魔導師として 2
会議はつつがなく進み、屋敷はそのまま開校せず時が来るまで管理するという話が固まった頃、勢いよく戸を開けてサガスティスとアツートが飛び込んできた。
「すまないが先程の人族の推薦入学の話、もう一度掘り返させてもらうよ」
部屋に入るなりそう言い放ったサガスティスを見て、全員が呆れた様子で冷ややかな視線を送っていた。
部屋に残っていた者達の中ではサイの一件は既に終わった話であったが、そんな結論の出た話をしようというのだから当然といえば当然だろう。
「いくらドレイク殿が残したものと謂えど、たかだか人族一人にどれほど拘るつもりだ?」
「これを見れば皆の考えも変わるだろう」
フルークシが嘲笑しながらサガスティスに訊ねると、サガスティスはニヤリと笑ってサイのノートを机の上に広げた。
全員が不思議そうにそれを眺め、手に取り、そして中身を理解すると全員サガスティスが初めてノートを見た時と同じように驚愕していた。
「こ、これは……! 一体誰が構築した物だ? まさかとは思うが……件の人族だとでも言うのか!?」
「私もこれを見つけた時は我が目を疑ったよ。魔導を初めて数節の者が既に魔導構築式を理解しているどころか、新魔法式を構築しているのだから」
それを目にした者から水面に石を落としたように波紋が広がり、あっという間にその場の空気が変わった。
先程までは戯言と片付けようとしていたが、サイのその能力はあまりにも非凡で人族であるという前提を無視できる程の才能だった。
もし彼が最高の教育を受け、今後魔法式を同じペースで生み出し続けたら……そう考えるだけでその場に居た魔導師達は垂涎ものだった。
「是非! 是非あの人族をグリモワールに入れるべきだ!」
「間違いない! 素晴らしい魔導師が生まれるぞ……!」
「皆正気なのか!? それほどの人族が本気で魔法を覚えたら、それこそこの世界を破滅させかねないのだぞ!?」
満場一致といった雰囲気の中、フルークシは声を大にして訴えた。
フルークシが言っていることは何らおかしい事ではなく、確かに彼の言う通り、もしそれだけの才能がある者が得た知識と技術で反旗を翻した時、恐らく誰一人として対抗する事は出来ないだろう。
そのリスクを想定してか知らずか、フルークシは頑なにサイの推薦を拒んだが、今度はフルークシが冷ややかな目で見られる羽目になった。
「フルークシ殿何をそんなに恐れている? 所詮は人族だ。出来ることの限界も寿命の短さも把握している。あとはどうとでも管理できるのだよ」
「しかし……!」
「それにドレイク殿の遺言は推薦だ。入学させろとまでは言っていない。つまり、このノートが単に窮地に立たされたからこそ発揮されただけのものか、本当にそれだけの才能があるのかがはっきりする。後者なら飼い殺しにすればいい。ただそれだけだろう?」
場の流れは完全にサイにグリモワールの推薦入学を受けさせる流れとなっており、既にフルークシの言葉も蚊帳の外となっていた。
それに苛立ちを隠せなくなったのか、フルークシは机をまた強く叩きつけて立ち上がり、さっさとその場を去っていった。
それからの流れは速かった。
あっという間にサイに推薦入試を受ける準備をさせるために誰が彼にその基礎知識を学ばせるか、という話になっていた。
真っ先に立候補したのはサガスティスで、他にも数名の魔導師がかなり興味を惹かれたのか立候補していた。
立候補した者同士での話し合いの結果、サガスティスが教育係として任命された。
それに連ねて屋敷の管理を行う者を選出する予定だったが、そのままサイとサガスティスが屋敷を利用し、同時に管理する形で落ち着いた。
会議が終わると魔導師達は次々と屋敷を後にしたが、来た時とは真逆で多くの者がサイに握手を求め、激励の言葉を送って屋敷を後にした。
「サイ君。まずは君の了承を得ずに全てが完結した後に君に話す形になってしまってすまない。だが、君にとっても悪くない話のはずだ」
「……そうですね。まさかドレイク様がこのような形で私に期待しているとは思ってもいませんでした。ドレイク様の為にも、サガスティス様の為にも粉骨砕身頑張らせて頂きます」
「それと君のその話し方だが、アツート殿に大体の状況は聞いている。私に対してもフラットに接してくれ。私も君と同じで魔導師の中では異端な存在だったから、あまり畏まったのは好きではない」
「承知致しました」
「……先は長そうだな。だが一つだけ約束しよう。君はあのドレイク殿が認めた通りのずば抜けた記憶力がある。今は知識が偏っているがそれを平均的に学び、全てを君の物にした時、君は間違いなくあのドレイク殿を越えるほどの魔導師になるはずだ」
「それなら私は今のままで構いません」
「天邪鬼だな君は。親というものはいつの時代も子供が自分を越えることはこの上ない喜びだ。君が魔導師達を率いる先頭に立つ日が来れば、あの人も喜ぶだろう」
「そんな日は来ません。私は人族ですから……」
「来るさ。だから今、私がここにいる。試験に必要な知識を来節の試験日までに覚えよう」
「……はい」
サガスティスとサイはそう言って約束を交わした。
ここ最近はサイにとって激動の日々となった。
既にドレイクから魔導の基礎知識をきちんと教わっていたサイは、下級魔導に関わる知識を重点的に教え込まれ、サイの問題点である体力のなさを早い段階で気付き、体力作りも今までよりも本格的なものになった。
彼は元々冒険家と呼ばれる職業に就いていた。
冒険家とはその名の通り、世界中を数名から数十名の隊員で構成し、世界中の未開の地や生態系の調査を行うのが仕事である。
冒険は非常に危険を伴い、命を落とす者が絶えないような危険な職業でもあるため、屈強な体と忍耐力は必須であるため、魔導師で冒険家になる者は少ない。
そんな中サガスティスは幾度も冒険を生還して重要な調査報告を挙げており、同時に何度も魔法を用いて隊員達の命を救ったり、護ったりしていたことが評価され、今はグリモワールの魔導科の体術顧問を務めていた。
経験に関しては現役どころか、本来は入校してからしか受けられないカリキュラムを組んでもらい、現状のサイの体力と照らし合わせた専用のメニューで着実に体を鍛えていった。
魔法の実技に関しても、魔力をはあまりにも少なすぎて長時間は扱えないため、素早く細かな魔法陣を詠唱する特訓を行った。
ドレイクが亡くなってからサイは笑わなくなっていたが、一人の魔導師として、ドレイクの思いに応えたくて厳しい訓練に臨んでいたが、サイ自身にとってもこの日々はとても楽しかった。
サイにとって魔法とは覚える度にドレイクが喜んでくれる最大の手段でしかなかった。
そのドレイクを失い、魔導と初めて一人の人として向き合ったサイは、自分の心が動いているのがよく分かった。
新たな知識を得て、少しずつ着実に魔力が増えてゆき、使える魔法の数と回数が増える度にもっと知りたいと思うようになっていた。
それこそ辛さなど感じなかった。
それは偏に、真摯にサイに向き合って訓練をしてくれるサガスティスの存在もあった。
これほどまでにサイという個人に向き合ってくれた人はドレイク以外にはいなかった。
決して優しくはないが、決して恐ろしくもない。
真摯に厳しく時に笑顔を向けてくれるサガスティスに、サイはいつの間にか敬語を使わなくなっていた。
自然とサイからサガスティスに話しかけたり、質問を投げかけることも増えるようになっていた。
「そういえばサガスティスさん。一つだけ聞いても大丈夫でしょうか?」
「どうした?」
「以前、サガスティスさんが言っていた、自分も異端な存在だったというのが少しだけ気になったんです」
「ああ、それか。なに、魔導師の界隈じゃよくあることだよ。私は純血の魔竜種ではないんだ。そういった輩は基本的に白い目で見られる。だから私は実力で見返してやったまでさ。単純な魔力の量で勝てないのならば体を鍛え、魔力に頼らずとも軽いフットワークで動ける魔導師になって、魔力が魔導師の全てではない事を証明したまでだ。私は君にも同じものを感じているよ。まあ、私よりも険しい道になるとは思うが、決して叶わない夢ではない」
「……そうだったんですね。すみません」
「はっはっは! そんなこともう私は気にしてない。だから君も気にすることはない。私が君を支援できるのはあくまで試験を受けるまでだ。あとは君自身の努力のみ。実力で示してやれ」
「はい! 尚更入学できるように頑張らないといけないですね!」
「そう思うなら努力だ! さあ休憩も終わりだ! さらに厳しくいくぞ!」
「はい!」
自然と二人の距離は縮んでいたが、そんな日々も後一月を切っていた。
推薦入試の日まで、知識に関しては十分にあったため一旦勉強を止め、全てを体力と魔力の増強と、詠唱の速度やいくつかのパターンを身に覚えさせる特訓に費やした。
そして最後の特訓も終わって試験の前日、その日は明日のために体を休め、最後におさらいとして座学を軽くすることにした。
「サイ。分かってはいると思うが、君にはまだまだ魔力面で多分に不安が残っている。筆記に関しては思う所はないが、実技に関しては私が教えた技術と君自身が考えた技術で補え。そうしなければ合格は厳しいぞ」
「もちろん理解しています。……でもそこまで教えてもらって大丈夫なんでしょうか?」
「正直な所、反則だろうな。だが君はそもそも試験を受けるまでの勉強期間が短い。これくらいのハンデはあっても文句は言われんだろう。それにあくまで私は教えるだけだ。実際に試験で頑張るのは君自身であり、その時から私と君は一教師と一生徒でしかなくなる」
「分かりました。頑張ります」
「とはいっても個人的に頼ってくる分には何も言わないよ。君も一人きりでは心細いだろうし、頼りたい時は迷わず周りを頼りなさい」
「はい!」
最後に二人はそんな話をして早めに就寝し、翌日は二人で屋敷を出て、初めて国同士を送迎する魔石駆動の車にって町の外へ出た。
目的地は帝都と呼ばれる最大の都市、そしてそこにある総合学術院グリモワールだ。
到着までに2時間ほど時間を要したが、移動時間でさえサイは最後の復習を行っていた。
試験会場に到着すると、当然ながらサイはそこでも白い目で見られたが、サイにとってそんなことは些細な問題ですらなかった。
試験会場も席もサイには大きすぎたが、誰一人としてサイを助けようとはせず、寧ろ嘲っていた。
『ただ試験に臨み、必ず結果を残す』
それがドレイクが遺した夢である以上、周囲など関係なかった。
大きすぎる椅子に自力で上がり、少し高い机を前に試験の開始を静かに待った。
「それでは筆記試験を始めてください」
試験官の号令で全員が一斉に問題用紙をめくる音が聞こえ、サイも続くように用紙に目を通した。
問題の内容はサイにとっては全て知っている内容であったため、何の問題もなく全て解いていった。
中間退出可能時間になった時点でサイが去っていったのに気が付いた何名かは、変わらずサイの事を嘲っていたが、サイは既に次の実技に備えて心を落ち着けていた。
筆記に関しては得意だが、実技は実践経験が殆ど無かったため自身のなさからかかなり緊張していた。
実技は全員が同時に試験を受ける形ではなく、一人ずつ専用の試験場へ呼び出されていった。
サイの名が呼ばれ、試験場に行くとそこにはいくつかの的が用意してあるようだった。
「今から実技試験を開始します。試験の内容は魔法弾の的当てです。使っていい魔法には特に指定はありませんが、使用した魔法や取った行動等、貴方が行った全ての行動が採点対象となります。よろしいですか?」
「承知致しました」
「それでは実技試験を開始します」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
試験は無事に全て終わり、サイもなんとか実技試験を乗り切ることができた。
サイはそのまま一度、屋敷に戻ることになったが、その際はサガスティスの姿はなかった。
その時には既にサガスティスも試験官の内の一人となるため、試験内容の処理を行う必要があったため、サイと会うわけにはいかなかった。
試験会場に受験生が一人もいなくなったのを確認すると、試験官達が評価内容の審査を始めた。
サガスティスは実技試験の審査を、フルークシは筆記試験の審査を行っていたが……
『ふざけるなっ……!! どういうことだ!? 人族如きが合格点に到達しているどころか全問正解だと!?』
運悪く、サイの試験問題の答案を担当したのがフルークシであったため、彼の怒りを買った。
しかし試験自体は非の打ち所が無く、フルークシが回答を照らし合わせると全ての問題を正解していた。
この学園の入試はかなり難易度が高いことでも知られており、非公開の情報では正答率の平均はおおよそ8割程度である。
そのため過去の情報で見ても9割以上の正答率を出した者はほぼおらず、その時点で入学はほぼ確定になる程でもあった。
故にフルークシは焦りと怒りを募らせた。
何としてもサイをこの学園に入れさせない腹積もりだったからだ。
もしこのまま試験採点を続ければサイは間違いなく入学が認められる。
それを避けるためにフルークシは悩み抜いた挙句、不敵に笑った。
「人族が正当に試験を受けさせてもらっただけでも有難いと思うんだな」
フルークシはそう呟いて、答案用紙の一部分に手をかざし、魔法を用いて回答内容を消した。




