竜人と少年 14
ゆっくりと目を覚ますと、窓から暖かな日差しが射しこんでいた。
だが、そのまま待っていても、既に目を覚ましているサイの名前を呼ぶドレイクの姿は現れない事も、サイは既に理解していた。
昨晩ドレイクが倒れ、もう一度眠りに就くまでの間に話した事は、サイもよく理解していた。
ドレイクが自分に対して抱いている期待と、これからのドレイクとの生き方を、彼が目覚めるまでの一週間で学んだ衣食住の基礎知識と共に考えた。
アツートからも恐らくドレイクは寝たきりになるだろうという事を伝えられていたため、ある程度の覚悟はできていた。
それは一人で生きていく覚悟ではなく、『ドレイクを治療しながら生活する』覚悟だった。
炊事洗濯掃除は当たり前、それらの通常の生活水準を落とさず、且つドレイクを治療するための魔法を模索し、それを行使できるだけの魔力を蓄えるための体力作りも行うという、今までの生活から考えると考えられないほどの多忙な生活へと変貌した。
料理や買い物を実際に行うと、知識と違い、非常に難しいことであるという事を理解させられた。
持ち前の記憶力と必死に覚えようとする姿勢でなんとか数日で形にし、ドレイクの体調を少しでもよくするためにバランスも考えるだけの余裕が生まれた。
買い物を行う間は自身が奴隷であることを再認識し、言葉遣いと所作を再度徹底し、ドレイクには決してそれが見えないようにも務めた。
掃除は元々行っていたため難なくこなせたが、二人分の僅かな洗濯物でも身長の低いサイにはとても大変な仕事になった。
物干しは竜族を基準に作られているため、普通の人族の場合、低い脚立のようなものがあるのだが、この屋敷にはドレイクしか住んでいなかったため、そんなものは用意されていなかったし、いつもはドレイクが行っていた。
そこはサイが風の魔法を応用して対応し、魔法のコントロールの訓練の一環と割り切って、生活を続けることにした。
基礎体力トレーニングも今までのような体の事を考えての特訓量ではなく、一日でも早く基礎魔力を上昇させることへの特訓に変わっていった。
その上で座学を行うが、そちらも今までのような基礎を覚える勉強法から、ドレイクの体を一日でも早く治すために治療魔術の書物のみを集めての集中勉強へと変わった。
サイにとっての魔法はいつの間にか、褒めてもらうための努力ではなく、ドレイクを救うための我流ではあるものの本格的な魔導の勉強にへと変わっていった。
ドレイクの現状とサイの覚悟がそうやって変わってゆく中、一節中続く季節も変わってゆき、空から降るのは雨から雪へと移り変わっていった。
一月、二月と季節は流れ、少しずつ確実に向上してゆくサイの魔力や知識、確かな生活力と共に雪雲に覆われる日が増えてゆき、大半の竜族が冬籠りの準備を始めていた。
「御免。ドレイクとサイ君は在宅かね?」
「アツート様! この天候の中、ご足労頂き有難う御座います」
「ドレイクから君の話を聞いているから畏まらなくていいと言っているだろうに……。全く、君も彼同様に中々に頑固だね」
「申し訳ありません。それでも私は人族ですから」
ノックの音に気付き、サイがドアを開けるとそこにはアツートが立っていた。
アツートが来た時のお決まりのやり取りを行ってからサイは荷物と上着を受け取り、そのままドレイクの元へ案内した。
「どうぞ。といっても何の出迎えもできんがね」
「ドレイクさん! 大丈夫ですよ横になっててください」
ノックをして部屋に入るとドレイクはそう言って体を起こそうとしていた。
それだけでも激痛が走ると聞いていたサイはドレイクの体を気遣い、心配そうに声を掛けながら足早にドレイクの体をベッドに戻していた。
アツートは世間話やサイの話等の他愛ない話をしながら、すぐにドレイクの触診や問診を始めた。
「ほう。君が倒れた時の診断結果から考えると大分進行が遅くなっているね。とはいえ相当きついだろう」
「正直な所はな。だが、あまりサイに心配を掛けさせたくない。とまあ、わざわざ君のいる前で言うのも何かもしれないがね」
「分かっているのなら安静にしていてください」
そんな他愛のない会話をするとドレイクは少し前までと同じように楽しそうに笑った。
そしてサイも今日は珍しく笑顔を零していた。
一日一回、必ずサイはドレイクに治癒魔法を使用していたのだが、アツートの口振りからしてきちんと効果があったのだろう。
それが分かっただけでも十分笑顔になれる情報だった。
その日は少しだけ長く雑談をした後、アツートは少し多めに薬を処方して去っていった。
「また明日と明後日に残りの分の薬を送るよ。この分だと数日中に出掛けられなくなりそうだからね」
「承知致しました」
サイはその日も深々と頭を下げて送り出したが、アツートが言った通り2日に分けて薬がサイが抱えるほどの大きい包装で届いた。
普通ならそうする必要はないが、この節にそうしなければならない問題があった。
今の節は『氷の節』と呼ばれる節であり、節中を通して雪の降る日が多い節となる。
節が進めば進むほど雪は軽く振るだけではなく、吹雪くようになるため天候が落ち着かない限り誰も外に出なくなる。
その上次の節は『晶の節』と呼ばれる節で、猛吹雪が吹き荒れることは減り始めるが、積もった雪が氷となるほど気温が下がるためどちらにしろほぼ外出は不可能になる。
節も半ば頃になれば気温が上がり始め、氷も解けだすが、それまでの間は備蓄のみで過ごすことになる。
サイにとっては初めての経験だが、ドレイクにとっては既に何度も経験したことがあるため、食料や水、燃料に至るまで問題なく備蓄されていた。
それはつまり、これから2節もの間、唯一の理解者であるアツートの協力すら得られなくなることを意味していた。
これからは本当の二人きりであり、全ての管理を行うのはサイただ一人になる。
そうなってもサイは泣き言一つ言わず、疲れの色すら見せずに日々を過ごしていた。
だがそれから更に数ヶ月も経つ頃、そんな日々は緩やかに終わりの音を告げていた。
まずサイの学習能力と現在の魔力量に大きな差が出てしまい、覚えた魔法のほとんどが使う事すらできない状態になったこと。
そしてドレイクは可能な限り平静を装っていたが、明らかに体調が優れない日が増え始めていた。
念のために渡されていたアツートのメモを頼りに薬の量を調整し、ドレイクの体調の変化に敏感にならざるをえなくなった。
そして一番の問題が、ついに体力作りに使っていた中庭がどうしようもない程に雪が積もってしまったこと。
それらが最悪のタイミングでドミノ倒しのように積み重なったため、サイも明らかに焦りを見せ始めていた。
屋内でも可能な体力作りを模索するための本を探し、同時に現状でどうにかして今以上の魔法を行使する方法も探るために本を探し、少しでもドレイクの体調の状況を把握するために医学書も探した。
そうしていく内にサイも机に向き合う時間が増え、今以上に真剣に全ての情報を取り込もうと学び続けた。
「ドレイクさん。今日は体調は大丈夫ですか?」
「……サイ。すまないな。もう少しだけは隠すつもりだったが、とてもではないが良好とは言えない。薬が効いていても起きているのが限界だ」
「そう……ですか……。きょ、今日は新しく『暖かなる癒し』を使えるようになったので、それで治療します」
「それは構わないが……。大丈夫なのか? あれからそれほど経っていない。君の事は高く評価しているが、流石に君でもこの短期間で下位魔法ならまだしも中位魔法を使えるとは考えられない。無理をしているのなら君のためにも止めてほしい」
「大丈夫です! それだけ必死に努力しているのですから! では体をリラックスさせて下さい」
食事と薬を済ませた後、サイはそう言ってドレイクの体を治療し、食器を片付けて部屋を出て行った。
そのまま食器を持って台所まで行き、食器を脇に置いてサイは洗い場を覗き込んだ。
すると途端にサイは血を吐き出し、苦しそうに胸を押さえながらも必死に声だけは殺していた。
吐き出した血からは驚くことに、ゆっくりと若芽が伸び出していた。
それこそが以前、ドレイクが注意していた外魔力を行使する際の、精神力の許容限界量を超えた拒絶反応だった。
当然サイは未だ魔力は未熟なままだった。
しかし焦りの出ていたサイを止める者がいない今、サイはドレイクのために自身の知っている限界量以上の魔力と魔素を行使しての魔法を使って治療を行ったのだった。
ドレイクに言われた注意点を全て無視しての行使は、当然サイ自身の体に非常に負担を掛けていた。
だが、サイの心は苦しさよりも不甲斐無さの方が上回っていた。
持ち前の記憶力はあっという間に、今のドレイクの状態さえ元の健康な状態にできそうなほどの強力な魔法まで覚えていたが、文字通り命懸けの詠唱で唱えられる魔法はその中の一割以下しかなかった。
サイは初めて自分の体の弱さが嫌いになった。
それまで一度も気にした事が無かったのに、これほどまでに自分が人族ではなく、本当にドレイクの息子だったらと何度も考えた。
だがどう願おうと現状は変わらない。
必死に考え、現状でも可能な事を模索し、一日でも早くドレイクの体を治療するために記憶を辿ったり、他の魔導関連書もかき集めて読み漁った。
そこでようやく一つの光明が見えた。
魔導書の内の一つに『魔導構築式の基礎』という書物があったのだが、その書物は以前、内容が難しくドレイクに解説を頼んだのだが、これはサイにはまだ早すぎると言われたことを思い出した。
理由は単純で、魔導構築式というもの自体があまりにも複雑であり、尚且つ使いこなすためには魔導をきちんと理解し極める必要があったからだ。
というのも魔導構築式というものは普段サイが覚えている魔法陣を構成している記述そのものの事を指している。
魔法式を一つの作文とするのなら、魔導構築式は定型文や文字そのものに当たる。
そのため現存する魔法式を完璧に理解し、その構築式がその魔法式内でどういった作用をはたしているのかをきちんと理解すれば、自分の理論に基づいた新しい魔法式を生み出すことができる。
サイは謂わば魔導師としての入り口をようやく一歩踏み出したばかりの新人であるため、魔導構築式を覚えてもただ不要な知識を得るだけになる。
ドレイクはそう思って何も教えなかったが、サイは逆にここに光明を見出していた。
魔導構築式を根本から理解してしまえば、逆引きのように魔法式から学ぶ必要が無い、という結論に至ったのだった。
サイにとって覚えることは何ら苦ではなかった。
だからこそサイはこの発見を心の底から喜んだ。
全て覚えてしまえば、魔力の少ないサイでも使いこなせる上級魔導式を作り出せる。
そう確信をもってサイは魔導構築式の書物を集め、全力でその内容を覚え始めた。




