竜人と少年 12
目を覚ますと目を覚ましたくなくなるほどの激痛が体の内側を駆け巡った。
一つ深く息を吸い、痛みのおかげではっきりとした意識でゆっくりと体を起こした。
「おはようドレイク。思っていたよりもお早いお目覚めだね」
「その声はアツートか……。ということは……私は倒れたのか……」
「あの人族に感謝することだね。あの子がいなければ最悪、もう二度と目を覚ませなかったかもしれんよ」
そう言って、アツートと呼ばれた竜族はサイの方へ目をやった。
ドレイクの傍で椅子に腰掛けるその竜族はドレイクと同じか、少し上ぐらいの年齢に感じられる、上品で落ち着いた雰囲気の持ち主だった。
綺麗な白の服と深い蒼の鱗が、より彼を落ち着いた雰囲気にしているようにも感じられたが、ドレイクと話す彼の言動は何処か嫌味のような皮肉が効いていた。
しかしドレイクはあまり気にしている様子はなく、そう言われ素直に顔だけをサイの方へ向けた。
するとサイもドレイクが意識を取り戻したことに気が付いたのか、手に持っていた道具を急いでアツートの横の机に置き、二人に深く頭を下げた。
しかし、サイはそれ以上の反応は見せずに、そのまますぐに部屋を出ていってしまった。
「さて……一先ず、よく薬が切れてから今日まで一度も倒れなかったものだ……。呆れるやら感心するやら……」
「やせ我慢をできる相手ができたのでね。とはいえ、やはり限界だ。話すのもきつい程の痛みだよ」
「だろうね……。だが、私としては君がそれに耐えられていたことよりも、人族を傍に置いている事の方が驚いたよ」
「……あの子は私の息子だ」
ドレイクが静かにそう答えると、アツートは一つ深く深呼吸をした。
それはどちらかというと呆れに近い、深い溜め息のようだった。
「そうか、『息子』と来たか……。君にとってあの人族はそういった設定にするのならば都合が良いだろう」
「違う。私は本当にあの子を息子として……」
「人族の平均寿命はおおよそ6週節(10年で一週節、1節が一年)。君に私があの時伝えた残りの時間と、君が風のうわさで人族を買ったと聞いたのも残り6週節になった頃だった」
「違う! あの子は間違いなく私の息子だ!」
「君が本当にあの人族を息子だと考えているのなら……何故君は突如、全ての交友を絶ったんだ? 君が心を患い、人を避けていたのは知っている。だが、ここ最近では買い物に出かける姿もほとんど見なくなったと聞く。本当に息子としてあの人族の事を見ているのなら、尚更世間の事を教えておくべきだ」
「違う……私は……」
「死人に鞭打つような事は出来れば私も言いたくない。だが、今の君はあの人族を道連れにして残りの苦しみを和らげようとしているだけにしか見えない」
そう言いながらアツートは興奮して上体を起こしていたドレイクの肩に優しく手を置いた。
ドレイクは涙を流しながら、ただその言葉を聞いているだけだった。
なんとか反論しようと言葉を探しているようにも見えたが、アツートのその言葉に返す言葉を見失ったのか、諦めたようにゆっくりと体をベッドに預け、一つ息を吐いた。
「別に君の生き方を否定しているわけではない。君とは長い付き合いだからこそ何があったのかも十分知っている。だがな、それに他人の人生を巻き込んではいけない」
「確かに君の言う通りだよ……。始めこそ私は叶わなかった夢を、残りの時間で満たそうとしていた……。だが、今は違う。あの子は……サイは間違い無く天才だ。私など足元にも及ばない程の発想力と才能を秘めている。私は残りの命を使って、あの子をこの世界に認めさせてみせる……!」
「そうか……ならば……この事実は君にとってとても辛いものになるだろう」
ドレイクの告白に対し、アツートは神妙な表情でそう切り返した。
「君は後1週節も生きられるかどうか分からない」
その言葉を口にするまで、アツートはかなりの間を置いていた。
ドレイクはただ静かにそうか。とだけ答え、安静にしていた。
暫くの間、その場を静寂だけが包み込んだが、ドレイクの方が先に切り出した。
「ならばその数節で出来ることをするまでだ。アツート、私の体がどうなろうと構わない。あと数節、問題なく動けるだけの鎮痛剤や薬を処方してくれ」
「私も医者だ。たとえ君の頼みでもその言葉を受け取ることはできない。あくまで一医師として、残りの時間を穏やかに過ごせるように努めることしかできんよ」
「それでも構わない。ただ、寝たきりにだけはならないようにしてくれ」
「初期の想定よりもかなり酷い状態だ。保証はできない」
「なら後は根性でどうにかするまでだ。無理を言ってすまない」
ドレイクがそう言うと、アツートはただ静かに深く頭を下げ、鞄から薬を取り出して机の上に置いた。
そのままアツートがその場を後にしようと、玄関へ向かって歩いていると、サイがアツートを出迎えていた。
「アツート様、ドレイク様の診察ありがとうございました」
「サイ君……といったかね?」
「はい」
「彼は……ドレイクは私にとっても旧友であり、親友だ。だが、今の私では彼にしてあげられることはほとんど無い。だから君が……彼を大切にしてあげて欲しい……。多分、人族にしかできない事だ」
「承知致しました」
そう言って頭を深々と下げるサイに対し、アツートは優しく肩を叩き、そんなに畏まる必要はないよ。と伝え、屋敷を出て行った。
それを見送ってすぐにサイはドレイクの元に向かった。
ノックをしてドアを開けると、そこにいるドレイクはいつもとあまり変わりの無い、しかし何処か悲しげにも感じる表情をして天井を見つめていた。
サイが入ってきたことに気が付くと、いつもならドレイクはいつものような柔らかな笑顔を見せるのだが、真剣な表情でサイを見つめた。
「サイ……今まで隠していたが、今日君に私が決して伝えなかったことを……君を何故ここに迎え入れたのか、私が今まで何をしていたのかを全て話そう」
「話す必要はありません。僕にとっては今のドレイクさんとの生活が全てで、それ以上の事は知る必要がありません」
「ならこれは私の独り言だ。だが、必ず聞いてほしい」
サイはそれでも拒否しようとしたが、その言葉とその表情は明確な覚悟と意志が見えたため、拒否することを諦めた。
サイが何か言おうとしたのを止めたのを見てから一呼吸置き、ドレイクは話し出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
サイとドレイクが出会うよりもずっとずっと昔、今から千年以上も昔まで遡り、ドレイクもまだ若き一人の魔導師であった時から話は始まる。
ドレイクはその頃、魔竜種と呼ばれる、魔法の力を使う事の出来る種族の中でも高い魔力を持ち、将来を有望視されていた存在だった。
そんな境遇でもドレイクは弛まぬ努力を積み、周囲のプレッシャーを撥ね退け、期待通りの素晴らしい魔導師になり、周囲の魔導師たちに教えるような立場として、ドレイクにはさらに期待と責任が付きまとうようになった頃、人族の大侵攻と国王が殺害されるという凶報がドレイクの元にも届いた。
その頃の魔法は攻撃するためのものではなく、生活を助けるための術でしかなかったため、ドレイク達は戦い、傷付いて帰ってきた戦士達の回復や、食料と水の確保等の後方支援が主な役割だった。
しかし日に日に死傷者の数が増え始め、魔導師にも疲労の色が見え始めた頃、ドレイクはただただ悔しさを募らせていた。
『迫り来る敵に対して、自分たちができることはこれだけなのか』と……。
それから間もなく戦線はドレイク達が駐屯する前線基地まであっという間に進み、ドレイク達が直接的に戦闘に巻き込まれるようになった時、ドレイクの運命を大きく変える出来事が起きた。
偶然にも敵を退けるために、ドレイクと敵の間に炎魔法を使い、相手が本能的に避けてくれることを願って壁として使った。
しかし、ドレイクへ向けて突き進む敵にとっては何が起きたのかも分からず、一人の敵兵が炎の中へ突っ込んでしまった。
炎に飛び込んだ敵兵は勿論焼死し、それを見ていた他の兵達は理解できない現象が起きたことに驚いたのか、結果として敵を撤退させることができた。
「その時、私は罪悪感を感じながらも、『魔法でも戦うことができる』という事実にこの上ない希望を抱いてしまったのだ……」
それからはドレイクは共に学び、名の知れた魔導師であった人々に声を掛け、魔法の攻撃転化の方法を全力で模索した。
1節と経たない内に、今では初歩と呼ばれる攻撃魔法を術式化し、全ての魔導師が攻撃を行うことができるようになったことで、戦争の局面はあっという間に竜族有利へと傾いていった。
当時、人族の持っていた遠距離攻撃といえば弓しかなく、圧倒的な射程を持つ魔法はまず『知らない』という有利で圧倒し、魔法の存在を人族が理解しても、対応できない飛距離や威力、有効な攻撃範囲など、様々な面で人族を圧倒したかに思えたが、戦術というその一点は圧倒的に人族が長けており、距離の有利を戦術によって覆したことによって、魔導師にも多くの死傷者を出す結果となった。
そこでドレイクを含めた、後に『六賢者』と呼ばれる魔法使い達は強力な攻撃魔法を行使して戦争をあっという間に終局へと進めてしまった。
「1節程度では初歩を生み出すのが限界だったが、3節も経つ頃には既に論理の理解が終わっていたこともあり、既に上級攻撃魔法まで術式化が終わっていた。できれば使いたくないが、心の何処かではようやく術式化した魔法を使いたいという、魔導師の欲求に駆られていた部分もあった。……そして私達は最大の過ちを犯した」
強力且つ、広範囲を一度に攻撃することのできるその魔法はたった一瞬の間に数千、数万もの人族の命を奪い去った。
魔法はいわば大自然そのものの力を借りる技である。
それは例え竜族であったとしても抗う事の出来ない力であるため、当然人族の抵抗することなどできず、魔法に巻き込まれ、無残に死んでゆく者とただただそれを見つめるしかできない者の二者になっていた。
「……今でもあの凄惨な光景を覚えている。だからこそ当分の間、人族の姿を見るだけでその光景を、絶望に打ちひしがれる表情を思い出してしまっていた……。自分が何をしてしまったのか、ただただ思い知らされるだけだった」
それから間もなくして人族の残りを掃討するだけの名ばかりの戦争になり、戦士達が人族を殺していくだけだった時、次の代の王として僅かな間即位する事となる戦士達の隊長を務めていたファイスが掃討戦を止めさせ、残りの人族を捕縛するという形でその戦争は幕を閉じた。