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命の在り方  作者: けもにゃん
6/81

竜人と少年 6

 サイが言葉を覚え初めてから数ヵ月ほど経ったある日。


「サイ。もうそろそろ外に行っても大丈夫だろう。今日は私と買い物に出掛けよう」

「外!? やったー!! ずっと気になってたんだ!」


 既に痩せ細った身体もしっかりとした、丈夫そうな見た目になっており、運動をしても問題無いほどに回復していたため、ドレイクはそうサイに言った。

 サイは嬉しそうに返事をして、彼の顔と同じ程もある大きさの本を閉じて、ひょいと椅子から飛び降りた。

 実を言うとサイはこの数ヵ月、家の外の景色すら知らずに過ごしていた。

 別に軟禁されていたわけではなく、単純に全ての物が大きすぎるため、窓を覗こうとしても見上げるような形になり、ドアもサイからすれば大きすぎて手を伸ばしてようやく届く高さのため、ドレイクがいなければ自由に動き回ることができないからだ。

 唯一外の景色が見える、寝室の窓の外は鬱蒼とした木々が邪魔でそれ以外の景色が見えなかった。

 サイからすればそういった環境も、決して不満を漏らすような悪いものではなく、寧ろ彼からすればそんな狭い世界にも沢山の楽しみと幸せが詰まっていた。

 とはいっても、外の世界に関してはドレイクから少し聞いていたため、興味が無かったと言えば嘘になる。

 そのため、初めての外出のためにサイの丈に合わせた、外出用の服を着付けてもらい、初めて履く人間用のサンダルのような靴に、既に興奮が隠せなくなっていた。


「さて、まずは食料を買いに行こう。最近はサイが沢山食べてくれるからとても嬉しいよ」

「だってドレイクが作ってくれる料理、全部美味しいんだもん! 運動してお腹が空いてたらなおさら食べたくなるよ!」

「ハハハハ。そう言ってもらえると嬉しいよ。さあ、お店が見えてきた。ちゃんと挨拶をするのだよ?」

「分かってるよ!」


 そんな他愛のない話をしながら、ドレイク達は街の市場までやって来た。

 市場は今日も沢山の人達で賑わっており、とても活気に満ち溢れていた。

 市場は左右に出店のような掘っ建て小屋が並んでおり、店によって野菜を売っていたり、魚を売っていたり、かと思えば指輪のような小物を売っているお店もあり、これといって売る物が食品のみと言うわけでもないようだった。

 そんなお店を見て回っていると、一つのお店に立っていた店員が、人間であることに気が付いた。


「こんにちは。ネルテスさんは今何処に?」

「こんにちはドレイクさん。ネルテス様は今、休憩していますので、私が店番をしております」


 その人間が立っていたお店に用があったのか、ドレイクはその人間に声を掛けていた。

 だが、その肝心のネルテスという人物は居なかったようで、ドレイクはその人間に言伝を頼んで、後は普通に彼から買い物をして店を移動した。

 最初にそのネルテスという人物が経営しているお店で、サイも大好物の果物と、それ以外にも幾つかの綺麗な色の果物を買い、その次に訪れたお店では沢山の野菜を買って、以前までの買い物とは違い、大きな車輪付きの篭にそれらを入れていった。

 以前ならば、一人暮らしに少しだけ食事量が増えた程度だったため、大きめの鞄を一つ持っていけば事足りていたが、最近では育ち盛りであるサイが、その体の何処に収まっているのか気になるほどよく食べるため、鞄一杯の食料では買い出しが間に合わなくなったからだ。

 そのまま肉屋と魚屋も回り、新鮮でとても美味しそうな物を少し多めに買い込んだ。


「やあドレイクさん。最近は沢山買っていくねぇ」

「育ち盛りの可愛い子がいるのでね。ついつい良い物を沢山あげたくなるのだよ。それと、もう少し見て回るので氷晶石も一つ買わせてくれ」


 そう言ってドレイクは忙しなく周りを見渡しているサイの頭に手をポンと置いて、店主に紹介した。


「ハッハッハッ!! なるほどね! 最近流行りの人族ヒュムノの愛玩奴隷か。可愛いもんだな。氷晶石は一つ付けておこう。沢山買ってくれたんでね。今後ともご贔屓に!」

「……ああ。有り難う。では、これで」


 氷晶石と呼ばれた、透き通るような蒼い石を受け取り、それを肉と魚の上に置いて、ドレイクは一つ軽くお辞儀をして店を離れた。

 それを真似するようにサイも深々とお辞儀をしていた。


「どうしたの? ドレイク」

「……いや。何でもないよ。さあ、次は君の欲しい物を買いに行こう」

「欲しい物!? ってことは『パー・パルナスの冒険譚』の八巻!? やったー!!」

「八巻? ということは今ある分は全部読んでしまったのか?」

「勿論! もう三回は読み直したよ」


 ドレイクは少しだけ難しい表情を見せていたが、サイとそんな他愛のない会話をする内に、声に出して笑うほどに笑顔に戻っていた。

 そのままドレイク達は本来の目的を終えて、サイのために市場を離れて近くの書店まで移動した。

 書店の方は市場とは違い、石と木を用いたしっかりとした造りの建物だった。

 戸を開けるとカランカラン、と乾いた鈴の音のような呼び鈴の音が響いていた。


「おや、ドレイクさん。いらっしゃい。おや? そのヒュムは?」

「やあドルメスさん。この子が何時も買っている本を読んでいる子だよ」


 ドレイク達がお店に入ってきたのに気が付いた、そのドルメスと呼ばれた人は、サイに気が付いてそうドレイクに聞いた。

 ドレイクは先程と同じようにサイの頭を撫でながら、ドルメスにそう答えた。

 するとドルメスは少しだけ驚いた表情を見せた後、ニッコリと微笑んだ。


「そうかいそうかい。何時もご贔屓にしてくれて有り難うね……えーと?」

「サイだこの子の名はサイ」

「そうか、サイ君と言うのかい。有り難うね」


 ドルメスはそう言ってサイにお礼を言った。

 サイは少しだけ恥ずかしいのか、ドレイクの陰に隠れながら、小さくお辞儀をしていた。

 ドルメスと呼ばれたその竜人は、深緑のような深い緑の体表に、対称的な真っ白な毛髪を生やしていた。

 誰から見ても分かるほどドルメスはドレイクよりも老いており、非常に動きが緩慢で、醸し出す雰囲気もとても穏やかなものだった。

 鱗の表皮も皺があり、非常に長い年月を生きていたのがよく分かった。


「今日はどんな本をお探しかね? 君は今までドレイクさんが買っていった本から察するに、歳の割には難しい本を読むのが好きなようだね」

「えっと……。『パー・パルナスの冒険譚』の八巻が欲しいです」

「おや、ついこの前ドレイクさんが七巻を買いに来ていたと思ったが……。もう読み終わっていたのかい。歳を取ると時間が経つのが早いねぇ……」

「いえいえ、歳のせいではありませんよ。サイはものを覚えるのがとても上手なのです」


 そう言ってドレイクはサイの頭を撫でていると、いつもならサイも嬉しそうに笑うのだが、ドルメスがいるせいか少しだけ恥ずかしそうに微笑んでいた。

 それを見てドルメスはニッコリと微笑んだ。


「サイ君はドレイクさんが大好きなんだね」


 そうドルメスに言われると、サイは顔を真っ赤にしながらゆっくりとドレイクの後ろに隠れていった。

 そんな様子を見てドレイクとドルメスは声に出して笑っていた。

 その後、ドルメスはサイが欲しがっていた本を探しだし、サイに直接渡していた。


「読み終わったら是非、私に感想を聞かせておくれ」

「はい!」


 本の代金を払い、サイには大きすぎる本をしっかりと抱えた。

 だがそんな本をいつまでも抱えているわけにはいかないため、ドレイクがその本をサイから受け取った。

 そして店を出ようとした時、呼び鈴の音が店内に響いた。


「御免。ドルメス殿、頼んでいた本は届いているだろうか」


 そう言って入ってきたその竜人は、ドルメスやドレイクと比べると明らかに若く見えた。

 体表の色もそのためなのか、非常に鮮やかな蒼色だった。

 その竜人は、最初は手元にある手帳のような物に意識を集中させていたためドレイク達の存在に気が付いていなかったが、顔を上げた際にドレイクと目が合った。


「おぉ! ドレイク殿。久方振りにお会いしましたね。御元気そうで何よりです」

「フルークシ君か、久し振りだね。君も元気そうだ」


 そのフルークシと呼ばれた竜人はどうやらドレイクとは知り合いのようで、話ながらドレイクと握手を交わしていた。

 二人は相当久し振りに会うのか、それから少し最近の境遇について語っていた。


「そうそう、最近はサイが家に来てくれた事で沢山楽しみが増えたのだよ」

「聞かない名前ですね。そのサイという方は?」


 そう聞かれた時にドレイクは、いつものようにサイの頭を撫でて、この子だ。と紹介した。

 それを聞いた途端、それまで楽しく語っていたフルークシは急に表情を変えた。


「何を考えているのですか? ドレイク殿ともあろう御方が、人族ヒュムノを飼うなどと……。御自分のされている事の恐ろしさを理解しているのですか!?」


 先程までとは打って変わり、フルークシは烈火の如く激怒し、声を荒らげながらそう言った。

 それまで嬉しそうにサイのことについて語っていたドレイクの表情は、彼の感情に反比例するように笑顔が消え失せ、巌しいものになっていった。

 サイの頭の上に置いてあった温かなドレイクの手は僅かに震え、ゆっくりとサイの肩へ手を伸ばしていた。

 その間もフルークシは変わることなくドレイクへ怒りをぶつけるように一方的に喋り続けていたため、明らかにドレイクの表情が変わったことを気にしていたドルメスが仲裁に入ることすら叶わなかった。


「失礼」


 ドレイクはただそうとだけフルークシに言い、サイの手を取ってまだ話している途中の彼の話すら聞く耳を持たずに去っていった。

 そしてドレイクは荷物も引いて足早に家へと向かっていった。


「待って! 待ってよ!! ドレイク! 早いよ!」


 ドレイクが足早に歩けば、体も小さく体力もないサイにはついて行くことはできなかった。

 半ば引きずられるように、それでもなんとかドレイクに付いていこうと必死に歩きながらサイは叫んだ。


「す……すまない。本当に、本当にすまない……。もう二度と……こんなことが無いようにするからね……」


 その声でようやく我を取り戻したのか、ドレイクはすぐに足を止め、息を荒くするサイを抱きしめてそう言った。

 サイを抱きしめるその腕は震え、サイから顔は見えなかったが、啜り泣く声が聞こえた。


「泣かないで……。僕は、大丈夫だから……。泣かないで、ドレイク」


 そう言ってサイは小さな腕でいつもよりもとても小さく見えたドレイクの体をしっかりと掴んで、静かに泣いた。

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