魔導師として 18
剣術部での出来事から数週間後、サイはその後も剣術部へと足しげく通った甲斐もあり、正式に剣術部への入部が認められた。
時を同じくして魔導師学部での通常講義に関しても、これまでのようにサイは望まれる限り謙虚ではあり続けたが、講師によってはサイが好成績を残すことを讃頌していたこともあったため、中級学位からの知り合いとなった生徒達からも次第に一目置かれるような存在へと変わっていた。
講義によってはサイの成績が芳しくないように見えるためか、次第に勉強会のように互いに教え合うような仲になる生徒も多くなり、下級学位とは違い意味で生徒との付き合い方が大変になりつつあった。
そんな関係性を早くに築くことができたためか、下級学位からよく話していたプロデジュムやルームメイト、ダンケンとネルン達とは猶更仲が良くなり、魔導に関係の無い所謂雑学のようなことも教えてもらえるようになる。
本来ならば色々な場所へと連れ回してサイが喜ぶ姿を見たいが、それはサイが断るため彼等の今の楽しみは専らサイが興味を持ちそうな話のネタを仕入れてくることになりつつあった。
それに関係しているのか、何故か彼等友人組の成績が全員下級学位では筆記が悪かったものでさえかなり上がり始める。
単に勉強するという目的ではなく、どうすればサイが面白がるのかと考えるようになり、同様にサイの教え方もあってか単に覚えるという作業ではなくなったためか、奇麗に知識として身に付くようになったらしい。
そしてそれが更に噂となり、生徒達の中ではサイに対しての評価は僻みや嫉みを覗けば根も葉もない嫌がらせや忌避も無くなり、自然と会話が発生するようにまで改善していた。
そんなある日の事、全体連絡として面白い情報が生徒達へと周知される。
「他の講師からも同様の説明を受けているだろうし、既に体験したことがある者もいるとは思うが、今節は三節に一度開かれる学園全体が一般者へ向けて解放される学園祭が行われる節だ。一応通例なので、我々魔導学部の中級学位からも一般向けに出展する催しを皆で決めて執り行う。通節通りならば皆が魔導研究会で各々独自に研究や調査したレポート、今後に向け新たに作成を行っている魔導構築式等を外部の魔導師へ向けて公開する場となる。これは自分の進むべき道への大きな足掛かりとなるので真剣に取り組むように。とまあそんな感じだ。魔導研究会に所属していない魔導師見習いからすれば、特に一般的な人々に向けて行う催しも我々としては行わない方針なので、一週間ほど退屈な時間ができることになる。既に研究発表は恒例になっているので開催しないということはないが、もしそれ以外でやりたい事があれば皆で話を纏めてから来週までに講師の誰かに伝えておくように」
この話題を聞いてまず盛り上がったのは勿論魔導研究会に入部している魔導師達だった。
当然だが最大級の学術院ということもあり、方々の著名人や一大研究機関に所属する魔導師も来るこの研究発表会は、講師が言った通り出世街道へ一足先に抜けるための大きな橋掛かりとなる。
早いうちから才能を買ってもらえれば、学術院での講義に留まらずそういった名のある魔導師に直接弟子入りすることができ、名実共に拍が付くことも多々ある。
一番身近な者の例で挙げるならばフルークシが似たような境遇で、元グリモワールの生徒として学び、この研究発表を機にドレイクに実力を認められた際に自分からドレイクへの弟子入りを懇願したこともあって、今では大魔導師の中でも最年少でその階級を授かったとされる名を馳せる存在となっている。
それ以外にも様々な実例があるため、より高みを目指す者ならばそれこそ心躍る一大イベントとなる。
だが今回はそれとは違う賑わい方を見せ始めた。
というのも、事の発端は意外にもサイのとある一言からだった。
「魔導師というものが何か知らない方々が触れられる機会なら、折角ならばそういった方々が興味を持つ切欠になるおもてなしもできるとよかったんですけれどね」
何気なしにサイがそんなことを呟いた。
前の環境でならこういうことはあり得なかっただろうが、今は大抵の場合サイの周りには友人達がいるためそういったちょっとした思い付きも口に出しやすくなっていた。
「魔導師じゃない奴等向け……って何がある? そもそも多分。一般的な認識だと俺ら全員ブワーって魔法陣出して魔法を唱えてる魔導救護隊員、もとい『魔法使い』で一括りだと思うぞ? 認識が違うし精神界も認識できない相手にどうやって興味を持ってもらうんだ?」
「そこに関しては少々考えていることはありますよ。ただ、実現可能かはまだ定かではないのでそれができるかどうかでどういった催しにするかは変わってくるかとは思います」
同じようにノーティが何気なくサイの言葉に質問を投げ返したが、サイには何かアイディアがあるのかごく普通に答えていた。
その言葉にノーティを含めた友人達が興味を持ち、何となくその内容を説明したのだが、そこから話が少しずつ大きくなり始める。
まず友人達がサイの案に対して様々な意見を交わし始め、元々サイに話しかけようとしていた他の生徒がその会話に入り込み、会話や意見の交換がどんどん行われてゆくようになった。
その内その話を聞いていただけの者達の間でもひょっとすると実現可能な『魔導師というものを理解してもらう』という取っ掛かりになれそうなものだという事になり、次第に別の生徒間でも同じような話が繰り広げられるようになっていく。
そうこうしている内にいつの間にか、サイのその話は追加の催しをすることを前提に意見の交換をするようになりだし、色んな生徒がサイに様々なアイディアを提案したり、どうすればそれが再現可能なのかを聞いてくるようになり始め、遂にはサイを主体として出展しようという話にまで膨らんでいた。
未だ目立つことを良いことだと思っていなかったサイは初めこそ全力で否定していたが、最終的には中級学位に所属するほとんどの学生達がやろうと言っていたため、既にサイは断るという選択肢が無くなっていた。
大半の生徒は、単に全員が参加できる催しというものに興味があっただけかもしれないが、下級学位からのサイを知る者達の内でサイに少なからず恩と罪悪感を持っていた者がサイに罪滅ぼしをしたいと考えていたところもある。
もしもこの催しが上手くいけばそれこそ発案者のサイの評価は少なからず上がるだろうという考えの下、サイを筆頭にして可能な事を手伝っていくつもりだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……という事になりまして、恐らく今皆さんに作ってもらっているこの機械を使うことになりそうなんですが、もし完成させることが出来たら使わせていただいても大丈夫でしょうか?」
「マジか……! ちょっと待て! ちょっと待て……。とりあえず試作機ならもう少しで完成するから、そこから逆算して……」
「やっぱり駄目ですよね?」
「バカバカ! いいに決まってるだろ!? というかこれの開発にはサイも加わってるんだ! 一報くれたら許可なんていらないよ! というか僕らが気にしてるのはそんなことじゃないよ!」
「え? どういうことですか?」
「サイ! お前には分からないかもしれないけどな、自分の作った機械が実際に稼働して、誰かに使ってもらえるなんてこれ以上ない朗報なんだよ! だから絶対に使わせる! 死んででも学園祭までに間に合わせてやる!」
所変わって機械科学部の研究室にて、その日の昼に半ば強制的に決まったサイの出展案の話を魔動機械研究会の部員達に話した。
途端に部室の空気が変わり、大抵忙しなく何かの音が聞こえている部室があっという間に全員がぶつぶつと呟く時間へと変わっていた。
彼等は基本的に研究や開発の話になるとそのことに集中しすぎて言葉が足りなくなるため、消極的なサイはあまり意見をすることはなかったが、このサイが持ち込んだ機械の設計書の開発には彼の発想が必要不可欠なため、皆必ずサイの言葉には反応を示すようになっていた。
とはいえまだ伝わりにくい彼等の言葉を要約すると、現状サイと部員達で作成している機械は既に試作機はほぼ完成状態にあり、あと少し組み立てれば試験稼働を行える段階にまで進んでいるらしい。
しかしまだ試作機の為、一般人が利用するには複雑すぎる操作や、触れてはいけないパーツが剥き出しになっていたりするため、このまま本稼働というわけにはいかない。
そのために何とかしてまずはこの試作機で動くことを確認しないといけないのだが、肝心のその動かすための動力である霊晶石が手元に無く、しかも実はこれがかなり高価な品であるためそう易々と学園の備品や部活動の資金から出してもらえるような品物ではないとのことだった。
それらを出してもらう許可や、をの実験データを元にブラッシュアップしていくような時間を考えているため、全員が一斉に自分の担当していた分野に関しての計算しだしたため、静かではあるが皆がぶつぶつと何かを呟くようになってしまったのだ。
「あ、あの。とりあえず僕は霊晶石を借りれるか聞きに行きましょうか?」
「待て待て、流石にサイ一人じゃ講師も意味が分からんだろ。俺も付いていく」
サイの提案に対して反応したのはニコロスで、自分の方の考えは既に纏まっているのかすぐに準備を済ませてサイに同行することにした。
といっても実際にはこの機械科学部棟内を歩き慣れているのはニコロスのため、ニコロスの後ろをサイがついて回る形となる。
そのまま講師の元へと向かい、霊晶石に関しての許可を貰いに行ったのだが、
「お前! またどうせ変な開発に使って粉々にするつもりだろ! 以前の炎晶石の事は忘れてないからな!? それに流石にあの時とは額が違い過ぎる! 流石に貸し出せない!」
「そんなつまらないこと言ってる場合かよ! 言っただろ? 今度は世紀の大発明なんだぞ!? ちょっとぐらい粉々になっても問題ないだろ?」
「問題しかない!」
どうやら普段のニコロスの研究での成果や態度がよろしくないらしく、講師が全力で首を横に振ってそれを許可しなかった。
それでもニコロスは決して諦めようとしないのだが、今回ばかりはそれこそ以前ニコロスが何をやって粉々にしたのかは分からないが、その粉々にした炎晶石とは比べ物にならないほど高いため、結局ニコロスが折れることとなる。
というのも炎晶石ならばおおよそ拳大のもので一つ銀貨で五枚ほどの値段だ。
一般的な収入のある者の月の手取りが大体銀貨三十枚ほどなのでこれでも一般的な生活で見ても割と高い買い物なのだが、大抵の場合一度買えば十周節ほどは買い替える必要が無いため特に問題はない。
しかしこの霊晶石というものは爪の先程の大きさでも金貨一枚、拳大ともなれば金貨五十枚ともなる一部の大魔導師や高等な研究施設等でなければ手に入れることすら難しい代物である。
そして今回要求してきた物は爪の先サイズではなく拳大のサイズの方なのだから、前例のあるニコロスに貸さないというのは当然とも言える。
「どうするか……こうなったら無理矢理にでも準備室から持ち出すか!」
「駄目ですよ! 霊晶石が必要なだけなら晶石を扱っているお店で購入すればいいじゃないですか」
「そんな金があるわけねーだろ」
「一応私が払うことは出来ます。正確には私のお金ではないので、管理してもらっているサガスティスさんに理由を説明しに行かなければいけませんが、購入することは可能です」
「……マジで?」
ニコロスが軽い冗談のつもりでそう言ったのだが、サイが驚くようなことをあまりにもサラリと言ってのけたせいでただただ呆気にとられるだけだった。
サイの学費やサイが自由に使うお金はドレイクの遺言に従い、サイが利用している。
元々はドレイクの研究費用として支給されたお金であるため、亡くなってからは一切支払われていないが、それでも有り余るほどの額が既にドレイクの手元にあった。
そのためドレイクの遺言とはいえ、たかが一人の人族がそれほどの大金を手にすることを許さないと考える者が多かったのだが、元は魔導師の研究資金でサガスティスが学園の入学試験を受けるまでの間の指導者兼サイの所有者として名乗り出たため、サガスティスの意向により研究資金の一部からサイが必要とする経費を利用できるようにして全て返還する形となる。
遺言がきちんと果たされているかと言われれば微妙なところではあるが、全てを奪われなかったという意味では十分及第点ではあるだろう。
そういう経緯があったため、割とサイは金銭面での苦労を経験した事がない。
なのでサイの金銭感覚は少しだけ一般的ではないが、現状特には問題が無かった。
「霊晶石は幾つ位利用する予定ですか?」
「……一つに決まってるだろ」
今まで他人と買い物など行う事はなかったので、今回の一件でそれが大いに露見することになるがそれはまた別の話。
そうして必要となる魔晶石類や他にも不足していた部品等を買い足し、この件は無事に終わることとなる。
だが、ここでもこれをよく思っていない者も一名、サイの知らない所で不貞腐れていた。
サイが魔動機械研究会の部員達に感謝されながら部室を後にし、すっかり陽も傾いて自身の寮へと戻る頃、時を同じくして自身の研究室で少しずつ苛立ちが募っている者の姿があった。
それはフルークシ、今は自身の研究室でサイに持たせた魔道具に蓄積された一日の行動の記録を飛ばし飛ばしに確認している最中。
何故苛立っているのかは語るまでもないが、サイがフルークシの中にある人族像に全く沿った行動をしないからである。
中級学位に上がり、魔導師以外との交流を持つと聞き、フルークシは確実にサイが何かよからぬことを行うと期待していた。
しかし実際はただ自身の不足している筋力を補うために剣術部で鍛錬を積み、周囲と仲が良くなったこともあって魔導学部にいる時よりもかなり自発的に喋っている光景が見え、サイが楽しそうに剣術の修行を行っているだけ。
その上魔動機械研究会ではほぼサイが中心になっており、フルークシにとっては何を行っていてどういうものを作成しているのかもほぼ分かっていないため、見ていても何一つとして楽しくない。
止めにフルークシ以外の講義では割とサイの事が高く評価されていたり、少し前まで成績が伸び悩んでいた生徒がこぞってサイに教わりに行っており、更にその説明の内容がフルークシでも不覚にも感心するほど分かりやすい教え方だったことが最も納得していない事でもある。
サイの私生活を覗けば覗くほどフルークシの理想からどんどん遠ざかってゆき、分かってくるのはサイがとにかく勤勉であり、たゆまぬ努力を誰にも見られていなくても行っているということぐらいだ。
ここまでくるともうただの私怨だが、ドレイクに認められたサイが同じくドレイクに認められた自分と同類だと思われたくないという思いも強い。
優秀であると周囲からも評され、自負するフルークシとしては、鳴かず飛ばずでパッとしない上、卑劣で愚鈍だと考えている人族も『ドレイクの弟子』と呼ばれるような事態に陥りたくないのだ。
そのためなんとしてもフルークシとしてはサイがなにかしらの不正を行っている決定的な瞬間が欲しく、その後も同じようにサイの首輪を通して送られた日々の記録を睨みつけていた。
だが残念なことに今日もサイは寮で他の生徒に教えたり、ルームメイト達と雑談をしながら自分の勉強を軽くして、少し早めに就寝した。
しかし翌日、大変な事件が起こることとなる。
サイの講義はその日も特に大きな問題はなく、いつも通り講義に出席して勉強し、剣術部でトレーニングを行ってからそのまま魔動機械研究会の教室へと入ろうとしたが、そこで研究会の利用している研究室回りがいつもとは違う騒がしさになっていることに気が付く。
「だから! 俺らはなんにもしてねぇって言ってんだろ!」
「なら何故お前達が霊晶石を持っているんだ!? いつまでとぼけるつもりだ!」
「こっちだって何度も言ってるだろうが! 買いに行ったってよ!! 人の話聞けや!」
機械科学部の講師と思われる白衣に身を包んだ竜族がニコロスを囲むようにして立ち、昨日サイと共に買いに行った霊晶石に関する口論を繰り広げているようだった。
ニコロスは元々気が短く、喧嘩っ早い所があるため他の講師に両腕をしっかりと押さえられて飛び掛からないようにされていたが、それでもなお足を出そうとするほど荒れている。
「あの……どうかされましたか?」
「ん? ああ、噂の変な人族か。いやな、こいつ元々色々と問題を起こしていたが、今回遂にやっちゃいかん一線を越えたんだよ」
「だからやってねぇって言ってんだろ!! つーか俺はサイと一緒に買いに行ったんだよ!」
「だからそのサイって誰だ? そんな生徒この学部にはいないだろ」
「私です。私がサイという名前です」
どうやら先日サイとニコロスが霊晶石を購入して部室で保管していたのだが、先日の夜の間に何者かが機械科学部の準備室に侵入して霊晶石を盗み出されたらしく、タイミング悪く霊晶石を使った試運転を開始しようとしていたニコロス達が犯人だと勘違いされたようだ。
普通の生徒に霊晶石が買えるわけもなく、普段から言動が荒くよく方々で喧嘩をしたり問題を起こしていたため誰もニコロスの言葉を信用しておらず、更にサイという名前では人族の事を認識していなかったため益々嘘を吐いているようにしか見えなくなっていた。
しかしそこでサイが自分の名前を講師達に告げると、一気に彼等のサイを見る目が変わったことにサイ自身も気が付いた。
「君のような人族とニコロスの二人で、一つ金貨何十枚もする代物を買いに行ったと? 君はそう証言するのか?」
「……いえ、私が盗みました」
「はぁ!? サイお前何言いだしてんだ!? 昨日俺と一緒に買いに行ったじゃねぇか!!」
「それが本当なら君達には相応の処分を受けてもらうことになるぞ」
「いいえ、ニコロスさんはこの件には関係ありません。私が私の意思で盗み、ニコロスさんの為に購入してきたように見せかけました」
サイは後ろで騒ぐニコロスを完全に無視するように言い切り、講師達の鋭い視線を一身に受ける。
その視線は先程までの人族を見る目つきではなく、完全に危険分子を見つめるような険しく非常に警戒した者になっており、既にニコロスに対する言及を行おうとする者は既にいなくなっていた。
だがもちろん嘘を吐いているのはサイで、本当のことを言っているのはニコロスなのだが、彼等の常識からすれば『人族が盗んだ』という方がまだ現実的だ。
そのためもうニコロスは殆ど無罪放免という形でその場から無理矢理追い出し、サイが逃げ出すとでも考えたのかサイの着ている服を鷲掴みにして荷物でも持つように宙吊りにして別の場所へと運んでいった。




