新七不思議 調査その②
「この辺でいいかな」
この女生徒に連れられて屋上へと来てしまった。外は春独特の陽気とは言えないが、
日光の照り返しか変に暑く感じる。それともこの分からない気迫に押されているからか。
「君は物事をしっかり観察する眼があるね。もう私が誰だか察しているでしょ?」
こちらを振り向くその表情は、逆光で良く見えない。これが恐怖を煽っているような表現なのは頷ける。
睨み合いとまではいかないが、別に殺されるようなトンデモ展開になる事はないはずだ。
「じゃあ、端折って話を聞いてもいいですか?南華綾…先輩」
名前を聞いて笑顔を見せる南華先輩。笑顔なのか不敵な笑みなのか今いち分からない。
「この学校に伝わる新七不思議、でしょう?新部長くん」
良かった、この人は何か知っているのか、手詰まりにならずに済んだと安堵する。
調査、報告それが楽に終わると思っていたのもあるが、正直な所、面倒な事になる気がする。
考えた通り、この冷たいような暖かいような視線は面倒事へと導いてくれるようだ。
「観察する眼がある、と言ったが、君は少し勘も優れているんじゃないか?」
「…やっぱり教えてくれないんですね。南華先輩への報告だから多分ダメだと思ってましたよ」
「ハハハッ、何もからかっている訳じゃないの」
南華先輩は腕を組みながら、落下防止フェンスへと近づく。ちなみに全然関係ないが、
この状況で知らない誰かが目撃すれば青春のワンシーンに見えるだろう。ありがちなシチュエーション、と
言いたいが、実際はこんなオカルト絡みである。全く別な意味での充実だ。
しかし、からかっている訳じゃないというのは?
「新七不思議って謎は最近生まれたようなの。現三年生、現二年生でも噂程度しか知らないわ」
「え、じゃあ僕がこの広報を読んだとしても…」
振り向いて見せた苦い笑顔は、もうわかるでしょうと言いたげだった。
「…最近の噂程度の物が、校内で広まるには時間がいるわ。人は噂好きだけど、本当にそれを
信じるなんて小学生まででしょうね。実際に確かめる中高生は中々いない」
「じゃあ過去にない物を調査しろって言うんですか?一人ずつ噂を調べたらキリがないですよ…」
溜息をついた僕だが、無言の視線があてがわれているのがすぐに分かった。
先輩はフフッと小さく笑う。
「貴方はオカルト研でしょう?不思議を調査するのが活動なのをお忘れなく」
確かに何かやってみたくて部活を始めたんですけどね。突然部長になったのは了承してません。
北条先輩に理由を聞いたら部長という立場を辞退しようと直訴するつもりなのは言わない。
結局打つ手無しで終わりそうだ。これは当分調査なんて終わりそうにない。
頭を悩ませても浮かんでくるのはハテナマークばかり。一体どうしろと。せめてその噂ぐらい…。
「あぁ、でも、その噂ぐらいは教えてあげれるわよ」
なんだろう。全部見抜かれているようなこの感覚。やっぱりちょっとこういう人は苦手だ。
やたら廻りくどい言い方だが、要するにヒントという事だろう。無駄な時間にならないだけ良かったかも。
「是非聞きたいです。一人一人に聞いてまわるのは骨が折れそうなので」
正直ね、と呟いたのが聞こえた。初めて先輩を苦笑いさせたような気がする。
調査員としては実力不足だろうが、最初の最初という事で理解してもらいたい。
理解してくれたので教えてくれるんだと思うけど。
彼女の知っている噂はどれもこれも気味の悪い話だった。
幽霊が存在するのなら、それに準ずる物に該当するかもしれない。
一つずつ解説付きで紹介しよう。
まず一つ。グラウンドのケルベロス。
これは陸上部からの噂。夕方の薄暗い時間帯にグラウンドを徘徊する魔犬。
死ぬまで追い回されるらしい。
二つ。絵画から抜け出す者。
美術部員の間では有名な話。美術準備室にある描きかけの絵。
不慮の事故にあって亡くなった生徒の怨念が篭もっているらしい。
三つ。図書室の謎の本。
時刻は深夜。配置図とは違う本棚が出現するらしい。
その本棚の本は願いを叶える本や、未来が分かる本があるとの噂。
四つ。体育館の人食いトイレ。
体育館脇にある使用禁止になっている男子用個室トイレに入った生徒がいる。
その興味本位が仇となり、その日出てくる事はなかったらしい。後日、既に人ではなかったとか。
こちらとしても恐怖と興味が溢れている。中には本当に噂であってほしい話もある。
ここまで来るともう怪談じゃないか。しばらくやる気のなかった僕にうずうずする気持ちがあった。
延々とオカルト話を聞いてうずうずする僕は少しアホなんだろう、と自分で思う。
「と残念だけど、これくらいね。あとの三つは聞いた事がないわ」
確かに噂の出所が分からないだけある。印象深い話はこうやって噂として根強いんだろうか。
ただでさえ、四つも聞ければこちらとしても文句はない。むしろありがとうございます、だ。
「あぁ、気にしないでください。それだけ聞ければ充分です。手間が省けますから。
でも、どれも不気味な話ばかりですね」
「所詮噂よ。結局、話の規模が大きくなったのが七不思議なんてものだから」
まさにその通り。こうやって話をしている最中に、吹き抜ける風のような物だ。
噂で荒れる時もあれば、台風の目に入ったように収まる時もある。
やっぱりどこの学校の七不思議なんてのも、根も葉もないような噂から始まるんだろう。
注目を集めたいが為に、始まった嘘がやがて七不思議に…。ありえなくもない。
「それで…」
改めて、南華先輩の声の質が変わった。
「どうやってこの噂を確かめるの?」
何だそんな事か。その噂とやらを解明するなら。
「やっぱり、夜の学校に忍び込むしかないと思いますね」
「……ただの噂程度の物にそこまで出来る?下手したら学校側から怒られるわ。
もしくは噂が本当で、命を落とす事も…?」
先輩の言う事は一理ある。警備員が周回する校内で発見されれば洒落にならない。
うまくやり込めたとしても学校側から激怒され、最悪の場合、停学なんてのも。
そして命を落とす危険も。
けど僕は命を落とすような事の心配はしていなかった。
「存在感が薄いんで昔から隠れんぼは得意ですよ。それに死ぬなんて事はないと思います」
「…あら、命を落とさないって言い切れる自信は?」
僕の言葉に驚いたような表情を作っている。
別に自信と言い切れるようなモンじゃないんだけど。
「自信、というか、ただ無鉄砲なだけです。噂ぐらいなら大丈夫かと…」
何の根拠もないので、この程度の言葉しか思いつかなかった。
それに全部が全部“らしい”という仮説なので、死ぬような事はないだろう。
正直興味はある反面、バカバカしいと思えるのが現状でもある。
「じゃあ今週中には良い報告が聞けそうね。噂の真相期待してるわ」
「そうですね。じゃあ今週中には……って今週中!?」
今日は一週間の真ん中。気だるさの始まる水曜日。
木曜日、金曜日の二日で真相解明しろ、って事か。
「ああ、そんなに気にしないで。土曜日も含めて三日もあるじゃない」
三日、しかないんですが。最初から待っていてあげる、と言うのを期待したのに。
初っ端から容赦ないなこの人。どう考えても虐めて恍惚するタイプだよ多分。
終始、笑顔に圧倒された会話だった。
彼女は『じゃあ無理しないでね』と一言だけ漏らして、屋上から去って行った。
風になびく長髪が階段へと見えなくなるまで僕は見送っていた。
…ここまでで今気付いた。僕は今かなり乗り気である。
我ながら単純な奴だ。期待されれば、どうも行動派になってしまうらしい。
部長就任とやらの話はともかく、こんな意味での充実も悪くないかもしれない。
南華先輩との会話がちょっと楽しかったのは喉元までに留めておくとしよう。
報告する時に、北条先輩の事、部長の事全てを尋ねてみる事にする。
さて、そうと決まれば決行は今日の夜。
あらかじめ侵入する窓を開けておかなければ。
そう思い立ち、屋上から校舎の中へと戻る事にした。