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命の在り方  作者: けもにゃん
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竜人と少年 2

 その後、結局少年はドレイクが持っていたもう一つの実も食べてしまった。

 というよりはあまりにも少年が美味しそうに実を食べるせいで、その少年には少しばかり大きすぎるその手に持っていた実も思わずあげてしまったのだった。

 少年はその実を受け取り、また同じように服も顔も汚しながら美味しそうに食べていくが、流石に量が多すぎたのか初めて見せた笑顔は少し曇っていた。

 渡されたものは食べなければならないという少年の本能が働いたせいか、結局少年はお腹をその実のように大きく膨らませて全部食べきった。


「おやおや。今度は食べ過ぎたようだね。それに服も顔も汚れてしまった……。そうだね、少し早いがお風呂にしよう。おいで」


 ドレイクは少年に優しく微笑みかけ、頭を撫でながらそう言った。

 そしてまた少年の手を引いて部屋を移動した。

 今度は先ほどよりも時間も掛からずに浴室へと移動し、ドレイクは少年の服を脱がせようとした。

 だが、ビリッという小さな音と共にその薄い布は簡単に破けてしまった。

 元々薄くボロ切れのようだった布は、ドレイクの爪では鋭すぎたのか、服の下から指を入れただけでそうなってしまった。


「おや。これは困った。人族ヒュムノ用の服など持ち合わせていないのだが……。まあ、探せば手頃な服があるかもしれんな」


 ドレイクは独り言のようにそう言うと、そのまま諦めてビーッと服を割いていった。

 一先ず少年の服を脱がせると先に風呂場の戸口を開けて少年を中に入れた。

 その後、ドレイクも服を脱ぎ始めた。

 ドレイクが着ている服という物は、我々が普段聞くような服とは大分違う形状をしていた。

 上着は長い布一枚で構成されており、それを器用に体に巻きつけて服にしているようだ。

 長い布にはどうやら前後があるらしく、片方には尻尾の邪魔にならないように中央で割けていた。

 下着も同じく、ふんどしのような一枚の布で構成されており、腰の辺りだけを包んでいた。

 ドレイクには羽が生えてはいないが、そういった羽の生えた種や、尻尾のためか服は独自の進化を遂げているようだ。

 服を脱いだ下には、老いて色が褪せたような鈍色の赤と、それとは対照的な腹部の黄色の鱗の肌で構成されていた。

 一見すれば人とは全く違う容姿のため、服など必要ないように感じるかもしれないが、それを言い出せば人間も他の生物から見ればそう見えているのかもしれない。

 そのままドレイクも風呂場に入り、なにやら複雑そうな機械をいじり始めた。

 僅かな駆動音が聞こえ、それをドレイクは確認してから蛇口をひねると温かなお湯がシャワーの口から降り注いだ。


「さぁ、目を閉じてごらん。綺麗に洗うから」


 そう言われたからか、今までの経験からか少年は既に目を閉じていた。

 頭からお湯をかけて顔に付いた果汁を綺麗に洗い流してゆく。

 一通りお湯で体を洗い流してやり、綺麗になったのを確認するとドレイクも自分の体を洗い流した。

 その後、壁に付いている洗剤置きのような場所からブラシのような物を手に取り、ドレイクはそこで何かに気が付いたのか少しだけ驚いたような表情を見せた。


「そうか……。人族ヒュムノは鱗ではないから体の洗い方が違うのか……。これはうっかりしていた」


 そう言って少年を見て少しだけ笑った。

 少年にはもちろん鱗がない。

 一先ずドレイクは自分の体をそのブラシを使って洗っていった。

 思っていたよりもブラシは柔らかく、体に擦りつけるとしなやかに曲がっていた。

 自分の体を綺麗に洗い終わると、ドレイクは少しだけ悩んでから少年もブラシで洗った。


「きゃう!」

「だ、大丈夫かい!?」


 ブラシでお腹を撫でてあげた途端、少年がそんな声を出したため、ドレイクは心配になって少年に声をかけたが、少年が笑っているのを見て安心したのか微笑んだ。

 ブラシは人肌でも問題ないほど柔らかく、くすぐったかったため思わず少年は身をよじらせていた。

 しっかりと背中を押さえてドレイクはそのまま少年をブラシで洗ってくが、くすぐったいという思いは抗えるものではなく、撫でられる度にクネクネとしながら笑っていた。

 そのままドレイクは笑い声の絶えない少年を微笑みながら綺麗にしてあげた。

 二人とも綺麗になった所でドレイクはシャワーと機械を止めて、風呂場から出た。

 浴室に綺麗に置いてある真っ白なバスタオルを一つ手に取り、少年の体を拭いた後、それを壁にある取手を引いてその中に入れ、もう一つ新しいバスタオルを取ると、今度は自分の体を綺麗に拭いて、それも取手の中に入れた。

 そのままドレイクはガウンを着て、一先ず少年を抱き抱えて寝室へと向かった。

 寝室に入るとドレイクは少年を一度降ろし、洋服箪笥から新しい服を一着取り出して、少年で一応採寸を合わせてみるが、やはり合う訳もなく、本来の長さから四つ折りにしても丈が余っていた。


「これしかないからねぇ……。今日だけはこれで我慢しておくれ」


 苦笑いを浮かべて一つ小さく溜め息を吐いた後ドレイクはそう言った。

 少年に表情はなかったが、一つだけ今までとは違うことがあった。

 それは少年が表情すら持っていないような人形ではなく、人としてただ単に無表情になっているだけのように見えた。

 少年もドレイクもその変化に気が付いているかはともかく、ドレイクはあまりにも小さな少年の体躯を四苦八苦しながら服を着せていった。

 ようやく着ることのできた服は明らかに布が余っており、まるで繭のようになってしまっていた。

 ドレイクも服に着替えると、また少年の手を引いて何処かへと移動し始めた。

 長い廊下をまた移動していき、居間へと戻ってくる。

 そして戻ってくると今度は少年を中央にある机の横にある椅子に座らせた。

 その後ドレイクは写真立ての横にある眼鏡を手に取り、椅子に座ろうとしたところで何かを思い出したのか、一人部屋を出ていった。

 少しだけ少年は一人で椅子に座っていると、思っていたよりも時間も掛からずにドレイクは戻ってきて椅子に座った。

 そしてドレイクは眼鏡を掛け、持ってきた何かの紙をまじまじと見つめ始めた。

 この眼鏡もそうだが、基本的に道具という物が全て我々の知っているような形とは幾分か差異があった。

 眼鏡は耳に掛ける部分がなく、人でいうなら鼻の頭の上に乗せると安定するような形状になっていた。

 ドレイクのような竜人は口や鼻、所謂マズルと呼ばれる部分が非常に長くて幅が広いが、耳は無く、代わりに耳孔を守るための魚でいう所のエラのようなものならあった。

 そのため耳のような部分に掛けるよりも鼻の上に直接乗せた方が安定するためだろう。

 服や紙も我々が知る物よりも分厚く、かなり丈夫に作ってあった。


「おや、君には名前がないのか……。これは困った……」


 暫く紙をじっくりと見つめていたドレイクは急にそう言った。

 先程から見つめていた紙は少年の所有証だった。

 奴隷というものには人権はなく、購入者の所有物という扱いになる。

 それが人同士ならまだしも、種族すら違う者同士ならば人と犬のようなものだ。

 もし、貴方が新しく犬を飼い始めるとして『君の名前は?』と犬に聞くだろうか?

 少年が喋れるのなら少年の名前を聞けばいいだけだが、生憎少年は喋ることができない。

 記憶がない頃から少年は狭い世界しか知らず、そこで飼育と調教を受けていた少年が喋ることもできず、名前も無いのは当たり前のことだった。

 しかし、ドレイクは目を閉じ、首を傾げながら真剣に悩んでいた。


「31……。そうだ、サイと言うのはどうだろう?」


 そして閃く、というよりはふわりと浮かび上がってきたのか、ゆっくりと目を開けて言った。

 少年は特に反応はしなかったが、ドレイクはその思い付いた名前を気に入ったのか、何度も呟きながら頷いた。

 少年がもらっていた唯一の呼び方は奴隷番号だった。

 証明書に書いてあった少年の奴隷番号31番だからサイ。

 とても安直ではあったが、だからこそシンプルでドレイクにも少年にも覚えやすいと思ったのだろう。


「君は今日からサイだ。そして……君は私の息子だ」


 そうドレイクは優しい笑顔で少年にそう言った。

 少年は常に無表情で、生きているのかどうかも怪しいほど動かない。

 だが、そんな少年でも確かに生きている。

 そして恐らく、最もそれが敵か否かを見極める能力が強いのも幼い子供だろう。

 少年はその日、初めて自分から動いた。


「あう!」


 言葉を喋ることもできない。

 言葉を理解してもいない。

 そんな少年、サイの鳴き声だった。


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