名探偵は死す。
「さて諸君。この難解極まる殺人事件の謎を、私が解き明かして見せよう!」
名探偵は周りに立つ人々に堂々と宣言した。
「それは本当ですか!?」
使用人が驚きを露わにして名探偵に聞くと、彼は「勿論だとも!」と自信満々に答えた。
ある休日の夜、山奥の大きな別荘で主人の誕生日パーティーが開かれた。
主人と親しい関係にあった人々がこの別荘に客人として招かれ、豪華で楽しい夜を過ごしていた。客人は全員で十四名であり、名探偵はそのうちの一人であった。
パーティーの途中、主人が席を外した。
「直ぐに戻るから、構わず楽しんでいてくれ」
しかし、いくら待っても帰ってこない。
心配になった使用人が様子を見に行くと、主人は二階のトイレの入口付近で倒れていた。
「ご主人の遺体は、口からアンモニア臭がする。つまりは毒殺だ。しかしパーティー中、ご主人以外は誰も席を外していない」
「ですが、第一発見者になら、夫を殺す事ができるのでは?」
主人の妻は訝しそうな目つきで使用人を見て、名探偵に聞いた。その問いに対して名探偵は首を横に振る。
「いいえ。ご主人の遺体は死後一時間程経過しています。つまり、ご主人は席を外してから直ぐ殺されたということです」
「でも、どうやって?私たちは誰一人、この部屋から一度だって出ていないのですよ?」
客人である若い女性が言った。
名探偵はテーブルの上にあったフォークを手に取った。主人の使っていたものだ。
「フォークですよ」
口角を吊り上げ、名探偵は続ける。
「フォークに毒が塗ってあったのです。犯人は、ご主人がヘビースモーカーだという事を知っていた。今夜も、いずれ我慢できなくなって途中で一服しに行くと分かっていたのです」
部屋にいる誰もが、名探偵の推理に真剣になっていた。名探偵は優越感でいっぱいだった。
そして彼は得意げに推理を続ける。
「ご主人は煙草を箱から取り出す時に、毒が付いた手で咥える部分を触った。それを咥えて死んだのだ」
周りから感嘆の声が漏れる。
「ご主人はヘビースモーカーという事を、周囲の人間に知られたくなかったようだね。いつも香水を付けて匂いを隠していた。私も事件が起こるまで、ご主人は煙草を吸わない人だと思っていたよ」
「つまりだね、犯人はご主人が煙草を吸う事をよく知っている人物ということになる」
名探偵はそこで一呼吸置いた。いよいよクライマックスである。
名探偵は自分も煙草を取り出した。
「その犯人は」
名探偵は煙草を咥え、火を付けた。
「奥さん、あなただけです」
そう言って煙草の煙をふっと吐き出す。
予定だった。
名探偵は「奥さ……」と言いかけて、次の瞬間「ぐぅぇっ!」だか「ぐぼぉぇ!」だか、奇妙な声をあげて倒れてしまったのだった。
名探偵は忘れていたのである。
自分も毒が付いたフォークを触ってしまっていた事を。