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命の在り方  作者: けもにゃん
39/81

魔導師として 21

 学園祭の準備に剣術部での鍛錬に生徒同士での勉強会にと大忙しのサイに皆が心配になり始めた頃、方々で大きな変化が表れ始めた。

 一つ目は言わずもがな他の生徒の反応で、最近では突っかかる生徒の方が珍しいほどにまでなっていた。

 というのもこの学園祭の準備の間にサイは色んな生徒に話し掛けて回ったのだが、びっくりするほどサイは相手の趣味や性格を把握しているため大抵の生徒とよく話が合う。

 また生徒に対してはあまり物怖じせずに喋ることが出来るようになっていたためか、妙に卑屈になり過ぎていた事が気に喰わなかった生徒とも上手く会話が出来るようになっていたということもサイ自身の大きな変化だろう。

 そのためようやくサイは料理を得意とする生徒に、サイが考案した魔導師学部が出店するメニューの作り方を教えつつ、他の生徒が普段よく食べている物も聞いて『魔導師がよく食べるメニュー』として数品増やそうかと思案していた。

 料理担当はそんな感じで二十名弱を確保することができ、一週間の学園祭の間の交代制も十分に可能なように割り振りを考えることが出来る段階まで事が進んだ。

 また同時に魔法による不思議な給仕を練習していた生徒達の方も、簡単な魔法であるが故に全員の上達が目覚ましく、それぞれ得意とする配置の仕方はどれも特徴的で魔導師であるサイが見ても思わず声に出してしまうほどだった。

 そして勿論学園祭の練習だけではなく、いろいろな生徒の苦手な分野をサイが教える勉強会も継続しており、こちらに関しては全体的に成績が上がったものの、皆もうサイと一緒に勉強をすること自体が楽しくなっていたのか勉強会に出る生徒は増える一方だった。

 同時に教える側の生徒はサイだけではなく、プロデジュムや他の好成績の生徒達も率先して教えるようになり、既にサイの勉強会というよりは生徒達の自主学習会となっていた。

 既に学業に関しては大変な事はあれど辛いことはほとんど無くなっており、サイの日記が涙に濡れるようなことは無くなっていた。

 二つ目は剣術部、というよりは部長であるアグニのサイに対する態度だ。

 前回のサイの爆弾発言により、剣士達の予想を大幅に超えた二週間もの間アグニは公休を貰う事となった。

 その間は副部長を務めていた剣士が指示を出し、あまり問題も無くサイの鍛錬も行われていたのだが、問題はアグニが戻ってきてからである。

 部員達が全員揃っている時は今まで通り凛々しい態度で指示を出し、自身の模擬戦も以前と変わらない強さを発揮してみせたのだが、事ある毎にサイと二人きりになろうとしてくるようになってしまった。

 偶々サイが通常の鍛錬と軽い打ち合いを終わらせ、先に闘技場を去ろうとした時、一体どうやったのか先程まで闘技場内に居たはずのアグニが通路でサイを待ち構えていたりしたこともある。


「サ、サイ。お疲れ様……。そ、その! もしよければ今度の休み、私と一緒にちょっとお出かけでもしないか?」


 だが流石に一線を越えるようなことをするわけではなく、サイと二人きりの時だけは恐らく素の自分である女性らしい振る舞いをしたかったのだろう。

 とはいえ長い事自分が女性であることを否定するような生き方をしていたせいもあり、その振る舞いは何処と無くぎこちない。


「お誘いありがとうございます。ですが残念ながら学園祭が終わるまではちょっと予定が詰まってまして……」

「そうなのか!? そうなのか……」

「ごめんなさい。終わった後で良ければ是非お供させていただきたいです」

「本当だな!? 約束したからな! ち、因みに何処に行きたい!? 美味しい菓子のお店や魔法道具店なんかも結構詳しいぞ!」


 サイの言葉に反応する様子はまるで百面相のようで、心の底からしょんぼりしたかと思うと目を見開いて驚愕の表情を浮かべ、子供のようにキラキラと目を輝かせた満面の笑みへと変わってゆく。


「甘い物がお好きなんですね!」

「本当は大好物! だが父上にあまりそういう女性らしい振る舞いは控えろと言われているので私の秘密の趣味だ!」

「……それは僕に言って大丈夫なんですか?」

「大丈夫だろう! サイは口が堅いだろうし!」

『実は既に皆にバレているとは教えにくいなぁ……』


 本人的には隠し通せているつもりのようだが、体格が良いどころか男性に勝るとも劣らないほど厳つい女性が尻尾を左右にブンブンと上機嫌に振りながらそういう可愛らしい店に入っていけば嫌でも目立つわけで、案の定本人の知らない場所で噂は広まっている。

 質実剛健を良しとし、普段から自他共に厳しく鍛え上げている彼女にそんな可愛らしい一面があるとは分かっていても聞く訳にはいかず、やんわりと伝えようとした結果付いたあだ名が『姉御』であるというのも本人のみが知らない。

 既に若干鼻息荒く尻尾をゆらゆらと揺らしながら話すアグニだが、サイはそれとは別に一つ気になった事があった。


「そういえば何故魔法道具店について詳しいのですか? 魔導師以外の方は無用の長物なので立ち入らないと伺っていたのですが」


 サイがアグニにそう聞くと先程までの興奮は何処へやら、急に動かしていた尻尾すら静かになり床にペタンと落ちる。

 静かに左右を見渡し、今一度サイ以外には誰も居ないことを確認すると、何とも言えない複雑な表情を見せてサイを見つめ直す。


「笑わないで聞いて欲しいのだが……。私は、本当は魔導師になりたかったんだ」

「そうだったんですね。でもどうしてですか?」

「逆に聞きたいのはサイはどうやって魔導師になれたんだ? 以前見た書籍には魔竜種マグネリア・ノーマ以外は精神界メンタリカを認識することができないから、そもそも魔導師の入り口に立つ事さえ許されないと書かれていた。だからこそ諦めもついたのだが、魔法が使えない筈の人族ヒュムノが魔導師学部に入ったという噂を聞いた時、私は心底驚いたし羨ましかった」

「そうですね……説明するのはとても難しいです。僕も勿論最初は精神界メンタリカを見ることは出来ませんでしたが、ある方が自分の見えている世界を僕に共有してくれたのが切欠で、毎日精神界メンタリカを認識するための努力を行い続けた結果、視ることが出来るようになりました」

「本当か!? それは一体誰だ!?」


 アグニにそう聞き返された時、サイは思わず一瞬言葉に詰まる。

 魔導師の場合、ドレイクの弟子がサイであると聞けば嫌な顔をする者の方が多かったため、どうしてもその記憶がサイの言葉を邪魔した、

 しかしサイが魔導師であることも肯定してくれたアグニならと考え、サイはゆっくりと口を開いた。


「ドレイク様……。僕の育ての親であり、魔導の師である方です」

「……そうか、すまない。失礼なことを聞いた」

「いいえ! ドレイク様の事を聞いていただけるのはとても嬉しいです。ドレイク様がいてくれたからこそ今の自分がありますし、自分が話すことで沢山の方にドレイク様を忘れずに頂けるので」

「そうか、サイはドレイク様の事を本当に寵愛していたんだな」


 サイの言葉を聞いてアグニは先程までの興奮した様子とは打って変わり、部活での鍛錬の時のように静かで穏やかな口調で語った。

 アグニがドレイクの名を知っていたのは勿論、ドレイクが先の人族ヒュムノの大侵攻を防いだ英雄として語り継がれているため、知らない者の方が少ない。

 とはいえ既にドレイクの名は英雄として語り継がれるのみで、他の六賢者と違い早々に隠居しだしたドレイクの実情を知る者が少ないことも事実。

 だからこそサイは色々な人にドレイクの名を、ドレイクという人物を伝えたかった。

 それこそがサイにとっての今生きる意味であり、それこそがサイであるとまで言い切れるほどだからだ。

 本当はそのまま一度魔動機械メントマキア研究会から進展があったため来てほしいと言われていたのだが、久し振りにドレイクの事を好きなように話せるため思わずその場で話し込んでしまう。

 ドレイクの事を語るサイの顔は本当に笑顔で、その時だけはサイが心の底から好きな事について話しているのだというのが表情を見るだけで分かる。

 だからこそアグニは少しだけ諦めたように笑った。


「羨ましいな。本当に……」

「そう言っていただけると私も嬉しいです。ドレイクさんがどれほど素晴らしい方かを……」

「それは勿論分かっている。だが私が羨ましいと言ったのは、お前が魔法を教えてもらった事だ」

「魔法を……ですか?」

「本来魔法を教えてはならない。なのに愛する子供同然であるサイに魔法を教えた。その思いはよく分かる。形は逆だが父上は家の名を継がせられる長男が生まれる事を望んでいたが、子にはなかなか恵まれず、このままではと焦るばかりでな……。父上の悩む顔を見たくなかった私は父上の申し出を受け入れた。父上も苦渋の決断だっただろう。大切に育ててくれた、愛してくれた、その娘に女として生きる道を捨てろと言った時の父上は恐ろしかった。そう言う父上がではなく、自分の心を殺してまでそう言うしかなかった悲しみに満ちた父上の表情が、今にも自分の首を切り落としそうに見えてしまってな……。だからこそ騎士として生きると決めた道に悔いはない。だがもし私にも自由が許されていたのなら、魔導師として少しでも勉強してみたいと考えたこともあったよ……」

「そういうことでしたら、もしかすると今度の学園祭で形は変わってしまうかもしれませんが、アグニさんの望みを叶えられるかもしれませんよ」


 淋しそうに語ったアグニは不思議そうにサイを見つめる。

 普通に考えればサイの言っている意味は分からない。

 普段研究レポートしか展示していない魔導師の学園祭会場に行ったところで、魔導師以外は楽しくも何ともないことをよく知っているからだ。


「今度の学園祭ですが、私と他の魔導師見習いの生徒達で魔導師のことが少しでも体験できるような飲食店を出店しようということになったんです。その中の一角に疑似的に魔法を誰でも唱える事の出来る魔導機械メントマキアを設置する予定ですので、一応『魔法を使う』ということは何方でも可能なんです」

「ほ、本当か!? そんなことが可能なのか!?」

「はい。僕の案を魔動機械メントマキア研究会の方々が作ってくれた魔動機械メントマキアです。本当はドレイクさんのような魔法を生み出したいのですけれど、今の僕にはまだそれだけの知識がありません。だからこれはドレイクさんの、そして僕自身の夢の第一歩なんです。是非アグニさんもいらしてください」

「勿論だ! 行かないわけがない! 他の奴等にも教えてやろう! 今日は悪いな、用もあっただろうに捕まえてしまって」

「いえ。とても有意義な時間が過ごせました。ただ、これ以上魔動機械メントマキア研究会の方々を待たせる訳にはいかないのでそちらへ向かいます」


 そう言って二人は元気な笑顔で別れた。

 その笑顔は心の底からの物であり、サイはドレイクが夢見ていた誰もが魔法を使える方法の第一歩を喜び、アグニは諦めていた魔導師と同じ体験が少しだけでもできることがとても嬉しかった。

 武術学部の棟を出た後、サイはすぐに機械科学部棟へ向かい、いつものように研究室を訪れる。

 既に機械科学部棟の生徒達にも見慣れた光景なのか、サイが前を歩くと軽い挨拶を交わしてくれる者も現れていたほどだ。


「すみません。お待たせしました」

「お、やっと来たか。今回の改修はかなり画期的だぜ。けどその前にニコロスがお前と話したい事があるってさ」


 研究室の戸を開けて中に入ると、機械の調整を行っていた部員の一人がサイに気付いてそう話してきた。

 部品の削り出しをしていたため加工室に入っていたニコロスを呼び出すと、サイの姿を見た途端に何故かむっとした表情を見せる。

 しかし特に怒っているという雰囲気ではなく、すぐに防具を外してからサイと一緒に研究室を出てゆき、研究棟の外まで無言のまま歩いてゆく。


「どうされたんですか? ニコロスさん」

「……正直言うかどうかかなり悩んだけどな、やっぱりお前に伝えておきたいって考えた。だからもうちょい付き合ってくれ」


 サイの問いかけに対してニコロスは表情とは裏腹に普通の調子で言葉を返す。

 しかしここでは話せないのか返答の内容はあまり具体的ではなく、何かを伝えたいという事だけが分かる内容だった。

 そのまま人気の無い研究棟裏の日陰まで歩いてゆくとニコロスは立ち止まってサイの方へ振り返った。


「ここなら誰にも見られないな」

「見られない?」


 ニコロスはそう言うといつも後ろ側で纏めている頭髪を解いてゆき、結んでいた髪留めを手に持つと、その髪束の中から細く長い耳が二本すっくと持ち上がり直立する。

 その耳はウサギのそれと同じ、細く長いカラーの花のように立ち上がってサイの方へと向く。


「見ての通り、俺は小技竜種ファネイト・リトラシアじゃない。というかそもそも技竜種ファネイトですらない。小耳竜種ラビラント・リトラシアだ」

「……凄く大きな耳ですね。初めて見ました」

「そうなのか? 石投げりゃ当たる位にはそこら中にいる種族だけどな。まあ、それこそ殆どが農家か荷運びだけどな」


 ニコロスはそう言いながら自分の長い耳を優しくマッサージするように根元を揉みながら話したが、サイの居た町には耳竜種ラビラントはいなかったためその容姿にはかなり驚いたようだ。

 耳竜種ラビラントという種族は全身が体毛に覆われていて種全体が比較的に身長が低く、顔と同じかそれ以上の長さを持つ長い耳が特徴的で、ウサギ同様小さな音も良く聞こえるため荷運び屋や農家として生きている者がほとんどだ。

 それ以外の耳竜種ラビラントも基本的には冒険家レンジャー斥候スカウトだったり、要人の護衛だったりとその耳を役に立てることのできる職に就いている者がほとんどである。

 同様に技竜種ファネイトは短い体毛が生えており、短い爪と器用な手指、種族全体を通して論理的な思考を重んずる種族であるため大半が科学者や技師、薬剤師として職に就いている。

 もっと言えば技竜種ファネイトの商人は間々居れど、耳竜種ラビラントの技師は只の一人も居ない。


「俺は自分の生まれた村じゃ異端児で、分かりもしない機械マキアを分解してる変人とよく言われたよ。それでも俺は機械マキアに興味を持ったんだ。どんな風に出来てて、どういう仕組みで動いてて、どういう理屈で作り出されたのか……技竜種ファネイトなら文句一つ言われずに疑問に思えることが、耳竜種おれがやったら異端児扱い。正直ムカついたし見返してやりたかったってのも動機の一つだったが、単純に俺は機械マキアを作るのが好きだったんだ。その内、有り合わせの機械マキアの修理じゃ満足できなくなってな、自分で一から作りたいって思うようになった。そうなったら後は早かったよ。猛反発された家を出て、別の町へ移動して、そこで町一番の技師に土下座して弟子入りさせてもらって……。後は血の滲むような努力を続けてなんとか特待生の枠に食い込んで、やっと俺はこの場に来れたんだ! 技竜種ファネイトですら憧れるこの学園に! ……なのに久し振りに実家に帰ったら俺はもう死んだことにされてた」

「そんな……」

「だろ? お前も俺と同じ謂わば異端児。なのにお前はあっちへこっちへ楽しそうに勉強してたから初めは羨ましかったし、尊敬してた。俺とは違って本当にすげぇ奴だって周りからも認められたのに……認められたってのにお前は自分の事になるとすぐに卑屈になりやがる! なんでなんだ!?」

「……本当は人族ヒュムノは魔導師になってはなりません。これは法によって定められた規則です。なのに僕はドレイクさんが褒めてくれた事が嬉しくて、直向きに魔法を勉強していました。ドレイクさんが倒れてからはドレイクさんを治療するために、中級魔導師の資格を持っていなければ使ってはいけない構築式の使用や、新しい魔法構築式の作成も沢山行ってきました。本当は僕は忌むべき存在なのだと同じ学徒ではない、既にきちんとした資格を持ち、魔導師を育む存在である魔導師達を見ていれば嫌でも分かります。でも僕がこの学園で認められなければ、僕を信用してくれたドレイクさんの評価を傷付けてしまうことになるんです。だからこそこの学園にいる間は、私は魔導師の望む人族ヒュムノであり続けながらも、ドレイクさんの望んだ弟子でもあり続けなければならないんです。それさえ済めば僕は用済みだということもよく分かっています。だから今だけが、この学園にいる間が僕の人生の全てなんです」

「説明になってねぇよ。だったらなんであの時、お前は知りもしない生徒を庇ったんだ?」

「……理由は僕にも分かりません。ですが、例えどんな竜族ドラゴスであったとしても、僕は望む人がいるならばその人の望む通りの存在でなければならない……そう無意識に考えてしまうんです。ごめんなさい」

「結局はお前も俺と同じで呪われてるってことか」


 サイの静かな返事を聞くと、ニコロスは長い耳をまたぺたりと毛束の中へと仕舞い込み、紐で髪をしっかりと結んでゆく。


「お前も思ったはずだ。『もしも今の自分とは違う自分に生まれられたなら』そんな叶いもしない願いを何度も何度もな……。実際俺もそうだったし、叶わないと分かっているからこそ足掻きたいと考えた。そのために俺は自分を捨てた。体毛も毎日短く切り揃えて、耳も髪の中に隠して、種族の事もこの学園じゃひた隠しにしてる。でもな、俺は何時か必ずこの呪いを希望に変えてみせる。俺がこの学園を卒業して、デカい研究機関とかに属すればな、俺は異端児から『世界で初の技竜種ファネイトではない高名な技師』になれるんだ! そうすればもう後ろ指を指されることもない! 他に俺と同じような想いを抱えながら諦めて生きてる奴等の背中を押してやれるんだよ! お前だってそうなんだよ! 法がなんだ! なっちまえばお前の勝ちなんだよ! 俺だって人族ヒュムノがどんな種族かのレッテルなんて知ってる! 何が狡猾で残忍な性質だ! 今じゃ人族ヒュムノ竜族ドラゴスの数と大差無いぐらい増えてるってのにそんなアホみたいな話信じてる奴なんざもう今じゃ魔竜種マグネリアぐらいなんだよ! アイツらがそんな古い考えを捨て去るしかなくなるんだ! お前が世界を変えちまえ!」


 ニコロスの言葉は感情の昂りのせいでかなり荒っぽく、聞く者が聞けば怒鳴り散らしているようにしか聞こえない。

 だがサイの心は怯えではなく、体の奥から熱くなるような感覚で満たされてゆき、その熱が鼓動を逸らせていたのがよく分かった。

 その時初めてサイの心の中に『ドレイクのため』以外の感情が沸き上がった。

 ドレイクの為に生きると決めていたはずのサイの心の中にようやく自分がやりたい事という明確な夢が、この学園での生活と今までの経験から明確に纏まってゆく。


「誰でも……誰でも魔導師になれる世界を作りたいです。その時にもしも僕がそんな人達の支えになれるのなら、この身を捧げても構いません。勿論それは人族ヒュムノだろうと竜族ドラゴスだろうと分け隔てなく、魔導師になれる世界の為なら……」


 サイの顔は僅かに微笑むように口角が上がっていた。

 しかしそれは今までのような愛想笑いではなく、まだ見えない未来を見ようとして想像と興奮から自然と沸き上がった笑顔だ。

 ニコロスもその顔を見たかったのか、にかっと笑ってサイに右手を差し出した。


「言えるんじゃねぇか。お前のやりたい事。だったら似た者同士、この世界を変えちまおうぜ!」

「出来るんでしょうか?」

「俺に聞くんじゃねぇ! やるんだろ!?」

「……やってみます!」


 そう言って握り合った手は興奮のせいなのかそれとも熱くなった体のせいなのか、どちらにしろサイにもニコロスにもとても熱く感じられた。

 サイとニコロス、二人の異端者がそれぞれの夢を熱く語った後、己を認めさせるべく望んでいる一つ目の改革へと進むための第一歩である簡易魔法構築機イスタ・エスペリアルマキアの大きな変更点と今後の予定について語るために研究室へと戻った。

 勿論二人が話した内容は二人だけの秘密であり、誰にも語るつもりはなかったが、戻ってきたサイとニコロスの雰囲気が悪いものではなかったため他の部員達も安心して説明に移ることができた。

 今回の大きな変更点は様々あり、元々話し合いで見つかっていたものから部員達が気付いて改修した場所まで様々である。

 一つ目はサイが構築式を書き込んだレンズの部分。

 この部分はサイのように魔法をある程度知っている者であれば好きなように書き込むことが出来るが、全くの無知の者からすればただの触ると光るレンズでしかない。

 そのためレンズに構築式をなぞりやすいように予め黒い色で線を入れ、その通りになぞれば構築式として完成するように変更された。

 またその変更の際にもう一つ大きく変更されたのが、魔導師でない者は当然ながら真円を簡単に描いてみせることは出来ないという事にも気が付き、レンズの外周がそのまま構築式の円を描くように変更され、それに伴ってサイが考案していた機械マキア用の構築式も単純な線形だけでなぞれるように変更されてレンズへと組み込まれる。

 二つ目が魔法を発動するために使っていた魔石の変更。

 今まで使用していた魔石はどのような魔法にも対応するために特定の色を持たない霊晶石を使用していたが、レンズの変更に伴い発動する魔法を一つの属性に絞るため、必要な魔石も火属性メルパであれば炎晶石、水属性リュリヌであれば水晶石という風に変更することができ、大幅なコストダウンが可能となった。

 またそれに伴いレンズと魔石のソケットを交換可能にして様々な魔法へ即座に対応可能な拡張性と汎用性まで獲得した。

 三つ目になんと恐ろしいことに既に寝る間も惜しんで作成した部員達の努力により、既に簡易魔法構築機イスタ・エスペリアルマキアは一台の試作機だけではなく、誰が触っても問題無いように再設計された物が三台作成されているとのことだった。

 この調子で組み立てていければ学園祭までには六台確保することができ、基本属性分を二台ずつ準備することが出来る計算となる。

 その報告はサイにとっても嬉しい誤算であり、借りる部屋の兼ね合いでどのように装置やテーブルを確保するのか考えていたため、六台分のスペースを確保するように部屋の割り方を再度試算することが出来るようになった。

 因みに今回の学園祭で借りることとなった部屋は魔導学部が利用している食堂となった。

 元々は大講義室が予定されていたのだが、火を使う事とそれだけの設備や食材、食器等を確保、管理しなければならないため許可を取って食堂を利用させてもらう事となった。

 それに伴って研究レポートが設置される部屋は流石に食堂にするわけにはいかず、隣の小講義室を借り、そちらに展示することとなる。

 無論、魔導研究会の部員達からはかなり反発されたが、サイがそのレポートを全て把握して説明できるようにし、必要があればそのレポートの作者を呼ぶ添乗員代わりを行う事を条件にして了承してもらうことができた。

 そうでなければ学園祭の前半、多くの魔導師が足を運ぶ時は自身の作成したレポートに張り付いておかなければならないため、その手間が省けるのならと考えたようだ。


「大体大きい部分はそんな感じかな。後は変換効率だったり、部品の変更だったり、外装の調整だったりとかだからサイにはあんまり関わってこない所になるな」

「いえいえ。まさかここまで僕が期待していた以上の物を作っていただけるとは思いませんでした」

「そいつは嬉しいね。何日か徹夜した甲斐があったよ」

「ありがとうございます。是非学園祭の折は皆さんもいらしてください」

「そうさせてもらうかな。折角魔法使い達が面白い事やってるって学園中で話題になり始めたのに、俺達機械科学部は相も変わらず発明品の展示と薬品の研究レポートの展示だけ。こんなんだから魔法使いにいつまで経っても肩を並べることができないんだよ」


 部員達はそう言ってやれやれと首を横に振って笑っていた。

 サイにとっては機械科学部の発明品やレポートの展示会にも興味があったが、魔導師同様普通の人々には興味など沸かない代物であるため、今節も機械科学部の努力や機械マキアへの理解は期待できないだろう。

 一先ずサイへの報告や認識合わせが完了したこともあり、それから暫くは残りの台数の作成に取り掛かることとなり、暫くは魔導機械メントマキア研究会も忙しくなるのでサイが寄る理由も無くなった。

 魔導機械メントマキア研究会の面々ともその後すぐに別れ、サイの抱えているもう一つの問題として出店する店のあれこれを考えてゆくこととなる。

 生徒達の練度は料理班も給仕班も大きな問題は発生しておらず、順調そのものだったためサイはここでもう一つの問題を考え始める。

 問題とは食材の確保と値段設定だ。

 サイも料理をしたことはあれど、それを他人へ売ったり一度に何百食と作ることは経験がない。

 ましてや外食などした事のないサイにとって値段設定はほぼ未知の領域だ。

 周囲の生徒達に一般的な値段を聞きながら良心的な値段を設定してゆき、こっそりと交流を行っていた経済学部の生徒に出店した場合の一日の予想人数の平均と必要な食材量を計算してもらい、本格的に準備が始まってゆく。


「そういえば、給仕なんだろ? 服とかは変えなくていいのか?」

「はい、そのままで大丈夫です。通常の給仕だったら格好を変えるべきですが、魔導学部の制服であればいかにも魔導師らしい恰好であるため興味を持っていただけますので」

「ふ~ん。そういうもんなのか」


 サイ達が当日に着る服装について聞かれたが、あくまで彼等は只の給仕ではなく、『魔法使い』の給仕であるためそちらを優先することにし、紺を基調とした正に魔導師らしい恰好となっているためそのままとすることにした。

 そうして誰もが今までとは違う学園祭に期待を馳せている内に、あっという間に学園祭の日が訪れる。


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