表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
命の在り方  作者: けもにゃん
28/81

魔導師として 10

 サイが次に意識を覚醒させたのは保健室のベッドの上だった。

 対戦の後、魔力(オーラ)切れを殆ど経験したことのないプロデジュムは意識を失い、試験監督以外の魔導師に連れられて保健室へと向かったが、同様に魔力(オーラ)切れを起こして動くことができなくはなったものの、元々よく魔力(オーラ)切れを起こしていたせいでサイは意識を失うこともなくその場に立ち尽くしていたためか、それとも先程までの予想外の強さを見せたのが原因か、本来救護搬送を担当していた魔導師がサイを恐れて近付こうとしなかったため少しの間放置されたが、試合を続けるためにはサイをどかさなければならないためサガスティスがサイを担いで連れ出した。


「サイ。あまり立場上こういうことを言ってはならんのだが、今日の君は素晴らしかった。あの場にいた魔導師見習い達の中で君は間違いなく誰よりも優れていた。ドレイク殿も鼻が高いだろう」

「よかっ……た……」


 サガスティスの腕の中でサイにとっての最大級の賛辞を受けたことで安心したのか、サイも意識を失い、静かに寝息をたて始めた。

 そのまま保健室まで連れてきたものの、当然のようにサガスティスは魔力(オーラ)の回復を促す霊薬(エーテル)を処方されていたが、サイはサガスティスの手によってベッドへと寝かされ、誰にも触れられることなく夕方まで眠り続け、冒頭へと戻る。


「あれ……ここは……?」

「ひっ! 目が覚めたのか!? 覚めたんならさっさと出ていけ!」

「え? あっ、申し訳ありません。助かりました」


 サイ以外にも魔力(オーラ)切れを起こして処置を受けたものの、未だ回復しきっていない生徒が数名いたため、彼等の看護役として見守っていた魔導師に追い払われるようにサイは保健室を後にし、未だ少しだけふらふらとする頭を軽く抑えながら自分の部屋まで歩いて戻った。

 既に周囲にはサイの恐ろしさが伝えられたのか、回復して各々遊んだり談笑していた生徒達もサイを見かけると急いで離れ、遠くから観察するようないつもと違う光景が広がる。

 しかしサイにはもちろん彼等にどうこうしようという気もなければ、謝る気もなかった。

 サイにとってはたった一度きりの本気の勝負。悔いも涙もなくただただサガスティスの言葉のお陰か、やりきったという清々しさだけが胸の中を満たしてくれる。

 同時にプロデジュムに心から感謝していた。

 彼がサイに対して発破をかけてきていたことは分かっていたが、言葉の何処までが本気か分からなかったため半ば強制的に全力を晒すこととなったが、然程後悔はしておらず、今までひた隠しにし続けたせいで自分でも分からなくなっていた全力の実力が、予想を遥かに上回っていたことと、プロデジュムとサガスティスという少ないながらも良き理解者の二人に認めてもらえたことが嬉しかった。

 寮の廊下に辿り着いてもやはり他の生徒達はサイを避けてくれたため、疲れきっていたサイにはありがたい状況のまま部屋まで辿り着く。

 扉を開けるとそこにはルームメイト達とは別に数名の者が待っており、サイが戻ってきたのを見るなり今にも泣き出しそうな表情でサイに駆け寄り


人族(ヒュムノ)!! 謝って許されるようなことじゃないことは分かってる!! でも俺達のせいでお前は……。ごめん!!」


 その中の二人が畳み掛けるようにサイに謝り、すがり付くように膝から崩れた。

 サイとしては何が起きているのかさっぱり分からず、ただサイからも謝るしかなかった。


「も、申し訳ありません。私が何かしてしまったでしょうか?」

「違う! あの時、お前にちょっかいだしたせいで……! 勝手にお前の日記を読んだことも謝る! でもお前がこのままだと死ぬって知ってしまったんだ!」

「ど、どういうことでしょうか?」

「彼等に変わって私から話そう。今回は私の落ち度でもあるからな」


 彼等の後ろから現れたのはプロデジュムだった。

 感情的になりすぎて何を伝えようとしているのか分からなくなった二人に替わって、プロデジュムが何故このような状況になったのか語った。

 事はサイがまだ保健室で眠っている時、先に魔力(オーラ)の回復を済ませたプロデジュムがそろそろサイも部屋に戻っているだろうと考え、サイのいる部屋を訪れた所から始まる。

 コンコンと扉をノックして誰かが反応するのを待っていたが、バタバタと音がするのみで一向に出てくる気配がなかったため、プロデジュムは自分から扉を開けて中へ入った。


「失礼する。サイは戻っているか?」

「プロデジュムだったか……。生きた心地がしないな……」


 部屋を訪れたのがプロデジュムだと分かると、ルームメイトの彼等は一様に深い溜め息を吐いて胸を撫で下ろす。

 何があったのかプロデジュムが彼等に尋ねると、一冊の本をプロデジュムに渡してきた。


「まさか人族(ヒュムノ)があれだけの能力を隠してるとは思ってなかったから気にもしてなかったんだけど、あれが本来の強さならサイも君に借りた本の内容が理解できてるんじゃないかと思って思わず中を見たんだ。そしたらそれはノートじゃなくて日記だったんだよ。まぁ、こんなこと言うのはあれだけど中を読めば何で俺らが狼狽えてたか分かるよ」


 日記を渡すと彼はそう伝えた。

 プロデジュムも少しだけ他人の日記を勝手に読むことに抵抗はあったが、彼等の様子といい、何を考えているのか分かりにくいサイの本心が分かるかもしれないと考えると興味が湧き、恐る恐るその日記の一頁目を開いた。

 始めの方は何の変哲もない普通の日記で、どんなことをした、何を勉強した、何処へ行ったというような事が綴られている。

 唯一普通ではないことがあったとすればサイへの、ひいては人族(ヒュムノ)への魔竜種(マグネリア)達の風当たりの強さはまざまざと綴られていることだろう。

 そしてそれは頁を捲る毎に激しくなっていき、次第に僅かながら見られていた『楽しい』という文字は消え失せ、報告書のように日々の内容が綴られるようになり、そして頁は途中でいきなり空白となった。

 次に書き綴られた頁まで進めるとそこにはまるで同じ人物が書いたとは思えないほど酷く歪んだ文字が並んでいた。


『僕がこの学園に居続けられないことが確定した。まだまだやりたいこともやり足りないことも沢山あるけれど仕方がない。人族(ヒュムノ)である以上、今まで平穏無事にこの学園に居させてもらっただけで十分すぎる。ならば今できる最大限のことをしてから処分の日を待とうと思う。ドレイクさん。申し訳ありません。こんなことを書けば貴方は必ず悲しむでしょう。でも、何度僕が貴方の本当の息子なら、人族(ヒュムノ)ではなく竜族(ドラゴス)だったのならと考えたことは僕が生きてきた日々よりも多いほどです。申し訳ありません。ですが、せめて自分にできる最大限のことを貴方のために尽くしてからこの命を終えるつもりです。最後まで貴方の期待した息子であり続けさせて下さい』


 文字は単に震えていたのではなく、涙によって滲んだのだとは一目では分からないほど、その頁はどこもかしこも滲んでいたが、書かれている内容を読めばすぐに理解できた。

 それから暫くはまた同じような日々の報告が続き、書き込まれた最後の頁、前日に書き込まれたのは明らかに日記ではなかった。


『もし誰かがこの日記を読んで下さったのであれば、学園での一節の間に書き上げた魔法式のノートを差し上げます。私の部屋の机の上にある箱の中に入っており、全ての魔法式が無記名かつ何方が発見されたとしても分かるよう、構築式の分解説明図も合わせて載せております。魔導文化の発展のためにお役立て下さい』


 それはまるで遺言のような一文。

 その最後の一文を読んでプロデジュムも言葉を失い、目を細めた。


「俺のせいなんだ……。俺があの時サイに八つ当たりして転ばせたから……」

「ネルン! 言っただろ!? 俺達のせいだと!」

「実際に手を出したのは俺だけだろ!?」

「だから俺まで庇うってのか!?」


 サイが部屋へ戻ってきた時にすがり付いた二人は、何時かの時にサイに大怪我をさせる原因となったダンケンとネルンだった。

 彼等の内ネルンがポツリと自分の悪事を自白すると、それにダンケンが食って掛かり、今にも取っ組み合いの喧嘩になりそうになったところをルームメイト達が止め、なんとか落ち着かせる。

 彼等はサイが暫く講義室から居なくなった頃から、ずっと罪悪感を抱えたままその正体が分からずに鬱屈とした日々を過ごしていた。

 そのまま時間が経てばこの思いも消え失せると思っていた矢先、唐突なサイの真の実力を目の当たりにして彼等の中にあった小さなプライドが消し飛び、試験終了後にもなると気が付けばサイの姿を探していた。

 せめて謝りたいと素直に考えられるようになっていたため、サイを探し回って部屋を訪ねて回り、プロデジュムの時同様に慌てふためくルームメイト達に迎えられた。

 そして彼らもサイの日記を読み、自分達のしたことの重大さを思い知ってしまい、それからはずっとこの調子だった。

 しかし誰でもそうなるだろう。

 もしも自分のほんの一瞬の気の迷い、たったこれだけのことで、と考えていたことで誰かが死んでしまうとなったらその罪悪感は計り知れないものになる。

 元々抱えていた罪悪感も合わさってダンケンとネルンの二人は文字通り血の気が引いていた。


「君達のせいで、と言っているが、それならば私も同罪だ。結局私もこの最終試験に臨むにあたって、私はサイをけしかけた上で彼の最後のチャンスを潰し、ひた隠しにし続けていたものを全て露見させてしまった」

「あんたは知ってたんだろ!? なら今すぐにでもサイの本当の実力を、才能を講師達に伝えてくれよ!! このままじゃあいつ死ぬんだぞ!?」

「それを承知の上でひた隠しにしていたのはサイだ。その意味を考えろ」

「分かるかよ! 人族(ヒュムノ)だからだってのか!? そんな理由ならなんでそもそもこの学園へ来たんだよ! この学園に来れたということは魔導師見習いの中でも特別な意味があるんだぞ!?」

人族(ヒュムノ)はそもそも法によって魔導の知識を得ることを禁じられている。サイはそれが何を意味するのかも分かっているし、自分の立場というものをあまりにもよく理解している。私にはそれを承知の上でサイがここへ来た理由も聞いたが、まさかそれほどの覚悟の上に来ていたとは考えなかった……。所詮私もサイの事を理解したつもりでしかいなかったということだ」


 プロデジュムの諦めととれるその言葉を聞き、彼に掴み掛かって思いの内をぶちまけていたダンケンは返す言葉を失い項垂れるしかなかった。

 重苦しい空気だけが場を支配し、次第に皆の会話もなくなった頃、サイが戻ってきた時へと戻る。

 その経緯をプロデジュムが説明するとサイは何故か少しだけ嬉しそうに微笑む。


「皆さんに要らぬ心配を与えてしまい申し訳ありません。私は初めからこの学園でドレイク"さん"の為に学び、人族(ヒュムノ)として皆さんが求める姿であり続け、これからの何時か来るかもしれない遠い未来のために少しでも多くの魔法式を遺したい……。そう考えてこの学園へ来させていただきました。なので私はもう充分に満足しています。ほんの少しの間だけでも人族(ヒュムノ)がこの栄光ある学舎に居させてくれることを赦してくれたことが、私を通してほんの一瞬だけでもドレイク様の想いが間違いではないと証明できたことが……私にとっては最大の幸せです。一節という貴重な時間、此処で学ばせていただき、ありがとうございました」


 そう告げるとサイは深く頭を下げた。

 有無を言わさぬサイのその言葉にダンケンとネルンはただただ言いたかった言葉を失い、泣きそうな顔でサイを見つめることしかできなくなり、ルームメイト達もプロデジュムさえもその言葉に返事をすることはできなかった。


「まだだ……だったらまだ……」


 ダンケンは呟くように言葉を残してネルンと共に部屋から駆け出していき、プロデジュムもただ深く頭を下げて部屋を出て行き、部屋には静寂だけが呼び戻される。

 ルームメイトの彼等さえもサイにどんな言葉を掛ければいいか分からず、その沈黙が耐えられずに思わず目を逸らす。


「皆様には私の勝手な都合で御迷惑をお掛け致しました。すぐに掃除をさせていただきます」

「い、いいって! そんなことしなくて……」

「しかし……それが人族(ヒュムノ)に……」

「とにかく! そんなことはしなくていいから!」

「承知致しました。もしご容赦頂けるのなら本日は少し早めに就寝させていただいても宜しいでしょうか?」

「そんなことも聞かなくていいよ! 眠いのならベッドで……。あっ……」

「御高配賜りありがとうございます。ですが毛布さえ頂ければ問題ありませんので。お先に失礼させていただきます」


 そう言ってサイが使っている机と壁の隙間で小さくなり、数分としない内に寝息を立て始める。

 その様子を見てもルームメイト達はその場から動けず、互いに顔を見合わせていたが、その内の一人が漸く静寂を破った。


「ねぇ……今までずっと考えたこともなかったけど……人族(ヒュムノ)だってずっと同じ部屋で勉強して、ずっと努力してた……私達と同じただの見習いの一人……なんだよね……」

「今なら言えるが……間違いなくこの部屋で一番魔導師として努力してたと思うよ。ずっと奴隷としてこき使って、さんざんこけにされて……いつだってやれ返せるぐらいの術を身に付けても、魔導のため……魔法使いに最も必要な事のために学び続けてたんだよな……」

「本当に幸せだったのかな……。自分で置き換えればすぐ分かるか……」


 思い思いの言葉を誰かに言うでもなく、自分自身に言い聞かせるように次々と呟く。

 漸く小さな隣人の事について考えるようになった時にはもうあと数日を残すのみとなり、それ以降は誰も何も言わずに床に就いた。

 悲しいことに、その日がサイにとって最も平穏な一日だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ