新七不思議 調査その①
昨日は結局、先代部長こと北条先輩に会う事は叶わなかった。
どの組を回っても姿形すら見つけるのさえ困難という結果である。
名前としては広く知られていた。それは生徒会長という役職を持っていたからだ。
さらに言えば、オカルト研究会としても、一生徒としても有名人だった。何者なんだ一体。
挙句にこんな訳の分からない手紙まで。やる事は変人極まりないが、これといってする事もない。
どうせグチグチしながら過ごすのも嫌だし、暇つぶしだと思って問題に挑戦してみる事にした。
決して自棄になったわけではない。これは僕への挑戦だ。…と受け取る。
…しかし不二宮高等学校の新七不思議か。
こうして図書室で卒業文集を眺めても、作文に七不思議を書くような先輩は一人もいない。
数えて去年、一昨年の文集を読んだけども、不思議なんて言葉すら書いていない。
今の文集もたった今をもって閉じる事になった。
「これもダメか。一体何なんだよ、新七不思議って」
椅子に仰け反り、ため息を吐く。
考えてみれば、高校生活三年間の輝かしい思い出に学校でのオカルトなんて書くわけがない。
こうなったらやり方を変えるしかない。書体に残されていないのなら、他の生徒への聞き込みか。
片っ端から声を掛けるのは頭が痛いが、意地に…なってない。これは恨み返しだ先輩。
聞き込みと思い浮かべて、重くなった腰を椅子から上げる。
先輩と言ってみて、そこで気付く。それと同時に昼休み終了のチャイムが鳴り響き出した。
おっと、いけない。調査は後回しだ。これは予鈴だが授業に遅刻するのは勘弁である。
早足で図書室を退散する事にしよう。
「そこの君。本は元の場所に返してくれるかな」
あ、そうだ文集を返してなかった。優しい言葉に感謝しよう。
「あ、ごめんなさ……い」
髪の長い女生徒が、さっきまで僕の読んでいた文集を手に持っていた。
なんか、こう、吸い込まれるような瞳。白く透き通ったような肌。艶やかな指先。怪しげな笑み。
褒めようと思えば、いくらでも思いつく。それほどまでに綺麗な人がいる。
「急ぎたくなる気持ちも分かるけど、ちゃんと返さないと駄目よ?」
その笑顔も仕草さえも完璧な風貌。靴の色からして三年生。着衣乱さずに制服を着ている様が似合う。
どこかのお嬢様のような…っていくら何でも褒めすぎだ。どうしたんだ僕は。
確かに綺麗な人なんだが、何か違和感を感じる。さっきまでこの先輩は図書室にいたのか?
「どうしたの?私変な事言ったかな?」
「す、すいません、今すぐ片付けます」
呆然と尋ねている様子から、何も答えない僕に不思議さを感じたんだろう。
この先輩の感情が今いち見えないのが違和感のような気がする。あくまで気がするだけだが。
おっと、それより片付けないと。
「いいの。次からは気をつけてね」
先輩は笑顔を見せて僕の脇を通り抜けて、図書室から出て行った。
おかしい、やっぱり違和感がある。…じゃなくて早く片付けないと間に合わないよ。
既に周囲の生徒が図書室にいなくなっているので、危機感を感じる。走り急いで文集を本棚に返した。
次からは眠気の強い午後の授業。…なのだが、ただ教科書を読む、黒板の字を写すの単純作業。
周囲は眠さで脱落しているようだが、一連の作業で眠くなった試しがないため僕は楽である。
分からない問題は『わかりません』と答えるだけだ。奴曰く、僕は自分の世界に入れば天下一品らしい。
作業だと割り切った僕に飽きるものなどない。が、力説するのも馬鹿馬鹿しい。
いつも通りの流れで、あっという間に一日の授業は終わりを迎えた。
眠気を感じていたクラスメイトの顔は皆生き生きとしている。気持ちは分かる。至福の時間だろう。
まぁ授業が終われば帰るしかないのだが、今日は情報収集に時間を使わせてもらおう。
昼休みに気付いた事もある。そうと決まればそそくさと教室を後に…。
「流星!こいつらとゲーセン行くんだけどお前も来ねえか?」
相手の行動力のが先だったようだ。教室の出入り口付近で振り返ると、直人と他三人がこちらを見ていた。
せっかくのクラスメイトと馴染むチャンスでもあるのだが、突発的な相手からの誘いは…どうやらダメらしい。
馴染めずに場の空気を壊すのが嫌いだ。皮肉にもこんな時の決断力だけは馬鹿みたいに早い。
直人からも悪気があるわけじゃないと前に聞いた事がある。奴なりに馴染ませようとしてくれてるんだろう。
昔からそうだ。非常にありがたい事だ。なのに。
「あ、あぁ…ゴメン。今日は用事があるんだ」
苦笑いで断らせてもらう。彼等を嫌な気分にでもさせただろうか。
「いやいや、用事があるなら仕方ねえな。まだ今度行こうぜ」
笑顔で了承してくれた直人の顔を、まともに見れなかった。
気まずい空気があったのを見つけ、僕は『ごめん』と言い直しておいた。
我ながら自分が面倒な奴だとつくづく思う。
とりあえず、落ち込みもまずは置いておこう。
学年で聞き込みをしても、新七不思議はおろか旧さえも理解していそうにない。
となると一番情報を持っていそうなのは二年生と三年生。それも事が起こるのは大概は放課後あるいは夜だ。
遅く残っているなんて部活動を行っている生徒間。噂が噂を呼んでこんな形になった。
誰もが理解できると思うが、噂が七不思議になるなんて基本中の基本だろう。
アテもなく歩く僕は深い溜息を吐き、これからを心配してしまう。誰も知らないんじゃ打つ手がない。
直接学校に忍び込んでみようか?いや、何が何だか分からないまま忍び込んでも結局分からず仕舞だろう。
あの倉庫を探ってみようか?もしかしたら部誌ぐらいは見つかるかもしれない。
…止めよう、無駄なのは分かってる。あの倉庫がオカルト研究会と関わっているのは名義だけである。
部室として利用したいではなく、部活動をする上で部室という名前が欲しかったんだと思う。
何故、そう思うか。答えは至って簡単だ。あの部室、もとい倉庫にはオカルト研究会が存在しているという
資料が何一つ見つからないのだ。だが、顧問の先生が言っていた時はオカルト研究会は存在している。
だとすれば考えられるのはあの部室はフェイクだと言う事。
全て憶測だが。そう考えるのが、自分を騙す唯一の在り方だと思っている。
一体、北条先輩は何をさせたいんだろうか。将来の決まった天才という奇人の考えはよく分からないよ。
仕方ない。もう一回図書室にでも行ってみようか。何か見落としているかもしれないし。
それに、何となく、何となくだけど、気になる事もある。
図書室では放課後になって間もないというのに、指で数えられるぐらいの人がそれぞれの行動をしていた。
静かに勉強したい、あるいは読書を楽しみたいという人にはうってつけの場所な気がするのも分かる。
ガラガラと開いた引き戸の音には誰一人としてこちらを見る事はなかった。
ちょうどいい。文集以外の資料がないか聞いてみるか。
あのカウンターにいる図書…委員に…。
「…!」
驚いた。昼休みに見たあの上級生が、凛としてカウンターに、いた。
こちらに気付いている様子はなく、下を見て、ペンを握る手から小気味良いリズムを刻んでいた。
勉強中だろうか。かなりの集中力がひしひしと伝わってくる。
邪魔しちゃいけないと思っているはずなのに。何故か僕はカウンターに向かっていた。
止まれよ何で今日は行動派なんだよ僕は。
向かってくる姿に気付いたんだろうか。あの吸い込まれそうな瞳が僕に向けられた。
「おや、君は…」
忘れてくれてた方がいっそ清々しい。本を借りに来た、とか所用で来た、とか判断してくださいと願う。
言葉を紡がれる前に、僕から切り出した方がこの瞳に勝てそうだ。どうもこの視線だけは違和感を覚える。
「あの、この学校の広報ってありますか?」
「ん、ここの広報?…あぁ、近年のコピーしかないけど。それでもいいなら」
あったのか。半ば自棄糞で言ったのだけれど、正直あったのなら助かる。
コピーだろうが、原版だろうが貴重な情報である。噂が存在しない事だったのなら絶望的だ。
それこそ本当にお手上げだろうね。
「はい、このファイルよ」
A4のファイルが直接手渡される。ここにある事を願うばかりだ。
さっそく読みふけよう。ありがとうございました、と伝える前に。
「…しかし、君はこの高校の歴史に興味があるのかな?」
覚えていたようだった。それはそうだろう。強引に話を反らした事で確信ついたんだろうな。
両肘をついて指を絡めながら見つめている。その怪しげな口元は正直苦手だ。
でもちょうどいい。情報収集として第一号になってもらうとしよう。
「あの、二つほど聞いていいですか?」
「ん?何かな」
「新七不思議って知ってますか?」
と、一瞬だけ表情が変化したように見える。けど違和感のせいで読み取る事そのものが難しい。
細くなった瞳が僕をまっすぐに捉える。視線の奥に麻痺する感覚がある。
この表情で顔が笑っているからか。
「…先に、もう二つ目を聞いてもいいかな?」
新七不思議という言葉だけにしか注目してなくて、忘れていた名前。
まさか、この人…。
「…南華綾という人の事で」
そこまで聞いて彼女はクスッと笑う。
「ここで話し声を立てるのも何だし…」
椅子から立ち上がり、彼女は僕の頬に片手を添えた。
わずか拳一つ分の距離まで顔が接近する。近くで見る瞳はまるで蛇のようだった。
これだ。きっとこれが違和感なんだ。
「場所を変えましょうか、新部長さん」