からないただの拳闘奴隷だったが、天性の剣の才能もあって大きな怪我をすることもなくそこそこ名の知れた人族ヒュムノになっていたそうだ。

 初めの内は闘獣対人族ヒュムノの対戦ばかりだったが、そこそこ強い人族ヒュムノになると人族ヒュムノ同士の決闘も増え始める。

 ブレイドも例に漏れず人族ヒュムノ同士での決闘を行う事となったが、そこで彼は拳闘奴隷の恐ろしさを目の当たりにした。

 同族同士であるため、決闘は通常の竜族ドラゴスの試合と同じ方式も採用されており、どちらか一方が負けを認めればそれで終わりにもなる。

 予め人族ヒュムノ同士であればそういったルールがあるとブレイドを含めた皆が聞いていた筈なのにも拘らず、誰もが迷わず殺しに掛かってきたのだ。

 人族ヒュムノ同士でありながらブレイドを睨み付けるその目は獣の眼光そのものだった。

 結局ブレイドは試合の全てを相手の戦闘不能で突破しはしたものの、当然怪我も絶えなくなっていった。

 その折、彼を気に掛けてくれたのがナリトだった。


「もしできるのなら、君に人族ヒュムノへの指導と対戦の組み合わせの考察をお願いしたい」


 その時のナリトの心境までは分かりかねるが、ナリトとしてもブレイドがまともな考えを持っている事に気が付いていた。

 そしてもう一つ問題だったのが、人族ヒュムノ同士でどれほど強くしても殺し合い、最終的にはどちらも使い物にならなくなるため、長く公演の華とすることができない。

 ようやく一人育て上げては一人死に、その度に人族ヒュムノを買い直すというのはとてもお金が掛かるためナリトもどうするべきか困り果てていたのだ。

 対戦相手はまた別の商会の人族ヒュムノや闘獣になるためどうにもできないが、せめてブレイドが思う思想を浸透させるだけでもナリトのためになると考え、ブレイドはその願いを聞き入れた。

 そのためにブレイドは様々な資料を読むためにまずは文字を覚え、文字の読み書きが可能になってからは日程や対戦表を見て組み合わせを考える日々が続いた。

 当然ブレイドもその頃には『古の人族エイシト・ヒュムノのブレイドマスター』と仇名をもらう程の強さになっていたが、日に日に彼の活躍する舞台は表ではなく舞台裏の方が多くなってゆく。

 人族ヒュムノ同士ならば殺し合わなくていい事、殺し合わずとも白熱した試合にできる所謂演技を教え、演武としての魅せ方を教え始めた事。

 こうした下地を整え、ようやく大半の拳闘奴隷にブレイドの指示や思想が浸透したことで同じような人族ヒュムノを消耗しない方針の整った商会と戦えるようになっていた。


「ま、こんなところだ。俺とナリトさんの協力の末、この商会はようやく一節の間の人族ヒュムノや闘獣の消費量が減ってきた。ナリトさんも無駄な金を使わなくて済むし、俺達は死に難くなった上に余った金で飯や設備が豪華になる。案外相乗的な関係なんだよ」

「そうだったんですね。私はてっきり殺し合いを強要されているものかと思っていました」

「主人もそうだし俺達だってそうだ。誰だって好き好んで殺し合いなんかやってねぇよ。まあ、さっきのお前の思想を借りて言うんなら、これが俺達なりの改革だ。戦う日々に変わりはない。だが少しでも死ぬ人族ヒュムノが減れば、俺達拳闘奴隷も戦いしか教えられてないだけで、中身はまともな人族ヒュムノだと分かってもらえりゃ……死ぬまでに町を好きに散策できたりなんかもするかねぇ。なんて考えて生きてる。なあ、人族ヒュムノの変化ってのはそんぐらいでもいじゃねぇか。急に自由にされたとしても俺達は言った通り戦うしか能が無い。他の奴等がどうやって飯を食って寝る場所を手に入れてるのかなんて知らん。だから急に放り出されてもそれこそ本能のままに生きる獣になるか、諦めて野垂れ死ぬかの二択だ。変革ってのはそんなにも急激で、全員を巻き込まなくちゃならないものなのか?」


 これまでのブレイドの話を聞き、その上でようやくショテルの逸っていた心も落ち着いた状態で今一度聞いたブレイドの言葉は、しっかりとショテルの耳に届いていた。

 サイが変えたのは世界全体のほんの一部だったせいで分かり難かったが、ブレイドが変えたのは彼のいる商会の人族ヒュムノ達の扱いと、その商会の在り方だ。

 事実変えた事で見る限り、人族ヒュムノ達は不満を持った様子はない。

 だが同時にサイの言葉とその時調べた事を思い出した。


「他の商会の人族ヒュムノはどうなんでしょうか? 強制的に殺しあわされているような拳闘奴隷の商会もあるのでしょうか?」

「あるだろ。あくまでここではナリトさんがそういう考えを持ってくれたから俺にお鉢が回ってきたってだけだ。ナリトさんが思い立ってくれなければ今でもここは獣のような目をギラつかせた奴等だらけだったと思うぞ」


 ショテルの筆は重かった。

 それを軽く言い切り、仕方がないと割り切っているような話し方が、何処かサイと同じ命の軽さを感じたからだ。


「他の商会を、そういった人族ヒュムノを救いたいとは考えますか?」


 その答えは何となく予想が付く。

 そしてショテルが目指している理想がそこにあることも分かったからこそ、現実を見るのが恐ろしかった。


「思わんよ。単純に俺じゃどうしようもない。そこの商会が人族ヒュムノを消費するのが勿体無いと感じない限り無理だろうし、消費し続けることで奴隷商の方から謝礼でも出てりゃ絶対に辞めないだろ。というかそうなっているからこそ拳闘奴隷の商売がずっと続いてるんだろうからな」


 ブレイドは良くも悪くもはっきりと思いを口にする。

 だからこそブレイドの割り切った言葉は間違っていない。

 拳闘奴隷として身を置く者達の本心そのものだ。

 全体を変えるにはあまりにも沢山の人を巻き込み、かといって一部を変えようにも全ては奴隷主の考え方次第。

 まだ世界を変えるだけの基盤ができていない以上、これから先もショテルはどうにもならないジレンマを味わい続ける必要がある。


「それでも、私は塵のように使い捨てられる同族を救いたいです」

「同族だけなのか?」


 ショテルの書いた言葉に帰ってきたブレイドの言葉。

 それはショテルにとってはあまりにも予想外な言葉だった。

 思わず思考が止まり、不思議そうな表情でブレイドの顔を見つめていると、ブレイドは元のにやけた表情に戻って喋り始めた。


「言葉通りだ。俺達拳闘奴隷は人族ヒュムノだけじゃない。森で冒険者レンジャーが捕まえた獣だとかも拳闘奴隷だ。中にはお利口な奴等もいてな、そいつらはよく竜族ドラゴスにも人族ヒュムノにも懐くから演技が出来る。つまり、獣相手でも誰も死なないってことができたんだ。だから俺は可能なら人族ヒュムノだけじゃなく、戦いたくないと考えてる闘獣も守ってやりたい。人族ヒュムノにだって俺みたいな考えの奴もいればオウマみたいな何考えてるのか分かんない奴もいて、お前みたいに馬鹿みたいにデカい事考えてる奴もいる。だから俺はせめて俺と似た考えを持ってる奴だけでも守ってやりたい。ただそれだけだ」

「それは例えば……竜族ドラゴスもですか?」


 ショテルの書いた言葉を読んでブレイドは少々考え込んだのか、少しばかり天上を見つめて腕を組んだ。


「想像しにくいが……、まあもしも竜族ドラゴスで同じ立場の奴がいたのなら……守ってやりたいかな? まあ、その場合俺が守ってもらう立場だろうけどな」


 ブレイドは天井を見つめたままそう言った。

 彼は何の気なしに言ったのかもしれないが、その言葉はショテルにとっては自分の視界を開くための啓蒙となってくれた。

 同じ立場の竜族ドラゴスがいるのならば守りたい。

 それはブレイドが小さなコミュニティの中でならば竜族ドラゴスだろうと人族ヒュムノだろうと関係無く守りたいという考えがあるからこそ出てくる言葉だろう。

 ブレイドとサイは考え方は似ていないかもしれないが、その根本はとても似ている。

 規模や守るための行動こそ違えど、二人共根本的には自分の周りにいる人達を守りたいという強い思いが彼等を突き動かしている。

 ショテルは暗殺者アサシンだったせいもあるのかもしれないが、壊すことで世界を変えてきた。

 その点、サイもブレイドも今ある世界をほんの少し変えることで多くを守っている。

 この考え方の違いは多くを語ろうとはしないサイでは中々気付くことができなかっただろう。


「私も守るための力が必要なんです。オウマさんという方に是非学ばせてください」


 ショテルは紙にそう書き記した。

 人族ヒュムノの法の改正問題からずっとショテルは今のままでいいのか悩み続けていたが、その悩みの原因は根本的な考え方の相違にあるのだとようやく気が付くことができたため、ショテルはようやく笑顔を取り戻せていた。


「だから! 人の話を聞いてたか!? オウマはマジでヤバいんだって! アイツは冗談抜きで平気で誰だろうと殺すからな?」

「そんなに危ない人なんですか?」

「今日のヒュペリオンだってあいつが容赦しないと分かってるから同様に人慣れしないヒュペリオンを当てるしかなかったんだ。以前人族ヒュムノ同士の戦いになった時も容赦なく殺したよ。もっと言うと練習相手になってもらおうなんて考えるなよ? アイツに『練習』なんて言葉は無い! 戦闘技術なら俺の方が教えるのは慣れてる! 習うならせめて俺から習え!」


 いい感じの笑顔を見せていたショテルに対してブレイドは全力で首を横に振って答えていた。

 言葉で伝えてもショテルとしては試合しか見ていないため、控室に戻ると特に暴れるような様子も無かったので冗談だろうと思っていたが、ブレイドに連れられてオウマの元を訪れた事でその感想は変わった。

 試合が終わり、既に皆自由になっているはずなのにも拘らず、オウマは未だ試合の時と同じ枷を両手と両足に付けたままであり、更には首にまで別の枷と鎖が追加されている。

 それだけならよかったのだが、更に周囲には誰も近寄らないようにしており、誰も居ないその空間で一人トレーニングを続けていた。

 だがどういうわけだかトレーニングをしているだけだというのにも拘らずに、恐ろしいほどの殺気を放っており、とてもトレーニングとは思えない。


「あんまり意識を向け過ぎるなよ。こっちを敵と認識するからな」

『えぇ……』


 物陰からブレイドとショテルはオウマの様子を観察していたが、ブレイドの一言で顔を逸らした瞬間、鋭い殺気がショテル達の方へと向けられていた。

 思わずショテルも心の中で呆れていたが、ショテル達の方へ向けられる視線はブレイドの言った通り獣の如き鋭い眼光が睨み付けている。


「分かっただろ? 教わるなら大人しく俺からにしとけ」


 諭すように言われ、ショテルは小さく頷いて答えた。






     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇






 その日から数日程の間、ショテルは帝都の王宮付近の様子を窺いつつブレイドに正面戦闘での剣術を教えてもらっていた。

 本当ならばもっとじっくりと教えたいとブレイドは語っていたが、ショテルがここで学ぶにはあまり時間が無い事、そして何故すぐに学ばなければならないのかの理由を明かし、特訓に打ち込んでゆく。

 元々暗殺者アサシンだったという事もあり、身体運びはしっかりとしていたため、どうすれば正面戦闘での生存能力を上げられるかを教えられ、考えながらナイフの振るい方と片手用の剣の振るい方を覚えていった。

 だが根本的にショテルには筋力が足りなかった。

 暗殺者アサシンとしての筋力の付け方をしていたため、柔軟性や瞬発力に特化した体の動かし方は得意だったが、逆に戦士として戦うにはあまり適した筋肉の付け方は出来ていないからだ。


「うん。見るからに筋はいい。剣筋の読み方も上手いしベタベタな隙も狙わないで自分のペースを作り出してる。後は根本的な筋力があればぐんぐん伸びるだろうが……それも時間が無いってんなら短期猛特訓だ!」


 当然他の暗殺者アサシンに攻撃される心配のないショテルは全力でそのトレーニングに打ち込んだが、恐らく彼が動けなくなるほどの筋力トレーニングをさせられたのは生まれて初めてだろう。

 これまで食べたこともない程の食事を口にし、身動き一つできなくなる程身体を鍛え続けた甲斐もあり、なんとか一週間と掛からずに最低限度の剣術の基礎とそれを発揮するための筋力は身に付いた。


「何から何までありがとうございました」

「おう。ま、来た時よりいい顔になったからよかったよ。後は毎日剣を振るい続けな。まだ初歩しか教えてないし、残りは我流になるだろうから基礎だけは忘れるな。ってことで餞別代わりだ、その剣持っていきな」

「流石にそういうわけには」

「技を早くものにしたいなら馴染んだ武器は必要だ。なぁに剣の一本ぐらいどうとでも誤魔化せる。暗殺者アサシン辞めてまで護りたいものがあるんだろ? 成し遂げてみせろよ」


 ブレイドはそう言ってトレーニングの間使い続けていた剣をショテルにそのまま渡した。

 あまり目立つ武器は持ちたくなかったが、ブレイドのその想いが嬉しかったことと、サイを護るという当面の目標のためには確かに必要な技術であったためショテルは深く頭を下げて礼を伝え、ナリトの人族ヒュムノ宿舎を後にした。

 来た時のように夜闇を駆け抜けてゆき、新たに腰に剣を携えてショテルは先に屋敷へと辿り着いた。

 というのもそろそろサイが戻ってきそうな噂話が流れていたため、サイにバレる前に屋敷の掃除をしてしまわなければならないからだ。

 次の日の朝からさっさと広い広い屋敷を掃除してゆき、一日かけて掃除を終え、ついでにこの数日留守にしていた間に何者かの侵入が無かったことを確認し、ようやく後はサイを待つだけとなる。

 そして数日後にサイが護衛隊に囲まれて屋敷へと送り届けられた。


「ではこれにて。後日ファザムノ様からのご指示をお伝えに参ります」

「はい。ここまでの送迎とご連絡、ありがとうございました」


 送り届けた兵士達はサイへしっかりと敬礼し、屋敷を後にしたためショテルは少々驚いたが、どうやらサイもそのような対応をされるとは思っていなかったためかなり驚いていたようだ。

 そしてサイは帝都に言っていた間の事をショテルに話し始めた。


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