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命の在り方  作者: けもにゃん
56/81

それはとても小さな 4

 サイとショテル、人族ヒュムノ二人の暮らしが始まってから数ヶ月。

 彼等の暮らしに大きな変化はなかった。

 多少楽になった館の保全と様々な勉強、そしてサイを護るための戦いの日々。

 このままずっと同じ日々が続くだろうと思っていたある日、またしてもサイの前にその平穏を嘲笑うかのように厄介事が訪れた。


「お、いたいた。お前だろ? あのドレイク様が飼ってたって人族ヒュムノは」

「はい。私が元々仕えていたのはドレイク様ですが……どうかされましたか?」

人族ヒュムノのくせにいい恰好してるしな。ドレイク様から魔法の一つぐらい教えてもらっただろ?」

「いえ、ただの人族ヒュムノですので雑用以外は出来ません」

「嘘付け。医者から聞いたぞ? 少し前までグリモワールに居たってな」


 どうやってアツートから聞き出したのかも不思議だが、サイの元へ二人の魔導師が訪ねてきた。

 しかしその二人は見るからにサイを見下しており、サイを見つけてからと言うもの常にニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。

 アツートが知っているサイの情報は、ただドレイクの推薦でグリモワールへと行き、いつの間にか屋敷に戻ってきていただけということだ。

 サイの成績や学内での評判はほぼ揉み消されており、サイの実情を知る者はこの国にはいない。

 そう言うこともありアツートは魔導師であったその二人に思わずサイの事について訊ねてしまったそうだ。

 人族ヒュムノの魔導師の存在など知らなかったその二人は、これ幸いとその物珍しい魔導師を見に来たようだが、目的はただ物珍しさでというだけではなさそうだ。


「確かに私はグリモワールに居ましたが、見ての通り今はもうただの屋敷の保全役です」

「とはいっても少しぐらい魔法は使えるんだろ? 見せてみろよ」

「使えません」

「お? また嘘を吐くのか? 医者から目の前で魔法を使ったところを見たってのは聞いてるんだ。人族ヒュムノが嘘付きだってのはよく知ってるが、それともなんだ? その医者の方が嘘付きだったか?」

「……申し訳ございません。私は本来魔法を使っていい立場ではありませんので」

「ほーらやっぱり嘘じゃねぇか。いいっていいって。目の前に本物の魔導師様が二人もいるんだぞ? 一回使ってみせろよ」


 けたけたと小馬鹿にして笑い、完全に下に見た物の言い方をする二人は必死に誤魔化そうとするサイを煽ってみせる。

 サイとしてもアツートの事を悪く言われるのは困るため、仕方なく自分が魔法を使える事を自白したが、ここで普通に魔法を使えば迷惑を掛けるのはフルークシとなる。

 そのためサイは彼等が望んでいるであろう不出来な魔法使いとして魔法を唱え始めた。

 何時振りかに唱えた小さな篝火メルパ・ラントを必死にゆっくりゆっくりと詠唱し、本来の数十倍の時間を掛けて発動させ、ものの数秒でその明かりを消す。

 そして大袈裟にフラフラとしてみせると案の定、その二人は満足したのかゲラゲラと笑ってみせた。


「ヒーッ! ヒーッ! なんだそれ!? たかだか小さな篝火メルパ・ラントでそんなに勿体ぶってたのかよ!」

「そんな魔法ならいくら使っても誰にも怒られねぇよ。何なら俺達が軽く魔法を教えてやろうか? ん?」

「いえ、流石にそういうわけには……」

「魔導師がいいって言ってんだろ? 素直に従っとけ」


 息を切らせるほど一頻り笑った後、二人はそうサイに切り出した。

 何とかして断ろうにも二人の心境を見る限り、いい玩具を見つけた程度にしか見えていないようだったので、サイの言葉を聞く耳など持ち合わせていないだろう。

 そうしてほぼ無理矢理サイに承諾させ、翌日からは毎日のようにその二人がサイの元を訪れるようになった。


『なんですかその馬鹿にしきった態度。サイさんも少しは言い返すべきですよ』

「仕方がありませんよ。それが彼等にとっての普通ですから。事実僕は魔導師ではありませんし、立場としても彼等の方が上です」


 昼に起きている事態はショテルは関わっていないため、その日サイは何となく話したが当然ショテルはムッとした表情を見せる。

 確かにサイは魔導師資格を持ってはいないが、実力だけで言うのならば折り紙付きだろう。

 だがサイとしてはフルークシの評価に繋がることを恐れており、揉め事はおろか可能であれば魔導師とは関わりを持ちたくなかったというのが実情である。

 しかしアツートの悪意無い言葉とはいえ、彼等にサイの存在が知れてしまった事は問題があるだろう。

 そう思っていたが、事態はそれほど悪化することはなかった。

 ただ彼等は毎日のようにサイの元を訪れ、魔導の稽古と称してただ笑い者にしに来るだけだった。

 サイが必要以上に能力を下げて見せたおかげで彼等も他の魔導師にまで言いふらすようなことはしなかったようだ。

 といっても実際は彼等も五等下級魔導師。

 とてもではないが魔導関連の機関に所属できるほど高い知識も持たず、魔導師としてはあぶれている存在だ。

 彼等が魔導師らしいことをすることができるのは冒険家レンジャーぐらいだが、命懸けの旅をするようなメンバーにそんな半端者を起用する者も少なく、大半が日がなブラブラしているか誰でもできるような仕事をしている。

 要するに、そんな現実から目を背けるための鬱憤晴らしの材料が欲しかっただけである。

 その点でサイは彼等から見れば絶好のカモであり、何をやっても尊敬するサイの言葉に見事に踊らされていた。


『サイさん。そろそろそいつらに本当の実力を見せてもいいんじゃないんですか? 流石に舐められすぎです』

「力とはひけらかす為にあるものではありません。特に魔法は誰かの命を救うためにある物なんですから、自分が認められたいからと使ったのでは魔導師として失格ですよ」


 次第にいびりもエスカレートしていき、サイに防御魔法を使わせ、もたもたと魔法陣を生成している間に魔法をぶつけるという特訓とは絶対に呼べないようなことをするようになっていたため、サイは大抵の場合泥だらけで戻ってくるようになっていた。

 それでもサイは特に何も言わず、その鬱憤晴らしに付き合っていたためか、だんだんとショテルの方が我慢の限界を迎えそうになっていた。

 しかしサイに力の使い方について諭され、自分の振るう短剣の意味を思い出したのか、あまり強く言うようなことは無くなってきていた。

 これまでにも既にサイからの報告で何度か暗殺者アサシンを撃退していたが、それも力を誇示するためではない事をよく理解しているからこそ、ショテルにも納得することができたという所があるだろう。

 サイとしてもそのいびりは奴隷商の下にいた頃に比べれば全然生易しいものであるため、特に気にしてはいないらしい。


「やあ、サイ君。偶々此方へ来ていたのだが、その様子だと元気そうだね」

「アツートさん! お久し振りです! それと申し訳ありません! 本来ならば私がアツートさんの元を訪れるべきなのですが……」

「気にせんでくれ。私も診療診療で忙しくて中々顔を出せなかったからな」


 屋内の清掃が終わり、庭の手入れに出てきたサイの元にアツートの声が聞こえてきた。

 手元には大きな鞄を抱えており、いかにも何処かへ出ていた帰りなのだと分かる。

 そんなアツートの姿を見た瞬間、サイは謝るが同じようにアツートも謝った。


「サイ、学園での生活はどうだった?」

「あー……。えー……っと。すごく楽しかったですよ。この屋敷に居たままでは得られなかったであろう沢山の経験をさせてもらえましたから」

「ほほう? ということは五節……六節か? たったそれだけでもう学園を卒業したのか」

「え!? いや、その……」

「誤魔化さんでもいい。あの学園での生活を楽しかったと言えるのは相当優秀な頭脳を持っている生徒だけだ」

「え? そうなんですか? あれほどの設備に講師、濃い講義の内容は誰でも楽しいと思うのですが……」

「かく言う私もグリモワールの機械科学部の医学科の卒業生だからこそ分かるが、ついて行けないものにとってはあの過密カリキュラムは苦痛でしかないよ。私でも一周と四節掛かったというのに……君はドレイクの想像を遥かに超えていたようだな」

「……アツートさん。今から言う事を決して誰にも言わないで頂けるのでしたら、学園での事をお話ししたいです」


 サイとしては学園の話題を振られることは避けたかった。

 アツートに、というよりは折角サイの実際の情報と世間での評価がしっかりと乖離している以上、優秀な人族ヒュムノという評価を貰うことが原因で、自分に関わった人達に迷惑を掛けたくないことと、魔導師全体の混乱を避けたいという思いが強かったからだ。

 格式高いグリモワールとすれば、例えどんな評価であったとしても『人族ヒュムノが生徒として存在した』という事実を消し去りたくて仕方がないだろう。

 だからこそ隠し通したかったが、アツートはサイに対して好意的であったからこそサイの言葉の端々からその隠した実力に気付いてしまったため、隠蔽することに協力してもらうために全てを包み隠さずに話した。


「まさか……。それをドレイクが聞いたら嘆き悲しむぞ……」

「そうであったとしても、それが現実です。所詮私は人族ヒュムノであってもドレイクさんの息子ではありません」

「確かにそうかもしれない。だがな! 私が言っているのは魔導師全体のことでもある! 既に証明されたことをひた隠しにしようとするなど時代に逆行するつもりか!」

「変化するべきではないでしょう。今のこの世界で十分安定しています」

「世界の停滞は終焉を意味する。自然は決してその姿を留め続けない。変わり続ける自然に柔軟に変化して対応し続けるからこそ世界は回り続けるのだ。停滞を望んでいては衰退してゆくだけだというのに……」

「私は……人族ヒュムノですから」

「そこだよ! そも、おかしいとは思わんかね?」

「何がですか?」

「魔導師になれるのは魔竜種マグネリアだけだ。これは精神界メンタリカの視認に起因する謂わば一般常識のようなものだ。それなのに何故、『人族ヒュムノは魔導師になってはならない』という明確な法が存在するのかだ! なれないものに法など設ける必要がない。ある以上、前例があるということだ! だがその事実を知る者はただの一人も居ない! 魔導師の隠蔽体質は昔からだが、今回の件は我慢ならんぞ! こともあろうに六賢者の一人の遺志を無碍にするだと? そんな馬鹿な話があってたまるか!」


 事実を知りアツートは珍しく激昂していたが、それをサイが必死に宥めていた。

 とはいえ、確かにサイもアツートの言った事には疑問を持った。

 魔導師になれないはずのサイが現に魔法を行使し、精神界メンタリカも視認できている。

 そこには弛まぬ努力はあったとしても、努力の結果視えるようにはなったのだ。

 サイはそれこそドレイクに驚かれていたほどなので、ドレイクもまさか魔導師になれるとは思っていなかったのだろう。

 ドレイクにとってサイは初めての人族ヒュムノの魔導師だったわけだが、アツートの言う通り、前例がなければ法が敷かれるわけがない。

 しかしサイよりも前に魔法を使える人族ヒュムノが存在していたのならば、その存在を誰も知らない事はあまりにも不自然だ。

 重ねて古くから交流のあった魔導師の中でも英雄である、ドレイクの遺したサイという可能性すらも人族ヒュムノだからという理由で隠蔽していることでアツートの逆鱗に触れたようだ。

 とはいえこれ以上話を大きくしても多くの人々に迷惑を掛けるだけだとサイはアツートに延々説明し、何とか納得してもらうことは出来た。


「しかしまさか数奇な運命を辿っているものだ。よもやあれほど人族ヒュムノを嫌っていたフルークシ君がサイ君を保護するとは……」

「出来る事ならば僕はフルークシさんにはあまり僕の事を考えてほしくないんです。言うなればあの方が正真正銘ドレイクさんの弟子であり、天才として既に名のある方です。そんなフルークシさんが私を匿った事が原因で失脚するような事が起これば、それこそ私のせいで未来を奪った形になってしまいます」

「フルークシ君とも今度、会って話して見なければな……。彼は今何処にいるんだ?」

「今は帝都の司法部門に召喚されています。とてもではないですが会えるのは何節後になるか……」


 アツートとしては、是非ともフルークシともその心境の変化なども含めて話したかったところだが、今いるのは最も忙しいと言われる部門であるため、とてもではないが話をする時間など無い。

 アツート自身も名のある医者であるためこの国では引っ張りだこであり、今回サイと話せたことも奇跡に近い状況である以上、二人が直接話をすることは不可能だろう。

 そう言った複雑な事情の絡みも説明したことで、アツートも現状を理解してくれたのか一先ずこの事は口外しないと誓ってくれた。

 暫く話し込んでいたためか、その後は挨拶もそこそこにすぐに次の患者の元へと駆け足で去ってゆき、その話はそこで終わった。


『あの方がアツートさんですか。随分とサイさんの事で怒っていましたね』

『ああ、ドレイクさん……私の育ての親とも呼べる方との旧知の仲の方でして、僕の事も高く評価していたので……僕の現状の扱いに随分と腹を立てていたみたいです』

『現状の扱い? それについて私も教えていただいてもよろしいでしょうか?』


 アツートが去った後、ショテルがそう語り掛けてきた。

 ターゲットとしてのサイしか知らなかったショテルは、初めてサイの色々を聞く事になった。

 それは正に生い立ちから今のショテルと出会うまでの全てであり、その全てはショテルにとっても随分と衝撃的な内容だったようだ。

 だからこそショテルもアツート同様に怒りを顕にしていた。


『だったら尚更あの魔導師二人は何なんですか! 毎日来てはただサイさんを笑い者にするだけ。教える気配なんて微塵も無い』

『だとしても余計な混乱は避けるべきです。あの二人だけでしたら僕が適当に相手をしていれば済む話です』


 そうこうして二人で脳内で会話をしていたが、その内に件の魔導師二人がサイの元を訪れた。

 今日も大差ないどころか、次第にいびりはエスカレートしていき、直接の魔法による戦闘が頻繁に行われるようになっていた。

 無論サイはそこでもほぼ的役としての扱いであり、サイはただ魔法を受けては吹き飛ばされていただけだった。

 笑いながら魔法を放ってはサイが地面を転げるのを見て馬鹿にするだけ。

 そのとても訓練とは言えない内容に、ショテルは今にも飛び出しそうになったが、それよりも先に事件が起きた。

 サイ達の居た場所の少し離れた場所で、ボンッ! という大きな爆発音が響いた。

 流石にそれを聞いて笑っていた二人の顔もそれどころではない事を理解したのか笑みが失せ、音のした方へと急いで走ってゆく。


『サイさん! 今の音は?』

「分かりません。ですが僕達も急いで向かった方がいいでしょう。もしもあの音が講義で聞いていた内容と同じなら……」


 サイは不安を顔に浮かべたまま急いで立ち上がり、ショテルと共に魔導師達の後を追ってその方向へと駆けて行った。

 サイが不安そうな表情を浮かべていた理由は一つ。

 その音を聞くのはサイ自身初めてではあったが、以前にそう言う音がすることがあるということを聞いて知っていたからだ。

 爆発音の原因はそのまま何か爆発物を使用されたか、もう一つは老朽化した魔導機械メントマキアの爆発である。

 災害救助が主である魔導師の仕事として、老朽化した魔導機械メントマキアの爆発事故は最も多い死亡事故であることを覚えていたサイは、その音がそれではない事を願いつつも最悪の事態を想定して走ってゆく。


「誰か早く救急隊を呼んでくれ!!」

「誰でもいい! バケツを持って来てくれ!」

「こっちに怪我人がいるぞ!」


 正に阿鼻叫喚という言葉が当てはまる状況がサイ達の目の前に広がっていた。

 目の前にはごうごうと音を立てて燃えている巨大な炎があり、その前では沢山の人々が各々出来る事をしたり、怪我に慌てふためいている。

 炎の正体はサイの記憶が正しければ食堂だった場所であり、もしその通りであれば魔導機械メントマキアの爆発事故が目の前で起きた事となる。

 そしてそのサイ達の目の前には同じように長ける炎を前にただ呆然と立ちすくむ魔導師二人の姿があった。


「何やってんだ!? あんたら魔法使いだろ!? 早く炎を消してくれ!!」

「む、無茶言うな! あんな炎、俺達でどうこうできるはずないだろ!?」


 一秒を争うその場で魔導師二人は焦りから語気の強くなっている一般人に気圧されており、相当パニックに陥っているようだ。


「一先ず火元の確認と鎮圧、怪我人の運送と応急処置をお願いします!」

「な、なんで人族ヒュムノなんかがそんなことを俺に……」

「そんなことはどうでもいいです! 今この場にいる魔導師はお二人だけなんです!」

「し、知るかよ! そんな風に言うならお前がやれよ! 俺達は知らないからな!」

「信じられねぇ……あいつら逃げやがった!」


 サイの的確な指示を聞いても尚、彼等は落ち着きを取り戻すことはなかった。

 それどころかサイの指示を聞いて何を思ったのか踵を返してその場から逃げ出してしまった。

 あまりの出来事にサイすら唖然としてしまったが、今はそんな事をしている場合でも、逃げた二人を追っている場合でもない。

 このままでは間違いなく逃げ遅れている人達が助かる見込みはない。


「誰か……誰か!! まだ中に私の子供が!」


 サイはほんの少しだけ色んな事を考えた。

 フルークシへの迷惑、自分の置かれている状況、そして違反を行った時の代償。

 だがそんな考えの全てはその言葉で吹き飛んだ。


「皆さん! 下がってください!」

「馬鹿! 君も離れろ! 君の主人は必ず助かるから!」


 サイはそう叫びながら燃え盛る炎の前まで飛び出していったが、サイが炎の中へ飛び込もうとしているように見えたからか、一般人によってその動きを止められた。

 しかし事情を説明している暇はどう見ても無く、説明したところで信じてはもらえないだろう。

 ならばとサイはそのまま精神を集中し、精神界メンタリカへ意識を集中させてゆく。


『火元はやはり一階の奥。あそこだけ火の魔素エレメンタルが集中している……。逃げ遅れている人は一人二人……恐らく十六人。出し惜しみ出来るような状況でもない。フルークシさん、すみません!』


 霊視を用いて中の状況を詳しく把握し、すぐさまサイは魔法陣を構築してゆく。


「|うねり並び建つ水柱の連鞭(デュオヴィ・サイシア・リュリヌ・パイチェン)!」


 サイが小さくそう口にすると、炎の周囲に複数の魔法陣が形成され、水柱が伸びた。

 その水柱は生えたかと思うとすぐさま炎の中へ入ってゆき、高温で一気に蒸発する水の音を立てながら中から次々と怪我人を運び出し、炎から離れた地面の上へと並べてゆく。


「魔法使いだ! 魔法使いが来てくれたぞ!」


 その光景を見て、誰もが口々にそう言い、魔法使いの到着を喜んでいた。

 その間もサイは何本ものうねる水柱を全て器用に操作してゆき、中に見えた生存者を次々と救出し、余った水柱から次々と火元である爆発した魔導機械メントマキアへと押し当ててゆく。

 遂に全員を火元から引き離し、全ての水柱を火元の消火に費やせるようになると、サイはすぐさま多重視ダブルマインドに切り替えて怪我人の方へと走っていった。


「酷い状態だ……。すぐに病院に運び込むぞ!」

「待ってください! 火傷が酷過ぎて致命傷に近い人もいます。今すぐにここで応急処置だけさせて下さい!」

「応急処置なんて誰がするんだ!? 救助してくれた魔導師の姿も見当たらないのに!」

「僕です! 説明している暇はありません! 誰か体力に自信のある方は僕に協力してください!」

「待て待て! 君があの魔法を使ったっていうのか? どうやって!?」


 怪我人の中でも特に火傷が酷い者の横に座り込み、サイはそう叫んだ。

 サイの言葉は全くもって信用できないため、近くにいた一人の男性がそう言いながらサイの元に近寄ってきたが、文字通りそれを説明している暇はない。

 近寄ってきた男性の胸にサイは手を当て、もう一方の手を怪我人の上に伸ばし、今一度多重視ダブルマインドを止め、水柱の詠唱も止めて精神を精神界メンタリカに集中させる。

 サイが何をしているのか理解できない男性はサイの手を掴み、サイに話し掛けようとしたが、それよりも先にサイの魔法陣の方が完成した。


極み至る寵愛の癒しデル・エンテ・ヒルフィ!」


 サイの両の掌が若草色の光を放ち、魔法陣を形成した。

 発動さえしてしまえば魔法陣は魔導師以外にも見えるため、それを見せてサイが魔法を使える証拠とするつもりだったため、すぐさま魔法の詠唱を行ったのだ。


「この光……まさか本当に君が?」

「了承も無く生命力を分けて頂く事、先に謝罪致します。ですが一分一秒を争う時です。何もかもが一段落するまでご助力をお願いします!」


 振りほどこうとしていたサイの手を見て男性は動きを止め、サイの言葉への返事は行動で返した。

 サイの発動した魔法は他人の生命力を借り、瀕死の重傷を負った者を回復させる魔法である。

 治癒魔法の能力は自然治癒力の向上であるため、怪我人に対しては使える限度がある。

 そのため重傷者の救護は治癒魔法に精通した魔導師でなければ行えない。

 重傷者の治癒を行うには幾つかの方法があり、その中でも最も多いのが自身の生命力を分け与える魔法と、第三者から生命力を分けてもらう魔法である。

 自身の生命力を分け与える魔法であれば、多少詠唱が楽ではあるが、使用者の体力を消耗するため使用できる時間や回数に限度がある。

 これよりももっと多くの治療を可能にするのが第三者の生命力を分け与えてもらう魔法だが、この魔法は自身の生命力を分け与える魔法に比べると難易度が数倍に跳ね上がる。

 他者の生命力の状況を把握し、その生命力を自身の体内で患者の肉体を治癒するために適した状態へ変換し、対象者の肉体の状況を把握しながら治癒力を与えてゆくという三段階があるため、使用するためには相当の集中力と修練が必要となる。

 これらの一つでもずれれば生命力を貰う者が衰弱死したり、自身の魔力状況の異常が発生して氏に至ったり、対象者が亡くなったりとどれも誰かが死に直結する程繊細な作業だ。

 だが、サイはずっと前から治癒魔法に関してだけは独学での勉強を続けており、何時どんな時に急病人が発生しても対応できるように研鑽し続けていた。

 もうドレイクを死なせた時のような無力感を味わいたくない、悲しみを経験させたくないという一心で……。

 その甲斐もあり、サイの使う魔法の精度とその効率は驚くほどに良く、一人の患者を治療し終わってもそのまま連続して同じ提供者から生命力を借りて魔法を詠唱し続けられるほどだった。

 素早く、しかし細心の注意を払って治療を続け、三十分と経たない内に意識を失っている程の大怪我を負った者達を全て治療しきった。


「これで……一先ず窮地は脱したかと思います。後は魔導師の方にお任せしましょう」

「何と感謝したらいいか……! 君のおかげで……本当にありがとう!」


 流石のサイもものの数十分にも満たない間に全員の応急処置を行い、終わる頃には心身共に疲れ果ててフラフラとしていた。

 周囲にいたその火事に巻き込まれた怪我人の知り合い達は、口々に涙を浮かべながらサイの英断に心からの感謝を送っていたが、サイとしてはそれどころではない。

 立ち上がるのもまだ厳しい状態ではあったが、サイはそのままその場にいるわけにはいかない。


「申し訳ありません……。もしもこの事を救護隊の方々に聞かれたとしても、決して僕が行ったとは口にしないでください」

「な、何故だ!? 君がいなければ絶対に皆助からなかった! 感謝してもしきれないというのに!」

「本来僕は魔法を使用していい立場ではありません。無論この事実が知れれば、私の主人の立場が危うくなりますし、恐らく僕も殺処分となります。ですのでどうかご内密にお願いします」


 サイはフラフラと立ち上がりながらそうサイに感謝する人達に告げる。

 その理由を聞いて彼等は驚愕の表情を浮かべていたが、恩人を裏切るわけにはいかないと皆、何か言いたげな表情ではあったが理解してくれた。

 それを見届けるとサイはすぐにその場を離れ、途中からショテルに肩を貸してもらって屋敷へと風の如く消え去った。


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