魔導師として 31
闘技場の周囲には大きな柱が幾つも立っており、それがぐるりと輪になっている。
その柱は魔法の影響を無力化する魔道具であり、魔法による決闘や魔法の実験を行う際に用いられる道具だ。
「ほう、怖じ気づいて来ないかと思ったが、来たようだな。聞いていたよりは根性がありそうだな人族という奴は」
「あの時は返事を聞いていませんでしたので改めてお聞かせください。この勝負、僕が勝ったのであればプロデジュムさんへの評価と言葉、きちんと訂正してください」
「もしも勝てたのならな。勝った気でいるのなら死んでも恨むなよ?」
円形に組まれた空間の中央に仁王立ちで待っていたプロデジュムの兄の元へサイが歩いてゆき、言葉を交わす。
互いに挑発的な口調なのは変わらず、ピリピリとした空気がなおも漂っているが、サイは一切物怖じしない。
「マリエント講師、聞いた通りだ。決闘をさせてもらうぞ」
「ご自由に。リディキュルに喧嘩を売るような命知らずは誰かと思えば噂の人族だったのね。可哀想に」
マリエントと呼ばれた講師は退屈そうに答えると、少し離れた壁に寄りかかっただけで特に止める様子もない。
プロデジュムの兄、リディキュルはそれを聞いて一つ小さく笑うとサイの方へ向き直した。
「消し炭にしてやるよ。尊大なる雷の槍!」
「|歪み弾く銀鏡の盾(デュオヴィ・サイシア・ディディロ・ディシル)!」
言うが早いか、リディキュルはあっという間に巨大な魔法陣を構築し、数メートルはある巨大な雷撃を打ち出した。
しかしそれと同じか上回る速さでサイも魔法陣を構築し、その雷の前にボウルのように前に大きく湾曲した鏡状の盾を作り出す。
するとその盾に雷が触れた瞬間、四方八方へ散り散りになりながら雷は跳ね返り、弾けて周囲の装置の影響で消えた。
「まぐれだ……でなきゃ防ぎようがねぇ。だったらこれだ、防ぎようがなければ関係無いからな! 強大なる光片の茨!」
リディキュルは今度は喋りながら魔法陣を構築してゆき、完成するとほぼ同時に発動させた。
魔法陣から無数の光が破片のように浮かび上がり、その破片が目にも留まらぬ速さで一帯の地面に突き刺さってゆく。
今度はサイからは詠唱の声は聞こえていなかったため、リディキュルは勝利を確信していたが、その光の破片が生えている一体の中央には黒い球体がぽつんと残っていた。
「光魔法を使うのはいくら何でも危険すぎるでしょう? 念のため闇魔法の魔法を僕が覚えていなければ死んでいましたよ?」
「……!? 何で普通に人族如きが深淵なる夜闇の帳なんて上等な魔法を使えてんだよ! つーかお前! それは禁術だろ!」
「あなたこそ使用制限のある禁術を当然のように他人に向けて使用しましたよね? こちらだけを咎めるのはおかしな話です」
「俺とお前はそもそもの立場が違うだろう!? 俺は将来この世界を率いる魔導師となる存在だ。この程度の魔法は使えなければならない! だが! お前は禁術を使えるということは、他者を攻撃する可能性のある危険な存在だということだ!」
「攻撃しませんよ。僕はあなたの攻撃を全て防ぎきるつもりです。あなたが降参するまで永遠にあなたの攻撃を防ぎ続けます」
リディキュルの言葉を聞いてマリエントも動き出そうとしていたが、サイの言葉で二人の動きが止まった。
魔導師の決闘とは互いの魔法のぶつけ合いであるため、時としては命を落とすこともある。
そのため基本的に防御不可能な上級魔法に位置する魔法は決闘での使用は絶対的に禁止されている。
本来ならば攻撃で使用したリディキュルが咎められる立場であるはずだが、マリエントは完全にサイの方へ向かおうとしていた。
しかし、本当に言葉通り攻撃を行わないのであれば話は変わってくる。
「攻撃しないからどうにかなるとでも? 禁術を使えること自体が違法だ!」
「しないではなく、覚えていません。防御魔法と回復魔法を優先して覚えているのでまだ災害救助等もできませんよ。それに違法云々の話を言うならば、既に僕がここにいる時点で違法です」
「ああ言えばこう言いやがる! いいだろう! 防ぎきれるものなら防ぎきってみやがれ!」
至って冷静なまま喋り続けるサイに対して、リディキュルは明らかに怒りに打ち震え、思考が単調になっている。
結局止めに入ろうとしたマリエントの存在も無視して、リディキュルは魔法による攻撃を再開した。
轟音が鳴り響き、土埃と様々な魔法が常に視界を遮る中、結局サイは本当に一度も攻撃せずに十五分もの間、その猛攻を全て耐え凌いだどころか息一つ乱していなかった。
対するリディキュルは無茶な魔法の連発で既に精神疲弊が色濃く顔に出ており、随分とふらふらになっている。
「それ以上は無理でしょう。さあ、プロデジュムさんのお兄さん。プロデジュムさんに謝ってください」
「ふざけんな……! 誰がそんなこと死んでもやるもんか!」
余力も無くなり、魔法を唱えることができなくなったリディキュルにサイはそう告げたが、リディキュルも決してその意思を変えようとはしない。
その後は結局、リディキュルの取り巻きが彼を担いで運動場を後にし、プロデジュムが謝られることはなかった。
「申し訳ありません。プロデジュムさん。お兄さんに今のあなたを認めてもらうつもりだったのですが」
「そんなことはどうでもいい! 何故君はあんな無茶な事をしたんだ!?」
運動場の隅にいたプロデジュムとムターシャの元にサイが戻ると、サイの言葉を遮るようにしてプロデジュムはサイの肩を両手で掴んで取り乱しながら言い放った。
プロデジュムからしてみれば、今目の前で起こった事には二つの恐ろしさがあった。
一つは兄という絶対的な存在への反逆。
幼い頃よりプロデジュムは、リディキュルよりも劣る存在として家族からも兄からも、そして一族ぐるみで仲の良かった者達にも差別されていた。
故にプロデジュムの心の中には絶対に兄には敵わないという意識が根付いており、その兄を怒らせるような事をしてはならないと考えていた。
そしてもう一つはサイが自分から誰かを挑発したことへの恐怖だった。
プロデジュムの知るサイは、この学園で皆に虐げられつつも優しく謙虚で、そして決して折れない強靭さも持つある意味でのプロデジュムの理想のような存在だった。
だが、事件が起きて以降、プロデジュムの中にあったサイの理想像は少しずつ壊れてゆく。
優しさや謙虚さは変わらないものの、サイを敵視する者への対応が明らかに変わっていたのだ。
倒れる前であれば決して事を荒げずに解決していたが、ここ最近はサイに誰かが突っ掛かってきたのであれば、サイは必ず相手の言い掛かりを訂正させるようになった。
それも必ずサイは手を出さず、相手の言い掛かりを全て正面から撥ね退けて、口にした言葉を相手が訂正せざるを得ないように仕向けるのだ。
前からあったドレイクの名を口にした時だけサイの対応が変わっていた理由が何となくは分かりつつも、その自分の命を投げうって行うような異質な抵抗の仕方が恐ろしくて仕方がないのだ。
今のサイはドレイクの意思を完遂するための道具のように見え、その瞳に説明できない恐怖を感じる。
「プロデジュムさんの恐怖は分かります。逆らわなければ自分の安寧を守ることができますから。事実、僕もそうして何も感じないようになりました。でも、その恐怖に打ち勝たなければ自分の守りたいものや守りたい人、守りたい思いを守ることはできません。僕は今、ドレイクさんとの掛け替えのない約束を守るために立ち向かっています。だからプロデジュムさん、もしも僕が成し遂げることができたなら、プロデジュムさんも約束して下さい。あなたにとって決して譲ることのできない大切な思いを守り抜くと」
怯えるプロデジュムにサイはそう言葉を投げかけた。
その言葉を聞いて、プロデジュムはようやくサイという存在がこれほど気になり、そして今の行動が恐ろしかったのかが分かった。
プロデジュムは何処か自分の姿をサイに重ねていたのだろう。
プロデジュムからしてみれば似た境遇を持ち、銘家に生まれながらにして蔑まれ、疎まれたその姿はまさに今の自分自身に思えた。
だからこそサイが歯向かえば、その行く末は自分も同じになる。
そう思ったからこそ、その結末を見ることに恐怖を覚えていたのだろう。
心の中で燻ぶる反骨心がもたらす結果が分かってしまえば、自分の感情など無意味なのだと知ってしまう。
悪い方向へと考えるからこそ、願わくばその結末を見たくないと無意識に考えていたのだろう。
だからこそプロデジュムはサイに安易に決闘を受けてほしくなかったが、残念ながらそううまくはいかなかった。
リディキュルがサイとの魔法勝負に事実上負けたという噂はあっという間に広がり、人族を快く思っていない上級学位生と講師陣からはすぐさま目の敵にされた。
以前フルークシが行っていたような陰湿な人族弄りが始まり、休みともなれば誰かがサイに決闘を申し込む。
だが唯一昔と違う所は、サイにはそれに対抗できるだけの知識と常識と力が付いたということ。
人族弄りには全面的にサイが謝って怒りすら見せず、講義内でのサイへのみ出される講義範囲外の問題には、予めサイが予想して学んでおいた範囲から回答し、何が何でもドレイクの評価を落とさない事に尽力し続け、決闘にはその有り余るほどの精神力を用いて全ての攻撃を耐え続けるという、ある意味で一番心技体全てが鍛えられるような生活が始まった。
中級学位までとは違い、また下級学位の頃に戻ったように周りは敵だらけになり、必死に周囲に追いつくために鍛えていた頃のように衰えた身体を鍛え、決して見下されないようにするために先を行くための知識を集め続ける。
だがこちらも今までとは一つ違う。
初めは悩んでいたプロデジュムも、二週間も同じような日々が続いてもサイはただの一度も負けなかったからだろうか、遂にサイを後押しするようになってくれた。
そしてサイとプロデジュム、ムターシャの三人で教え合いながら勉強する日々が続いていた。
「お前ら本当に仲良いな。どうせ数節もすりゃあ忘れるってのに」
「アルベルトだったか? 君は何故皮肉は言っても私達の妨害をしないんだ?」
「そりゃあ勿論、面倒だからだ。あいつらみたいなエリート志向の奴等に目の敵にされるのも嫌だし、お前らみたいな団結力のある馬鹿から恨みも買いたくない。俺は馬鹿にも天才にもなれん凡人だからな」
ある日、アルベルトが不意にそんな言葉を投げかけてきた。
いつも通り皮肉に満ちた小馬鹿にしたような声だったが、彼が馬鹿にはしても決してサイ達の勉強を直接邪魔をするようなことはしない事が気になり、プロデジュムが聞き返した。
曰くアルベルトは既にこの学園で三周節以上勉強をし続けているのだという。
ならば不出来だったのかというとそういうわけでもなく、成績は常に中の上ほど。
頑張ろうと思えばもっと早く昇級することもできたはずなのだが、彼はただのらりくらりと生き続けているらしい。
「正直さ、俺も馬鹿みたいに頑張ってた時期もあった。でもな、そんな奴が気に喰わない奴もいるんだ。それで一度俺は退学寸前まで追い込まれてね。それ以来何もかもが面倒になった。いずれは俺もこの学園を卒業しなくちゃならないし、そうなればまた慣れない環境で他人の目を気にしながら自分の居場所を作らないといけなくなる。そういう世間だとかの風評を受けたくないんだよ。良い方にも悪い方にも。だから俺は頑張らずに生きると決めた。ただそんだけだ」
「多分、アルベルトさんの言葉は嘘ですね。本当に頑張らないと決めたのなら、わざわざ僕やプロデジュムさん達に憎まれ口を叩く必要はありませんから」
アルベルトは読んでいた本を軽く閉じてそう答えたが、その言葉を何故かサイが少しだけ微笑みながら否定する。
サイの笑顔を見るとアルベルトはどうだかね。と天井に向かって答え、その日はそれ以上絡んでくるようなことはなかった。
上級学位になってからしばらく時間が経った頃、サイはようやく生徒達を見ていてある事に気が付いた。
皆、自分が銘家の出であることは語りつつも、あまり家族の事について触れないということだ。
サイにとっては本当の両親を知らないため、唯一の親代わりであるドレイクはとても大切な人であり、とても尊敬している人だ。
他の魔導師達とも時折、そういう話をするが、プロデジュムやムターシャでさえあまり親の事を話したがらない。
「プロデジュムさん。もし、差し支えなければプロデジュムさんの家族の事を聞いてみたいです」
「……兄上を見てもらえれば分かる通りだ。私にとって一族の名は重荷であり、家族にはあまり良い思い出がない。これ以上はあまり語りたくない」
「すみません。でも少しだけでも教えてくれてありがとうございます。因みにですけど、ムターシャさんの家族の事は……」
「私もあまり聞かれたくない。折角グリモワールに入れたし、トントン拍子に上級学位まで来たのにさ、『学年一位を取れたことはあったか?』だってさ。二流の家だか何だか知らないけど、私は素直に頑張っていることを褒めてほしかった」
「……そうですか。すみません。言いたくない事を聞いてしまって」
「別にサイが謝るようなことじゃないよ。ただ、ちょっと前までと違って魔導師のありがたみってものが変わったせいなのかさ、一流以外の家は名を上げるために必死になってるだけ。もう魔導師が無条件で崇められてた時代はとうの昔に終わってるってのに、胡坐書いてた親の尻拭いをするのが私達ってのは少し納得いかないけどね」
サイの問いに対して、プロデジュムもムターシャもやはり難色を示す。
しかしサイが謝ればムターシャは特に怒るでもなく、寧ろ自分達を責めていた。
元々、グリモワール学術院はより良き技術者を多く育てるための先進的な技術を学べる機関だ。
次の時代を担う人材を生み出すために最先端の設備が整っている以上、どうしてもその受講料はかなり高額となるため、一般的な市民では学術院へ行くための金額を支払うことができない。
それがいつしか財力と権力を持つ一部の富裕層は自身の子供をその学園に行かせることがステータスとなり、今では猫も杓子もグリモワールへと通わせようとする始末である。
そしてそれは人族の大侵攻が起きた頃は、所謂貴族に分類されるような家も一気に増えて随分と栄えたようだが、既に十周節以上大きな変化も起きていないこともあってか貴族のありがたみは薄れ、今にも形骸化しそうになっていた。
どんな者も一度手に入れた栄光を手放そうとはしない。
ましてや貴族として長くちやほやされていた一族ともあればそれは当然であり、既に飽和しかけていた無数の貴族は竜族という唯一王を筆頭にした統一国家に於いて、他に発言力のある者達というのは非常に面倒な存在であることこの上無い。
そして現在は政治の全権は魔導師が握っていると言っても過言ではないこともあり、既にその在り方に疑問を抱く者達も随分と増えていた。
叙任されて以降、各地の町々を各々の思うように支配してきたこともあり、今の時代は先人達の時代に比べると文明の発展も随分と遅くなってきていた。
そういった事態や世界を動かす者達の思惑もあり、少しずつ支配力のある者を減らそうとし始めていたためか、魔導師も含め、少しでも名のある家は生き残るために必死になっていた。
故に矢面に立たされることとなったのはプロデジュム達、今の時代を生きるその家の子息達である。
各々子供に託した思いは多種多様だと思われるが、その中でも魔導師だけは少しだけ異質になっていた。
武人は今もなお冒険家や警吏として方々で活躍の場が設けられているため廃れるようなことはないが、魔導師や技術者はそうはいかない。
彼等は研究者であり、研究から得られた結果を使えるのもまた生み出した種族だけであることが殆どであるため、一般人への恩恵が少ない。
その上魔導師は先の大戦の功績から取り沙汰されていたということもあり、その没落の仕方も凄まじいものだ。
そしてそうはなるまいと必死になるあまり、殆どの家が家の名を継続させることに執心するあまり、子を道具同然に扱っていた。
こういった様々な思惑の積み重ねが下級学位での吹き溜まりのような考え方をするようになる生徒を多く生み出している事態だとも知らずに。
そしてグリモワールには行ったものの、途中で退学し、家にも戻りたくないとなった若く技術力もないどっちつかずの魔導師が多くなり、魔導師全体の評価の低下に繋がるという悪循環が発生している。
これが魔導師が今抱えている一番大きな問題だろう。
アルベルトも例に漏れずそうなった魔導師の一人だった。
だがなまじ地頭があり、やる気を保ち続けられるだけの環境が無かったことが重なったのが、彼が掴みどころのない皮肉屋になった原因である。
流石にサイもそこまでは分かってはいなかったが、サイなりに彼の中に燻ぶり続けている小さな熱を見出したからこそ、サイは少しだけアルベルトと自分から友達になりたいと考えるようになっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
波乱とも呼べる忙しい日常を送りながらも、サイは今度こそ平穏無事な学園生活を送り続けられていた。
毎日の決闘も慣れてしまえば魔法を行使するいい実戦練習であり、計らずしもまたしてもサイを中心にして多くの者がめきめきと実力を付けてゆく。
だが今回ばかりはそこに友情が生まれるようなことはなかった。
リディキュルはあの後も決闘をちょくちょく挑みに来はしたものの、決して謝るようなこともせず、自身の負けも認めずにいたため、サイとの間に会話が生まれる事はなかった。
そのせいなのか、それとも皆自身に課せられた重荷に対するストレスの捌け口を探していただけなのか、残念ながら誰もサイに話し掛けず認めもせずに時が流れ、上級学位での二度目の昇級試験の日が訪れた。
上級学位での試験の概要は中級学位までと変わらず、基準点以上であればその点数に見合った階級まで飛んで昇級することとなる。
唯一中級学位と違う所があるとすれば、基準点以下があまりにも続くようであれば学位が降格させられることもあるといった所だろうか。
そんな中、きちんと級位を維持し続けているアルベルトはある意味一つの天才ではあるのだが、この日の試験も全力を出すことはなく、無難に実力を発揮していた。
『毎日毎日リディキュル共から喧嘩売られてそろそろ疲れたろ。そろそろ肩の力を抜かないとへたれるのはお前だぞ?』
アルベルトはそんなことを頭の中で考えながらサイの実技試験を見ていたが、結果は真逆だった。
この試験においてもサイは決して手を緩めるようなことはせず、自分の出せる最大限の力を発揮して学年でも上位を争えるほどの成績を叩き出した。
更に付け加えるならば、サイもプロデジュムもムターシャもリディキュルの成績を超えた。
「リディキュルさん。今度はきっちりと結果を残してみせました。これでもまだプロデジュムさんが落ちこぼれだとでも言うのですか?」
「……有り得ねぇ。……絶対に何かの間違いだ。こんな事が起きる訳がねぇ」
サイは成績表を見せつけ、更には現在三等上級学位であるリディキュルよりも上位の一等上級学位にまで一気に昇格した事実を思い知らせたが、それでも謝ることはなかった。
勿論プロデジュムもムターシャも昇級しており、二人は二等上級学位に昇級していた事実も告げたが、余程ショックだったのか突っ掛かってくるようなこともなく何処かへとふらふらと消えていった。
それを見てサイは少しだけ不満そうに口を尖らせたが、プロデジュムからしてみればもう十分答えは出ていたようなものだった。
絶対に越えられないと考えていた兄リディキュルの背中を軽々と越え、プロデジュム自身も実力を証明できたことに対して未だ実感が持てずにいたが、それは紛う事無き事実だ。
ムターシャも今までの自分から考えると信じられない速度で成長していることを実感しており、思わず口角が上がるほどだったが、それと同時に遂に全力を持って臨んだ試験で、同じように全力を出したサイとの間に生まれた差をひしひしと感じるようになっていた。
同じ量の努力をし、ようやく横に並び立てたと思っていたプロデジュムとムターシャの二人にとって、その事実はとても悔しかった。
サイに負けた事がではなく、サイよりも努力をすることができなかったことが悔しく、そしてもしもサイよりも先に卒業を迎えることができれば、なにかしらの譲歩を得られるのではないかと二人はひっそりと相談していたため、その計画も結局は夢と消えたという事実がただ悔しかった。
どうあってもサイを救うことは出来ないのだという事実が、サイに救われた自分達の人生で恩を返すことができない事が、悔やんでも悔やみきれなかった。




