竜人と少年 10
誕生日を祝った日からはや数ヶ月、庭の草は枯れた根を残してほとんどが刈り終わっていた。
その頃には既にサイもある程度の体力が付いたのか、最近では一作業を終える度に一息入れる必要もないほどになっていた。
魔法の勉強の方はどうなのかというと、疎かにすることもなく勉強し続け、びっしりと書き込まれたノートは既に積み上げればサイと同じ高さになるほどあった。
その日も変わらずサイは草刈りをしていたのだが、数束刈ったところで手を止めていた。
「おはようピィ」
「ピィ」
見上げた草の葉の上には、初めて見た時から一回りも二回りも大きくなったピィの姿があった。
初めの内はサイが抱えられるような大きさだったため、たまにサイの頭の上に乗って草刈りをしている間は一緒に過ごしたりしていたのだが、次第にサイとそこまで大きさの差がないほどにまで成長したため、最近ではサイの後ろをついて回るか、刈り取ったばかりの新鮮な葉を食べているかになっていた。
ピィの乗っている葉も重さからかなり撓んでおり、先端に乗ろうものなら音を立てて折れそうなほどだった。
それほどにまで育ったピィは勿論食べる葉の量も増えていた。
だからこそサイは草を刈るのを躊躇っていた。
ほとんどの草を刈り終わり、新鮮な草が残っていないということは、同時にピィの食料も無くなっていることを意味する。
「どうしたんだい? サイ。こんなところで立ち尽くして」
「あっ……! いえ……その……」
残りの草をどうするか悩んでいると、様子を見に来たドレイクが声を掛けてきた。
普段のサイならば、こんなはっきりとしない返事をすることがないため、ドレイクもサイが困っている様子に気が付き、次の言葉を発するのを一旦やめた。
少し待っていたが、サイは今まで見せたこともない申し訳ない表情をして視線を下に降ろしていた。
「相談したいことがあるのだろう? ゆっくりでいい。話してみなさい」
「ごめんなさい。もしよかったら、ここの草だけでも刈るのを止めては駄目ですか?」
「別に構わないが……どうしたんだい?」
ドレイクに聞き返され、ようやくサイはピィの事について説明した。
理由を聞くとドレイクは小さく微笑み、周りを指差した。
「君に草を刈ってもらっていたのはこの運動場をもう一度使えるようにするため、そして基礎的な筋肉を作るためにお願いしていたんだ」
「はい。それは以前教えていただいたので日々励んでいるつもりです」
「草をここ数カ月刈り続けた君はそれなりの身体になったはずだ。その頃にはこの運動場を使っての本格的な体力作りもできるだろう、ということでお願いしていただけだ。全部刈りきる必要はないよ。これだけの広さがあれば十分運動できるからね」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「しかし……それならもう少し前に相談してくれればよかったものを……これだけ刈ってからでは流石に残りの草ではピィも足りないだろう。まあ、昔なら駄目だと言っていただろうが、今なら別に庭とも呼べない雑木林が残っているから問題はないがね」
そう言って笑い、昔はとても綺麗な庭のある運動場だったとドレイクは重ねて語った。
そのままドレイクは、サイを連れて中庭の入り口の方へと戻った。
「さて……。十分な広さの運動場が、サイの頑張りのお陰で確保されたが、あと一つだけ大仕事が残っている。分かるかい?」
「はい。残ったままの根っこを全部掘り出さなければ運動場としては使えません」
ドレイクはその通り! と言ってサイの頭を撫で、少し前へ出た。
「サイ。魔法が何故、自然的な現象を起こしているだけで『奇跡の御業』と称されるか分かるかい?」
「魔導師以外には扱えない技だからでしょうか?」
「半分正解だ。魔導師……世間一般的には魔法使いと呼ばれる種族以外には触れることも理解することもできない力でること。そしてもう一つが、例え自然的に起こりうる可能性があるとしても、その技はあまりにも強力だからだ」
そうサイに言い放ち、ドレイクはサイに背を向け、目を瞑って深く集中した。
するとドレイクの周囲を囲むようにうっすらと土色の霧のようなものが何処からともなく集まっていった。
そしてその色が次第に濃くなってゆくにつれ、ドレイクがすっぽりと収まる程の大きさの光の輪がドレイクの前へ描かれ始めた。
光の輪は次第に綿密且つ繊細な紋様が刻まれてゆき、一つの大きな魔法陣となった。
「雄大なる大地の波!!」
ドレイクがそう言い放つと、魔法陣が更に光り輝き、ドレイクの前の地面が持ち上がり、波打つようにめくれていった。
残っていた根が波に巻き込まれるようにして土の中へ消え、端まで辿り着く少し前で逆からも波が起き、二つの波がぶつかった後、土はそのまま元々地面のあった場所へ落ち、水面が静寂を取り戻すようにただの地面へと戻り、魔法陣も消失した。
「これは外魔力である魔素を使用した大魔法の内の一つ。使いこなすにはかなりの鍛錬を要するが、地面さえも己の思い通りに操ることが出来る。これこそが魔法の真髄でもある」
先程までの荒れた運動場がまるで嘘であったかのように、整った運動場になっていた。
魔法を使い終わり、ドレイクはサイにそう言い、驚愕の表情を浮かべるサイに言葉を続けた。
「サイ。これほどの力を持つのが魔法だ。これを目の当たりにして君はどう感じた?」
「とても素晴らしい力だと思います。ただ……同時にとても恐ろしい力でもあると感じました」
ドレイクの問いにサイはそう答え、大魔法により均された運動場の隅に残された、ピィのための草場を見つめた。
「あれだけの土地をあっという間に平らにできる力ですが、もしあそこにピィがいたら……そう考えるととても恐ろしいです」
「その通りだ。魔法は身を助く力だが、それは決して自分の力などではない。自然そのものだ。自然を前に何者も抗えぬように、魔法にもそれと同じ恐ろしさを秘めている。だが、唯一違う点があるとすれば、魔法には意思が宿っているということだ」
「意思……ですか?」
「自然に悪意はない。恵みも災害もただそうなってしまっただけだ。だが、魔法には術者の明確な意思が宿っている。何のために、誰のためにそれを使ったのか、という意思がね。サイ、その感情は大事にしなさい。魔法とは常に誰かを助けるために使うものだ。故に魔導師は魔法を使う時に考えるべきだ。それで誰かを幸せに出来るのか、誰か苦しむ者がいないか、をね」
そう言ってドレイクは優しくサイの頭を撫でた。
その後は昼食を摂り、これからの訓練の内容を説明した。
今までの草刈りにより、万全とは言えないが、最低限の体力は付いたため、これからは素地を作るためのランニング、そしてようやく魔法の実践経験を行うと伝えられた。
それを聞いてサイはとても嬉しそうに微笑んだ。
ようやく、覚えた知識を活かせる時が来たのだ……と。