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命の在り方  作者: けもにゃん
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竜人と少年 9

 草を刈り始めてから一週間ほど経っただろうか。

 少しずつ草も刈れて視界も開けたかと思ったが、そんなことはなく、想像以上に逞しい雑草のを想像以下の体力のサイが刈っているためほとんど進んでいなかった。

 庭先のおおよそ竜族ドラゴス三人分ほどの空間が出来るのがやっとのことで、ほとんど一日に一掴みほどの草を刈るのが精一杯だったサイにしては進んでいる方だろう。

 というのも、ドレイクは菜に鎌の使い方を教えるついでにいくらか草を刈り、刈った草をひとまとめにしておいて置く場所を教えたりなどするために少し手伝っていたからだった。

 ただの草でもサイから見れば自分の背丈をゆうに超える草を必死に刈っているうえ、それだけの高さになる草ともなれば根元も十分な太さになっている。

 サイからすれば草を刈るというよりは、小さな木を切り倒しているようなものだった。

 しかしそれは悪いことばかりではなく、ここ最近ようやく健康な体になりだしていたサイは、今までドレイクと遊んでいた時間は、全部魔法と礼節の勉強時間になっていたため、あまり体を動かさなくなっていたせいで眠りが浅くなっていたのだが、木のような雑草を全力で刈ることによってようやく体もどっと疲れるようになり、ぐっすりと眠れるようになっていた。

 疲れるほど体を動かせば必然的にお腹も空き、お腹が空けば沢山食べ物も食べる。

 そしてもちろん様々な所作や言葉遣いを学び、今までの読書の時間はほとんど魔法を覚える時間に変わっていた。

 遊ぶ時間が無くなっていたが、サイにとっては毎日が今までよりももっと楽しい日々になっていた。

 そんな生活になり始めてから数ヶ月、庭の雑草も一目で今までよりも減っているのが分かるほど刈れており、まだ根を掘り起こしていないため、地均しをすればそれなりに運動ができるスペースが確保できた頃、ドレイクはまた道具を買いに出掛け、サイは草刈りをしながら一人留守番することになった。

 この頃にはサイも、流石に草を一束刈るのに体力を使い果たすようなことはなくなっていた。

 それにサイよりも背も高く、幅もサイよりは太くはないが、サイならば抱きつける程の太さがある草の茎も、長くやってきたコツと、体重を乗せた切り方ができるようになって圧倒的に早くなっていた。

 根本にしっかりと足を掛け、鎌を茎に掛けて体重を乗せて刃の部分を食い込ませ、しっかりと刺さったのを確認してから鋸のように切ってゆく。

 ここでも同じように体重を乗せて引くが、以前怪我をしそうになった教訓から、四割ほど心身共に余裕を持って切っていく。

 無論、これはサイの体の小ささと非力さが原因であり、例え人族ヒュムノであったとしても、普通の力仕事を担う奴隷ならば、サイが苦戦している植物の茎はサクサクと刈れる程度の強度でしかない。

 とはいえ、数ヶ月前のサイからすればかなりの進歩である。

 そうこうしている内にサイはその鎌を入れた植物もすっぱりと断ち切り、倒れる木を眺める木こりのように草が倒れてくるのに巻き込まれないように離れて見ていた。

 パサリと軽い音が聞こえ草が倒れたが、それと同時にピィという普段は聞きなれない音が混じっていることにも気が付いた。

 不思議に思ったサイは草を運ぶ前に全体を見回してみると、葉の先端の辺りに見慣れない物がくっついていることに気が付いた。

 全体的に丸みを帯びており、見た目は南瓜のようだが、若草のように青く、小さな黄色の斑点が規則正しく並んでいた。


『なんだろうこれ……。この草の実なのかな? でも初めて見たなぁ……』


 そう思いながらサイは興味津々でその実のようなものをチョンと指でつついた。

 感触としては固めのグミのようで、サイが想像していたよりも柔らかく少し驚いたが、案外気持ちの良かった触り心地にもう一度触れてみた。

 すると実だと思っていたものが急にグリンと実を捻って抵抗してきた。

 動くと思っていなかったサイは目を丸くして驚き、少しだけ飛び退いたが、それから動かなくなったことでもう一度その謎の物体に触れてみた。

 フニフニと優しく触っているとまたグリンと身を捻って抵抗したが、動くことが分かっていれば驚くこともないのか、サイはそのままその物体の観察を続けた。

 よくその物体を見ていると、何度か反転した時に繋がっていない場所がこちらを向いたことによって気が付いた。


『あ、これは書物で見たことがある。ラーヴァだったはずだけど、初めて見た……』


 大きな目のような模様が入っていることに気付き、サイはそれを思い出した。

 急いで部屋へ戻り、昆虫の図鑑を手に持ってその生き物の所へ戻ってくると、丸まった状態から真っ直ぐ伸びた状態に戻っていた。

 するとそのラーヴァもサイに気が付いたのか、じっとサイを見つめているように見えた。

 しかし、サイはラーヴァに近づきつつ、図鑑の方に目をやり、そのまま何事もなくそのラーヴァの前に座り込んだ。


「えーっと……どれだろう。図鑑とかはまだしっかりと読んだことはなかったからなぁ……。あ、でも葉っぱを食べるんだ。だから葉っぱの上に居たんだ。ごめんね」

「ただいま。おや? そんなところに座り込んでどうしたんだい?」


 サイが図鑑を広げながらそのラーヴァをじっくりと観察していると、ドレイクも帰ってきたらしく、サイの背中に声を掛けていた。

 ドレイクが帰ってきたことに気が付いたサイはドレイクにもそのラーヴァを見せ、図鑑のページを次々とめくっていった。


「ほう。これはラントラーヴァと呼ばれる生き物だね。成長するととても綺麗なラントパピヨンという蝶に変態するよ」

「ラントパピヨン……。あった! こんな風になるんですね」


 ページを捲る手を止めて、ドレイクが口にした名前と同じ名前が書かれているページを開いてドレイクに見せた。

 ドレイクはそうだよ。と頷いたため、サイはドレイクの方に向けていた本を自分の方へ向け、その項目をしっかりと読みながらラントラーヴァを好奇心に溢れた目で、本と交互に見つめていた。

 するとラーヴァも逃げることなく興味津々で見つめているサイを認識しているのか、同じように顔を向けているように見えた。


「ラントラーヴァもこっちを見てくれているみたいですね」

「いや。みたいではなく、本当にこちらを認識していると思うよ。ラントラーヴァは微量ながら魔力オーラを持つほどの高い知能を持つ、魔獣に近い生き物だからね」

「魔獣? ってなんですか?」

「世界中の生き物には皆少なからず、魂が存在している。魂も魔導学ではマナと考えており、それ以上の魔力オーラが生物の思考能力、謂わば精神を形作っているとされている。つまり、魔法を唱えることのできる生物はそれだけの高い知能も有する。ラントラーヴァは幼体も成体も周囲の環境に関係無く、自身が生きやすい環境になるように気温を操作する魔法を服を纏うように唱えられるのだよ。とはいえ、あまりにも適応できない環境が長く続きすぎると魔法が唱えられなくなり、衰弱して死んでしまうがね」

「つまり、魔法を使うことのできる生物が魔獣なのですか?」

「いや、正確には違う。そうなれば私もサイも魔獣ということになってしまう。魔獣とは、それほどの高い知能を有しながら本能のままに生きる生物、およそ知性があるとは思えない行動をとる生き物のことだ。魔獣学は専攻ではなかったのであまり詳しくは私も覚えてはいないけれどね」


 詳しい説明を受けてサイは納得したのかへー。ととても感心したような表情で声を漏らしていた。

 そして何かを閃いたのか、サイはラーヴァの方へ向き直し、優しく頭を撫で


「じゃあ君は賢い子なんだ。名前を教えて欲しいな」


 そうラーヴァに訪ねていた。

 するとドレイクは大きな声で笑った。


「確かにラーヴァは賢い生き物だ。だが、残念なことに念話を行うことはできないみたいでね。どうやらラントラーヴァは先程言った一つの魔法以外を使うことができない。だが意思の疎通はできるはずだ。気に入ったのなら、そのラーヴァも気に入る名前をサイが付けてあげればいい」

「そうなんですね。名前を僕が付けてもいいかい?」

「ピィ」


 サイの言葉に答えるようにラーヴァは小さく鳴いた。

 それを聞いてドレイクは非常に驚いた表情を見せていた。






     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇






 それからは庭で草を刈る間、ピィと名付けたラーヴァはサイを慕うように姿を見せるようになっていた。

 ピィと鳴くからピィ。

 非常に安直ではあったが、皆が納得しているようなので問題はないだろう。

 そんな草刈りの小さな隣人が増えてからさらに数ヶ月が経ったある日、ドレイクはその日は草刈りをしなくていいと言った。

 色々と疑問はあったが、ドレイクは意味もなくそういうことを言い出す人ではないと知っているサイは素直に従い、その日は魔導書をしっかりと読み進めることにした。

 読み始めてから数時間ほど経った時、ドレイクは不意にサイに声を掛けてきた。


「サイ、今日はどんな日か分かるかね?」

「いえ。何かの記念日などでしたでしょうか?」

「フフフ……確かに記念日だ。今日はサイ、君の誕生日だ」

「誕生日……って何ですか?」


 嬉しそうにするドレイクとは対照的にサイは不思議そうな表情を浮かべて首を傾げていた。

 サイにとって『誕生日』という言葉は聞き慣れない言葉だった。

 誰もが一年に一度訪れる、生まれたことを祝う日。

 当たり前だがサイはドレイクと出会うまで、そんなことを祝ってもらったことなどなかった。


「誕生日というのは生まれてからちょうど一節(この世界での一年のこと)経ち、一つ歳を重ねたことを祝う日だ。生まれてきてくれたことを祝い、また健やかに一節を過ごせるように、という思いを込めてね」

「そんな日があるんですね! ドレイクさんの誕生日はいつなんですか?」

「私か? 私は長命な種族だから一周節(この世界での季節の巡りのひとまとめ。十年のこと)毎にしか祝わないが、光の節の七つ月の十四日だ。ちょうどサイの誕生日から五節分の差だね」

「じゃあその日はドレイクさんの誕生日を祝うんですね!」

「ハハハ! サイが祝ってくれるのか。久し振りだね、誰かに自分の誕生日を祝ってもらうのは……。私も誕生日を楽しみに待っておくことにしよう。だが、今日はサイの誕生日だ。今日でサイも九つ。今日の主役は君だ」


 ドレイクはそう言って嬉しそうに笑った後、サイの頭を撫でていつも食事をする場所へ手を引いて移動した。

 そこにはいつもよりもとても豪華な食事が所狭しと並んでいた。

 サイの大好きな赤い果物のジュレは勿論、他にも豪華絢爛で見ているだけでもお腹が鳴ってしまうような料理が、既に美味しそうな匂いを部屋一杯に漂わせていた。

 すぐに席に着き、ドレイクと一緒にいただきます。と言おうとしたが、ドレイクはそれだけの料理が並ぶ真ん中に一つケーキを置いた。

 それにドレイクは蝋燭を立ててゆき、次々に火を付けていった。


「さあサイ。目を閉じて、心の中で一つお願い事をしてから蝋燭を吹き消しなさい」


 サイは言われた通り少しの間目を瞑って小さく頷いた後、大きく息を吸い込んで蝋燭へ吹きかけた。

 大きく揺らめいた後、ほとんどの蝋燭は消えたが一、二本消え残りまた真っ直ぐに火を伸ばしていた。


「さあ、もう一度」


 もう一度大きく息を吸い込んで吹くと、今度こそ全部の蝋燭の火が消えた。

 ドレイクは大きな拍手で火を吹き消したことを祝い、いつものように二人でいただきますと言ってから、一度ケーキを冷蔵庫へ戻した。

 それからは沢山の料理を二人でゆっくりと食べていった。


「そういえばドレイクさん」

「どうしたんだい?」

「僕は今日で九歳なんですよね? ドレイクさんは今何歳なんですか?」

「私か。私は今節で二千六百六歳になるサイほどではないが、私もまだまだ若いよ」

「若いん……ですね?」

「うむ。本屋のドルメスさんを覚えているかい? あの方が四千歳だったはずだから、彼と比べれば分かり易いだろう?」

「そ、そうですね」


 他愛のない話をしながら食事は進んでいくものの、料理を食べながらだったはずなのにも拘らず、その量はあまり減っていなかった。


「流石に二人分で作りすぎたね。残りは明日にでも食べよう」

「よかった。僕ももう食べられなくなってました」


 そんな会話をして笑った後、手を合わせて食事を終えた。

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