それはとても小さな 6
その場に集まった者達が一斉にどよめき始める。
当然だろう。
サイの口から出た言葉は彼等を肯定するどころか、剰え真っ向から否定するような言葉である。
「人族の代表として言わせてもらいますが、私は現状で構いません。私が法を犯したというのであれば処罰も受けます。そもそもただの一人も人族の参加者が居ない時点で、この集会は皆さんのエゴによって生まれた物です。故に私達人族は変革など求めていない、とここで明言させていただきます」
「なんだとこの野郎!!」
「お前達人族の為に集まってるんだろうが!! それを偉そうに言いやがって!!」
「はい。偉そうに言います。あなた方にとってしてみれば、人族の為にしてやっているのかもしれませんが、私達にとっては死活問題です。もし私のこの言葉を聞いて少しでも『人族のくせに』と思ったのであれば今すぐに帰ってください。あなた方にそうまでして助けてほしい理由はありません。ですが、それでも私の意見に異を唱えるのであれば、是非お聞かせください」
サイの言葉に対して当然の如く罵倒の嵐が吹き荒れた。
人によっては壇上にいるサイ目掛けて物を投げる者まで現れ、先程までの団結ムードは何処へやら、あっという間に帰る者や罵声を浴びせる者ばかりに変わっていった。
「サイ君! 何を考えているんだ!? なんでわざわざあんな人を怒らせるような言い方をしたんだ!? おかげで滅茶苦茶だ!」
「申し訳ありません。ディションさん。ですがまだ大衆を集めるには事を急ぎ過ぎなのです」
「どういう意味だ? それとこの状況に何の繋がりがあるんだ?」
「先程言った言葉は全て本心です。勿論皆さんの意見も本心だったでしょう。ですがそこに人族の意見は含まれていません」
次々と物が飛んでくる壇上からディションは素早くサイを避難させ、そのままサイに焦った様子で話し掛けた。
しかしサイのその言葉を聞いてハッとした表情を見せた。
今正に物を投げていた人々は、攻撃する対象がいなくなったことでバラバラとその場を去っていった。
数十人もいた大衆はどんどんと減ってゆき、気が付けば残ったのは不安そうな表情を浮かべる際に助けられた人々や彼等と身近だった人達、そして一部の民衆数名だけとなる。
そこでサイは今一度彼等の前へ行き、深々と頭を下げた。
「先程は恩を仇で返すような真似をしてしまい申し訳ございません。ですが述べた言葉は事実です。今私達人族の奴隷制度が撤廃されれば困るのは私達だけではなく、竜族である皆さんも非常に困ることになります。そのことをどうしても理解していただきたかったのです」
「サイ。どうしてなのか理由を聞いても大丈夫か?」
サイは今一度頭を下げたままそう言葉を続けたが、今度は声を荒げるような者はいなかった。
代わりに聞こえたのはそんなサイに対して理由を尋ねる言葉だった。
「はい。ですがその前にもう一つだけ謝罪させて下さい。残っていただいた皆さんには失礼な事ですが、皆さんの想いを確かめるような真似をしてしまい申し訳ありません。ですが、大衆化してしまった皆さんの意見の中には当事者である人族の意見が含まれていません。ですので、人族の意見として先程の問いにお答えさせて下さい」
サイは顔を上げると笑顔で返事をし、続けてそう語った。
その場に残った者は誰もがサイの『人族の意見はない』という言葉を聞き、ディションと同様の反応を示す。
大衆化していたからこそ誰もが気付いていなかったが、彼等に伝えたかったサイの言葉の真意は伝わっただろう。
皆がサイの話を聞く姿勢が整った事を確認してから、サイは自分の言葉の詳細を語り始めた。
奴隷制度の撤廃。
それだけを聞けば確かに人族も一種族として受け入れられたように聞こえる。
だがこれには非常に沢山の問題を抱えていることをサイは一つずつ説明していった。
第一に常識という名の知識の問題。
今現存する人族はその全てが奴隷である。
例外はただの一人もおらず、全ての人族が同様に奴隷としての教育をしっかりと受けている。
そのため、表面上は皆会話や読み書きもでき、奴隷の種類によっては簡単な計算や荷運びの為のしっかりとした身体づくりもされている。
だがそれはあくまで奴隷としての常識であり、仮に今彼等が一般市民と同様の生活を行えと言われてもその知識を持つ者はいない。
一番大きな認識のずれとしては居住の問題があるだろう。
人族は全てが奴隷であるため、住む場所は所有者によって自動的に割り当てられる。
故に家を買う、借りるという発想が存在しない。
仕事一つにしても与えられた仕事をこなすのが当たり前であるため、自ら仕事を探すとなると人族ではどうすればいいのかが分からなくなる。
家事などの雑用をこなす人族以外は日常的な買い物を行った事も無く、食料も所有者より与えられるため食料を買うというのも馴染みが無い。
このように奴隷であるが故の所有者による衣食住の庇護があるため、それらを自分で獲得するという認識が非常に薄いので今奴隷から解放されれば大半が野垂れ死ぬこととなるだろう。
また給料という考えもないため、お金を稼ぎ、稼いだお金で日々の生活に必要な物を買うという考えもあまり定着していないため、仕事に就くという考えが浮かばないだろう。
こういった誰もが当然に持っている常識が、そもそも人族の常識には存在しないということを理解できていない事に対して、サイは真っ先に警鐘を鳴らした。
当然こういった感覚はサイにとっても分からないものであるため、サイも恐らくいきなり家の購入を行わなければならなくなったとしても、何処の誰に依頼すればいいのかなど分からない。
やはりその話はその場にいた誰にとっても盲点だったらしく、感嘆の声を漏らす者や考え到らなかったことから唸るような声を上げる者ばかりだった。
常識というものは普通に生きていれば、人と人との関わりの間で自然と身に付くものである以上、人族にそれらの知識があると考えるのは当然である。
次にサイが提起したのが人族の問題ではなく、人族に深い関わりを持つ竜族への影響だ。
奴隷制度の撤廃ともなれば奴隷商を生業にしている者達が甚大な影響を受けるのは言わずもがな、もう一つ大きな影響を受ける職が商人である。
小さな個人商店であれば特に影響は無いが、大商会ともなれば比例するように従業員には人族の奴隷の割合が増えてゆく。
初期投資は竜族への給料に比べれば割高だが、日々の食費と居住環境さえ整えれば給料が必要なく、昇給の必要も無いため直接的な金銭の支払いが発生しない。
その上商会では日々大量の物資を扱うため、その運搬だけでもかなりの労力を要する。
簡単な荷運びならば例え身体が多少小さかろうと人族の方が効率が良く、ずっと同じ作業をやらせたとしても文句の一つも発生しない点が魅力なのだろう。
そのため、もしも今人族の奴隷制度の撤廃がもしも公布されれば一番の被害を受けるのは奴隷商ではあるが、それと同じぐらいの大打撃を受けるのが大商会である。
物流の人件費に人族の賃金が上乗せされる形となるため、当然その影響は商会以外にも多分に発生する。
その際に一番恐ろしいのが、『人族が奴隷ではなくなったから物価が上がった』と人族に怒りの矛先が向く事だ。
これに関しては当然ディション達も考えを巡らせてはいたが、詳しい政策等は考えておらず、『国家が負担すればいい』という結論で終わらせていた。
「国家が負担すればその分、税が増えます。そもそも竜族と同じぐらいの人族が一斉に人権を得て、普通に生活ができたとしても、その穴埋めをしなければならないため国家経済が破綻します。人族の人権を得たいという考えは分かりますが、そのために国家が崩壊してしまえば本末転倒です」
巡り巡って自分達の負担となるという部分は何処か他人事のように考えていたのか、サイが改めて言葉にすることで考えの浅はかさを思い知らされることとなり、更にその場に残った者達は頭を悩ませていた。
そしてそれらの問題を今一度確認したうえでサイはもう一つ、彼等が敢行しようとしていた奴隷制度の撤廃に関してもう一つの問題を述べた。
「恐らく皆さんにとって最大の盲点であり、最大の問題点となりうることですが、そもそも私達人族は特に人権を得たいとは考えていません」
それを聞いてその場にいた全員が以外そうな反応を見せた。
彼等からすればサイが『英断を表彰されるどころか処罰される』という事に対して悔しい思いをしていると考え、それは同時に同じ思いをしている人族は大勢いるだろうという机上の空論で語っていたことにある。
そもそも論、彼等はサイの話こそ聞いてはいるが、彼等の周りにいる人族から実際の話を聞いたわけではない。
前提として現状の人族は全て奴隷であり、不必要な暴力の禁止、所有する人族の状態の定期的な報告義務、各国家の出荷された人族の情報管理ときちんと整備された法により最低限の人権は守られている。
また人族の大侵攻は既に歴史的な戦争として記され、学問機関へ通った事のある者であれば知っている程度の知識であるほど竜族にとっても昔の事である。
既に百周節近く経っていることもあり、生き証人として知っているのは長命種ばかりな上にほとんどが老人であり、その大多数が魔導師だ。
もう一つ面倒な事があるとすれば、当時大戦に関わった魔導師はそのほとんどが今治世を行うための法務機関に所属している者が多く、現反人族派の者とその父親に当たる人物が該当する。
そう易々と人族に関する法に対して異を唱えるのが難しい最大の要因は、正にこの法務機関に所属する者の多くが人族を嫌っており、現状を把握していない事にある。
以前のフルークシがそうであったように、わざわざ嫌っている相手の事を調べようとする物好きは少ない。
故に法務機関も人族に関する人権法の緩和の話はこれまでにも何度か稟議が上がったようだが、全て現状維持の一点張りで見向きもされていないとのことだった。
そうして長らく放置され続けたこともあり、人族にとっては竜族に使役されるのが当たり前であり、竜族の為に働く事が共通認識として奴隷商の下で教え込まれているため、誰一人として主人に逆らうような者は居ない。
付き従うことが当たり前であり、例えどんな扱いを受けようとも人族にとって現状に不満はないというのが人族にとっての一般常識だからだ。
「ですので是非、皆さんの傍にいるであろう人族にこの話題を振ってみてください。恐らく私が話した通りの反応を示すと思いますので」
サイは最後にそう提案し、一度その場は解散してもらうことにした。
やはり何名かはまだサイの話した事が納得できていないという様子だったが、各々身近なヒュムノに声を掛けてみた。
「なあ、お前も自由に生活してみたいよな?」
「自由に生活……ですか? う~ん……想像できないですね」
「そうだな、例えば俺達と一緒に飯を食いに行ったりとか、買い物したりとかかな? 勿論俺達の付き添いじゃなくて、お前一人で何処かへ遊びに行ったりとかでもいい」
「ガレン様の付き添いはとても楽しいですよ。それに一人でしてみたい事などありませんので、そう言う意味で言うのであれば自由に生活というのは特に興味が無いですね」
「マジか」
ガレンと彼の所有している人族の会話はまさにサイが言った通りの結果となっていた。
彼は元冒険家だったのだが、今は家庭を持ったことで腰を落ち着けるために辞めて、今は体格を活かした力仕事を引き受けるなんでも屋のような事をやっていた。
そう言う経緯もあり、そこそこに裕福なガレンは妻一人と人族一人という家庭だったこともあり、雑用奴隷である彼の人族は次第に愛玩奴隷の様相を呈するようになっていた。
だからこそ当然人族には特に生活に不満も無く、日々満ち足りた生活をしているからこそ割とガレンの言う自由な生活は送れているつもりでいたのだ。
「どうでした? 皆さん」
「確かにサイの言った通りだった」
「そっちもなのか。こっちもだったよ。別に不満はないし、特に不自由とは感じない、とさ」
翌日、再度サイの元へ訪れた人々はやはりサイの言った通りの結果が返ってきた事に対して微妙な表情を浮かべていた。
サイに振られて次々に口にする人々の言葉はほぼ同じであり、自分だけではなかったのかと落胆したようだ。
「しかし、サイ。何故それを知っていて、口にしたのが今なんだ? あの時、大衆の前でそれを公言すればよかったのではないか?」
「あの場で私が今言った事を同じように口にしても誰も聞く耳を持たなかったでしょう。人族は守られる弱い立場の存在で、そう認識している存在が、『特に今の生活に不満はない』と言った所で言わされていると考えるのが落ちです」
それを踏まえてディションはそう口にした。
確かにわざわざ煽るような事を言う必要はなかったかもしれないが、それこそもしその場で言ったとしてもサイが言った通り何の効果もなかっただろう。
大衆の中に人族が居なかったことがその最大の理由であり、彼等の中で勝手にか弱い存在として認識していた事にある。
そもそも立場が違うため、当然人族から意見することなどあり得ない以上、その認識を改めさせてくれる存在はいない。
「また、大衆化してしまうと反対意見は当然その正当性を真っ向から否定する意見になります。皆さんのように冷静に話を聞いてくれる方々なら問題ありませんが、そうでない場合、私の意見は謂わば悪意ある攻撃になります。最悪、『あいつは人族を奴隷から解放させないために魔導師の送り込んだスパイだ!』なんて言われれば、皆さんの意見でももう止めることは出来ないでしょう」
「そんなこと……! いや、確かにそうだったな……。すまない」
「いえ、こちらこそすみません。ディションさんがあそこまで集めていただいた同意する人々に反感を抱かせた以上、また同じ人達を集めるのは難しくなるでしょう」
サイの意見を聞いてディションは否定しようとしたが、確かにサイがそう発言した時、サイを守りたい、その行動を素直に讃頌したいという思いで集まってくれていると思っていた大衆は、こともあろうにサイに向かって物を投げてきた。
それをふと思い出し、自分の考えよりもサイの考えている意見の方が事実正しかったことを思い知り、素直に頭を下げた。
「ディションさんもそうですが、恐らく今ここに集まってくださっている皆さんは、私達人族に対しても対等に接しようとしてくれていることを肌で感じます。私達は奴隷という卑しい身分ではありますが、もしも奴隷制度を撤廃し、人族が一種族として受け入れられるようにするために必要なのは、皆さんのその対等な目線だと私自身も思っています」
「災害の現場は常に死と隣り合わせだ。その場で重要になるのは身分ではなく、迅速な行動を起こせる判断力と我が身を顧みない行動力だ。だからこそ私は元々そういう身分での偏見というものが薄いのかもしれないな」
ディションのその行動を見て、サイはそう言った。
普通に考えれば奴隷に頭を下げるというのはあり得ない話だ。
対等にはなり得ない存在に対してディションは当然の如く頭を下げたが、それに対してディションは自分の考えを述べた。
事実サイよりも身分も上である二人の魔導師は何処かへ逃げ去り、代わりにサイが助けた形となる。
もしもその時二人の魔導師が、自分の魔法ではどうにもできないと分かっていても避難誘導や近場にいる怪我人の救助だけでも行っていれば評価は全く変わっていただろう。
だがディション以外の人々からすれば多少なりとも身分による偏見は出てくるはずだ。
逃げた魔導師は非難されたが、例えそこでサイが逃げ出したとしても『関係の無い人族が災害現場から急いで離れた』程度の認識だろうし、三人共が救助に一役買っていれば、紙面の見出しは二人の勇気ある魔導師と魔法を使う小さな英雄と二人の魔導師がメインとなっていただろう。
偏見があるのは仕方が無いにしても、この先人族の地位を奴隷から一般人へと引き上げるのであれば必ずその偏見が大きな問題となる。
「私が一番危惧しているのは、人族がこの先、きちんとした法により一般人として生きられるようになり、人族にもそれだけの知識が身に付いたところで、世間が対等になったはずの人族を下に見て扱うことです。この偏見を取り去ることが本当のゴールなのだと私は考えています」
サイの言った言葉を、今一度その場にいる者達は噛みしめ、その道のりの長さをしっかりと想像する。
元々竜族が様々な種族が合わさって出来上がった多種族の共存体であるからこそ、その歩みが平坦ではない事を皆歴史から学んでいる。
初代国王マイラスが統一国家を立ち上げるまで、竜族同士が争い合っていた背景があり、その軋轢が薄れていくのにかかった時間を知っているからこそ、今ここで人族が一種族として認められるために必要な時間は途方も無いと分かる。
更に言えば未だに魔導師や技師は世間でも若干浮いており、その全てが完全に世間に馴染んでいるとは言えないのが現実であり、互いの認識を変えるためには互いが歩み寄る必要があるが、とてもではないが現状それもまだ実現できていない。
「ならどうすればいいんだってんだよ!」
「だからこそ、まずは人族の抱える問題ではなく、世界の抱えている問題を解決するべきでしょう。そう言う意味でも私達人族は現状に満足しています。後回しにしていただいて構いません。というのが私の見解です」
「そのことなんですけど……。私は反対です」
サイの意見に諦めムードとなっていた人々の中で、以外な人物が異を唱えた。
その人物はウィレ。
火災の現場でサイに命を救ってもらった女性である。
「どうしてですか?」
「確かにサイ君みたいな、割と自由に生きられている人族も沢山います。でもそれと同じぐらい、不当な扱いを受けても文句一つ言わずに生きている人族もいるんです」
深刻な表情でウィレはそう告げた。
彼女の言う不当な扱いを受ける人族というのは、彼女の住んでいる家のすぐ側にある商会にいる人族のことだ。
先述した通り、大きな商会はよく荷物の管理に人族を利用する。
給料が要らず、昇給などの見返りも必要なく、最低限の衣食住さえ与えていれば文句一つ言わずに仕事をする存在は、商会からすれば正に最高の労働力だ。
唯一のネックは普通の竜族と比べて身体が小さい事。
そのため必要以上に重たい物等を運んだりする際は限界がある。
「そこの商会にいた人族達には話し掛けることができませんでした。皆怯えた目で仕事をしていて、私が話し掛けようとすると、『仕事に関係の無い事をすると主人に怒られる』と言ってすぐに去ってしまったんです。私にはどうしてもその時に去っていった人族が自分の意思で仕事をしているようには見えませんでした。時折聞こえる叩くような乾いた音が、あの人族達を無理矢理従わせている理由なのではないかと思えて……。そう考えると今のままでいいとは思えないんです」
「そうだったんですね。私も会って話した事のない人族の意見は知りませんでした。でしたら尚更、そう言った普段話さない人族の意見を聞くべきでしょうね」
ウィレの話を聞き、サイはそう言葉を続けた。
サイの返事を聞くとウィレの表情は少しだけ明るくなり、同じように他の諦めかけていた人々も互いに目を見合わせて頷いてゆく。
今までの意見は確かに人族の意見ではあるが、それは何も人族全ての意見ではない。
竜族に様々な考え方の者がいれば、それは同時に人族の扱い方にもなる。
彼等のような人族に対して好意的な感情を抱いている人々の傍にいる人族はそれこそ大切に扱われているだろう。
だからこそ不満が無い。
ならば逆の立ち位置にいる人族はどうだろうか?
特に人族に対して良い感情を持ってはいないが、便利な道具である人族を仕方なく扱っているような竜族も必ず存在する。
ここに来てようやく彼等の当初の目的であったはずの『人族に正当な権利を与える』所へと立ち戻った。
「しかしサイよ。確かにそれを調べれば、不当な扱いを受けている人族を探すことは出来る。しかし、それだけでは君のその魔法を使って人々を助けた事が認められることには繋がらんだろう?」
「そうですね。繋がりません。ですが、魔法を使わなければ人族にも自分の扱いの不当性を訴えられるようにする権利を与える切欠を作ることは出来ます」
「……あまり言いたくはないが、それでは君は報われない。確かに人族全体が不当性を訴えることができるようになれば、人族の監査が今までより厳しくなって不当な扱いをする竜族も減るだろう。だが、それで君が魔法を使ってはならない法の不当性を主張するとは思えないからだ」
「そうですね。私自身は皆さんがこうして、時折話し掛けに来てくれるだけで十分でしたから訴えるようなことはありません。今後あなた方の活躍で不当性を訴えられるようになったとしても、特に意見することもないです。そもそも魔法を使える人族なんてものは私ぐらいしかいませんので」
皆がやるべきことを見出してやる気に満ち溢れている中、ディションはサイにそう言い、少しだけ悲しそうな表情を見せた。
彼が人族の人権問題を取り上げたのも、全ては常々考えていた中で法を変えなければ讃える事も出来ないサイという存在の為だったが、当の本人にその気はない。
そこでようやく諦めが付いたのか、ディションはスッと敬礼した。
「ならばこの場で言っておくべきだろう。サイ殿、貴方の勇気ある行動と判断に敬意を」
「勿体無きお言葉を有難う御座います」
ディションもサイもそれでようやく納得し、互いにしっかりと敬礼したまま言葉を交わし、互いに最大の敬意を払う。
その一人の英雄と一人の救護隊員による誰も知らない小さな表彰式は、その場にいる数名の拍手で小さく祝福された。




