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命の在り方  作者: けもにゃん
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竜人と少年 13

 戦争の日々は終わり、国王ファイスの指導の元、人族ヒュムノの正式な種族名の制定と、人族ヒュムノの処遇を決める法律を定め、恨まれながらも人族ヒュムノが最低限竜族ドラゴス達の社会に馴染んでいけるように努めた。

 そうやって世界が新たに変革を行ってゆく中、国王ファイスの怪死の報が世界中を駆け抜け、再度竜族ドラゴス達を根も葉もない人族ヒュムノの策謀のうわさが流れ、竜族ドラゴス達は更に人族ヒュムノを恐れた。

 人族ヒュムノへの敵対感を強めていったが、現国王であるファザムノが混乱する世界の中で国王に即位し、見事な手腕でその混乱と不満を抑えていった。

 それから暫くの時間が経ち、人族ヒュムノが恐れられていた頃も和らぎ始め、奴隷であることが当たり前になり始めた頃、ドレイクはその世界でも未だ罪悪感に囚われていた。

 人族ヒュムノが視界に入れば、例えどんな表情をしていたとしても、それが怒りや憎しみのような激しい表情をしているか、絶望に囚われているようにしか見えなかった。

 それどころか友人だった者達とも顔を合わせられなくなっていた。


「会う人会う人、全ての人が私を見ると『英雄』だと感謝を告げてきた。それは私にとっては罪の記憶を呼び覚ます呪いの言葉でしかなかったが……私には心の底からただ感謝の念を伝える人達に止めてくれとは言えなかった。だから自然と一人の時間が増えていったのだよ……」


 有事の際以外は自分の家を出ず、毎日ふと気が付くと思い出してしまう凄惨たる光景に懺悔を繰り返す日々を続けていた。

 そんなある日、ドレイクのそんな日々を変える出会いがあった。

 その人も最初の印象は他の彼を英雄と讃える人達と同じ人だという印象だった。

 実際にその人も初めに感謝を述べてきたからだ。

 丁度色々な人に言われ続け、精神的に追い詰められ始めていた頃だったため、ドレイクは思わず私は英雄などではない。ただの人殺しだ。そう答えてしまった。


「ただの人殺しなどではありませんよ。多くの人々の命を奪ったのと同じだけ、貴方は殺されるはずだった人も救っているんです。貴方にそんな事をさせてしまったことを理解しているからこそ、私達は貴方を『英雄』と呼ぶのです」


 とても美しい女性だったが、ドレイクにとってそんな事はどうでもよかった。

 何故彼を英雄と呼ぶのか、彼が求めていたその理由を初めて答えてくれた人だった。

 恐らく、誰もが心の奥底ではそう考えていたのかもしれないし、単純にただ自分たちを救ってくれた人だからという理由で褒め讃えている人もいるかもしれない。

 だが彼を目の前にして、その言葉の意味をはっきりと答えたのは彼女が最初で最後だった。

 彼女の名前はテネデル。後にドレイクを支える妻となった女性だ。

 始めこそ彼女はドレイクに対して初めて返答をし、それが元で二人は少しの間論争を繰り広げることとなったが、その時のドレイクにとっては少しだけ嬉しかった。

 少なくとも、テネデルの発した『英雄』という言葉には、謝罪の意味も込められていることが分かったからだ。

 その日からはドレイクは気が付くとテネデルの姿を探すようになっていた。

 数日後に偶然にもまた出会うことができ、ドレイクはそこでその折の謝罪とこれからも会って話したいという思いを伝えた。

 テネデルは快諾し、その日から様々な会話をするようになった。

 自身が本当にやりたかったこと、魔法を攻撃に転化したことによる大量虐殺への後悔、そして時間が経つにつれ、テネデルへの好意も抱き始めた事も伝えた。

 二人の関係が仲の良い人から親密な関係になるまでそれほど時間は掛からなかった。

 テネデルと話すようになり、ドレイクもようやく色んな人とも話すことができるようになった。

 次第に籠りがちだったドレイクは自然と多くの人前に姿を現すようになり、『英雄』と呼ばれることへの抵抗感も少しずつ和らいでいった。

 その折、ドレイクを含む戦争中に活躍した六名の魔導師達が正式に『六賢者』として讃えられ、特別な魔導階級である霊幻魔導師の称号を授かった。

 それに伴い国王ファザムノは治世を行うための機関として幻老院を作り、より人族ヒュムノに対しての素早い政策や対応を可能にし、両種族間の軋轢の解消を図った。

 だが、ドレイクはそれを辞退した。


「とてもではないが……当時の私にはまだ人族ヒュムノと関われるほど自分の心は癒えてはいなかったのだ……」


 ドレイクは未だ街角でも人族ヒュムノが視界に入る事すら辛い状況のままだった。

 人族ヒュムノという言葉を聞くだけで辛い記憶を思い出してしまっていた。

 ドレイクの周囲にいる人達はそれを気遣って口には出さなかったが、そのような場や機関に所属してしまえば嫌でも毎日聞かなければならなくなる。

 それはドレイクには耐えられなかった。

 だが、それと同時にドレイクは自分も変わらなければならないということを思い知り、思い切ってテネデルに告白した。

 テネデルも喜んでドレイクの告白を受け取り、程なくして二人は夫婦になった。

 ドレイクとテネデルが一つ屋根の下で暮らすようになり、更に腹を割った話ができるようになった時、ドレイクは一つ気が付いたことがあった。

 それは精神世界メンタリカという存在だけは二人で共有することができない世界だったことだった。

 それまでは、魔竜種マグネリア以外の種は精神世界メンタリカを認識することができないという事を頭では認識していた。

 だがテネデルは地竜種グランディネスであったため、実際に言葉で説明することができない世界を教えることの難しさを思い知らされた。

 精神世界メンタリカの共有問題に頭を悩ませていた時に、同時に出会ったのがアツートだった。

 彼は医竜種ファマロと呼ばれる種族で、薬医者として既に仕事をしていたのだが、ドレイクと偶然出会った際にアツートが魔法を教えて欲しいと願い出た。

 教えて欲しいと願われてもドレイクには教える術が無かったため、理由を説明して丁重にお断りした。


「なら厚かましい願いかもしれないが、私に『魔法を教える方法』を模索することはできないだろうか? 魔法の攻撃転化が可能な貴方ならば!」


 彼のその言葉がドレイクの運命を変えた。

 厚かましいと言い切ったその願い出は、彼のその言葉の前にあった『医療の未来のために』という言葉を知っていたため、思う事は無かった。

 それよりもドレイクの中では彼の考え方に衝撃を受けた。

 『理解する事のできない者に理解できるようにする』という考えが、後の全ての人生においてドレイクが掲げる夢となった。

 ドレイクはアツートの申し出を快く引き受け、その日から毎日精神世界メンタリカを共有するための研究に打ち込んだ。

 そして研究が始まってからそれほど経たない内に、ドレイクはサイにも見せた精神世界メンタリカの認識方法を発見し、手法として確立した。

 だが、それで見せることのできる精神世界メンタリカは所詮、ドレイクの見ている精神世界メンタリカを通して擬似的に認識しているだけであるため、後の努力は見せた相手に任せるしかなかった。

 アツートもテネデルも同じ世界を共有しようと必死に努力を行ったが、やはり見た事の無い世界を常にイメージし続けることは非常に難しく、結局二人は精神世界メンタリカを認識するには至らなかった。

 失念するばかりではなく、更なる模索を開始しようとしていた所に、もう一つの転機が訪れた。

 ドレイク自身も新たな目標が見えたことによって明るくなっていたためか、一人の魔竜種マグネリアの若者がドレイクの元へ弟子入り志願をしてきた。

 当時は魔導の学門機関は総合学院であるグリモワール以外に存在せず、魔導を学びたい者はグリモワールへ行くか、既に魔導師として活躍している者に直接弟子入りするしかなかった。

 青年の申し出にドレイクは快諾し、そこでドレイクは青年に魔導を教える時に、昔の事を思い出していた。

 魔導師としての期待の高かったドレイクは、若くして多くの魔導初心者を従え、彼らに魔導の基礎を教えていた。

 学ぶ者達は所謂玉石混合、確実にこれから先先頭に立って歩くだろう者と共に、普通の魔導師として世界を支えるだろうと思える者もいた。

 そのため、ドレイクはそういった学ぶ意志はあるが、学ぶことができない者達のための学園も必要だと考えた。

 勉強する事が無駄になることはない、と今回の精神世界メンタリカの共有に関する研究を行った際に思い、最終的には多くの者達に魔法を教え、将来的には『精神世界メンタリカを認識するための魔法式』を作り出し、『誰もが魔法使いになれる世界』の足掛かりとなる施設を作りたいと考えた。

 彼の元へ少しずつ弟子入りする魔導師志望の者達が増え、彼らに魔導の基礎や魔法式を教え続けながら、『グリモワール魔導分校』の竣工を行うための手筈も整えていた。

 自身の地位を利用して許可を取り、土地と建物を準備し、必要な教材を潤沢な人脈から集め、全てが完成しいつでも一期生を受け入れることが可能な状態にした所で、彼の人生の転機が訪れてしまった。

 その凶報はドレイクにとって、国王の死去よりも聞きたくないものだった。

 テネデルが病で倒れ、既に生きているのが不思議な状態になっているとのものだった。

 最も大切な人の肉体に限界が訪れていることに気が付けなかったことが、ドレイクにとっての一番の悔しさだったが、必死に今を、未来を生きようとしているドレイクの足を引っ張りたくなかった、テネデルの必死のやせ我慢でもあった。

 ドレイクがテネデルの元に駆けつけられたのは息を引き取る数時間前だった。

 ドレイクは気付けなかったことを謝りながら泣き続けたが、テネデルはドレイクの夢を邪魔してしまったことを謝っていた。

 テネデルの病が当時の医学では治らないものであることは、既に二人と親友となっていたアツートが断腸の思いでテネデルにだけ伝えていた。

 彼も何としてでも治療する方法を模索すると言っていたが、医学はそう易々と奇跡を起こしてはくれなかった。

 テネデルが不治の病であることを知ったのは丁度、ドレイクに弟子が増え始め、夢を語り始めた頃だったため、テネデルも自分の状況は伝えず、アツートの予想を裏切って治るか、想像以上に長生きする事を願っていた。

 最後の瞬間までテネデルはドレイクに愛していると伝え、ドレイクはずっと謝っていた。

 結局、ドレイクはテネデルが息を引き取るのを看取ると、ようやく手に入れた希望も目指した夢も、深い後悔と絶望で挫折してしまった。

 周囲の人達はドレイクの心中を察し、自然と身を引いていき、ドレイクもテネデルと共に過ごした家にいつまでも居ると心が耐えられなくなっていたため、周囲の人々の同情と了解を得て、『グリモワール魔導分校』となるはずだった夢の跡地に住まわせてもらった。






     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇






「それからの時間はあっという間の事だったよ……。私自身も抜け殻のようになってしまい、ここは本当に夢だけが残骸として残っただけだった……。全ては私が動き出せないがために……」


 そう言ってドレイクは涙を流しながら過去を語った。

 時間が流れてゆく内にドレイク自身も病に倒れ、ドレイクもまた不治の病であることをまたもアツートから伝えられた。

 だが、ドレイクはその時は何の感情も湧かなかった。

 悲しみも苦しさもなく、ただこれが天命であり、自分の受けるべき罰なのだろうと考えていた。

 抜け殻のような日々は流れ、そして……余命が宣告された日から残り6週節となる頃、ドレイクはサイと出会った。

 最後ぐらいは、人族ヒュムノと向き合わなければならないという思いと、残せなかったテネデルとの思いをサイに移し替えようとしたのだったが……。


「君と出会ってからのこの数節。長い長い空白の時間さえも一瞬に感じられるほど充実したものだった……」

「僕にはまだ短かすぎます……。もっとドレイクさんと一緒にいたいです! 例え、ドレイクさんの残りの時間を費やすための存在だったのだとしても僕にはドレイクさんしかいないんです!」

「いいや。君は私の手を離れるべきだ」


 ドレイクに泣きながら縋り付くサイに対して、優しく頭を撫でながらそう言った。


「君と出会ってからの日々は驚きの連続だった。最初は人族ヒュムノとして見ないために息子としてだけ見ていたが、君がどんどん素晴らしい才能を開花させていく折に、人族ヒュムノとしての立ち回り方を覚え、周囲の反応を見た時に現実に引き戻されたよ。だからこそ誓った。君を一人の人族ヒュムノとして、そして一人の息子として教えられる全てを教え、君の行く末を見るべきだと」

「僕はそれほど優れた存在ではないです……。ただの人族ヒュムノなんですから……」

「恐らく、君と出会わなければ私もそのような考え方だっただろう。だがな、君が優れていることは事実であり、そこに種族などというものは関係が無いのだよ。人族ヒュムノは危険な種族だと未だに世間では伝えられている。だが実際は竜族ドラゴスと共に生きるために必死で色んなことを覚えようとしているだけの賢く、そしてか弱い種族だ。その中でも君は人一倍覚える速度が速い。私が数週節教えてアツートたちが理解できなかった精神世界メンタリカを君は1節もかからずに認識してしまったのだからね」

「優れてなどいるはずありません」

「今の君にはそう思えるだろう。君はそういう偏見で出来た人族ヒュムノの常識の通りに生きようとしているからね。だが君は間違いなくそれらとは違う異端な存在だ。何も知らなかったからこそ君は人族ヒュムノ初の魔導師となり、確実に今後魔導師の世界だけではなく、この世界そのものを、さらに良い世界に変えてゆける賢さと優しさを持っていると私は確信しているよ」

「僕には……ドレイクさんと出会ってからのこの1節以外の記憶が殆ど無いんです。僕にとってはドレイクさんとのこの生活だけが全てなんです!」


 ドレイクは自分の思いの丈を全てサイに話したが、サイも同様に自分の事を話した。

 それを聞いてドレイクは驚いた表情を見せていた。


「……サイ。自分が私の元に来るまでの期間。何処で何をしていたのか思い出せるかね? 恐らくとても辛い記憶だと思うが、少しだけでも思い出せるだろうか?」

「覚えていないです。何も……。最後に覚えているのが、初めてドレイクさんの名前を呼んで、ドレイクさんが笑ってくれた時のことです」


 サイのその言葉には疑う余地が無かった。

 感情的になっていたサイに、この状態で嘘を吐く余裕はなかった。

 だからこそドレイクはそれ以上この話を続けることはなく、ただ静かにサイを宥めるだけだった。


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